第133話 植物迷宮の女帝 ⑤
四階ともなると強力なモンスターが増えてくる。件のドライアードにまじって上位種の<ドライアードノーブル>、同じく植物系女性型モンスターの<アルラウネ>。
ドライアードが葉っぱと枝でできた緑色の真面目系女子といった見た目なのに対し、アルラウネは花がいっぱい咲いててカラフルなおしゃれ系女子。色ごとに特徴があって青のソルジャー型や赤のウイッチ型なんかはかなり手ごわい。
見た目の差に反してドライアードとアルラウネは仲が良いらしく、一方がやられているのを発見するともう一方が慌てて助けにやってくる。この習性がまた厄介で、上位種の集団に囲まれてしまうと全滅しかねない。
また場所によっては木の巨人<トレント>もでてくる。HPと防御力が高く、時折凄まじいクリティカルダメージの物理攻撃を放ってくるこれまた恐ろしい相手だ。
トレントにはレナルドさんの操る植物ゾンビがとても有効だけど、ドライーアドやアルラウネは<退去>の魔法でゾンビを消してしまう。ドライアードノーブルなどは<集団退去>まで使ってくるのでゾンビ君たちの盾役としての効果が著しく落ちてしまうのだ。
ううん、この三人では四階に長時間滞在は厳しいかな? 召喚と死体操作を延々と続けるレナルドさんのMP消費も激しいし、こまめな休憩を心がけないと。
しかしそこでギルドチャットに通信が入った。
『ただいま。今日は誰がいるんだ?』
やった、リンゴさんだ!
『リンゴさんおかえりなさい~』
『リンゴちゃんおひさ~~』
『おお、コヒナに、ブンプクもいるのか。久しぶりだな。具合はどうだ』
『元気! そんなことよりここに新人がいるんだよ。レナルド君、挨拶してみて~』
『こんにちは』
『なんだと? いや失礼。レナルドさんこんにちは。リンゴです。ブンプク、今どこだ? みんな一緒なのか?』
『一緒~~。モグイの四階だよ~~』
『モグイだと!? くそ、なんでモグイなんだ!』
リンゴさんはモグイが嫌いだ。モグイのモンスターは毒のダメージを受けにくいから。でもリンゴさんとモグイに来るととても楽ちん。モグイのモンスターの毒はリンゴさんには全く通用しないのだ。
ドライアードやアルラウネの使う魔法も毒属性のダメージが多い。なのでこのダンジョンではリンゴさんはショウスケさん張りの防御力を誇るのである。
『え~~、リンゴちゃん来ないの~~?』
『行かないわけがないだろう! どのあたりだ?』
『あ、じゃあ真ん中の緑部屋で待ってるね~~』
お、緑部屋いいですね。
転移可能エリアから離れた場所にいるのでリンゴさんが到着するには少し時間がかかる。ブンプクさんの提案で私たちは四階の真中にある安全地帯、通称「緑部屋」で休むことにした。モグイは巨大な植物の根の間にできた空洞なので部屋と言うよりただの開けた空間なんだけど、じゃあその場所を何て言うのかって聞かれたらわかんないので部屋でいいかもしれない。
ほとんどのダンジョンには安全地帯が所々に用意されている。特に意味もなく安全であることも多いのだけど、ちゃんと理由があって安全である場合もある。<モグイ>のダンジョンにある優しい緑の光につつまれた安全地帯「緑部屋」はそんな理由があって安全な場所の一つだ。
「レナルド君~~、MP回復した~~? じゃあ部屋の中ぐるぐる歩き回ってみて~~」
「? こうですか?」
ブンプクさんに言われた通りレナルドさんが緑の部屋の中を歩き回る。素直だ。
「そうそう、周り見渡しながらね~~。一瞬しか出てこないから~~」
私もやろっと。ぐるぐる。あれは何度見てもいいものだからね。
「あれ、今何か」
そういってレナルドさんが立ち止まる。
「見えた~~? ぐるぐる回ってたらまた出てくるよ~~?」
「はい」
再びレナルドさんはぐるぐると歩き出す。
「あっ、いた! 見えました!」
緑部屋を歩いていると時折視界の片隅にモンスターの影が映る。驚いてそちらをみても何もいない。でもしばらく歩いているとまた、この部屋を照らす緑の光と同じ色をしたモンスターが視界をかすめる。まるでモンスターの幽霊だ。
モンスターの幽霊って変かな?
「あれはノーブル? じゃ、ない?」
レナルドさんが言うようにそのモンスターはドライアードの上位種であるドライアードノーブルに似ている。でも葉の冠を被って花の杖を持った姿はノーブルよりももっと高貴な存在に見える。
それに似ているというなら実はもっとよく似たモンスターがいる。レナルドさんはまだそのモンスターに会ったことがないけど。
緑部屋に現れる幽霊はモグイ五階に住むドライアードクイーンのアブダニティアさんに、とてもよく似ているのだ。つまりこの幽霊の正体は。
「多分なんだけどね~~。その子、ドライアードのお姫様なんだよ~~」
「!」
ネオデというゲームにはいろんな隠されたギミックがあるのだけど、その多くは「それがなんなのか」が明らかにされていない。緑部屋に現れるアブダニティアさんによく似た、アブダニティアさんより幼くて少し控えめな印象の「何か」が何なのか、本当の所は誰にもわからない。
結局想像するしかないんだけど、彼女はやっぱりお姫様の幽霊であり、お母さんを止めたがってるんじゃないかなというのが私の意見だ。心までモンスターになってしまったお母さんを止めたくて、それができる冒険者を手引きするためにモグイの中に安全地帯を作ってるんじゃないかなって。
尚この説は師匠には好意的解釈過ぎじゃないかと言われている。私もそうかもしれないとも思っている。でもここが安全地帯なのは確かなのだ。 物語の解釈は人それぞれ。ブンプクさんやレナルドさんにはどんな物語が見えてるんだろうな。
「レナルド君どう~~?」
ドライアードのお姫様を探しながら部屋を回るレナルドさんにブンプクさんが声を掛けた。
「すごくたのしいです」
「そっか~~、よかった~~」
レナルドさんの答えもそれに対するブンプクさんの返事も何かが省略されてて私には難しいけど、二人の間ではしっかり成立しているんだな。
などと感心していた直後、レナルドさんは衝撃発言を放った。
「ブンプクさん、お母さんみたい」
うわ。
ぞぞぞ。
私の中に忘れかけていたレナルドさんへの不信感と気持ち悪さのようなものがまた生まれる。やっぱりこの人どこかおかしい。
「え、ええ、ええ~~~~?」
流石のブンプクさんも戸惑いを隠せないようだ。
「あ、違うんです。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
レナルドさんも自分の発言のヤバさに気が付いたようだけど、一度文字にしてしまった発言は元には戻せない。ブンプクさんもドン引きだろう。こっちに向かっているリンゴさんには申し訳ないけど、今日はここでお開きかもしれない。
———等と思っていた私は、全然ブンプクさんのことをわかってなかった。
一年以上一緒にいるのにね。会ったばかりのレナルドさんについては言わずもがなだ。
「ええええ~~、やだ、どうしよ、どうしよ。わああ~~~。ありがとうね、レナルド君。すっごい嬉しい~~~」
「え」
「えっ」
いや、なんでレナルドさんまで驚いてるんだ。私たち二人の驚きを他所にブンプクさんは続ける。
「あああ~~、もう。嬉しいなあ。レナルド君私ね、もうちょっとでお母さんになるんだ~~」
!
「それはすっごく嬉しいことなんだけど、でも同じくらいすっごく怖いんだ~~。私、ちゃんとお母さんになれるかなって不安で仕方なかったんだ~~」
そっか。そうなんだ。
ショウスケさんという優しい旦那さんがいて、私には無敵の怖い物なしに見えるブンプクさんだって、お母さんになるのは初めてで、やっぱりそれは怖いことなんだ。
まあそれにしてもお母さんみたいはちょっとどうかと思うけど。ブンプクさんが喜んでるならいい……のかな?
「そんなことないです。ブンプクさんは優しいです。優しいお母さんになると思います」
「ありがとう~~。ありがとうね~~。私、いいお母さんになれるよう頑張るね~~。優しいのはレナルド君のほうだよ~~」
「そ、そんなの」
「レナルド君がこんなに優しいんなら、レナルド君のお母さんもきっと凄く優しいんだね~~」
「うん。お母さんは優しい。でも忙しいからあまり家にいないんだ」
「そっか~~。じゃあその間は私と遊ぼうね~~。しばらくは日中もインできそうだし~~」
「ホント!?」
あ、あれ?
レナルドさん、急に話し方がかわって、なんだか子供みたいな……。 ってもしかしてレナルドさんって子供⁉
ネオデは古いゲームなのでやってる人は大人ばかりだ。しかも私より年上の人ばかり。それに慣れてしまっていた。それにずっと甘えてきた。レナルドさんのアバターは細身の青年。でもネットゲームでは見た目から中の人を推測するのは難しい。
もしレナルドさんが子供で、背伸びしながらずっと大人であることを
私は大変なことをしてしまったことになる。私だって年齢的には大人に入る部類だ。レナルドさんを許してあげるとかあげないとかそんなこと言っている場合じゃない。寧ろ許してもらわなくちゃいけないのは私の方だ。
自分だってさんざん皆さんに甘やかしてもらいながらゲームを続けてきた。占い屋さんなんて変わったことをしながらそれを受け入れて貰って来た。
返さなきゃいけない。私が皆さんにしてもらったことをレナルド君に返さなきゃいけない。
ごめんなさいなんて言うことはできない。それは独りよがりだ。だからその代わりに、このモグイのダンジョンをレナルド君に思い切り楽しんでもらう。私がそうしてもらってきたように。
でもなんでブンプクさんは気が付いたんだろ。まあブンプクさんだしな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます