第122話 不死教団の法王《ハイエロファント リバース》②
もう、もう! なんだあの人!
ざしゅざしゅざしゅ。
おうちについた私は早速近くに生えている大きな木に剣を叩きつけた。ざしゅんざしゅんと効果音が入る。剣の耐久が落ちてしまうのでそんなことしてはいけないんだけど、手近にモンスターがいなかったので仕方がない。
師匠もすぐ後から飛んできてくれた。
「改めてただいまあ。コヒナさん、それ何してるの?」
「八つ当たりです!」
「お、おう。ほどほどにね」
いつもと同じようなやりとり。その後少し間を開けて、師匠は言った。
「ごめんよ。もう少し早く来れたらよかったねえ」
「師匠が謝ることないです。こちらこそすいません、お疲れの所巻き込んでしまって」
「いやいや、それこそコヒナさんが謝ることじゃないんじゃない?」
「でも、私がもっとうまくあしらえてれば」
「いやいや。まあ、これでも師匠だし。それは気にしないで」
……。
////
ざしゅん、ざしゅん。
「ほらほら、剣が痛むからそのへんで」
いえ。これはさっきとは違う理由なので気にしないで下さい。
「もう、何なんだろうあの人! ずっと『そんなことやめろ』とか言って」
師匠が嬉しいことを言ってくれたせいで八つ当たりしたいような気持はもうないのだけど、照れ隠しに怒ってみることにした。
「それは災難だったねえ」
「そうなんですよ~! それに師匠のことまで悪く言って」
「ん~、でも俺のことは割とあの人の言う通りだからねえ」
もう、まそんなこと言って。
「何がですか、一つも合ってないです!」
また別の気持ちが湧き上がってくる。このところどうにも感情のアップダウンが激しい。困ったものだね。八つ当たりで木を叩く剣に、正しくはその動作を指示する、キーを操作する指に力が入る。ざしゅん、ざしゅん。
「まあまあ、落ち着いて」
「私は嫌です」
「いやあ、でもさ~」
「私は嫌です!」
私は嫌だ。とても嫌だ。画面越しでは、顔の見えない
アバターは、コヒナさんは、小さなことで勝手に泣いてしまう私なんかと違って、私が泣くことを選ばない限り泣いたりしない。私が伝えたいのは私の気持ちであって、私が泣いていることじゃない。
この世界では気持ちを伝えるには、文字にして打ち込むしかないのだ。
「師匠、私は嫌です。師匠が悪く言われるのは嫌だし、それに師匠が納得してるのも嫌です。スキルとかどうでもいいんです。私は師匠について色んな所に連れてってもらうのが好きです。凄く楽しいんです」
「そっか。うん、ごめんよ。ありがとう」
この人、ほんとにわかってるんだろうか。
「そこで謝らないで下さいよ~」
「えええ、んじゃどうしたらいいの」
聞くなし。
「じゃあ偉そうにして下さい」
「えぇえええ」
「なんか師匠っぽい感じでお願いします」
「ハードル高いな」
自分から聞いてきたくせにリクエストに文句付けないで欲しい。
「コヒナよ、言いたい奴には言わせておけば良いではないか。それで何かが変わるわけでもない。それよりもなんか楽しいことしようぜ!」
「はい! そうしましょう!」
セリフの前半と後半でキャラがブレてるけど気にしてはいけない。実際さっきまでのざりざりは跡形もなく、綺麗さっぱり消えてしまった。たったこれだけのことで。
困ったことにこのところ、どうにも気持ちのアップダウンが激しい。そこに気が付くたびに自分の気持ちを再認識する。
私やっぱりこの人が好きだ。
「じゃあ、モグイに行きましょうか~」
「ううん、それもいいんだけど。今日はスッキリするためにちょっと頑張って何処かのボスでも行っちゃおうか」
おおお、やった! 師匠がやる気だ!
「はい!」
「二人だとどこがいいかな。ソロは何処も未経験だっけ?」
「そうですね。やっぱり敷居が高いというか~」
「そうかなあ。ロキテイシュバラあたりならコヒナさんなら行けると思うけどな」
「ロキ……それなんでしたっけ」
「ボスだよ!? <月光洞>の!」
月光洞と言うと……。あああ、あいつかあ。
「なんだテモジャの事ですか~」
「てもじゃ?」
「テモジャはテモジャだけなら勝てると思うんですが、テモジャまで行くのが大変じゃないですか」
私も大分強くなった。ボスの中でも最弱とされるテモジャなら多分一人でも勝てる。しかし一つ大きな問題がある。私一人ではテモジャの所までたどり着けないのだ。だってあのダンジョン同じような部屋ばっかりなんだもん。さらに月光洞では迷っている間にMPが減っていき、MPが空っぽになればアバターが操作を受け付けなくなってしまう。なんて恐ろしいダンジョンだろう。
「そうだねえ。ドロップがさほどおいしいわけでもないし、あそこの雑魚倒すのめんどくさいし。んでさらっと話し続けてるけどテモジャって何?」
師匠は何だか細かいところが気になるようだけど話の本筋ではないので気にしなくていいと思う。
「雑魚モンスターもそうなんですが、一人だと迷っちゃってボスまで行けないんですよね~」
「あ~」
師匠がさもありなんと納得する。
ダンジョン内の転移で行けるところから適当に進んで、そこにいた相手を倒して転移アイテムで帰って来る。それが私のソロの時のスタイル。毎回違うモンスターと戦えて新鮮。転移禁止区域と転移アイテムを盗んでいくスナッチャー等のモンスターが一番の脅威。
スナッチャーはともかく転移禁止区域は入んなければすむのだけど、それができるくらいなら方向音痴とは言わない。
「俺が送ってってもいいんだけど、でもボスまで一人で行って無事帰還するまでがソロ討伐だからね。んじゃいずれのソロ討伐に向けてルートが簡単なところに通ってみようか。ボス自体はちょっと手ごわいけど、ハロスとかどうかな」
「はい! そうしましょう!」
不死王宮ハロスはアンデットモンスター達が作り上げたダンジョン。広くて構造自体はかなり複雑だけど、ボスへと通じる道は広いので迷ったりはしない。
……かもしれない。
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