第130話 植物迷宮の女帝《エンプレス》②
『ただいまあ~~。だれかいるかな~~?』
ギルドチャットのウインドウに響いたのはブンプクさんの声だった。私は心の底からほっとしてそれに返事を返す。
『ブンプクさん、おかえりなさい』
『おお~~、コヒナちゃんだ。お久しぶり~~。今何してるの~~?』
『えっと、今はその』
今度は逆に伝えたいことが多すぎて返事に困る。目の前でずっと沈黙しているレナルドさんにもギルドチャットは聞こえているのだ。迂闊なことは言えない。
『んん~? どこ? ナゴミヤ君のおうち?』
『はい、そうなんですが』
『わかった~~。とりあえずそっちに行くね~~』
『はい』
よかった。ブンプクさんが来てくれる。妊娠中のブンプクさんのことも困らせてしまうかもしれないけれど、でも問題はギルド全体にも及びかねない。私一人ではどうすることもできないのだ。せめて一緒に悩んでくれる人が欲しい。
しゅんという音と共に転移魔法でブンプクさんが現れた。
「あらためてコヒナちゃんお久しぶり~~」
桜色の着物に袴姿。異常事態の中でいつも通りのブンプクさんの姿に安堵する。なんだか金縛りが溶けたような気持だ。
「お久しぶりですブンプクさん。お加減はどうですか?」
「全然元気~。ショウスケは心配して動くなって言うんだけどね~、ってあれ~~、どなた~~?」
ブンプクさんは私の後ろにいるレナルドさんに気が付いた。
「ええと、新しくギルドに入った人なんですが……」
「えええっ、そうなんだ。レナルド君だね。よろしくね~~。ねえねえなんでうちに来たの? やっぱりナゴミヤ君?」
事情を知らないブンプクさんは普通にレナルドさんを受け入れてしまっている。違うと説明したいが私にも何が何だか、何が違うのかわからない。
「ええと、リオンというひとに誘われて」
「リオン? リオンって誰~~?」
「リオンさんは昨日ギルドに入った人なんですが」
「ええ~~っ、じゃあ昨日二人も来たの? すごいねナゴミヤ君は~~」
師匠が勧誘したり承認したわけではないのだけど。ブンプクさんのなかではどんどん話が進んでいく。
「で、そのリオン君はどこ~~?」
「あの、今日は見えてないみたいです」
「そうなんだ~。じゃあリオン君と会うのも楽しみだね~~。とりあえずレナルド君よろしくね。あ、歓迎会は? 昨日やったのかな?出遅れちゃったかな~~? 」
「昨日は私と師匠しかいなかったので」
ブンプクさんが嬉しそうにしてるから思わず答えてしまったけれど、私もレナルドさんがギルドに来たと知ったのはつい先ほどの話だ。
「そうなんだ。じゃあまた日を改めてだね。ナゴミヤ君に任せておけば大丈夫でしょう~~。ナゴミヤ君は遅いだろうし、じゃあとりあえず三人でどこか行こうか~~? レナルド君はどんなスキル? 歴はどのくらい? 普段どこで遊ぶことが多いの?」
「え。僕は、ええと」
お、おお……。レナルドさんが困惑している。さすがブンプクさんだ。頼もしい。
「ああ~~、ごめんねえ~~。わたし距離感とかわかんないからさ~~。慣れてね~~? 」
慣れてねて。強いなブンプクさん。レナルドさんのことが怖くないのだろうか。
「ええと、僕はずっとやっているのでモンスター退治は得意です」
「あ~~! レナルド君、アバター同士でお話する時にはアバターを離してる人の方に向けるんだよ~~!」
「え」
突然話が飛ぶ。レナルドさんもついていけないようだ。
たしかにレナルドさんがずっと同じ方向を向いたままお話をするのは見ていて凄く不安な感じがするのだけど、とてもそれを指摘する気にはならない。
「でもチャットは見えるんだしどっちでもいいんじゃ」
そう言いながらもレナルドさんはアバターをブンプクさんの方に向けた。
「ね! そう思うよね! わかる~~~。どっち向いてても同じように聞こえるのにね~~~。変だよね。私もハクイちゃんに言われて初めて知ったんだ~」
「ハクイちゃん?」
「あ、ハクイちゃんって言うのはね、ギルドのメンバーだよ。回復専門の人でね、ゴーレムのスキル以外で戦えない人なんだ~」
「え」
「ね~~、変だよね~~」
「ハクイちゃんというひとは変な人なんですか?」
「うん~~。あ、変だけど優しいんだよ。いっぱい色んなこと教えてくれたんだ」
「変なのに優しい?」
「うん~~。すっごく優しいよ~~。大好きなんだ~~」
「え、でも変な人なんですよね?」
「うん、そうだよ?」
すごい。ブンプクさんすごい。なんだかレナルドさんが怖くなくなってきた。師匠の悪口を言ったことは許せないし、お部屋に勝手に入っていた気持ち悪さはぬぐい切れないけれど、ブンプクさんに圧倒されているのを見ると、むしろ何だか普通の人っぽい。
「ナゴミヤ君に聞いたと思うけど、うちのギルドは変な人ばっかりだよ~~。安心してね」
「え、変な人ばっかりなんですか?」
「うん~~。だから怖くないんだ~~」
「え?」
「え? だって普通の人って、怖いでしょう~~?」
言われてレナルドさんは固まってしまった。返事が思いつかないらしい。
「あれ? コヒナちゃん、私また変なこと言った~~?」
「ええと、多分言ってないと思います」
変なことは言っている。でもブンプクさんの言っていることの意味は分かる。だから変なことを言っているのではないとわかるし、共感もできる。でも私にはわかるけど、正直初対面のレナルドさんにはわからないと思う。
「そっか~~。ならいいや~~。何の話だっけ。そうだ、ダンジョンどこ行こうかって言ってたんだね~~」
ええと、そうでしたっけ? 大分話が巻き戻ってる気もするけれど、いやもとに戻ったんだからいいのかな?
「三人ならモグイのダンジョンはどうかな~~?」
「モグイ?」
「うん~。植物のダンジョンのモグイ~~。あれ? レナルド君、モグイあんまりいかない?」
モグイは植物のモンスターが蔓延るダンジョンで、私は染料を取るために師匠のお供で良くいく。浅い階層ならたまにしか迷わずに探索できるくらいなじみの深いダンジョンだ。でもレナルドさんにとってはそうでもないようだ。染料とか栄養剤以外は奥のほうまで行かないと良いものが出ないダンジョンなので避ける人はいるだろう。
「行きます。知ってます」
「そっか~~。じゃあ決まりだね~~。れっつご~~」
決まってしまったらしい。正直レナルドさんと行動したくはないけれど、私は行きませんとはちょっと言い出せない雰囲気だ。
「じゃあ、ゲートの魔法ないし、各自転移魔法で飛んで合流しよう~~」
「僕はゲートの魔法が使えます」
「おお~、レナルド君すごい~~。じゃあお願い~~」
「ええと、でもモグイにはいけないです」
うん? ゲートの魔法が使えるならモグイにいけないということは無いはずだけど。もしかしてレナルドさん、モグイに行ったことない?
「そうなんだ~~。じゃあ、みんなで歩いて行こうか~~」
レナルドさんは明らかに変なことを言っているのだけど、ブンプクさんはそこに疑問を持つでもないようだ。
「じゃあ~~、私が運転するね~~。えい~~!」
ブンプクさんがそう言うとぽん、と音がして私たちの前に豪華な馬車が現れた。
「えっ」
またレナルドさんは固まってしまった。これは無理もないかもしれない。なにせ現れた馬車は外装は純白、車体には鮮やかな彫刻で美しい花や葉の模様が緻密に描かれているというシロモノ。これだけでも王様でも乗ってるんじゃないかという贅沢な作りだけど、おまけに4頭の
バイコーンは魔物使いさんたちが使役するモンスターの中でもかなり上位の存在だ。捕獲するのにも相当な腕が必要。それが四頭。流石にダンジョンには入れないけどフィールド上では敵なし。
これは≪骨董屋≫ブンプクさんの所持する激レアアイテムの一つ。なんとギルドメンバー全員でも一緒に乗れてしまう豪華絢爛魔法の馬車。ネオデ黎明期に実装された今は手に入れることが出来ない本物のお宝だ。町の中で展開しようものならたちまち人だかりができてしまう。
「は~~い、二人とも乗って~~」
そう言われてもレナルドさんも気が引けるのもわかる。
「レナルド君、隣乗る~~? 御者台、見晴らしいいよ~~」
「え、いいんですか?」
「うん~~、どうぞどうぞ~~」
む、御者台いいな。でも私はこの間乗せて貰ったし今日は我慢だ。室内も豪華だしね。この空間独り占めは贅沢の極みだ。この馬車は凄いアイテムなのだけど、普段はゲートの魔法で移動するからほとんど活躍の機会がない。勿体ないことだと思う。
「じゃあコヒナちゃん、モグイのダンジョンのお話してね~~?」
「私がですか?」
「うん~~。だってナゴミヤ君いないし~~」
なるほど。ならば確かに弟子の私の仕事ですね。
多分レナルドさんはモグイに行ったことがない。なんで秘密にしてるのかはわかんないけど。きっとモグイのお話は知らないだろう。
そもそもダンジョン形成などのネオデの世界の神話は、興味がない人にとっては全然興味がないものらしく、知らない人の方が圧倒的に多い。ゲームのには知らなくても困らないしね。私の場合師匠が変人なので私も詳しくなってしまったというだけのことだ。
レナルドさんのことは正直好きではないけれど、モグイまでの長い道中、ほかにすることもないし、師匠の代わりをやれと言われたなら仕方がない。
私だけ馬車の中だけど、不思議パワーで御者台まで声が聞こえてしまうのは不思議なものだ。これも数えきれないくらいあるネオデの七不思議のひとつだろう。
「ダンジョン≪モグイ≫は植物系モンスターのダンジョンです」
私はモグイのダンジョンが出来た経緯についてレナルドさんにお話を始めた。
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