第124話 不死教団の法王《ハイエロファント リバース》④

 死者の王国を陰で操っていた死霊教団の大神官は、勇者の手により見事討伐されたのでした。めでたしめでたし。



 しかしその大神官を倒すと、さっきのノクラトスさんの部屋に小さな異変が起きる。


 部屋の中に何故かおかれていた棺桶。ノクラトスさん討伐の前は調べてみても「棺桶」としか表示されなかったのだが、改めて見てみると名前が「古びた棺桶」に変わっている。不審に思ってさらに調べると壊れてしまい、「朽ちた棺桶」へと変わる。


 その部屋の中で唯一新しかった棺桶が、ノクラトスさんが倒れると何故か他の家具と同じように朽ちてしまうのだ。そして朽ちた棺桶の周辺を調べるとその向こうの壁にスイッチを発見できる。スイッチを押すと「近くで何かが動く大きな音がする」というシステムメッセージがでて、祭壇のあった部屋にさらに地下深くへと続く階段が現れるのだ。


 狭くて長い階段を抜けると、そこには巨大な地下空洞。


 ノクラトスさんは死んでも尚、強力なアンデットを作り続けた。自ら不死の存在となり、死者を蘇生するという夢を永遠に追い求めることができる彼は、もしかしたら幸せだったのかもしれない。


 でもその結果がこれなのは如何なものだろう。ノクラトスさんは本当に自分で望んでこれを作っていたのだろうか。


 ファス某なる神だか寄生虫だかの力でノクラトスさんは不死になった。だからとても長い時間を掛けて人を生き返らせる方法を探すことが出来るようになった。でも、そもそも生前のノクラトスさんはなぜそんなにも頑張って死者を生き返らせようとしていたのだろうか。


 不死になったノクラトスさんがこれを作っていたのか、それともこれを作っていたのはもうノクラトスさんではない何者かなのか。


 リッチーの人格は生前のそれか、否か。この質問には誰も答えられない。


 地下の大空洞の中央に鎮座するのは死者の体から作り上げた巨大で醜悪な肉塊。ノクラトスさんが死して尚生涯をささげた不死と言う概念の終着点。


 それは生と死を侮辱する寄生虫の群れの巣窟。死体で作られた蟲塚。


 穴だらけの体はある部分は腐敗で膨らみ、ある部分は骨がむき出し。肉と骨を冒涜的に繋げて作られた体はかろうじて人型にも見え、それがかえっておぞましい。


 全ての生きる物の敵。全ての生命を消し去り、命に取って代わろうとした命に似たエネルギー体ファスム・ヴィータが哀れなリッチー達に作らせた、全ての生命を消し去るためのゴーレムフィグラ。かつてこの世界に訪れたいくつもの世界の終わりの一つ。



 <フィグラ・ファスムヴィート>



 これがハロスのダンジョンの本当のボスだ。


 私の得意とする雷撃属性の攻撃はフィグラ・ファスムヴィートには効きにくい。有効である炎や聖属性の剣も持っていない。こんな時 改めて全ての敵を同じスキル、同じ装備で倒したというショウスケさんの凄さが分かる。私一人ではまだまだ到底倒せない。でも師匠と二人なら倒すことが出来る。一人で戦うのと二人で戦うのは全然違うのだ。


 師匠の魔法で私の剣が燃え上がる。回復も気にしなくていいしフィ……。フィ? あれ、ファ? ファファ某? いやファファ某なんて可愛い感じじゃないな。寧ろブワブワ某。


 ブワブワの体から剥がれて別個に活動しだす大量のゾンビやスケルトン、うぞうぞ動く|屍肉塊<ブロブ>などの低級アンデットは、ノクラトスさんの時と同様本気モードの師匠の炎の壁と火球の魔法が焼き払ってくれる。


 私は大きなダメージを連続して受けないように気を付けることと、ボワボワにダメージを与えることに集中すればいい。あれブワブワだっけ? まあどっちでもいいか。


 厄介なのはブワブワのHPが三分の一を切った時に召喚してくる死霊術師の神官、リッチーやハイリッチーたち。流石にこれを無視するわけにもいかない。もう一対一では後れを取ることは無い相手だけど、三対四体の同時出現は危険だ。現れたら早めに処理しなくてはならない。


 そしてさらに四分の一を切った時に召喚しだすのはなんと<ブルーガード>に<レッドガード>、そして<スケルタルロード>のスケルタル御三家。さっきまで傀儡とはいえ王様だったスケルタルロードをしもべ扱いだ。流石悪い神様。やることが汚い。


 このスケルタル御三家は強いけどブルーとレッドは魔法を使わないのでちゃんと対処すればそれほど怖くはない。


 優先順位はエンシェントリッチーやハイリッチーとスケルタルロード。少し下がってリッチーとブルーとレッド。それからボワボワ。


 師匠は私のことをしっかり見ていてくれるので剣から炎が無くなるということは無い。別に攻撃力アップの魔法もかかっているので普通の低級リッチーなんかほとんど一撃。これは快感。癖になりそう。ヴァンクさんの気持ちがよくわかる。


 しかし、これを一人でかあ。炎か聖属性の武器がないと無理じゃないかなあ。でもただ属性が付いてるだけじゃ話にならない。いくら苦手属性とはいえそれなら今愛用してる剣の方が強いくらい。でもショウスケさんの剣も無属性だし……。そりゃ私の剣とは大分差があるけど、ショウスケブレードを持っていたとしてもやっぱりなあ。しかもこのボワボワと戦うにはその前にノクラトスさんを倒す必要がある。


 ……無理じゃない?


 歴に差があると言っても私ももう一年以上やってるわけで。ショウスケさんがボスのソロ討伐に成功したのっていつごろからなんだろ。


 一瞬考え事をしていたところにリッチーたちの冷気弾の魔法が飛んできた。びしびしと連続して受けてしまう。駄目だめ、集中。


 やっぱり重要なのは盾の使い方なんだろう。ショウスケさんはダメージを受けない。受けないことは無いんだろうけど、私には受けてないように見える。今度会えたら聞いてみたいなあ。でもブンプクさんとの邪魔にならないようにしないと。


 いつかソロでの攻略をするためという名目できたのだから、ソロで倒すときの動きを意識しながら……。でも今日は師匠と二人での討伐を楽しみたいというのもある。だってこんなんデートみたいなもんですよ。


 なんつってね、なんつってね。うへへへへ。


 あっ。


 びしびし。


 あぶない。冷気弾で私のHPが大きく削れる。これも師匠の魔法のお陰で抵抗が上がってるから何とかなってるんだよね。強いぞボワボワ。ちょっと敵も多くなってきた。師匠が一緒だとは言えしっかり頑張らないと。


「コヒナさん大丈夫?」


「すいませんちょっと油断しました!」


「OK~。んじゃ僕ももう少し働くかあ」



 師匠はそう言うとしゃらん、と杖を振った。


 お、おや? 師匠の様子が?



「母なる混沌より分かれし最初の一柱、心猛き我が盟友イグニス・フィエリの名において命じる。炎よ、創世の灯よ。生まれ我が元に集いて柱となり、全ての不浄を焼き尽くせ!マギア イグニス・コルムナ!」


 詠唱長い! んで、その魔法イグニス・コルムナじゃないですよ。ただの「炎の柱」ですよ。


 イグニスコルムナは師匠の好きな漫画に出てくる炎の大魔法。お兄ちゃん達が買ったものが家に置いてあるので私も読んだことがある。ネオデの魔法にチャットで詠唱しなければならないというシステムはない。これは師匠の趣味だ。あるいは師匠の病気だ。


 とはいえ。炎の柱はかなり上級の魔法。モーションも長いし取得するのも大変だしで魔法使いの間では下位互換の火球の方が好んで使われる。だけどちゃんと上手に使えばごらんのとおり。


 師匠が生み出した渦巻く炎の柱はハイリッチーに激突し、派手な爆炎のエフェクトをまき散らす。召喚されたばかりのハイリッチーと周辺のゾンビ達がその一撃で葬られる。うおお、すごい。


 ……これが……魔法か……! とか言いたくなる!



「師匠、凄いです! どうしたんですか!?」


「あ~。うん。その、ちょっと炎の……。これだけね、上げてきた」



 なんかもごもごしたチャットが返ってきた。多分照れてるんだと思う。詠唱してるくせに。恥ずかしいポイントが意味不明だな。でもこれだけモーションの長い魔法を阻害されずにきっちり発動させて、しかもやたら長い詠唱まで打ち込んで。やっぱうちの師匠すごいんじゃないかな。凄さの方向性はアレだけど。


「回復もあるしMP凄く食うから連発はできないからね~。メインはコヒナさんでよろしくね」


 言いながらもつづけさま、今度は詠唱なしで唱えられた炎の柱がエンシェントリッチーのHPを大きく削る。よし、今だ!


 選んだスキルはライトニングスラッシュ。でも師匠の魔法のお陰で偽フレイムストライク。


 私の追撃でエンシェントリッチーも消滅する。



「おおお、やるねえ。流石」



 言いながら師匠は私の武器を包む炎の魔法を追加継続してくれる。



「本体、叩きます!」


「よし、周りは任せて!」



 一人では全く勝てる気がしないボワボワも、師匠と一緒なら話は別。膨大なHPも師匠と私の合わせ技、偽フレイムストライクでガンガン削れていく。まさに共同作業! なんつってね。


 うへへへへ。


 あっ。


 びしっ、びしっ。


 こうして巨大な不死兵器はやがて派手なエフェクトをまき散らして消えて行った。



「よっしゃ! 全然危なげなかったね。ソロも行けるんじゃない?」


「ありがとうございます! ううん、ソロは……行けるんですかね~?」



 ほんとは危なげあったと思うけど、気づかなかったというよりノーカン扱いにしてくれたのだろう。



「めぼしいものは拾ったかい? 転移禁止が作動する前にずらかるぞ!」


「OKです!」



 ボスを倒すと一定時間転移禁止が解ける。その間にゲートや転移の魔法で脱出しないとかなり前の転移可能区域まで戻らなくてはいけない羽目になる。無事におうちに帰るまでがボス攻略です。しかしいつもながら師匠、火事場泥棒みたいな言い草だな。


 ボワボワは倒した。ノクラトスさんもちゃんと体は土に、魂は天に返してあげた。


 でもゲームだからボワボワもノクラトスさんもすぐに復活する。だけど、どこかに、ノクラトスさんが救われる世界があるのだといいな。


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