第114話 魔術師(逆位置)①
運営の意図に反してNPCでありたいという厄介な願望を持ったプレイヤーにとって、レベルを上げてモンスターを倒さなければ先に進めないというのは大変に厄介なシステムだった。
それでもダンジョンの中で知り合った<ユダガ>と言う名の酔狂なプレイヤーと、その友人二人に助けて貰ってなんとか目的の町にたどり着いた。
そこで、懐かしい人を見た。
名前も姿も以前のままだ。宝物だと喜んでいたつばの広いマギハット。自分のデザインしたものに似せて作られたドレス。耳に付けられた大きなピアスをはじめとする沢山のアクセサリー。
勿論それらはあの時と同じものではない。彼女の身体ですら自分の知っている彼女の物とは違う。でもそこにいるのは間違いなく同じ人だ。
向こうからはこちらのことはわからない。だから昔のように呼んで貰えるはずはない。そんな大それたことは望まない。寂しくないと言えば当然嘘だが会えただけでも十分過ぎるだろう。
まだネットゲームを続けてくれていた。それが何より嬉しい。
ありがとう、僕の弟子。
僕が。
<ナゴミヤ>と言うアバターが、あの世界にいた証。
物語に現れて主人公を導く、運命の女神のような人。
■□■
「ナゴミヤさん、私の師匠になって下さい!」
昨日会ったコヒナと言う初心者に出合い頭にそう言われて<ナゴミヤ>こと麻倉和矢は大いに戸惑った。始めたばかりの初心者から弟子にしてくれなどと言う申し出があれば誰だって嬉しく感じるだろう。特に長い間ゲームを続けて来て独自のプレイスタイルを持つ者ならなおさらだ。
<狂戦士>は別としても、ギルド<なごみ家>のメンバーである<ドラゴンスレイヤー>や<毒使い>なら弟子入りを希望する者もいるだろう。<骨董屋>や<辻ヒーラー>のプレイスタイルを真似るものは実際にいる。気持ちはわかる。他のギルドメンバーや<猫>なら弟子入りしたいという者がいても納得する。
だがナゴミヤはこの世界の「一般人」だ。
「え、ええと? コヒナさんだよね? 昨日会った。 誰かと間違ってない ?」
「間違ってないです !」
「えっと。ううん。困ったなあ」
困ったのは自分には過ぎた名誉だから。いつか幻滅されるのが怖いから。だがコヒナはそうは取らなかったようだ。
「駄目ですか?」
「いやその駄目っていうか。俺弱いよ。凄く弱い。師匠探すなら他の人の方がいいんじゃないかなあ」
「ナゴミヤさんがいいんです。昨日凄く楽しかったんです。ご迷惑ですか?」
昨日したのは些細なことだ。一緒にゴブリンから逃げただけ。
「いや、迷惑とかでは全然ないんだけど」
「じゃあ、OKですか?」
「え、ええと、ううん……」
コヒナのことを考えればもっと強く他を当たるように言うべきだったのかもしれない。しかし自分でも意外だったがこの名誉を受け入れたいという思いもあったようだ。さらに意外なことにはその思いは幻滅されることの怖さを打ち消すほどの強さを持っていた。
少しの間だけ。この子が自分のスタイルを見つけるか、もっと自分にふさわしい師匠を見つけるまでの間だけなら、この栄誉に浴してもいいのではないだろうか。そう自分に言い訳をした。
「わかった。俺で良ければ」
「やった! よろしくお願いします、師匠!」
師匠。コヒナはナゴミヤのことをそう呼んだ。これは危ない。気を付けなければ勘違いしてしまいそうだ。
「もっといい師匠が見つかったら遠慮なく言ってね。その時はちゃんと応援するから」
「それは無いと思います!」
コヒナはそう言ったが、まあ今はまだ何もわからないからだろう。
「あともう一つ。せっかくこの世界に来るんだから楽しんで欲しいと思うんだ。だから自分のしたいこと優先でいこう。そこはよろしく」
「はい! 色々教えてください!」
分かっているのかいないのか、コヒナは嬉しそうにそう答えた。あまりしつこく念押ししても仕方がない。短い期間ではあるが、自分にできるだけのことをしよう。
「じゃあ早速。今日は時間あるのかな? やりたいことある?」
「はい! 一体何から始めたらいいんでしょう?」
「コヒナさんがしたいことをしたらいいよ」
そう言うとコヒナは暫く悩んだ様子だったが、やがて口を開いた。
「昨日別の方から斧が最強だって言われたんですが、剣って弱いんでしょうか?」
「あー、なるほど。片手斧と盾のセットのお話かな?」
「! そうです! それが一番強いって」
昨日も思ったが「!」マークの多い子だ。
「ダメージ効率で行ったら確かに一番かもなあ。でも剣も強いよ。俺の友達にも片手剣と盾のスタイルの人がいるけど、ものすごく強い」
「やった!」
「コヒナさんは剣が使いたいの?」
「だってかっこいいじゃないですか」
「なるほどそれは重要だ。じゃあ、武器の選び方についてちょっとお話しようか。まず、武器を選ぶときに『武器』を先に選んで戦い方を合わせていくか、『戦い方』を決めて武器を合わせるかと言うことになるんだけどね。例えば片手剣だとパリィにボーナスが付いてね」
コヒナはふむふむと相槌を打ったり質問したりしながら熱心に聞いてくれた。そのせいで熱が入ってしまった。気が付いた時には会話のログは自分の発言で埋め尽くされており、システム上のかなりマニアックな部分にまで話が及んでいた。
「ごめんつい話が。武器の選択は後からでもいいと思う。とりあえず武器屋だな。使ってみたい武器買って、倒せそうなモンスター討伐に行こうか」
「はい! よろしくお願いします!」
□■□
コヒナは面白い子で何にでも興味を示した。見ていると自分がネオデを始めたころを思い出して新鮮な気持ちになる。できる限りサポートするだけに徹しようと思っていたが次は何を教えようか、コヒナはどんな反応をするだろうかと考えるのは楽しかった。反応がいいのに甘えてこの世界に関する蘊蓄話が長くなってしまうのは気を付けなければいけないところだ。
「妄想乙」
<ナナシ>にコヒナのことを話すとそう答えが返ってきた。
<ナナシ>はいつも子猫の姿をしている変人プレイヤーだ。姿だけではなくシステム上は一定値以上にする意味がほとんどない<釣り>を最上値まで振るなどスキル構成にも遊び心が入っている。戦闘スタイルも珍しいが腕は確かでプレイヤーの中でも最強クラスの実力の持ち主だろう。
そんなナナシは何が気に入ったのか狩りに自分を連れて行きたがる。そしてお前からも声をかけて来いというのだ。それは<ナゴミヤ>がスキルを変更して自分で戦うということが出来なくなった今でも変わらない。
「いいか? ナゴミー。ネオデに新人は存在しねえにゃ。そしてリアルが女のプレイヤーも存在しねえのにゃ。全部ネカマだにゃ。ナゴやんの弟子になりたいというみょうちきりんな奴はそれ以上に存在しねえにゃ。以上三点によりそのコヒナチャン?という女の子は存在しねえにゃ。おめーの妄想にゃ。QED」
三点のうち最後はともかく残り二つはナナシの偏見だろう。賛成できる部分がないとは言わないが。
「妄想シチュとしてはまあまあ良かったにゃ。次回はもう少しリアリティを期待するにゃ」
「いや、妄想じゃないんだって。俺もびっくりしたんだから」
「そうかそうか。なごみー、お前疲れてるんだにゃ。少し休めにゃ」
子猫に慰められてしまった。
「いや、ほんとだって。実在するんだって」
「わかったわかった。いるいる。しかし仮にほんとだとするとナゴミー、おめー変なのに引っかかってんじゃねえのかにゃ? アイテムだのゴールドだの貢いでるんじゃねえだろうにゃ」
」
ナナシの言うことはナゴミヤ自身も考えたことがなかったわけではないが、最近ではそれはないと断言できる。
「確かにちょっと変わった子ではあるけど、そういう心配はないかなあ」
でもナナシの言い分はもっともだ。新人の女性プレイヤーを偽って近づいて財産を巻き上げるというのは寂しいことに実際によくある手口だ。
「でもさ、逆に俺にアイテムとかゴールドたかろうと思う? しかもネオデで」
「…………すげえ説得力だにゃ」
「でしょー?」
<ナゴミヤ>の普段の姿はアバターとしてはあり得ないくらいに地味だ。その上戦闘スキルもない。狙うならもっと高級な装備を身に着けている強者を狙うべきだろうし、そもそもそう言う遊びはネオデではなくもっと流行っている最近のゲームでやるだろう。
「にゃにゃ、まだだにゃ。
ナナシとしてはナゴミヤに弟子ができたというのはどうしても受け入れがたい話らしい。
「それもないと思うなあ。性別はわかんないけどさ。猫さんも一回会ってみたらわかるよ。近々ダンジョン行くことになると思うからその時は宜しく」
「断るにゃ」
「うん。ありがと」
「おいハナシちゃんと聞けにゃ」
「うん、聞いてる聞いてる」
頼みごとをすると必ず断るのはナナシの癖だ。これはイエスと解釈していい。本当に断りたい時、ナナシはすごく済まなさそうに断るのだ。
事実、この後数日に渡りログインの度にナナシから個人チャットが入った。
『おい、まだかにゃ。早く会わせろにゃ』
個人チャットによる催促はナナシが実際にコヒナに会った後も続くのだった。
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