第127話 孤独のギルドマスター《ハイエロファント・リバース》②

 レナルドは駄目なレオンと同じ過ちはしなかった。ひとりでモンスターを倒し、ひとりで暮らした。


 レオンだったころの知識を生かし、レナルドは急速にステータスを伸ばしていった。死霊術を中心にスキルをくみ上げたレナルドは一人でもほとんどのモンスターを倒すことが出来た。もちろん一人で戦うようには設定されていない、ダンジョンのボスモンスターに戦いを挑むような愚かな真似はしなかったが。


 たまにパーティーを組むことはある。偶然町で出会った者、偶然ダンジョンで出会った者。でも、同じ相手と再び冒険をすることは無かった。同じ相手に誘われることは無かったし、向こうがこちらの誘いに乗こともなかった。レナルドにはその理由が分からなかった。一生懸命考えたがわからなかった。


 ただ、何かとても悪いものがいて自分を邪魔している。それだけははっきりとわかっていた。


 こうしてネオデの中でも誰ともかかわらずに過ごしていたレナルドは、ある時不思議な人物に出会うことになる。


 マディアの町の仕立て屋の前に並べられた、小さな机と二脚の椅子。

 緑のマギハットに緑のドレス。じゃらじゃらと付けたアクセサリー。


 机の横に置かれた看板には 「よろず、占い承ります」 の文字。


 その人の名は<コヒナ>と言った。


 見料は500ゴールドと書かれている。500ゴールドと言えばダンジョンの中階層でも十分程度で稼げてしまう金額だ。この人はモンスターの倒し方を知らないのだろうか。もしそうなら教えてあげないといけない。それが親切というものだろう。


 立ち止まって看板を見ていると向こうの方から話しかけてきた。



「いらっしゃいませ~。何か見ていかれますか?」



 コヒナはにっこりと微笑んだ。レナルドを、怜王を見て微笑んだ。



「あなたはお金が欲しいんですか?」


「へっ? ええと~。そうですね~。占いが終わってからご納得いただけたらのお支払いですが、やっぱりいただけたほうが嬉しいですね~。ご希望でしたらどうぞおかけください~」


「座ってもいいんですか?」


「もちろんです~」



 なんて優しい人なんだろう。こんな笑顔を向けられたのは初めてではないだろうか



「何を見ましょうか~?」


「ええと」


「何を占いましょうか~?」


「ええと」


「では、こちらで勝手にカード広げて見させていただきますが、宜しいですか~?」


「はい」


「はあい、承りました~。では、これから占いに入ります。その間ちょっと動かなくなりますがそのままお待ちくださいね~」


「はい」



 言葉通りコヒナは動かなくなった。待つのは得意だ。レナルドは動かなくなったコヒナをずっと見つめていた。まったく苦痛には感じなかった。



「お待たせしました~。では占いの結果をお伝えしますね~」


「はい」


「1枚目、ここに来るカードは過去のあなたを指します~。


 出ているカードは≪ソードの6 正位置≫。このカードには船に乗って今いる場所から去っていく人物が描かれています~。


 このカードには行き止まりや諦め、失意、ゼロからのやり直しと言った意味があります~。なにか辛いことがあって、諦めなくてはいけないことがあったのかも。お心当たりはありますか~?」



 レオンだった時のことを言い当てられ、レナルドは驚いた。



「はい、あります」



「はあい。では次のカードですね~。二枚目に出ているカードは≪聖杯カップのエース、逆位置≫。


 このカードはあなたの現在を表します。≪聖杯カップのエース≫に描かれているのは清らかな水が湧き出る聖杯。


 水はあなたの心を示しています~。正位置では素晴らしい出会いや心が通じ合うと言った意味を持ちますが、逆位置では水がこぼれてしまった状態。虚しさ、寂しさ、孤独を示します~。こちらはお心当たりありますでしょうか~?」



「はい、あります」



 レナルドは興奮していた。自分がずっと感じていたことが言葉にされていく。何も言っていないのにどんどんと言い当てられていく。この人は僕を理解してくれる。なんて心地がいいのだろう。レナルドにとってそれは初めての体験だった。


 ああ、この人だったんだ。僕の運命の人は。間違いない。だってこんなこと今まで一度もなかったもの。僕を理解してくれる人なんて、今まで一人もいなかったもの。



「三枚目に出ているカードは≪法王ハイエロファント 逆位置≫


 このカードが意味するのはあなたが



 ざーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 していただくことで、運命は変わっていくかもしれません。今抱えているつらい気持ちも消えてしまうと思いますよ~」



「運命がかわるんですね。楽しみです」


「そうですね~。すいません、失礼なこと言ってしまって~。頑張ってくださいね~」


「はい、頑張ります」



 レナルドは生まれ変わったような気分だった。全部あのコヒナと言う人のお陰だ。コヒナは言ってくれた。運命は変わっていき、今までの嫌な気持ちも消えてしまうと。


 ぶぅんと微かな音がして、見たこともない新しい物語が始まるような気分。もちろんその物語の主人公はレナルドだ。


 いつかこんな日が来ると信じていた。やっとこの日が来た。きっとコヒナも同じ気持ちだろう。だってこんなに親切にしてくれたもの。


 しかし気になることもある。



「あなたは何でこんなことをしているんですか。もっと簡単に稼げるのに」


「そうなんですね~」


「モンスターを倒すとお金が手に入るんです。僕はずっとネオデにいるので何でも知ってるんです」


「それは凄いですね~。私はネオデに来てまだ一年なんですよ~」


「ああ、そうなんですね。それでこんなことを」



 やはり、とレナルドは納得した。



「丁度良かった。僕はギルドを作ろうとしていたのです。コヒナさんを入れてあげます。お金の稼ぎ方も教えてあげます」



 しかしコヒナの答えは予想外のものだった。



「あ、大丈夫です~。私には師匠がいまして、その方から色々教わっているので~」


「え、そうなんですか?」


「えへへ~、そうなんです~。師匠は



 ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 そうか。この人も色々大変な思いをしているのだ。その師匠という奴のせいでレナルドのギルドに来ることが出来ないのだ。そいつに騙されてこんなことをしているのだ。


 僕と一緒だ。なんて可愛そうなんだろう。



「わかりました。また来ます」


「はい~。ご来店ありがとうございました~。またお越し下さい~」



 コヒナはそう言ってまたにっこりと、怜王に向けて笑ってくれた。


 しかし、次に会った時はコヒナの様子は変わってしまっていた。まるで怜王の言うことを信じない、他の人たちと同じように。



「レナルドさん。私のことはどう言われても構いませんが、師匠の事を悪く言うのは止めて貰えませんか。これ以上は迷惑行為として通報します」



 また師匠だ。師匠と言うのはレナルドとコヒナの会話にいきなり入り込んできた失礼な奴で、名前を<ナゴミヤ>と言った。きっとコヒナはナゴミヤに何か悪いことを吹き込まれたのだろう。


 コヒナを騙し悲しい思いをさせているナゴミヤ。


 コヒナの師匠がこんな奴でいいはずがない。こいつはコヒナの師匠にふさわしくない。


 コヒナの隣にいるべきは自分だ。コヒナもそれを望んでいる。



「コヒナさん、あなたはコイツに騙されているんですよ。一度僕と一緒に来ればわかります」



 しかしコヒナはそれに答えずに転移魔法で飛んで行ってしまった。


 その後しばらくして、再びマディアの町でコヒナを見付けることが出来た。



「コヒナさん、こんにちは」



 前回と同様、コヒナの対応は素っ気ないものだった。



「すいません、あなたとお話することはありません」


「あなたは騙されているんです。それをわかって欲しいだけなんです」


「騙されてなんかいません。何も知らないのに酷いこと言わないでください」



 コヒナはそう言うと、机と椅子をしまって転移魔法で飛んで行ってしまった。


 話を聞いてもらわなければ理解して貰うこともできない。しかし自分たちは運命の糸で繋がれているのだ。今までのように簡単にあきらめてしまうわけにはいかない。コヒナを悪者の手から救い出さなくてはならない。それはレナルドに与えられた使命クエストだ。


 なにか、何か方法は。話を聞いてもらう方法は。



 ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 そうか、わかったぞ。


 やっぱり僕たちはそういう運命だったんだ。


 嫌な思いをしたことも、全部この時の為にあったんだ。全ての経験は無駄にならない。いまその全てが報われる。



 ぶん。


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