第123話 不死教団の法王《ハイエロファント リバース》③

 タロットカード大アルカナの五番目のカード、「法王」ハイエロファントは宗教の最高司祭であり、信仰と法を司るものとされる。


 ここから正位置の「法王」《ハイエロファント》が示すのは教育、道徳的な価値観、心の平和と安らぎ。高潔、誠実、他人とのかかわり方。法王のアルカナとの出会いはただ一人生きるのではなく、人として他者と関わりながら生きる術を与えてくれる。


 反対に逆位置の「法王」《ハイエロファント》が示すのは、無知、無教養、偏見、情報に振り回されること、一人よがり。


 それに、信仰の喪失。あるいは妄信、狂信。



 □■□



 崩れ、苔むしたダンジョン 不死王宮ハロスの入り口。


 ハロスのダンジョンはスケルタルロードと言うアンデットの王様によって作られた宮殿ということになっている。実際はスケルタルロードは奴隷頭みたいなものなんだけど。


 ダンジョンに入ると大きな通路を挟んで両脇に扉が並んでいる。石造りだが洞窟ではなく、人によって作られた建造物だ。その中をゾンビやスケルトンの大群が、どさどさ、かちゃかちゃと歩き回っている。


 しかし階層を下り地下三階まで来ると様相が一変する。


 大理石のような白くて大きな柱には一流の職人の手による見事な彫刻。柱の間には緋色の錦に金糸で刺繍がされたタペストリー。ダンジョンと言うよりまるで王宮の様。


 赤い絨毯の敷かれた通路を進んでいくと、それぞれ赤い鎧と青い鎧を着こんだ骸骨が二体、大きな斧槍ハルバードをクロスさせて道をふさいでいる。二体とも反対の手にはこれまた大きな鎧と同じ色の盾。


 <ブルー・ガード>と<レッド・ガード>。


 この二体は私がネオオデッセイに来て初めて私が「倒した」モンスターだ。


 正しくは倒させてもらった、いやむしろ倒している所にいた、だろうか。その頃の私ではダメージなんか一つも与えられなかった。この二体は恐ろしく高い防御力を持つ。そのかわり回避率が低いのであの頃の私でも攻撃を当てることはできた。ダメージはゼロだけど。


 あの時ここに連れて来てくれたクロウさんたちには今でも時々お世話になっている。私とは合わなかったけど、みんな優しい人たちだった。自分達の楽しいを私にも分けようとしてくれた。


 でもさっきのレナルドさんはちょっと違う。私の楽しいを否定して、それどころか私の師匠を否定した。思い出してもざりざりする。できればもう会いたくない。


 ネットゲームにはそれぞれの楽しみ方がある。それを思い切り満喫するために、みんなこの世界にやってくるのだ。どうやら私の楽しみ方はややマニアックな部類に属するらしいということも最近はわかってきた。まわりにもっとアレな人たちがいるからわからなかったんだけど。私は師匠に、ギルド<なごみ家>に会えて、本当によかったんだな。


 二体のロイヤルガードに守られてその奥の玉座の間にいるのはスケルタルロード。


 贅沢な素材に緻密な刺繍が施されたロイヤルガーブに身で包んだスケルトンであり、このダンジョンを作ったとされる名もなき傀儡の王だ。


 強いことは強い。魔法も使うから二体のロイヤルガードよりも強いかもしれない。でもダンジョンのボスとしてはあまりにも貧弱だ。


 王様を倒して、あるいは避けて進んだ玉座の間の隣には、この死者の国で祭られていた神様の祭壇がある。神様の名前は記されていない。祭壇のある部屋は広いけれどもそれだけで、モンスターが出てくるわけでもない。


 この部屋からは細い通路が伸びており、その先に法王の部屋がある。法王様の部屋と言っても文字通りのただの部屋だ。法王様の為の宮殿があるわけでもない。それどころか法王様の部屋はさっきまでの豪華な作りが嘘のような質素な部屋だ。


 机と椅子、簡易なベッド。沢山の本。それになぜか棺桶が一つ。宗教のトップと言うよりは研究者の部屋のようだ。長い年月の間に、棺桶以外はどれもが朽ちて崩れかかっている。机の上には日記が置かれているが、これも朽ちてしまっていて読むことはできない。ただ、表に書かれている法王様の名前だけはかろうじて読みとることが出来る。


 この部屋の主の名はノクラトス。今でいう所の死霊術師であり、死の軍勢を率いて世界を滅ぼそうとした張本人、とされる人。


 日記帳に触れた後に祭壇の間に戻ると一体のアンデットモンスターが現れる。


 そのアンデットモンスターの名が、ノクラトスだ。


 ネオデのサービス開始当初、このダンジョンのボスは長いことこのノクラトスさんだとされていたのだそうだ。真のボスは別にいて、ノクトラスさんが崇拝していた死霊術の神様ファスムヴィートという存在だった。発見された時には相当な話題になったらしいけど、それは師匠もまだゲームをやっていない頃の古いお話だ。なんだかその時代にネオデをしていた人たちが羨ましい。


 ノクラトスさんは今でいう死霊術師だけれど、そもそもネオオデッセイの死霊術というのはもともとは人を生き返らせようとする試みで、当時は死霊術ではなく別の名前で呼ばれていた。


 ネオデの世界<ユノ=バルスム>では時折、死者が蘇るという自然現象が起きる。


 でもその蘇り現象は不完全で、蘇ったものは初めは生前と同じように行動しようとするがやがて腐敗と共に記憶と理性をなくし、ゾンビになっていく。


 何らかの原因で人は稀によみがえる。だが、その現象が不完全であるために蘇生は失敗する。当時はそう考えられていた。


 この人の蘇生に関わると思われていた因子のことを現在のユノ=バルスムではファスムヴィートと呼んでいる。このファスムヴィートを意図的に使役する方法が死霊術であり、私たちプレイヤーが使うスキルとしての死霊術もこれに準ずる。


 死霊術の考え方では生き物の身体は「肉体」「魂」「命」の三つからできているとされる。ファス某はこのうちの命の粗悪な代用品だ。


 このファス某は当時は別の名前で、当時の人の生死を司る神様の名前で呼ばれていたらしい。マディアの中央図書館の文献からはその名前は失われてしまっている。


 当時の名前が何だったにせよ、つまるところファス某は悪い神様だった。神様と言うか生命によく似た別のエネルギー体みたいなもの。自分では何もできなくて、死んだ者の魂や体に宿って初めてこの世界に意味ある行動が出来るもの。


 スピリチュアルな寄生虫みたいな感じかな? それともスピリチュアルウイルス?


 ファス某は本来はとても弱い存在。生き物の、死体や魂がなければ活動できない。でも取り付かれた死体は見かけ上蘇り、生前の習慣や記憶に従い、行動する。


 この辺が昔はよく理解されていなかった。死霊術を正しく行使すれば人は生き返ると思われていたのだ。ゾンビやスケルトンになってしまい、段々と生前のことを忘れてしまうのは、死霊術が不完全だからだと。


 違った。完全に間違いだった。ファス某はただ自分の存在する場所が欲しかっただけの寄生虫に過ぎなかったのだ。


 それでも人が生き返ることは奇跡に見えた。人は寄生虫を神と崇めた。

 より完璧な死霊術が求められた。より強力なアンデットが作られた。


 ある町の書物によると、生前のノクトラスさんは真面目に人間が生き返る方法を探していて、そのために死霊術を勉強していた人だったそうだ。


 とてもまじめな人で、だから神に騙された。神は古い死霊術師の死体に取り付き、その記憶と知識を使ってノクラトスさんを欺いた。


『我は神より生命の神秘を授けられし者。対価として汝の全てを差し出すのなら、その秘奥に汝を誘おう』


 ノクラトスさんはそれに乗ってしまった。


 騙され、自らの体を寄生虫に差し出した<狂信者>ハイエロファント・リバース。自分の研究はやがて死者を蘇生するという幻に縋った哀れな研究者のなれの果て。



 <再生教団教主ハイレヴィヴィファカンス ノクラトス>



 その姿は一見すると赤いローブを纏った人間のようだ。時折、ノクラトスさんの動きに合わせてローブの中に肋骨あたりの骨がみえる。ノクラトスさんがいくら動いても他の部分は見えない。見えないローブに隠れているからじゃなくてもう朽ちてしまったのだ。顔は陰になって見えないけれど、きっとそこにも、もう何もないんだろう。それでもノクラトスさんはファス某の力で不条理に「生き」続ける。


 ネオデでは死霊術で自分をアンデットにしてしまった者をリッチーと呼ぶ。死霊術のスキルにはちゃんと自分をリッチーにする術が存在する。体と魂の一部にファス某を住み着かせ、その恩恵により唯人には耐えられない魔力を扱うというものだ。


 リッチーはモンスターとしても存在している。まだネオデを始めたばかりの頃はマディアの近くのお墓に沸くリッチーは強敵であり、また同時にマジックアイテムをドロップするよい獲物だった。リッチーの皆様、当時は大変お世話になりました。


 ノクラトスさんはそんなリッチーの大親分みたいな人だ。でも同じ死霊術の研究者でも、ノクラトスさんとマディアのお墓にいるリッチーとは大学教授と大学生、下手したら高校生とか中学生くらいの差がありかなりの強敵だ。様々な属性の魔法をまんべんなく、しかも人には扱えないレベル6という高ランクでがんがん撃って来る。効果範囲も広く手避けるのも大変。さらには様々なアンデットを際限なく召喚してくるのだ。


 スケルタルロードがボスではないことにはすぐに気が付いても、ノクラトスさんをこのダンジョンのボスだと思ってしまうのは納得がいく。


 実際私もそうだった。始めてノクラトスさんを倒した時、ボス討伐成功~!とはしゃいでいた私をギルドのみんながにやにやと眺めていたのは忘れない。そもそも師匠がわざと私がそう思い込むように情報を小出しにしてきたのがいけない。いや、いけないことは無い。師匠はいつも私が一番楽しめるようにと気を配ってくれるのだ。


 実はノクラトスさんはボスじゃない。この物語には続きがある。そう言われれば驚きつつもやっぱりわくわくしてしまう。


 死者の王国を陰で操っていた死霊教団の大神官は、勇者の手により見事討伐されたのでした。めでたしめでたし。


 でも本当に悪いのは、大神官ではなかったのです!

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