第118話 魔術師と運命の女神 ①

 仕事を終えて家に着いたがその日はいつも以上に疲れてしまっていた。ナゴミヤこと麻倉和矢が長を務める店舗に新システムが導入されることになった為だ。


 職場にいられる時間は限られている。建前上は防犯と従業員の健康管理、実際には主にコストの観点から、会社からは業務時間を過ぎたらすぐに退店するように指示されている。もちろん終わらなかった仕事はやらなくてよいというわけにはいかない。残った分は持って帰って来るしかない。


 いつものことなのだが、頭も疲れているのか思考がまとまらない。気ばかりがせいて無意味な疲労が蓄積されていく。自分には重量制限で装備できないようなぶかぶかのプレートメイルを着せられているような感覚だ。


 気分転換に仮眠をとも思ったが、頭の中に熱が籠っているように感じて全く寝れる気がしない。昨日も無理に寝ようとしたせいかおかしな夢を繰り返し見て目を覚まし、逆に疲れてしまった。


 結局ネオオデッセイにログインすることにした。この時間ならまだ誰か、恐らくコヒナ辺りは残っているはずだ。少しチャットでもすれば頭も休まるだろう。仕事も進むようになるかもしれない。


 マディアの町に行ってみると思った通りコヒナがいた。コヒナはゲームの中での占い師と言うのが気に入ったらしく、一人でいる時はマディアで店を出していることが多い。


 声を掛けようとしたらリアルの口から大あくびが出た。眠れないというのに不思議なものだ。和矢はそれを噛み殺しながらゲームの中の自分、ナゴミヤにもあくびをさせる。



「ふあああ、コヒナさんおはよう~」


「師匠!おはようございます。今日も遅かったですね~。お疲れ様です~」


「うん、仕事もそうだけど、今朝変な夢、繰り返で見ちゃってさ~。上手く寝付けなかったんだよね」



 つい口から出てしまったがリアルの愚痴は避けるべき話題の一つだ。慌てて話題を切り替えようとしたがコヒナが聞いてきた。



「どんな夢ですか~?」



 コヒナはタロットだけではなく夢占いもする。コヒナ自身に言わせるとコヒナの夢占いには問題があるようで、これでは占いにならないとのことだ。しかし聞いている方としてはなかなか興味深く、納得する部分も多い。



「車で職場に向かってるんだけど、急がなきゃいけないのに道が穴だらけな夢。んで俺、すごい焦っちゃってるの。ああ夢か、って起きるんだけど、気が付いたらまた同じ夢見てるんだよね」



 ふむふむ、とコヒナは頷いた。



「師匠、夢は願望を現すんです~」


「ええっ、俺、穴ぼこの道見て焦りたいと思ってるってこと!?」


「いえ~。多分仕事に向かうのを邪魔されたいんだと思います~。お仕事には行かなくてはいけないけれど穴が開いていて行くことが出来ない。だから仕方ないという夢ですね~。」


「なるほど、そっちが願望になるのか」



 恐らく当たっているのだろう。自分の中では早く仕事を終わらせたいと思っているが本心はそうではないのかもしれない。何か大きな事故が起きて職場が無くなっていたらいい。そんな風に考えたことは正直何度もある。



「どうせなら素直にさぼって休んでる夢にしてくれたらいいのにねえ」


「師匠は真面目なのでさぼってのんびりしてる夢は見れないと思います。もし見るとしたらさぼってるのが不安で仕方ない夢ですね」


「うわあ、ありそう」



 真面目かどうかはともかく、確かに見てしまいそうな悪夢だ。



「この場合はさぼりたいという解釈もできるんですが、同時に自分はさぼってるんじゃないかという不安感の現れと解釈することもできます~」



 その通りだった。結局すべての夢を諦めたナゴミヤの中には常に、自分は努力不足なのではないかという不安がある。



「マジか。コヒナさん心が読めるの?」


「読めないです~。でも師匠が頑張りすぎなのは見てたらわかります。猫さんも心配してましたよ」



 自分が軽いワークホリックであるという自覚はある。ただ同期と比べて一歩遅れる身としてはワークホリックを名乗るのはおこがましいと思ってもいる。そう言う発言が許されるは一部の優秀な者達だけだろう。



「あ~、猫さんにはよく言われるなあ。夢も色々な解釈ができるんだねえ。流石占い師」


「えへへ~。夢占いは全然勉強中ですけどね~。でも夢の解釈とタロットってちょっと似てるんですよね~。どうされますか? 無理しないで、今日はお休みになりますか?」


「んにゃ、お仕事終わったら元気だからだいじょぶ」



 実際には今日の分の仕事はまだ終わっていないがわざわざそれを言う必要はない。



「大丈夫ですか? お休みになった方がいいのでは」


「ん~、多分今寝ても寝られないんだよね。少しネオデやって頭ほぐさないと」


「じゃあ、羊さんの毛を狩りながらお話しましょう~。私が護衛してあげます~」



 マディアの近くの草原で野生の羊を探し、毛を刈るのはナゴミヤの日課だ。羊の毛は基本的にモンスターを倒すということが出来ないナゴミヤにとって貴重な収入源の一つである。護衛をしてもらう程の強力なモンスターが出る場所ではないのだが、今の疲れ切ったナゴミヤにはありがたい提案だった。



「え、それは助かるけど。いいの?」


「はい~。聞いて欲しいお話もありますし~。それで眠れそうになったらお休みになってください~」


「ん、そっか。じゃあありがたく」



 弟子に気を遣わせてしまうようでは師匠失格なのかもしれないが、コヒナの言う聞いて欲しい話と言うのも気になるところだ。


 ノドス湖が見える丘の上。


 近くにあった木を伐り、加工して簡単な椅子とテーブルを作って並べた。和矢のアバター「ナゴミヤ」は戦闘以外のことは何でも少しだけできる。最大値まで上げている裁縫スキルは別として、料理ならば魚を焼くだけ、鍛冶ならば武器を研ぐだけといった具合だ。少しだけスキルを割り振っているのと、戦闘能力を下げる代わりに生産系のスキルを底上げするアクセサリーの効果によるものだ。木工のスキルも簡単なテーブルと椅子を作るくらいのことはできる。ナゴミヤは器用貧乏な和矢自信とよく似たアバターだ。



「おお~! 今日は焼き鳥ですね~」


「ほい、ビールもあるよ」


「やった! 流石師匠! 私、リアルビール取ってきます!」


「お、んじゃ俺もそうしよ」



 コヒナは焼き鳥と呼ぶが正しくは鳥の焼いたものだ。ここに来るまでにコヒナが倒したレッサーロックバードをナゴミヤが焼いた。NPCの酒場で買えるビールには何の効果もなく、それどころか大量に飲むと魔法の発動にミスが発生する。ナゴミヤはネオオデッセイの中でこういう無意味な行動をするのが好きだ。そしてそれはコヒナも同じのようだった。



「師匠は、ゲーム内での恋愛はどう思いますか?」



 眺めの良い景色の中、焼き鳥をつまみにビールの飲みながらコヒナは「聞いて欲しいこと」の話を始めた。



「ネオデの中で好きな人ができたとします。その好きは本物でしょうか?顔も知らない人に惹かれるのは、恋愛じゃなくて恋愛ごっこなんでしょうか?」


「ううん。難しいね」



 恐らくは占いをしていく中でコヒナの中に浮かんできた疑問なのだろう。


 自身にその経験がないナゴミヤにはわからない。


 ショウスケとブンプクの二人にした所でショウスケがブンプクに惹かれてその思いが恋愛になったのと、二人がリアルで出会ったのとどちらが先かなどわからないのだ。


 それでも長くこの世界にいるナゴミヤにはナゴミヤなりの答えがあった。他の感情に置き換えてみればいい。



「俺ね、そもそもネットゲームの中でも人間関係ってリアルだと思うんだよ。ネットだからリアルだから関係なく。恋愛だけじゃなくてさ。友達だったり、ライバル視してみたり、もっと他の、嫉妬とか妬みも普通にあってさ」



 たとえば。


 リアルでよく知っているヴァンクは別として、自分と他のギルドのメンバーたちとの関係を「友達ごっこだ」と言うような者がいたら流石に腹を立てずにいる自信がない。恋愛もそれと同じではないだろうか。



「そう言うのの一つとして惹かれたり惹いたりしてみてさ。そこになんて名前を付けるかはその人次第でないかな。それぞれ好きな名前で呼べばいいと思うよ」



 結局はコヒナの疑問に答えられてはいないのだが、コヒナは満足したようだった。



「まあそうは言っても恋愛がネットからリアルに発展するのは難しいよね。極端な話性別だってわかんないわけだし」



 でもこれも突き詰めれば一緒のことだ。知らない部分が一つ減って知っている部分が一つ増えただけ。思っていた性別と違うことで終わる恋愛があるのなら、逆にそこから始まる恋愛だってあるだろう。



「俺達も今回あってみたら思っていた性別と違うなんてこともあるかもしれないよ」



 もうすぐギルドのメンバーであるショウスケとブンプクの結婚式がある。そこでギルドのメンバーたちとリアルでも会うことになる。ナゴミヤもヴァンク以外と顔を合わせるのは初めてだ。そんな日が来ると思ったことすらなかったが、いざ来るとなれば楽しみで仕方がない。


 ショウスケとブンプクはこの世界で出会い、惹かれあい、結ばれた。それは間違いなく事実だ。二人の出会いには自分も少なからず関わった。凄いことだと思う。NPCであるナゴミヤの人生のなかでこんな誇らしいことはそうそうあるものではない。


 過去には一回きり。ヴァンクが今の結婚相手と知り合った時くらいだろう。合コンがきっかけで知り合ったその子は、友人からむーちょとかむーちゃんと呼ばれていた。


 むーちゃんはヴァンクとは全然釣り合わないような可愛いらしい子だったのだが、何故かむーちゃんの方がヴァンクのことを気に入ってしまった。もったいない話だ。そんな二人をくっつけようとこちら側と向こう側の双方で協力していろいろ手を回したのはいい思い出だ。



「でもリンゴさんは別として、ショウスケさんとブンプクさんは確定じゃないですか。ヴァンクさんとハクイさんはそのままでしょうし、わからないのは猫さんくらいですね」


「猫さんか。ううん? あんまり考えたことなかったなあ。そう言えばどっちだろう」


「私は猫さんは女の人だと思います」


「そうかなあ。普通に男だと思うけどなあ。尚特に根拠はない」



 ナゴミヤにとってのナナシは気の合う男友達と言った印象が強い。ヴァンクあたりと下ネタを飛ばしながら街中で大笑いしている様子を思い出せばナナシが女だというのは想像しにくい。しかし絶対にないかと言われればそうでもない気もする。



「女の人ですよ~。お話してればだいたいわかりますよー」



 いずれにしても間違えたらひどく怒られそうだ。ただナナシは間違えた方が喜ぶだろう。嬉々として自分を責めるナナシが目に浮かぶようだ。それはナゴミヤがナナシについて「知っていること」だ。



「そうかなあ。どうだろう。俺もこう見えて実は中身超絶美少女だからね」


「あははははは」



 コヒナは笑った。


 だからまあ、目の前で笑うコヒナがどっちでも構わないのだ。大事な弟子であることに変わりはない。それはどっちでもいいことだ。


 どちらかだろうと想像するのもやめておいた方がいいだろう。

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