第131話 植物迷宮の女帝《エンプレス》 ③

「ダンジョン≪モグイ≫は植物系モンスターのダンジョンです」


 私はモグイのダンジョンが出来た経緯についてレナルドさんにお話を始めた。


 師匠のおうちのあるマディアから南東の方角、街道をずーっとすすんだところにあるプストニの砂漠。そこをさらに南西に進むと、砂漠の中に突然鬱蒼とした森が現れる。


 オアシスではない。むしろ逆。モグイのダンジョンがプストニ砂漠ができた原因なのだ。


 <モグイ>のボスはドライアドクイーンのアブダニティアさんという方。


 ネオデにおいてドライアドという種族はモンスターとして登場する。見た目はみんな女性の美人さん。でも美しい見た目とは裏腹の、人間の男を誘惑して森に誘い養分として吸収してしまう恐ろしいモンスター。


 でも昔々。ドライアドの中に一人だけちょっとかわった子がいて、その子は人間の少年に本当に恋をしてしまう。少年の方も美しいドライアドの少女に惹かれていく。


 そもそも男の人って人外美人大好きだからね。ドライアド以外にもセイレーンとかローレライとか似たような話がいっぱい出てくる。日本の雪女とかなんとか女房もその類だろう。おっと、脱線。


 二人は惹かれあっていくのだけど、少女はドライアドの女王の娘。少年はプストニ王国の王子。よりにもよって、である。結ばれるわけはない。種族を超えたロミジュリだ。でも二人はあきらめなかった。やがて成長し大人になった二人は互いの国を捨ててどこか遠くで暮らすことを決める。


 駆け落ちした二人が幸せに暮らせたら良かったのだけど、世界はそれを許さなかった。他の人間の眼にはドライアドは危険なモンスターであり、王子はそれにたぶらかされた犠牲者にしか見えなかったのだ。二人は途中で捉えられ、少女を守ろうとして少年は死んでしまう。そして死体に縋り泣き崩れる少女も同じように殺された。


 王族である少年はドライアドの少女に殺された。そういうことにしよう。二人を殺した者達はそう示し合わせた。いや元々そうする予定だったのかもしれない。魔物にたぶらかされた王子は初めから人知れず殺される予定だったのかもしれない————




「ええっ」


 話を聞いていたレナルドさんが突然声を上げた。そしてレナルドさんは御者台からおっこちた。


 え、何? なんで落ちたの?


 ブンプクさんがあわてて馬車を止めてレナルドさんを拾いに戻る。


「レナルド君、急にどうしたの~~?」


「話をするときは相手の方にアバターを向けないと駄目なんです」


 ……えっ。


 それもしかしてさっきブンプクさんに言われたお話? この人、私に話しかけるために馬車の上で向き変えようとしたの? そ、そりゃあ落ちるよ。そりゃあ落ちるんだけど。


 なんか、なんかレナルド君素直だな。変は変なんだけど、ちょっと印象が変わってしまいそうだ。いや、許してないけど。だって師匠の悪口言ったし。私の部屋に勝手に入ったし。


「ああ~~、ごめんね~~。向けないときは向かなくていいんだよ~~」


 レナルドさんを御者台に引っ張り上げながらブンプクさんが言った。


「えっ」


「わかる~~~。じゃあ初めから向き変えなくてもいいじゃん、ってなるよね。難しいよね~~」


「はい……」


 そ、そうかな? 難しいかな? ブンプクさんとレナルドさんは分かり合ってるようだから、私の方がおかしいのかな???


「で、レナルド君はコヒナちゃんに何を言おうと思ったの~~?」


 再び馬車を走らせながらブンプクさんがレナルドさんに聞いた。


「ええと、酷いことするなって。嘘をつくのはいけないことなんです」


「ね~~。酷いよね~~。せっかく違う生き物同士愛し合えたのにね~~」


「はい……」


 レナルドさんは本当にショックを受けているみたいだ。


 ……。


 ううん。ううううううん!


 いやだめ、許さない。師匠の悪口を言ったんだから許さない。でももう入らないって約束するならお部屋に勝手に入ったことは許してやってもいい。


 あとレナルドさんとブンプクさんの会話が若干噛み合ってないように見えるの気になるんだけど。二人の間では会話成立してるんだからまあいいのかな!


「じゃあコヒナちゃん、続きをお願いね~」


「は~い」


 でもだいじょぶかな。この続き話しても。レナルドさん、ドライアド族擁護の過激派になったりしないだろうか。なんだか心配になりつつも私はお話を再開した。



 ドライアドの姫と人間の王子の二人は人の手で殺されてしまった。


 居合わせた全員が口を合わせれば万事丸く収まるはず。だけどそれを聞いている者がいた。


 二人の駆け落ちを知りながら、それを見送ることを選んだドライアドの女王アブダニティアである。


 異変は直ちに現れた。一帯はアブダニティアの根の上だったのだ。


 そもそもブストニ王国ができるはるか以前、この辺りはドライアド族の領地だった。そのころの人間は弱く、森は豊かではあったが同時に人にとって恐ろしい場所だった。


 人はドライアド族に縋って生きていて、ドライアド族はその見返りとして生贄を得ていた。生き物の心を食べるドライアドにとって、動物とは違う人の精神はいわばごちそう、最上の供物であり、また恐るべき森の脅威から守ってくれるドライアド族は人間にとってまごうことなき神だった。


 でも人間はだんだんと力を付けて行って自分達だけで生きていけるようになり、やがて神様のことを忘れてしまった。ドライアド族は神からモンスターへと零落した。


 ドライアド族とその女王アブダニティアは人間を咎めることをしなかった。住処を人に譲り得体のしれないモンスターとして生きていくことを選んだ。


 最初は生贄としてではあったけれど、人と交わる長い年月の中で彼女たちは彼女たちなりに人を愛するようになっていたのだ。それは多分人間の愛の形と一緒ではないんだろうけど。


 でも彼女たちの中に人と同じ方法で愛し合うことを求める者が現れるくらいに。長い時を生きてきた女王自らが娘の幸せの形としてそれを理解するくらいに。彼女たちは人を愛していた。


 でもその結果、自分の根の届くところでみすみす娘を死なせてしまった女王の悲しみと怒りは深かった。


 彼女は再び神となる。しかし人の守り神ではない。全ての人類を滅ぼす怒れる神≪ドライアードクイーン アブダニティア≫となったのだ。


 突如地面に大きな穴が開き、二人を殺害した者達は直ちに飲み込まれた。異変はさらに拡大する。


 ドライアド族の住処である≪モグイ≫の森を中心に、一切の植物の恵みがない砂漠が出現した。砂漠は恐ろしい早さで広がり、ブストニ王国は瞬く間に滅んでしまう。それでもなお、砂漠の広がりは収まらなかった。


 これがダンジョン≪モグイ≫の伝説。この世界に訪れた一番最初の世界の終わり。


「女王かわいそう……」


 私のお話が終わるとレナルドさんがぽつりと言った。


 むう。


「うん~~。ダンジョンのお話はみんな悲しいけど、このお話が一番悲しいと思う~~」


「えっ。他のダンジョンにもお話があるんですか」


「うん~。あるよ~~?」


「ディアボにも?」


「うん~~。ディアボの話ならナゴミヤ君か猫さんが詳しいよ~~」


「猫さん?」


「猫さんはねえ~~猫さんだよ~~。あっ、着いちゃった~~。はーい、みんな降りて~。猫さんとディアボのお話は今度ね~?」


「えっ、はい……」


 おや。レナルドさんちょっと残念そうだ。ディアボの話、興味あるのかな? それとも馬車が気に入っちゃって降りたくないのかな?


 砂漠の中にある大森林。その中央の地面は崩れて大きな穴が開いている。穴の周りは様々な花が咲き乱れ、美しいんだけど何処か不気味でもある。ダンジョン<モグイ>の入り口だ。


「じゃあ~、三人で行ける所まで行ってみよう~~」


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