第120話 魔術師と運命の女神 ③
友人代表の挨拶と二次会の余興の司会という大役を終えて一安心となったナゴミヤは<なごみ家>のメンバーたちとのリアルでの会話を楽しんでいた。
ヴァンクの奥さんや子供のこと、同じくハクイの家族の事。ナナシは今の仕事が楽しく独り身が気楽なようだが、リンゴには恋人未満と言ったところの相手がいるらしい。ハクイやナナシがノンアルコールで真っ赤になるリンゴを楽しそうに問い詰めている。
今ここには残りの三人のメンバー、ショウスケとブンプク、それとコヒナはいない。
「コヒナちゃん大人気ね」
「結婚式の二次会だからな。しかも新郎新婦のお墨付きだ」
コヒナの周りには人だかりができていた。
先ほどの二次会の余興、新郎新婦クイズの中でショウスケとブンプクがコヒナの占いがきっかけで付き合い始めたと答えたためだ。ショウスケとブンプクの主役二人も一緒になって占いを見ている。
「お客さん多すぎかな。ちょっとやりすぎたかな?」
「大丈夫だろう。コヒナも張り切っているし、実際に見て貰ってるのはあの中の一部だ」
少々心配になったがリンゴの言う通りほとんどは占いをするところを見てみたいという見物客のようだ。ネオデでもそう言う層は多いが、個人チャットがない状態ではどうしても周りに相談を聞かれることになる。しかも非常に当たり前のことだが体はアバターではない。
興味はあっても自分では頼みずらいものも多いだろう。結果として友人同士で「お前見て貰えよ」のやり取りが発生する。
「お待たせしました、いらっしゃいませ~。何を見ましょうか~?」
にこにこと嬉しそうに占いをしているコヒナと、同じように嬉しそうにしている客を、ナゴミヤはなんだか誇らしいような気持ちで見ていた。
「ほんとだ。コヒナさんも嬉しそうだし大丈夫かあ。ん?」
ふと、気が付くとメンバーの視線が自分に集まっていた。しかも全員が何やらにやにやしている。そう言えばよく考えてみれば自分はそれほどコヒナに近い人間でもない。子供がいないどころか結婚もしていないくせに父親気分を出していたことに気が付いて少々恥ずかしくなった。顔が熱い。
とりあえず目の前にあった氷が沢山入った飲み物を一気に飲む。
「あ、馬鹿それ俺の」
一息に飲み切ってしまってから気が付いたがヴァンクが飲んでいたウイスキーだったようだ。やってしまった。二次会の余興でもその前の披露宴でも酔ったように見せようと思い既に少々飲みすぎている。これは恐らく自分のアルコール摂取の限界を超える。
昨日までの疲れのせいもあるのだろう。まずいなと思ったら一気に回ってきた。緊張していた為か酔わないと思っていたが大役を務め終えて気が抜けたようだ。
気持ちが悪いというわけではない。だが凄まじい眠気が襲ってきた。
「ごめん孝明。多分俺これから倒れちゃう」
「馬鹿なのか!? お前いくつになったんだよ」
「奇しくも孝明と一緒だよ」
「えっ? ナゴミヤ君気持ち悪いの? 大丈夫?」
「おいマスター、顔が真っ赤だぞ!?」
ハクイには素直に申し訳ないと思うが、リンゴに飲みすぎを心配されるのはどうも納得がいかない。アルコールは確かに体に毒だが適度なら問題ないのだ。いや、適度でなかったからこうなっているのか。尚、孝明に迷惑をかけることについてはそれほど申し訳なくは思っていない。
「大丈夫大丈夫。でも凄く眠いんだ」
「変なフラグ立てんじゃねえにゃ。ほんとに平気か?」
「うん、ちょっと寝れば寝れば治るから」
この楽しい時間は長くは続かないのだ。寝てしまうのは勿体ない。しかし、その眠気はどうにも抗いがたかった。
■□■
ナゴミヤは夢を見ていた。
夢の中では緑のドレスに身を包んだ運命の女神がタロット占いをしていた。皆女神から大切なものを与えられて、それを手に喜びながら去っていく。
「いらっしゃいませ~。何を見ましょうか?」
女神がにっこり笑いながら聞いてきた。嬉しそうな顔だ。目の前の女神が、知っている人と重なる。ああ、やっと自分の順番だ。ずっとずっと、待っていたんだ。
ナゴミヤは勧められるままにコヒナの前に置かれた椅子に座った。
やっと会えた。貴女に会いたかった。ずっとずっと前から、貴方に聞きたいことがあったんだ。もし貴方に会えたなら、聞いてみたいことがあったんだ。
もう僕はずいぶん大人になってしまったけれど、たくさんのことを諦めてたくさんのことに目をつぶって来たけれど。
まだ、僕のこの先に何か特別なことは。
「女神さま、僕にも何か大事な役割はありますか?」
「コヒナさん、俺にも何か大事な役割はあるかな?」
夢の中でナゴミヤは二つの言葉で同時に女神と占い師に話しかけた。
「師匠は凄いですよ~」
にこにことコヒナが答える。
「そうじゃないんだ。コヒナさん。僕は全然凄くなんかないんだ。だから凄い君の師匠になんか本当はなれないんだ」
夢の中の自分の言葉を受けて、ざざっと場面が切り替わる。
「そんなことないです。師匠は凄いです。是非私の師匠になって下さい!」
「え、ええと? コヒナさんだよね? 昨日会った。 誰かと間違ってない ?」
「間違ってないです !」
「えっと。ううん。困ったなあ。勘違いだよ。だって僕は何もできないんだ」
「駄目ですか?」
「駄目だよ。俺弱いよ。凄く弱い。僕はきっとこの世界に向いてないんだ。師匠探すなら他の人の方がいいんじゃないかなあ。その方が楽しいと思う。僕ではきっと君を楽しませてあげられないから」
「ナゴミヤさんがいいんです。昨日凄く楽しかったんです。ご迷惑ですか?」
「僕はがっかりされるのが怖いんだ。君が楽しいと思ってくれたことが凄く嬉しいから、そう言われて嬉しくて仕方ないから、後から何でもないことだったと思われるのが、怖くて怖くてしかたないんだ」
「じゃあ、OKですか?」
「無理だよ、怖いもの。惨めな思いなんかしたくないもの」
「やった! よろしくお願いします、師匠!」
ざざっ。
幼い頃にはいくつもの夢を見た。結局は一つも叶えられなかった。
叶わなかったのは僕のせいか。足りなかったのは努力、才能、その両方。果たしてそれは本当か。夢を叶えた者は本当に、僕以上に苦しんだのか。叶え方もわからない。努力の仕方すらわからない。子供の頃輝いて見えていた夢こそが、今の僕を苦しめる。
「女神様、女神様。僕にも何か大事な役割はありますか?」
貴女にあったら聞いてみたいと、ずっと前から思っていた。
僕はこの世界に向いていない。この世界は僕に向いていない。
だって、僕は主人公じゃない。
仮にこの世界がネットゲームだったとして、僕がこの世界のNPCだったならば。
やがて世界が救われて、その時勇者に感謝し褒め称える。そのためだけに僕は存在するのでしょうか。
未だ世界は救われず、やがて現れる勇者を待ち続ける。そのためだけに僕は存在するのでしょうか。
ああ、どうか。
どうか教えてください女神様。それでも『この世界』に僕が、生きる理由は何ですか。
にっこりと笑みを返すと、頭の上の辺りに座っていた女神は立ち上がり、ナゴミヤの近くで屈んだ。
椅子に座っていたはずだがナゴミヤはいつの間にか仰向けに寝転んでいた。夢の中のナゴミヤがその違和感に気づくことはない。
女神はすぐそばまで顔を寄せて、そっと質問に答えてくれた。
「 」
そして、柔らかな感触が額に。
!
ああそうか。そうだったんだ。
嬉しくて嬉しくて仕方がない。
その時ナゴミヤは確かに世界の理に触れた。
□■□
目を開けると丁度真上に月があった。まん丸だ。
一瞬で何があったのかを思い出し、その一瞬の間に夢の記憶が薄れていく。大事なことを聞いたはずなのに思い出すことが出来ない。そればかりか今かすかに覚えている内容も急激に忘れて行く。大事だったということさえも。
夢とはそういう物だ。
体を起こしてみるとナゴミヤが寝ていたのは二次会会場の庭に設置されたベンチだった。今日初めて会ったなじみの者達が苦笑交じりにナゴミヤを見ている。
「あっれ~?」
そうだった。今日はショウスケとブンプクの結婚式。二次会の最中に自分は酔っぱらってしまい、孝明に外に連れ出してもらったのだ。
「マスター、大丈夫ですか? お忙しい中いろいろ頼んでしまってすいません」
「ナゴミヤ君大丈夫~? お水とか飲む?」
「いやいや、大丈夫。もう元気。心配かけちゃったみたいだねえ」
主役二人にも迷惑を掛けてしまったようだ。申し訳ないことをした。一人一人順番に顔を見ながら謝っていく。
「おい、さらっと俺飛ばしてんじゃねえ」
「ごめん、わざと」
最後にすぐ隣に座っていたコヒナに目を向けて
ざざっ。
さっきまで、何かすごく良い夢を見ていた。残念ながら内容は殆ど覚えていない。ただ最後に、コヒナによく似た誰かが。仰向けに寝ていた時に頭の上の辺りに座っていた人が、額に。
「コヒナさん、ごめん、俺なにかした?」
満月の光の下、緑色のドレスに包まれた占い師が答える。
「私は何もされてませんよ。師匠、夢でも見たんじゃないですか?」
夢。
夢か。そうだ、ただの夢だ。
しかし。
―『師匠師匠、夢は願望を現すんです~』
夢は色々な解釈ができるのだという。夢には夢を見た者の願望が、形を変えて隠れているのだという。
ならば、今も額に残るこの感触には一体、自分のどんな願望が隠れているというのだろうか。
しかしその解釈を、月明りの下で不思議そうに首をかしげる占い師に聞いてみるわけにはいかなかった。
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