第136話 植物迷宮の女帝《エンプレス》⑧
ブンプクさんは私が火を起こしている横に大きなピクニックシートを敷いた。さらにその上に人数分のランチョンマットを置き、色々な料理を並べていく。ブンプクさんのこの辺の手際とか、センスとかはちょっと真似できないなと思う。
おにぎりにミートボール、きのこの串焼き、ポットに入ったお茶とジュース。デザートにクッキーが数種類。さすがブンプクお母さん。お魚焼くのが精いっぱいの私とはレベルが違うね。センスだけじゃなくてスキルも。おにぎり、実は何故か要求スキルが高いのだ。お米もレア度高いし。
綺麗に並べられたお料理たちの真中にグラデドラディシュの丸焼きをどーんと置いて、ピクニック準備、完成!
「すごい!」
戻ってきたレナルド君が歓声を上げた。
「ふふ~~、凄いでしょ~~。お魚はコヒナさんが焼いてくれて、他の料理は私が作ったんだよ~~」
「食べていいの?」
「もちろん~~~」
「やった!」
レナルド君はそういうとまずおにぎりに手を付けた。まあ、そうだよね! わかってたけど!そりゃあブンプクさんが作ったものから食べたいよね!
しかしお化けさんまの丸焼きの派手さをもってしてもかなわないかあ。
「おいしい!」
おにぎりを食べたレナルド君が声を上げる。あら可愛い。勿論味なんかしないんだけど、その気持ちはよくわかる。
「こりゃあ食い切れねえにゃあ。もったいねえ」
「余ったの持ってっていいよ~~?」
「にゃあ、ここで食べたいというのが人情だろうにゃあ」
うん、わかる。お魚は焼き立てが一番おいしい。おにぎりやクッキーはブンプクさんが前に作って準備してたものだけど、それだってここでみんなで食べるのがおいしいに決まっている。
……すこしスキル使ってお腹空かせて来ようかな?
あっ、しまった! 猫さんが「人情」って言ってるのに!私としたことがついクッキーに夢中に!
くっ、これは間に合わないか⁉
しかし私の代わりを務めてくれた人がいた。
「猫なのに?」
ツッコミを入れたのはなんとレナルド君だった。レナどんやりおる。
「レナどん、おめえいいやつだな!」
猫さんは小さい手でぺしぺしとレナルド君を叩いた。
「猫さんもね。お魚ありがとう」
「おしおし、いっぱい食えにゃ」
とはいえこの分量、五人で食べきれない。残念ながら残りはみんなで分けることになった。ソロ活動の時のお弁当だ。いつまでも食べ物が腐らないのはゲームのいい所だね。
「クッキー一個ここに置いて行っていい?」
出発前にレナルド君がブンプクさんに聞いていた。どうしたんだろ。持ち物多すぎだったのかな? 私も良くそれで苦労した。師匠に持ってもらって「ずいぶん色々持ってるねえ」と感心されたものだ。レナルド君、何だったらコヒナお姉ちゃんが少し持ちますよ? そんなに余裕はないけど。
「いいよ~~。なんで~~?」
ブンプクさんはなんで~~より先にいいよ~~が来るんだな。
「お姫様にもあげたい」
あら可愛い。
言いながらレナルド君は緑部屋の隅っこにクッキーを一枚お供えした。地面に放置したアイテムは一定時間ごとに行われる処理でランダムに消去される。だからクッキーもそのうち消えてしまうだろう。その前に通りかかった冒険者が持っていくかもしれない。どちらにせよ私たちにとってそれは「そういうこと」だ。田舎のお墓に添えた果物と一緒だね。
「んじゃ、そろそろ行くかにゃ。変・身!」
掛け声とともに猫さんがにょにょにょ、と大きくなっていく。戦闘用の人間型猫耳美少女ロボットだ。いやロボット関係なかった。
「わ、猫さんも女の子なの?」
おお、女の子。なんて便利な言葉だろう。猫だとも人間だとも言っていない。やるなレナどん。
「そだにゃ。メスの猫だにゃ」
「なんか、女の子ばっかりだ……。」
あ、ほんとだ。
「僕は男だが」
「うん、知ってるけど……」
リンゴさんの見た目は女の子である。しかも多分一番可愛い。リンゴさんの好みななんだろう。男の人が女の子アバター作る時って遠慮なく理想のタイプ作れるの、ちょっとズルい。
師匠だったらどんなアバター作るかな。見てみたいな……って待てよ。ひょっとしなくてもテレジアさんみたいなのだろうか。やっぱ見なくていいや。
「なんだ、レナルド。女の子ばっかりだと緊張するか?」
「ううん、僕は男だから頑張らないとって思ったの」
あら可愛い。
「やった~~。守ってね~~、レナルド君~~!」
「うん!」
「おいレナどん、言っとくがオレはつええぞ?」
「でも猫さんも女の子だし」
「っ。ほっほ~~う。言うじゃねえかレナどん。んじゃ、お手並み拝見だにゃあ」
ツンデレ発動だ。これは、猫さんもちょっと照れているな。
「……。まあ、僕もそう言うのは嫌いじゃない。初見では辛い相手だが、気合い入れて行こうか」
「はい!」
元気にリンゴさんに返事をすると、レナルド君は持っていた杖を大きく振った。レナルドさんの身体が一瞬黒い光に包まれる。
「レナルド、今のは<転生>か?」
「そうです」
<転生>は死んでも一度だけ蘇ることが出来るという死霊術の中でも最高クラスの魔法だ。取得は大変らしいけど効果は絶大。チート魔法じゃないかと思ってしまう。
「ほー。死霊術かなり極めてるにゃあ。レナどん、リッチー化はできるにゃ?」
「はい、できます。でもHP低いからあんまり長い間はできない」
「おっしゃおっしゃ。任せれ。今日はおもいっきり撃たせてやるにゃ」
猫さんが不敵に笑った。
■□■
フロラヴェルトの部屋に入ると護衛していた大勢の植物モンスターが一斉に私たちに襲い掛かってきた。でも、端から猫さんの爪と牙が凄い早さで引き裂いていく。
「猫さん凄い……」
いや~、すごいね。私たちも頑張るけどとてもじゃないけど追いつかない。どんどん植物モンスターの死体が積み重なっていく。
「レナどん、ゾンビ作れにゃ」
「え、でも退去されちゃうよ。召喚で強いの呼ばないと」
「いいから作れにゃ。無駄にはしねえにゃ」
「うん、わかった」
猫さんの指示に従ってレナルド君がモンスターの死体をゾンビに変える。ゾンビ君たちは退去の魔法に耐性がないのでドライアードやアルラウネに触られればすぐ消えてしまうはずだ。でもそうはならない。
「退去はさせねえにゃ。もったいねえ。その前に」
ごおう、声を上げると猫さんの身体が赤い光のエフェクトを放ち始める。ヴァンクさんも使う
「オレが食うんだにゃ」
そう言うと猫さんはレナルドさんが作った味方のゾンビを攻撃して一撃で葬った。結果、
狂戦士化のスキルを使用すると徐々にHPが減少する。そして現在のHPの「低さ」に応じて攻撃力と俊敏性が上昇する。つまり十分にその効果を発揮するにはHPを低い状態で維持する必要がある。非常に使い勝手の悪いスキルだといえるだろう。
でも猫さんはこの<狂戦士化>のスキルの効果を完全に使いこなす。
猫さんの戦闘スタイルは
いつでも食べられて、攻撃してこなくて、しかも一撃で倒せるゾンビは猫さんにとってのごちそうだ。ゾンビを食い散らかして貯まったMPはアルラウネやドライアードの上位種を攻撃する大技に使うことが出来るし、相手の大技の前にはHPを最大値まで回復することも出来る。
扱いが難しいけれど使いこなせば一対多の戦いが基本となるネオオデッセイの世界では本当に最強なのかもしれない。ゾンビを食べて攻撃力とスピードを増して暴れまわる猫さんは台風か何かみたいだ。
「凄い、猫さんすごい!」
それを見たレナルド君もはしゃいでいる。
「レナどん、どんどんいけにゃ」
「うん!」
レナルド君が作ったゾンビを猫さんが食い散らかす。そこには猫さんが食べ残したゾンビの死体が残る。結果、リアルではありえない現象が起きる。
ゾンビのリサイクル。
レナルド君の魔法で、猫さんに食い散らかされたゾンビの死体が再び動き出すのだ。味方だから頼もしいけど、モンスターの側からしたらたまんないだろうな。ゾンビ映画かよ!ってなってると思う。
「猫さんとゾンビって相性いいねえ~~」
「うむ。僕らはやることがないな。せいぜいレナルドを守るとしよう」
猫さん以外は皆自分を回復するためのスキルを何らかの形で所持している。他人にも使うことが出来るが回復量はとても低くなる。他人の回復には別のスキルが必要なのだ。でもブンプクさん、リンゴさん、それに私の三人がかりならそれなり。師匠一人分かハクイさん三分の一人分くらいにはなる。
「おし、雑魚は払ったにゃ。レナルド、ヤレ」
「うん!」
レナルド君が杖を掲げた。
おおおおおん。
不吉な音を立ててレナルド君の姿が変わっていく。肌が生気のない灰色になり、目に異様な光が宿る。そして、どこからともなく発生した黒い靄がレナルド君の身体全体を覆っていく。
勿論ただの靄ではない。あの靄には名前がある。
あれは命によく似たはかない存在。死体に取り付いて操るだけの、自分だけでは存在することもできないか弱い存在。
かつては奇跡とも神とも崇められ、世界の終わりを引き起こしすらした恐ろしい存在。
その靄の名は、ファス……。
……ファスなんとか、という。
レナルド君が使ったのは自らに大量のファス某を寄生させ、リッチーへと変化させる<死霊術>の奥義<偽命の秘法>。
昔々に不死王宮ハロスのノクラトスさんが騙されて使い、リッチーになってしまった術とは似て非なるものだ。そもそもの目的が違う。
≪偽命の秘法≫は不死を目的としたものではない。レベル6という人の枠を超えた強力な魔法を行使するための手段なのだ。
ノクラトスさんの失敗のあと、長い時間をかけて人はファス某を研究してきた。その成果である現代死霊術の奥義はファス某を一時的にだが完全に支配下に置く。体にファス某を寄生させつつも乗っ取られてしまうことは無い。生きている間に術を解き身体からファス某を追い出せば、再び元の人間の姿に戻ることが可能なのだ。
かつてのノクラトスさんの失敗は世界を終わらせかけたけど、人はその失敗を糧にして成長した。
そして今。死霊術は勇者の力の一つとして世界を守っているというわけだ。
人類恐るべし、だね。
リッチー化すると詠唱速度や魔力といった魔術系のステータスが著しく上昇する。その上レベル6という超々高威力での行使が可能になる。
凄いけどもちろんいいことばかりじゃない。デメリットは狂戦士化と同じHPの時間ごとの減少と、自分で回復が出来なくなること。
魔法と死霊術の両方を高いレベルで取得しているレナルド君の最大HPは低い。複数の系統の魔法を取得するとどうしてもそうなってしまう。
だから本来長時間のリッチー化はできないんだけど、今は私たちがいるからね。
やっちゃえ、レナルド君!
孤立したフロラヴェルト目掛けてリッチーになったレナルド君の<火球>が飛ぶ。
ぼーーーーん。
わっは。
レナルド君の放つレベル6の<火球>の魔法はとんでもない威力。本気モードの師匠のレベル5のなんちゃってイグニス・コルムナよりもずっと上。ヴァンクさんの一撃よりすごいかもしれない。
そしてリッチー化の凄いところはMPの回復力も上がっていることだ。
つまりは。
ぼーん、ぼーん、ぼーーーーん!!
高威力の火球が連続して放たれる。凄い。フロラヴェルトのHPが目に見えて減っていく。
「ルドぼん、時々ゾンビも作ってくれにゃ」
「はい!」
突然付けられた新たなあだ名にもひるむことなく、ルドぼんは次々と火球を放つ。
レベル6の火球がフロラヴェルトのHPを凄い勢いで削っていく。新たに駆けつけた周りのモンスターの掃討は猫さんの仕事。どんどん減っていくレナルド君のHPの回復は私とブンプクさんとリンゴさんの仕事だ。
強敵フロラヴェルトが倒れるまで、さほど時間はかからなかった。
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