第134話 植物迷宮の女帝《エンプレス》⑥


 私の中でレナルドさんがレナルド君に変わって、変な人から大事なギルドの後輩になった時、丁度緑部屋に真っ赤な頭巾に籐篭を持った可愛いアバターが到着した。リンゴさんだ。


「やっと着いたぞ。新人はどちらだ?」


「リンゴちゃんおかえり~~。この人だよ~~。レナルド君」


「こんにちは」


 レナルド君はブンプクさんの言いつけ通りまっすぐリンゴさんの方を向いて挨拶した。


 ……レナルド君子供だと思ってみるとめちゃくちゃいい子に見えてくるな。改めて反省。


「レナルドさんこんにちは。リンゴです。中身は男です」


「中身?」


「ああ、中身というのはリアルの話だ」


「えっ」


 あっ、まずいぞ。レナルド君には男の人が女性アバターを使っているのは変に写ってしまうかもしれない。


「む、君は中身の性別が違うのに抵抗があるタイプの人か?」


「だって、そんなの変です。そんなことしたら駄目です。おかしいです」


 あああ、違うんですよリンゴさん。レナルドさんはお子さんで。


「そうか。その感覚には共感はできないが理解はできる。なのでそちらも慣れてくれ」


「え」


 慣れてくれて。リンゴさん強いな。個人チャットで耳打ちしようかと思ったけど、その必要はなかったようだ。むしろレナルド君の方が困ってしまっている。


 ここは助けるべきか、それともネットにはいろんな人がいるんだよと学ぶいい機会とすべきか。私が悩んでいる間にも見た目は可愛い女の子であるリンゴさんの主張は続く。


「そもそも何がおかしいことがあるものか。男ならば可愛い女の子が好きなのは当然だろう?」


「え」


「自分のアバターはゲームをやっている間中ずっと見るんだぞ。僕にしてみれば男のアバターを使う連中の方が気が知れない」


「え、ええ?」


「それとも君は可愛い女の子が好きではないのか?」


「いえ、……そんなことないけど」


「だろう? ならば男である僕が女性アバターを使い可愛い恰好をするのが非常に合理的だというのが理解できるはずだ」


「う、ううん?」


 が、頑張れ、レナルド君頑張れ!


「ふむ? まだ納得がいかないか? ならば試しに一度やってみるといい。色々と満たされるぞ?」


 色々って何!


「え、ええ、そんなの駄目だよ。それにキャラ作り直すの大変だし」


「お、なんだ。意外と乗り気じゃないか。そういうことなら僕に任せろ。男性アバターでも可愛く見せる方法はいくらでもあるんだ」


「え、ええええ」


 リンゴさんリンゴさん、その辺にしましょう。レナルド君の性癖が心配になってしまいます。


「だがまあ、それはおいおいだな。とりあえず今日はこれでも食べてくれ。きっとおいしいはずだ」


 リンゴさんがそう言いながらレナルド君に何か渡そうとしている。とりあえず話が変わってほっとし……


 あっ!


 レナルド君あぶなーーーい!


 ざしゅん。


 私は咄嗟にリンゴさんにライトニングスラッシュを放つ。



「おお~~、コヒナちゃんありがと~~。危なかったね、レナルド君~~」


「え、え?」


「げふっ。やるじゃないかコヒナ。ハクイ並みの……。いやナゴミヤ並みの反応速度だ。成長したな」


 結構なダメージを受けたリンゴさんがよろめいてみせる。


 そ、そうですか? えへへへ。


 リンゴさんは師匠のことをライバルだと思っているのでこれはかなりの高評価と言える。まあ師匠の方はライバルだと思われてることも理解してないっぽいけど。


 いや、今はそんなことよりレナルドさんに大事なことを教えなければ。


「レナルドさん、いいですか? リンゴさんからもらった食べ物は絶対食べてはいけませんよ?」


「え、なんで?」


 あ、レナルド君私にも子供っぽい話し方になってきた。よしよし。コヒナお姉ちゃんが守ってあげるからね。


「リンゴさんは毒使いなんです。リンゴさんが持ってる食べ物の中には全部毒が入ってると思って下さい」


「え、ええええ」


 レナルド君さっきからずっとええしか言ってないな。そうだよね。こんなギルドに来たらそうなるよね。ごめんね、変な人ばっかりで。


「……リンゴさんって、悪い人なんですか?」


「違うんですレナルドさん。リンゴさんは悪い人なんじゃなくて、いい人なんですけどちょっと変なだけなんです!」


 ちょっと変わってるだけでとっても優しい人なんですよ!


「え、え?」


「コヒナ、フォローになってないぞ。それに僕は間違いなく悪人だ。殺人者PKのランキングにも乗ってるくらいの極悪人だからな」


 可愛いアバターに右手を斜め上、左手を斜め下にして膝を付く例の変なポーズを取らせながらリンゴさんが言う。あああ、駄目ですリンゴさん。そんなこと言ったらレナルド君がさらに引いちゃいます。


「え、本当?」


 ほら。私の心配した通りだ。かわいそうにレナルド君がこんなに怖がってるじゃないですか。


「本当だとも。あとで酒場の殺人者ランキングを見てみるといい」


「マジで? スゲー! リンゴさんスゲーー!」


 あれ? 意外に好感触? レナルド君が目をきらきらさせた子供みたいになってる。アバターだからわかんないけどきっと画面の向こうではそうなってる。


「なんだレナルド。可愛いやつだな。よし、これは本物のプレゼントだ。機会があったら使ってみるといい。うっかり自分に刺すんじゃないぞ。マジでな。ここでは治療が面倒だからな」


 そういってリンゴさんが渡したのはリンゴさん特性のレベル5毒の投げナイフ。レナルドさんいいな~。


「わ、スゲエ。いいの? これ貰って」


「ああ。次からはお代を頂くぞ? あとは、とりあえずこれだな」


 リンゴさんはそう言いながらもう一つレナルドさんに何か小さいものを手渡した。


「え、これは……」


「<暗視>の効果のある装備品だ。試しに着けてみるといい」


「え~、……でもコレ……変だよ」


 レナルド君が困りだしてしまった。なんだろう。リンゴさん何渡したんだ?


「まあ、物は試しだ。着けて見て気に入らなかったらやめればいいだけの話だ。違うか?」


「う、うん。違わない。……じゃあつけてみるね」


 何故かレナルド君は後ろを向いてリンゴさんが渡したアイテムを身に着けた。さっきまで話すのにも向きとか気にしなかったのに、急になんだろ?


「どうだ?」


「うん、えーと、どうなんだろう」


「まあとりあえずこっちを向いて見せてみろ」


「ううん。なんか恥ずかしい」


 な、なんだ。何のイベントなんだこれ。二人が何やってるのかわからないけどこっちまでなんか恥ずかしくなってきたぞ。コヒナお姉ちゃんは心配です。お母さん、ブンプクお母さん、取り締まらなくていいんですかこれ?


「ええと、やっぱり変だよ」


 そう言いながらレナルド君は振り向いた。


「あっ可愛い!」


 つい言葉が出てしまう。君は頭に小さな黄色いお花の髪飾りを付けていた。


「なんだ、よく似合ってるじゃないか」


「わ~~、レナルド君可愛い~~。さすがリンゴちゃんだね~~」


 男性型だけど優しい顔立ちのレナルド君には良く似合っている。ブンプクさんの言う通りさすが毒と可愛いの専門家であるリンゴさんの見立てだ。


「そ、そうかな。へんじゃない?」


 そう言いながらもレナルド君はちょっと嬉しそうで。


「全然変じゃないです。可愛いと思います!」


「そかな。じゃあつけておこっと」


 うんうん。それがいいと思います。お姉ちゃんも賛成です。


「レナルドのアバターならもっといくらでも可愛くできるぞ」


「えっ」


 あああ、だめですよリンゴさん。レナルド君の性癖が歪んでしまう。お姉ちゃんは心配です。ちょっと興味もありますが心配なので我慢して心配します。何だろうこういうの。尊いってこういうことを言うのかな。私はお兄ちゃんズの影響で年上属性なんだけど、それでもなんかもんもんする。いかん、いかんぞ。


「さっきも言ったが男型のアバターでも可愛くする方法はいくらでもあるんだ。ヴァンクのような筋肉ダルマだと流石に厳しいがな。まあそれもやり方次第ではあるが」


「ヴァンク? 筋肉ダルマ?」


「おや、ヴァンクにはまだ会ってなかったか? 一度会えば忘れることは無いだろうが」


「あ、リンゴさん、レナルドさんがうちに来たの今日なんです」


 リンゴさんもここ数日インしてなかったからな。でもこのところはみんな忙しいみたいで、ヴァンクさんの方がもっとインしてないくらいだ。


 あとヴァンクさんを可愛くする方法、ちょっと気になる。


「なんと、それはいい日に入れたな。レナルド、今後とも宜しくだ」


「うん。よろしく。ヴァンクさんもギルドの人?」


「そうだよ~~。ヴァンク君はねえ、パンツ一丁の人だよ~~」


「えっ」


 あ、ああああ、ブンプクさん何もその情報をピックアップしなくても。ヴァンクさんの特徴と言えば他にもいろいろとほら、ええと。


 ええと、ええと。


 駄目だどうしても一番最初に筋肉パンツが出て来てしまう。他の事他の事って一生懸命考えると、時々色が違うこととかを詳細に思い出してしまう。ちなみに赤いの履いてるときは次の日リアルで大事なお仕事がある時。


 改めてひどいなうちのギルド。ほんと、変人ばっかりだよ。

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