第126話 孤独のギルドマスター《ハイエロファント・リバース》

 ざーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーー



「何故あなたは他の子みたいにできないの」


「何故周りに迷惑を掛けているのがわからないの」


「何故あなたは駄目なの」


「何故あなたは嘘ばかりつくの」


「何故あなたが私の」



 ……違う、これじゃない。



 ざーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーー



 友達の家。みんなが中に入っていき、自分の目の前でぱたんとドアが閉じられた。


 遠足のバスの中、自分の隣の席は空っぽだった。


 給食の時間、自分以外は机をくっつけあって楽しそうにおしゃべりしながら食べていた。



 ざーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーー



「あ~、どこかの班。怜王を入れてやってくれないか」


「あの子嘘ばっかりつくから嫌い」


「駄目だっていってるでしょ」


「お願いだからついてこないで」



 ざーーーーーーーー


 ざーーーーーーーー


 ぶん。



「出かけてくるから、これ見ていい子にしていてね」



 ざーという音だけの、何の意味もなく灰色に蠢く画面。


 ぶん、と鈍く微かに機械が振動する音がして、そこに流れ出すのは何度も見たアニメ映画。


 主人公の少年がヒロインと出会って、二人で様々な困難を乗り越えていく。その過程で様々な人たちと知り合い、彼らの信頼と協力を得て巨大な敵を打ち倒す。


 ああ、君こそヒーローだ!


 かくて主人公は大勢の人々の祝福の中、ヒロインと結ばれるのだ。


 やがて映像が終わり、タイトル画面が表示される。バックは勇ましいテーマソングが流れている。


 曲が最後まで行きつくと数拍置いて再びテーマソングが流れ出す。


 繰り返し、繰り返し、テーマソングが流れる。


 繰り返し、繰り返し。


 やがて、それも止まる。


 ちゅん、と小さな音を立て、映像を流していた機械が停止する。



 ざーーーーーーーーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーーーーーーーーー



 波のような優しい音と意味を持たない画像が流れる。


 怜王はいい子で、母の帰りを待っている。



 ざーーーーーーーーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーーーーーーー


 ざーーーーーーーー


 ざーーーーーー




 ■□■



 レナルドこと加藤 怜王かとう れおはかつてギルドのマスターであった。メンバーは最大時には三十人以上にもなった、ネオオデッセイではかなり大型のギルドだ。


 その頃はレナルドではなく、レオンという名前だった。


 ネオオデッセイと言うゲームは楽しかったが、ひとりではなく友達と一緒に遊べばもっと楽しいだろうと思った。しかしなかなか一緒に遊んでくれる人が見つからない。


 レオンはギルドを作ることにした。ギルドを作ればそのメンバーたちといつも一緒に遊ぶことが出来る。実にいい思い付きだ。


 レオンはメンバーを集めようと頑張った。あちこちの町の冒険者ギルドの前で、ギルドメンバーを募集する為にチャットを張り上げた。



「僕のギルドに入りたい人はいませんか」



 しかしいくら頑張っても、メンバーは一人も集まらなかった。


 周りには同じようにギルドの勧誘をする者達がいて、彼らの元には希望者が集まるというのに、なぜか自分の所には一人も来ない。


 ここはゲームの中だというのに、これではまるで



 ざーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 隣で同じように勧誘していた者の所に入会希望者が来た。同じように並んで勧誘していたというのに、自分が選ばれなかった理由が分からない。



「何で僕のギルドに入らないんですか?」



 相手はレオンを見て「え」とつぶやいた後しばらく固まったが、やがて



「入るメリットがないから」



 と、答えた。そして隣にいた人が開いたゲートの中へと消えて行った。


 そうか、メリットか。それなら納得がいく。じゃあメリットを作ろう!


 レオンはさらに頑張った。一生懸命頑張った。他のギルドにはないメリットを打ち出せば、きっとギルド加入者が沢山やって来て楽しくなるに違いない。



「僕のギルドの加入者には毎日1万ゴールドを支給します。入りたい人はいませんか」



 暫くして加入希望者が現れた。イケニエと言う名前の男だ。怜王は画面の前で小躍りしたいような気分になった。これからレオンとギルドメンバーたちとの物語が幕を開けるのだ。


 しかしイケニエはレオンからその日の支給分の1万ゴールドを受け取ると、すぐにログアウトしてしまった。


 翌日以降も少しずつギルドのメンバーは増えていった。


 そして皆ログインするとレオンの所にやって来て、ゴールドを受け取るとすぐにログアウトしていった。



「あ、俺一週間来なかったから7万ね」



 メンバーはさらに増えた。毎日20万ゴールド以上の出費となれば流石に稼ぐのは容易ではない。



「今後支給金額は5千ゴールドにします」



 ギルドメンバーは一様に舌打ちしながらゴールドを受け取り、すぐにログアウトしていった。


 以降もギルドのメンバーは増えて行った。5000ゴールドでも厳しい。しかしここまで頑張ったのだ。きっとみんなわかってくれるだろう。



「今後支給金は終了します」


「はあ? ふざっけんなよ。ログインすんのもめんどいんだよ。もういいや。退会退会」



 ギルドメンバーは皆その場でギルドを脱退してしまった。それでも何人かは残っている。これはレオンが頑張った成果だろう。



「俺、一月こなかったから30万ね」



 もう支給金は中止したと言ったがそのギルドメンバーは納得しなかった。



「ああ? 聞いてねえよ。詐欺かよ。運営に言いつけんぞ」



 こうしてレオンは借金を背負った。



「お前さあ、ネオデの匿名掲示板知ってる?」



 ある日、ギルドメンバーのイケニエが言った。イケニエは最初にギルドに加入した男で、金を受け取ったらすぐにログアウトする者達とは違い、時々レオンと話をしてくれる。それは短い時間だがレオンはイケニエが来るのを楽しみにしていた。


 レオンが知らないと答えると、イケニエは一つのウェブサイトのアドレスを示した。



「ここ、見てみ」



 それはとあるネット上の匿名掲示板のアドレスだった。



 ********



 ネオデで毎日何もしないで稼ぐ方法。レオンってヤツのギルド、加入すると毎日1万くれるんだってwwwwwww


 勧誘必死過ぎwwwww


 斬新ワラタ


 クッソわらた


 きも


 キモイ


 俺加入しよう


 マジかよ


 ←サブでキャラ作って


 いじめwwwwwww


 通報しました!


 レオン通報しました!


 ログインボーナスwwwwwwwwww


 一万の為にログインすんのめんどい


 一万の為にログインすんのキモイ


 でも5キャラだと5万


 ←鬼


 ←鬼wwwwwwww


 キモイから行きたくない


 ←我慢しろよwww5万だぞ


 1万でログインってwww普通に稼いだ方ラクじゃんww


 キャラ作るのめんどくさいけど、5万っていう誘惑に負けてみるかwww自己嫌悪だわ


 毎日コツコツ


 別に毎日ログインしなくてもいんじゃね? 週一くらいで7万まとめて貰えば


 そのてがあったか


 ←天才


 レオンのギルドに入ると、キモいオーラが全身から発せられそうwww


 キャラ作って、ギルド入って、キャラけして、


 錬金術


 レオン錬金


 キモオーラか5万か悩む


 いや1万でログインするくらいなら、道端で拾った小銭を拾う方がマシだろwwwクソ無駄な手間だわ


 ←キモオーラもついてくるよ!


 速報:レオン5000


 マジかよレオン詐欺かよ


 信じてたのになー。レオン信じてたのになー。


 通報しました。


 通報?だれ?


 ←レオン


 レオンwwwwww


 レオン通報wwwwwww


 まあ、詐欺だしなあ。


 引っかかるやつwwwwww


 俺引っかかった。半月前に入ったのに10万しかもらえなかった。


 wwwww通報だなwwww


 半月で10万は通報ww。


 おいおまいらレオンにここ教えてきた


 ちょ、おま


 やさしい


 愛だろ、愛


 やべえ、ずらかれ


 やめろよ、可哀そうだろ俺達が


 wwwwwww


 いえ~ぃレオン君見てる~???



 ********



 イケニエがこの掲示板のアドレスを教えたのは勿論親切からではない。むしろ逆。それは自分たちと違う物を嗤い者にするための、嗜虐に満ちた公開処刑。


 レオンには何が起こっているのかわからなかった。ただ、世界が自分に悪意を向けているのだけはわかった。自分はこんなに頑張っているのに。


 このアバターはもう駄目だ。得体のしれない悪意のせいで駄目になってしまった。駄目なものは破棄しなくてはいけない。


 こうして、レオンというアバターの存在はユノ=バルスムから消えた。



 ちゅん。



 ざーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ぶん。



 そして、レナルドと言うアバターがユノ=バルスムに生まれた。

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