第115話 魔術師(逆位置)②

 コヒナがギルド<なごみ家>に入りたいと言い出した。ナナシから聞いたようだ。


 だが<なごみ家>は変人ぞろいだ。ベテランのプレイヤーならともかく始めたばかりのコヒナを誘うのは躊躇われた。コヒナがナゴミヤから離れる時になごみ家に所属していることが枷になってしまうのでないかという恐れもある。


 なごみ家の方も今のメンバーで安定している。大きな変化は怖い。


 これらの理由からギルドメンバーにもコヒナのことは話していなかったし、ギルドのことはコヒナにも話さなかった。


 ただ、師匠としての立場をもう少しの間だけ独り占めしたいという思いがあったことは認めざるを得ないだろう。


 結局コヒナは<なごみ家>に所属することになった。これもコヒナ自身の選択だ。コヒナが去る時に寂しい思いをしないように、仮所属であることは他のメンバーにも伝えた。特に女性陣のハクイやブンプクはコヒナの加入をとても喜んでいたのでダメージが大きくなるのではないかと心配だったのだ。


 だが自分の心配を他所にコヒナは初日から凄い早さで変人ばかりのこのギルドになじんでいった。



「実は私、占いができます!」



 また妙なことを言い出したな程度に思っていた。妙なメンバーぞろいのギルドに合わせたのかもしれないと。


 しかしこの日、ナゴミヤは人の運命が動く瞬間を目にした。


 <ショウスケ>と<ブンプク>。この二人の関係には気が付いていた。しかし二人が今よりもさらに近づくのはずっと先の話だと思っていたのだ。



「ショウスケさん、好きな人がいますか?」


「相手の反応が乏しくて、想いを伝えるかどうか迷ってますか?」



 まるで自分と同じく二人を間近で見ていたように二人の関係を言い当てていく。でもコヒナがそのあとしたことは自分には決してできないことだった。



「お相手の方はなかなかに難しい方。でも、三枚目に皇帝が出ているということは大いに脈ありです。その方、実は引っ張られたいタイプかもしれません」



 そして。



「ブンプク、貴方のことが好きです。どうか僕と付き合って下さい」



 運命が動いた。本当にいたのだ。人に進むべき道を示し、物語の主人公のような特別な存在に変えてしまう、そんな人が。


 他のメンバーがログアウトした後コヒナにそのことを言ってみた。でも意外な返事が返ってきた。



「凄いと言われるのは嬉しいのでどんどん誉めて下さい。でも二人が会ったこの場所を作った師匠の方がすごいですよ」



 また勘違いしてしまいそうな、嬉しくて怖い言葉だった。



 □■



 コヒナがギルドに入って数か月したころ、コヒナがギルドのメンバー全員を占うと言うイベントを開催した。企画したのは<ナゴミヤ>自身だ。


 ギルド内イベントはもともとはそれぞれに好きなことをやっている<なごみ屋>でも月に一度程度は何かギルドらしいことをしようと言うことではじめたものだ。


 当初はやることがないという理由からログインしなくなってしまうメンバーを減らしたいという思いもあった。最もその頃とはメンバーも違うし、コヒナが来てからはログイン率も上がりギルドイベントの必要もなくなっていたのだが。


 イベントはできるだけ多くの人が参加できる日を選ぶが、それでも全員と言うわけにはいかない。この日はリンゴとナナシが不参加だった。


 ショウスケとブンプクは相性を見て貰っていた。何のカードが出たかは覚えていない。でも内容の方はよく覚えている。



「相性自体は凄くいいのですが。でももしかすると以前よりもお互い遠慮しあっているのかも。したいこと、して欲しいこともっと伝えていいと思いますよ。そうしたらもっと仲良くなれます」


 そうなんですか?と聞くショウスケにさらにコヒナは答えた。



「はい。はー、すごいですね、こんな配置あるんだ。お見せ出来ないのが残念です。お互いのしたいことがして欲しいことになってる


 その日以降、ショウスケがブンプクの家を訪れる機会が飛躍的に増えた。


 他のメンバーも見て貰い、皆それぞれに思うところがあったようだ。


 最後に自分の番になった。



「師匠! 何を見ましょうか!」



 いつものように元気に聞かれて、言葉に詰まった。



「ううん、そう言えば考えてなかったなあ」



 お前自分でイベント企画しておいて何なんだよ、とヴァンクが笑った。



「師匠、もし思いつかなければ何も言わなくてもだいじょうぶですよ! こっちで勝手に見ますから!」



 イベントを企画した時からずっと張り切っているコヒナがそう言った。



「じゃあ、お任せしてみようかな」


「はい! お任せください!」



 占いの為、いつものように動かなくなったコヒナを見て気が付いた。自分の世界にも何かが起きるのではないかと期待してしまっていることに。


 もしかしたら自分にもなにか大きな役割があって、占いをきっかけにそれが動き始めるのではないか。



 でも、そんなことにはならなかった。



「一枚目のカードは愚者フールの逆位置です。このカードは正位置なら物事の始まりなのですが、逆位置では『始まらないこと』や『ためらい』を意味します。一枚目にでていますので、慎重すぎたり心配性だったりを差しているのではないかと思います」


「二枚目のカードは聖杯カップの8 正位置です。このカードが二枚目に出ていると、虚しさ、寂しさと言った意味になります。今自分の手の中にある物に価値を感じていないのかもしれません」


「三枚目のカードは運命の輪 逆位置。 正位置ですと運命の分岐点を示すカードなのですが、逆位置ですと停滞とか変化しないことを差しますね」


「纏めますと、少し心配性で慎重すぎるところがありそうです。現状には満足していないけれど、それを変えるだけのパワーも不足していそうです」



 全て当たっていた。ああそうか。やっぱりそうなんだ。



「師匠はちょっと疲れているのかもしれません。何かが動き始める時ではないので今は無理しないで下さい」



 コヒナは心配してそう言ってくれた。でもこれは別に疲れているからではない。自分にとってはただの現状維持というだけのことだ。この世界でもリアルでもNPCである自分には何も起こらない。


 ずいぶん昔にわかっていたはずのことだった。最近は忘れてしまっていたけれど。

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