第135話 植物迷宮の女帝《エンプレス》⑦

「じゃあそろそろ行きますか~~。リンゴちゃん盾役お願いね」


「不本意だが仕方ない。ハイドライアードあたりがねらい目か?」


「うん~~。アルラウネの上位種もいいかも~~」


「了解だ」


 四階以降に出現するアルラウネ族はドライアード族と共生関係にあるらしく、どちらかが攻撃されているのを発見すると慌てて駆け付けてくる。種族を超えた絆を見ているようでちょっと熱いのだけど、モンスターなので退治する。ばしばし。人類恐るべし。


 リンゴさんを先頭に私たちはダンジョンの奥へと進んだ。モンスターが沸く部屋に入る時はリンゴさんが飛び込んでヘイトを引き受けてくれる。さっきまでとは段違いの戦いやすさだ。レナルド君の作るゾンビ達も<退去>を掛けられる可能性が少ないのでイキイキしている。


「レナルド君、この先にはね~~、四階のボスがいるよ~~」


「ボス?」


「うん~~。倒さなくても先には進めるんだけどね。珍しいモンスターだからちょっと覗いてみようか~~?」


「うん。見てみたい」


 四階の、五階に向かう道とはズレた所にアルラウネの変異種<フロラヴェルト>が住んでいる。扱い的には四階のボスということになるのかな? でも倒さなくても五階に進むことはできるし、表示がグレーなので固有名ではない。謎の立ち位置である。


「あれがボス?」


 部屋の入り口から身体に五色の花を纏う美しいモンスター<フロラヴェルト>を覗き見ながらレナルド君が言った。


「うんそうだよ~~」


「強い?」


「うん~~。このメンバーだとちょっと厳しいかな~~?」


「そっか~」


 むう。レナルド君が残念そうだぞ。しかしなあ。


 フロラヴェルトは五色の花をつけた特別なアルラウネだ。


 ベースの攻撃力が高く、範囲の広い棘の鞭はマヒや猛毒の状態異常を引き起こす。毒属性を中心とした強力な魔法も使ってくるし、ドライアードやアルラウネを呼び寄せて強化するのも厄介。


 五階に住むドライアードクイーンのアブダニティアさん程ではないにしても、初めから「フロラヴェルトを倒しに行くぞ!」という装備と気合無しでは戦いたくない相手だ。


 今盾役をしてくれているリンゴさんも、毒への耐性は強いけどそもそもが打たれ弱い。盾役させといてなんだけど、アサシンスタイルのリンゴさんは本来打たれるということを想定してないのだ。


 死角から強力な毒を打ち込んで相手が死ぬまで隠れているというのがリンゴさんの対モンスターの戦術。フロラヴェルトの取り巻きに一斉攻撃を受ければ無事では済まない。毒が効きにくい相手に私たちを守りながら戦うというのは正直しんどいだろう。


 盾を持っている私も他の人を守りながら戦えるほどでは決してない。


 ショウスケさんとはちがうのだ。ショウスケさんとは。


 炎属性の武器とかスキルを使える人がいるとだいぶ違うんだけどな。私が得意な雷属性は幅広い敵に有効なんだけどその分決め手に欠ける。ブンプクさん得意の氷属性も効きにくいし、リンゴさんについては言うまでもない。


 レナルド君のゾンビも集団退去をうけてしまう。召喚で出てくる高位アンデットなら退去に耐性はあるけど、やっぱり火力不足だ。


 無理かなと思っていたところにぴろりんと音がして個人チャットでメッセージが届いた。


『なんかお前ら面白そうなことやってねえかにゃ?』


 あっ!


『インしてるやつ多いみたいだが何で俺に声かけねえんだにゃ。ギルドの拠点にもいねえし。いいのか? 拗ねるぞにゃ?』


「いま猫さんからメッセージ届きました! 来てくれそうです!」


「うちにもきた~~」


「こっちにもだ。誰か一人でいいだろうに……。僕から返事をしておく」


 ブンプクさんとリンゴさんの所にもメッセージが来ていたみたいだ。


「猫さん?」


 レナルド君が声上げた。


「猫さんってディアボに詳しいっていう人?」


「うん~~。猫さんはディアボのお話には詳しいけど人じゃないよ。猫さんはねえ、猫さんだよ。すっごく強いんだ~~」


「???」


 レナルド君はとうとう「え?」とも言わなくなってしまった。でも大事なことだからね。猫さんを人呼ばわりしたら大変なことになってしまう。こすられちゃうぞ。


 再び緑部屋まで引き返して待っていると猫さんがやってきた。当然ながら可愛い子猫の姿である。あのまんまここまで来るのはさぞしんどかったろう。


「おいーっす。こんなところで会うとは奇遇だにゃ。む? 誰だにゃ、おめーは」


 子猫姿の猫さんがふんふん、といぶかし気にレナルド君の周りをまわる。


「え、え?」


 ちなみに全然奇遇じゃないし、リンゴさんからのメッセージでレナルド君のことはとうに知っているはずである。


「レナルドさん、その猫さんは名無しさんと言う猫さんです。凄く強いんですよ」


「なんで猫なの?」


「まあその辺はおいおい~」


 話せば長いので。多分この後変身して戦うことになるし、猫さんの方にもレナルド君のことを紹介しないといけない。リンゴさんやブンプクさんから聞いてるんだろうけど、形式上ね。


「猫さん、レナルドさんはうちのギルドに新しく入った人です~」


「マジでか。レナどん、おめー、この変人集団ギルドでいいのかにゃ?」


 変人ギルドの準団員が何を言うんですか。


「変人集団なんかじゃないです。みんなとても優しいです」


 あっ、レナルド君が<なごみ家>を庇おうとしている! レナどんとかいきなりあだ名で呼ばれたことよりもそっちを優先している!なんか嬉しいね。でも心配しなくても大丈夫ですよ。変人集団なのは嘘じゃないし、それに。


「レナルドさん、猫さんの言うことはだいたいツンデレなので心配しなくていいですよ~」


「えっ」


「オイこっひー、おめー何言いだすんだにゃ」


「そうだぞレナルド。さっきメッセージ送った時にうちの新人がいる事は伝えてあるからな。ナナシはこう見えて非常に喜んでいるから安心していいぞ」


「えっ」


「猫さん、私にはレナルド君のスキル構成確認してたよ~~」


「えっ」


 おお、そうなんだ。レナルド君が活躍できるように考えて来てくれてるんだね。さすが猫さん。面倒見がいいなあ。


「ごりん、ブンブン、おめーらまで何言いだすんだにゃ」


 しゃああ、と猫さんが威嚇してきた。可愛い。そう言えば最初に会った時は猫さんのこともちょっと怖かったんだっけ。懐かしいね。


「ふん、まあいいにゃ。とりあえず腹ごしらえだにゃ。こっひー、焼けにゃ」


 ご指名ありがとうございます。猫さんがバックからにゅるんと遠近感と物理法則を無視して取り出したサンマのお化けみたいなお魚を受け取る。


「え、なにこれ!でっかい!」


 レナルド君がいい反応を見せる。


「グラデドラディシュちゅう魚だにゃ。塩焼きがうめえにゃ」


 グラデドラディシュは確かに大きいけど普通は八十センチくらい。でも例によって猫さんが持って来たのは規格外。二メートル近くあるんじゃないだろうか。全体としてはサンマだけどよく見たら牙とか凄い。あと口の先が黄色くて目が黒々しているので美味しいに違いない。


「これはまた豪勢なものを」


 リンゴさんも感心している。コンテストとかに出せばまた賞金が出るレベルなんだろう。


「たまたまさっき釣ったやつだにゃ」


 意訳:新人さんがいるって言うからとっておきのをもってきたにゃ。


「……小腹が減ったな。なにかつまみを取ってくる」


「僕もおかし持ってくる!」


 リンゴさんとレナルド君が離席。


「行ってらっしゃい~~。じゃあ、その間に準備だ~~」


 ブンプクさんは私が火を起こしている横に大きなピクニックシートを敷くと、楽しそうにピクニックの準備を始めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る