第119話 魔術師と運命の女神 ②

 ショウスケとブンプクの結婚式当日。


 和矢が目を覚ましたのは出掛けなければいけないぎりぎりの時間だった。


 慌てて家を飛び出した。この日と翌日の二日間の休みを確保するために少々無茶をしたせいだがその甲斐はあった。実際に二日間丸々休みを取るのは難しいが、明日の午前中いっぱいは休めるだろう。


 しかし間の悪いことに乗り換えの駅の改札でお婆さんがキップを買えずに困っているのに遭遇してしまった。


 声を掛けてみたがここまで来た経緯を何度も繰り返し説明するだけで目的地が分からない。何とか目的の駅を聞き出したがそこへ行くには、今いる改札からかなり離れた場所から別の電車に乗らなくてはならなかった。


 説明したがなかなか通じず、結局お婆さんが乗るべき電車の改札まで案内することになった。お婆さんは痛い足で長く歩かなくてはいけないことにぶつぶつ文句を言いながらもついて来て、目的の改札に着くと和矢のことなど忘れたように確かな足取りでホームへと消えて行った。


 やれやれと時計を見ると正に一刻の猶予もなくなっている。


 和矢は元の改札へと走った。


 ダッシュの甲斐あって会場にはかろうじて間に合った。受付の人に招待状とご祝儀を渡すと披露宴の座席表と一緒に青いカードを渡された。



「こちらのカードは新郎新婦より、お友達同士が分かるようにとのことです。見えるようにお持ちいただいて式が始まるまで待合室にてご自由におくつろぎください」



 孝明を―ヴァンクを除けばギルドのメンバーとは初対面だ。付き合い自体は長いとはいえ、流石にリアルの見た目から誰なのかを判断することはできない。カードの配慮はありがたかった。今から待合室に行ってもくつろぐ程の時間は取れないだろうが、できれば式の前に顔を合わせておきたい。


 少し小走りに指示された待合室に向かうと、ちょうど出て来た人とぶつかりそうになった。



「ああっ、すいませんすいません!」



 慌てて頭を下げると、ややあって相手が聞いてきた。



「……師匠、ですか?」



 師匠。


 顔を上げてみるとはたしてそこにいたのは「知っている人」だった。彼女の手にはギルド<なごみ家>のメンバーであることを示す青いカード。


 実際に顔を合わせるのは初めて。しかし明るい青緑色の、エメラルドサンドのドレスを纏い、リング状のピアスを付けたその人はまるでネオオデッセイの中から抜け出してきたようで。


 和矢を師匠と呼ぶ人物はリアルの世界には存在しない。そしてネオオデッセイの中でも一人しかいない。



「もしかしてコヒナさん、かい?」



 相手はこくんと頷いた。


 じゃあ本当にこの子が。この子が僕の弟子の。



「……女の子だったんだ……」


「なんだとコラあ!」



 思わず出た言葉は当たりではなかったようだが、目の前の人が自分の弟子であることは間違いないようだ。



 □■□



 ショウスケとブンプクの式は素晴らしいものだった。


 参加した全員がこの二人は幸せになると予感し、微笑みあう二人に惜しみない祝福を贈った。太陽までが祝福するように優しく二人を照らしていた。披露宴会場でもその様子を話題にして盛り上がっているのが他のテーブルから聞こえてきたくらいだ。



「カズヤ、お前なんか……痩せたか?」


「いや、そんなこともないけど。ヴァンクは変わらないねえ」


「全然ちがうだろ!?」



 久々に会ったヴァンクは依然と同じように体も声も大きい。スーツが窮屈そうに見えるのも相変わらずだ。しかし本人曰くトレーニングをしなくなってしまい、以前よりずいぶん筋肉が落ちて腹が出たとのことだった。和矢にはわからないが奥さんのむーちゃんには指摘されたらしくショックを受けているらしい。


 ヴァンク以外のメンバーにも初対面だという感覚は覚えなかった。



「ヤンヤンてめえ、オレはメスの猫だとあれほど」


「わーっ、ごめん、ごめんって!」



 ナナシは女性だったが中身は豪快でやはり普段のナナシと変わらない。スカートスーツのいでたちは中性的な印象を受けてむしろナゴミヤが想像していた姿よりもナナシらしい。自分のことを指してオレと私でブレていたり、語尾に「にゃ」が付いたりつかなかったりするのはご愛嬌と言ったところだろう。


 尚ヤンヤンとはナゴミヤのことである。ナゴミヤ、なごやん、やんやんと変化したものだがナナシが言うのでなければ和矢も自分のことだとはわからない。



「なあ、一般的な意見を聞かせて欲しいんだが。ちゃんと処理してても僕が自分で調理したものってのはやっぱり引くよな?」


「モノってなんだにゃ」


「……それはまあ、色々だよ」



 リンゴはヴァンクとは対照的に細身で神経質そうな男だった。イメージ通りという程リアルの姿をイメージしてみたこともなかったが話す内容はリンゴそのものだ。体が細いのは彼女彼の妙な趣味のせいではないかと心配になる。



「リンゴ、あんたそれマジで止めなさいよ」



 リアルの仕事はなんと看護師だというハクイが、あちこちの会話のつっこみ役に回るのもいつもと変わらない。



「おい、二人空いたぞ。チャンスだ」


「ナイスだバンバン。他が来ないうちに急ぐぞ」



 ショウスケもゲームの中や式の打ち合わせのメッセージで感じたとおりの真面目そうな男だ。花嫁姿のブンプクは参列者たちの賞賛の的だったが口を開いてみれば間違いなくブンプクだった。


 皆それぞれ、いつも通りだ。話をするごとにネオオデッセイのアバターの中の人物なのだと再認識していく。きっとナゴミヤ自身もそうなのだろう。


 しかし中でも満場一致で一番イメージ通りなのはやはりコヒナだ。


 コヒナの緑のドレスはナゴミヤがネオオデッセイの中で作ったドレスに似せてあった。よっぽど気に入ったのだろう。ただそれを着ているコヒナ自身は、神秘的な占い師というより冒険者の、彼女の言うところの「バルキリーコヒナ」そのものだったが。


 ネオオデッセイの中のコヒナはじっとしているということがなく、常にがちゃがちゃと動き回るかしゃべるかしている。何にでも興味を持ち、驚き、楽しむ。それはネオオデッセイを始めて一年以上たった今でも変わらず、リアルで会った今でも変わらずだ。


 そのコヒナはさっきまで和矢がコヒナを男だと思っていたと勘違いしてぷりぷりと怒っていたが、今は機嫌を直してブンプクのお腹に手を当て嬉しそうにはしゃいでいた。


 ナゴミヤももちろん楽しんでいた。チャットではなく人との会話をこんなに楽しいと感じたのはずいぶん久しぶりだ。



「マスター、ご迷惑かけますがよろしくお願いします」


「迷惑なんてとんでもない! 任して!」



 席に戻る時、ショウスケが声を掛けてきた。この後友人代表としてのスピーチを任されているのだ。ネオオデッセイの中で出会った二人に共通の友人は少ない。曲がりなりにもギルドのマスターを務めている自分に白羽の矢が立つのは当然なのかもしれないが、やはり誇らしく感じる。



「えっ、師匠が挨拶するんですか!?」



 司会に名を呼ばれて立ち上がると隣の席のコヒナが驚いてナゴミヤの方を見た。



「うん。大丈夫大丈夫。任せて」



 言いながらわざとよろけて見せるとさらに心配そうに眉を寄せる。日頃師匠としては情けない姿を見せ続けているせいだろう。少々申し訳なくも感じる。



「えー、本日は誠におめでとうございます」



 壇上に上がり、マイクを片手に話し始める。話しながらもう片方の手でポケットを探る、フリをする。



「あれぇ」



 声を拾うように口元にマイクを近づけ、小声で言いながら準備して来た小物を落とす。散らばりやすい物、転がりやすい物を選んで入れてある。スティックのりを持ってきたのは正解だ。会場の厚い絨毯の上でもそこそこ遠くまで転がった。


 慌てて拾い集める様子を、演じる。



「すいません、メモが見当たりませんので、そらでお話させていただきますね」



 狙い通り会場に小さな笑いが起きた。



「まずは私とお二人の関係ですが。お二人の出会いはとあるサークルのコミュニティーであり、私はそのリーダーをしています。つまり私がいなければ今日と言う素晴らしい日は訪れなかったわけであります」



 少々失礼に感じられそうな話始め。さっきまでとは質の違う笑いが起きる。大きい必要はない。場の警戒心が溶け、笑ってもいい空間になっていく。それは少しずつ広がっていく。



「新郎のご友人の方々はよくご存じかと思いますが、新郎は良く言えば固い、じゃなかった。えー、非常に真面目な男でして」



 言いながら、諦めがつかないようにもう一度ポケットをまさぐる。



「新婦は、文音さんは、あー。穏やかな方でして。穏やかというか、なんだっけ。その、まあ大変穏やかな方でして」



 この場にいる人たちはショウスケとブンプクにとって大事な人たちだ。皆二人を祝福するためにこの場にいる。式の最中、太陽が二人を照らし出した様子を嬉しそうに語り合っていたのが何よりの証拠。


 しかしそんなこの場においても、二人の出会いを知るものはあまりにも少ない。


 自分が一番近くで見てきた。この場で伝える大役を任された。ならば小手先だろうと何だろうと、話を聞いて貰う工夫はあったほうがいい。


 幼い頃に見た夢の一つには「手品師」なんてのもあったのだ。結局そんなことにはならなかったけれど、これはその技術の応用。失敗し、おどけ、油断させる。心に隙を作り、そこに見せたいものを差し込む。


 手品ならば驚きを。


 結婚式のスピーチならば、自分が見てきた二人の物語を。



「両方から恋愛相談を受けている私としては色々と思うところもあるわけでございます。ぶっちゃけ、応援するにも逆にしにくい」



 手品に大事なのは見られたくないものから目をそらすテクニック。逆に言えば見せたいと思うものを見せるテクニックだ。言葉、仕草、表情、自分の視線。これを逆手に使って、見せたいものを見せる。


 三流にすら遠く手が届かない、夢見たと語ることすら躊躇われるような夢。しかしそれでも幼い頃に見たたくさんの夢の欠片は、器用貧乏なナゴミヤの持ち物の一つ。


 人を欺く手段を駆使して、自分が感じたことを会場の人たちにも感じてもらう。



「占いが得意と言う人に、章彦さんが「恋愛運を見てくれ」と言い出したんですね。文音さんもいるわけですから私としてはかなりドキドキしながら見ていたわけです」



 自分が物語に立ち会っている感覚を作り出す。あの時のナゴミヤ自身の「二人の運命が動いた感覚」を共有する。



「占いでは『強気で行くべき』みたいな結果が出たんですが、それを聞いた新郎は驚くべき行動に出ました」



 身振り手振りで自分に視線を集めておいて、ゆっくり首を新郎に目を向ける。自分の視線を使って会場の視線を誘導する。



「その場で新婦に告白したんです」



 集まる会場の視線に、ショウスケが照れたように頭を掻き、ブンプクが嬉しそうに頷いた。新郎の勇気と新婦の笑顔に温かい拍手が送られる。



「こうして、この良き日に繋がるわけでございます」



 これが、二人の物語の結末。そして二人の新たな物語の始まり。



「私は、偶然お二人が出会った時に居合わせました。


 私は偶然、お二人がお付き合いを始めるきっかけに立ち会いました。


 そして誠に光栄なことに、お二人が結ばれる瞬間に招かれて、今ここにいます。


 お二人が出会ってから結ばれるまでを側で見てきた私は、お二人が結ばれる運命であった事を知っています。


 心からの、祝福と応援を送らせていただきまして、お二人の友人代表としての挨拶とさせていただきます」



 締めの礼はしっかりと。自分もこの会場にいる他の人たちと同じように、二人を祝福するものであることが伝わるように。


 再び拍手が起きた。成功と言っていいだろう。大役を務め終えてほっと安心。ゆっくりと頭を上げる。


 ショウスケとブンプクが嬉しそうに笑いながら拍手をしていた。ギルドのメンバーがいる卓も盛り上がっているようだ。


 そのなかに嬉しそうな顔で人一倍賑やかに手を叩くコヒナの姿が見えて、ナゴミヤの口は勝手に笑みの形を作った。

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