第117話 魔術師の勘違い ②

 大晦日。


 一人暮らしをしているコヒナは実家に帰らないという。


「お兄ちゃん達がお子さん連れてくるので家にいづらいんです~。チケット取れなかったことにして年が明けてからちょっとだけ帰ります~」


 正月に実家に戻らない選択は年末年始も仕事があるナゴミヤと一緒だ。


 大晦日の日も例年ならば他にも何人かギルドのメンバーがいるのだが、今年はナゴミヤとコヒナの二人きりだった。それぞれ用事があるらしい。所帯を持っている者も多いギルドだ。気楽な独り身の自分とは違う。


 いつもよりは少し早い帰宅。ログインしてみるとコヒナはマディアの町で占い屋を出していた。平日は一人もお客さんが来ない日もあるのだとコヒナは嘆いていたが、大晦日の今日は盛況の様子だった。


 客足が途切れたタイミングで声をかける。


「お疲れ様~。盛況だね」


「師匠! お帰りなさい~。今日は早いのですね。教えてくれればいいのに~」


「いやいや、お仕事の邪魔はしないよ」



 コヒナはいそいそと占い屋のセットを片付け始めた。



「ん、今日はもういいの? せっかく盛況なのに」


「え~、折角早く帰ってきたのですからどこか行きましょうよ~」



 コヒナが危ういと感じるのはこういう所だ。自分みたいなものだってつい嬉しくなってしまう。



「んじゃ新しい所、行けるとこまで行ってみようか」


「やった!」


「猫さんもリンゴさんもいないとなると対人系のダンジョンははやめておくか。あと行ってないのは……ウモの氷のダンジョンはどうかな。北の大きな島にあるんだけど」


「おお、季節的にぴったりですね。ちょっとエアコンの温度上げてきます!」


「確かに冷えるな。あったかいとこの方がいい? トイフェルでドラゴンでも狩ろうか?」


「いえ、大丈夫です! 新しい所行ってみたいです!」


「了解。となると船で行く方法とゲートを通って行く方法があるよ」



 ゲートはマップ上に設置されたゲートのことだ。自分で使うゲートの魔法ならウモの入り口までとべるが、始めて行くところには是非自分の足で向かって欲しいと思う。



「船? ネオデに船ってあるんですか? 」


「うん。うちの居間に船の模型飾ってあるじゃない。瓶に入ったやつ。あれ実はわりと高価なマジックアイテムでね。水に浮かべると本物の船になるんだ」


「そうなんですか!? 船、乗ってみたいです!」


「了解。じゃあ、船の中でウモのこと話すね。んで、十二時になったら一回マディアに戻ってこよう」


「もどって来ちゃうんですか? 師匠明日早いんです?」


「いやいや。今日は大晦日だからね。賑やかなとこがいいでしょ」


「!!」



 コヒナから帰ってきたのはマークだけの短い返事だったが、こちらの言いたいことは伝わったようだった。


 久しぶりに全部の指輪をはずし、魔法系のスキルを底上げするものに付け替える。恐らくこれで今のコヒナと同程度。ここから先コヒナが成長すればもう師匠ではいられまい。その話はコヒナにもしたのだが、これを言い出すとコヒナは不機嫌になるので控えることにする。わざわざ自分から師匠でいられる時間を短くする必要もないだろう。


 指輪を全て戦闘用に切り替えたことを伝えるとコヒナは凄く喜んだがその後急に心配になったようで聞いてきた。



「じゃあ、師匠お肉とかお魚焼けなくなっちゃうんですか?」



 目的地に向かう途中に野生の動物を狩りその肉で腹ごしらえをするのが一緒に行動する時のいつもの流れだ。システム的には空腹を満たせれば食べるものは何でも構わないし、店でパンなどを買っていってもいいのだが、コヒナはこの道すがらのバーベキューを気に入っていた。


 自分で川で小魚を釣るためにスキルを振り分けてもいるらしい。釣りのスキルが少しだけだが上がる指輪をプレゼントした時はとても喜んでくれた。



「まあ、焼くときには付け替えるよ。あ、それとも自分で焼いてみる? これ付けたらいけると思うよ」


「ほんとですか! やってみたいです!」


「じゃあいい獲物がいたらやってみようか」



 それぞれの騎乗生物に乗りマディアの町から西へと向かう。


 コヒナの乗る<ナンテー>というレッサーストラケルタの名前はコヒナがナゴミヤの乗る<ロッシー>に合わせて付けたものだ。


 西へ。ノドス湖やダンジョン<ディアボ>を超えてさらに西へ。


 広大なコンチネント大陸もここまで。ここから船で北上するとダンジョン<ウモ>のあるフリギダス島がある。



「おー海だ――!」



 広がる海を見てコヒナが大きく声を上げた。



「海は見たことあるでしょう?」


「はい。タンジムの町で~。でも渡れると思ってなかったので新鮮なんです」


「なるほど」



 ナゴミヤには見慣れた風景だがこれだけ喜んでいるのを見るとこちらも新鮮な気持ちになってくる。



「んじゃ、ナンテー君小さくしてこの船を海に浮かべてね」



 コヒナに魔法のボトルシップを手渡す。騎乗生物はマジックアイテム「リダクトケージ」を用いると小さくなり持ち運べるようになる。このリダクトケージは竜や鷲獅子グリフォンを使って狩りをする魔物使いテイマーには必須のアイテムだ。


 ややあってナンテーが消えて代わりに目の前に小型のボートが出現した。



「おー! 大きい。これに乗るんですね!」


「言っても小型船だけどねー。ブンプクさんの持ってる船凄いよ。マジでタイタニック」


「おおお、乗ってみたいです」


「今度頼んでみようか」


「はい! あのポーズしたいです!」



 …………。


 アバター同士だ。あまり気にすることでもなのかもしれないが、やはり少し危ないなと思う。


 ネオデの船は方向を指示すると勝手に進んでくれる。だからといって画面から長時間目を離すというわけにもいかない。当然ながら海にも強力なモンスターはいるのだ。


 海竜シードラゴン巨大ウミヘビヒュージシーサーペント大海魔クラーケンなどはコヒナと自分の二人では危険な相手だ。海ではこれら超大型の魔物が本来出現する海域から大きく離れた所で目撃されることがある。その意味では階層を超えて強力なモンスターが現れることがないダンジョンよりしなければならない。


 しかし今のところその危険はないようだ。



「師匠、海ってお魚釣れるんでしょうか?」



 船の上から海を見下ろしながらコヒナが聞いてきた。ここに来るまでに手ごろな野生動物を見なかったのでバーベキューの材料が心配になったのだろう。



「猫さんがいれば凄いの釣ってくれるんだろうけど僕らじゃなあ。小魚でもねらってみるか」


「じゃあ勝負です!」


「いいだろう。何を掛けようか」


「うーん。では勝った方がお魚焼けるというのはどうでしょうか?」


「負けた方じゃなくて勝った方が焼くの?」


「だって焼きたいじゃないですか」


「お、おう。じゃあそれで」



 勝手に進んでいく船の上、二人で釣り糸を垂らしてみたが時折掛かるのはやはり名前もついていない「小魚」だけだ。海での釣りには高いスキルが必要となる。自分達では湖や川の方がまだ釣りになるだろう。とはいえ小魚でも十分なごちそうだ。船の上で焚火をして魚を焼くことにした。非常識だがシステム上問題ない。コヒナも満足したようだった。


「お菓子と飲み物取ってきます!」


 これもいつものことだ。<コヒナ>がゲームの中で何かを食べている時、画面の向こうでコヒナを操作している人も大体何かを食べている。自分もスナック菓子とペットボトルのコーヒーを持ってきた。最近では<ナゴミヤ>が何か食べていると<和矢>も何か食べたくなるようになってしまった。


 時折クラゲとスライムの中間のようなモンスター「ジェリー」や小型のシーサーペントを見かけるくらいの穏やかな行程だったが、突然前方の海中から何かが飛び出した。しかし敵性生物、モンスターではない。



「わあ、師匠イルカです!」


「おおこれはいいもんに会ったな」


「いっぱいいます!」



 コヒナの言う通りイルカは小さな群れをつくっていた。次々とジャンプするイルカたちにコヒナが楽しげに手を振る。暫し船を止めてイルカの群れを見送ることにした。


 予定では零時になる前には<ウモ>の入り口までは余裕でつけるはずだったがイルカ以外にもトドやアザラシといった珍しい生き物に出会ったり、トビウオの群れが船を飛び越えていったりと言うイベントがあり、その度に船を止めていた為時間を食ってしまった。



「どうしよう。船このままにして一回町までもどろうか」


「そんなことして大丈夫なんですか?」


「うん。ゲートの魔法で戻ってこれるよ」


「おお、ではマディアの町ですね」


「はいよ」



 ゲートを開こうとした時、遠くの方に突如水柱が上がるのが見えた。



「師匠! あれは!?」


「おおおおおお、シマナガスだね。これはこれは。かなりのレアだよ。少し近づいてみようか」


「はい!」



 ナゴミヤがシマナガスという大クジラに以前に出会ったのはもう何年も前になる。そもそもゲートや長距離テレポートの魔法があれば船を使う必要はないし、海に住むモンスターは行動範囲が広いため狙って狩るのは手間がかかる。猫のように釣りをする者や一部のモンスターがドロップする特殊な素材がどうしても必要な場合でもなければ船で海に出るメリットは少ないのだ。


 ナゴミヤは自動操縦を解除し水柱のすぐそこまで船を寄せた。



「わあ、なんか出てきました。でっかっ!」



 やがて小島ほどもある大クジラの全身が船の前に現れた。



「でっかっ。ドラゴンより大きい! 師匠、この子モンスターなんですか?」


「モンスターはモンスターだけどこっちから攻撃しないと襲ってこないよ」


「そうなんですね。強いですか?」


「強いって言うか怒らせると船ひっくり返されちゃうから誰も勝てない。モンスターって言うより落とし穴とか落石みたいなもんだよ」


「船ひっくり返すんですか? ブンプクさんのタイタニック号でも?」


「うん。っていうかその言い方だとむしろひっくり返りやすそうだな」


「そうなんですね……なるほど……」


「……コヒナさん今、やってみたいと思った?」


「お、思ってません」


「ほんとは?」


「ちょ、ちょっとだけ」


「素直でよろしい」



 どうしてもやってみたいと言い出したら攻撃してみても良かったのだが、コヒナは迷った末クジラがかわいそうだからと大人しく眺めることを選んだ。


 たしかに無敵の存在とはいえクジラも攻撃されれば嬉しくはあるまい。彼もまたリアルの自分と同じくプレイヤーを楽しませるために配置されたNPCの一人だ。


 大クジラが時折潮を噴き上げなら船の周りを悠然と泳ぐ。まるでこちらにその美しい身体を自慢しているようだ。眺めていたかったが時刻は零時ぎりぎりに迫っていた。



「コヒナさん、年越しのカウントダウンなんだけどさ」


「師匠、もしよかったらなんですがこのまま」



 発言が被った。



「ここで年越しちゃおうか」


「はい! そうしましょう!」



 パソコンの画面の端に秒単位で動く時計を表示させる。1分前。30秒前。



「お、キタキタ。いくぞー!」


「はい!」


「「10!」」


「「9!」」



 年越しに向けてのカウントダウン。ネオデの中でも、日本のあちこちでも多くの人が同じように声を揃えていることだろう。



「「3!」」


「「2!」」


「「1!」」



 <system: 皆さま、新年あけましておめでとうございます。今年もネオオデッセイをどうぞよろしくお願いいたします>


 運営からのメッセージが入った。新しい年の始まりだ。



「明けましておめでとうございます!」


「明けましておめでとう。今年もよろしく!」


「はい! よろしくお願いします~!」



 新年を祝うように高く潮を噴き上げると、船よりもはるかに大きな尾びれを一つ海面に打ち付けて大クジラは深い海の底へと消えて行った。




 □■□



「ああっ、師匠! 月です!」



 ダンジョン<イブリズ>の最深部。ボスに接敵する直前でコヒナが叫ぶ。


 ダンジョン<イブリズ>は月をモチーフにしたダンジョンでありプレイヤー間では月光洞と称されている。月があるのは当然のことだ。



「えっ? ああうん。月だねえ」



 意図を測りかねてとりあえず相槌を打ってみた。



「師匠、月です!」


「え、う、うん」


「何か私に言うことはありませんか! 」



 一体何を言わせたいのだろう。



「……。いや特に……」


「何かあるでしょう。ほら、月を見た感想とか!」


「えええええ」



 こういったセリフは冗談でもなかなか言えるものではない。しかし日頃こちらからネタを振ることも多くコヒナがそれに付き合ってくれているということもあり、無下にするのはためらわれた。



「……ええと……月は綺麗ですね?」


「なんだとコラあ!」



 選んだセリフは恐らく当たりだったろう。コヒナはそう叫ぶと彼女の必殺技であるライトニングストライクを放ってきた。ナゴミヤのHPが大きく削れる。



「ぎゃああああ! なにすんの!」


「はっ!? すいません、今私何かしましたか?」


「セリフ付きで必殺技放っておいて言い訳にしても苦しすぎるよ!?」



 コヒナは本当に強くなった。今のナゴミヤでは相手にならないし、昔の魔法使いとしてスキルを整えていた頃の<ナゴミヤ>を超えるのもそう遠い話ではあるまい。いずれこの子は自分が為しえなかった竜殺しもやって退けるだろう。



「おら、お前ら痴話喧嘩はそのくらいにしとけ。行くぞ」



 弟子の成長を感慨深く思っていたせいか反応が遅れてしまった。



「……何だよ?」



 それに加えて「痴話喧嘩」等と言ったのがいつもハクイと痴話げんかを繰り広げているヴァンクだったものだからつい言いそびれた。痴話喧嘩じゃないよ。



「ナンデモナイヨー。ヨシイクカー!」


「ソウデスネーイキマショー!」



 同じ理由だろう。いつもは素早く反応するコヒナも「痴話喧嘩じゃないです!」と言い損ねたようだった。


 コヒナには少々危うい感じがある。ネットの中では勘違いが起きやすい。占い師なんていうこともやっているから、自分のいないときにおかしなものに絡まれなければ良いのだが。


 ハクイやヴァンクに相談してみた事もあるが、二人ともそう言った印象は受けていないようだった。



「人なつっこいとこはあるけどちゃんとしてるぞ?」


「それはその、誰にでもじゃないと思うわよ?」



 この二人が言うのなら自分の考え過ぎなのかもしれない。猫にもオマエは過保護だと言われたことがある。大事な弟子のこととはいえ過保護すぎるというなら気をつけなくてはいけない。間もなく彼女は独り立ちするのだ。

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