第113話 ある日空から女の子が降ってきた ②

 モンスターを倒すことはできなくなったが和矢のアバター<ナゴミヤ>にはそれなりに財産があった。これ一つとってもナゴミヤがNPCであると言い切るのは無理がある。<ナゴミヤ>が持っていた今は手に入らない貴重なアイテムを、ネットを通じて<骨董屋>と呼ばれるプレイヤーに買い取って貰い、そのお金でマディアの町の近くに家を建てた。


 <骨董屋>と言うのはアバターの名前ではなく、<ブンプク>という奇特なプレイヤーに付けられた二つ名で、その人物は手に入れた貴重なアイテムを陳列する博物館なるものを立てて誰にでも見られるように展示している。三つの巨大な建物に所狭しと並べられた収蔵品の数々は正に壮観であり、NPCとなった<ナゴミヤ>自身も博物館を訪れることを楽しみにしていた。


 こうして出来上がった<ナゴミヤ>の家にヴァンクが入りびたるようになった。さらには町やダンジョンで会ったおかしな奴らが訪ねてくるようになった。大学時代の自分のアパートさながらだ。このおかしなメンバーでギルドを立ち上げてみるのも一興じゃないか。リーダーはお前がやれよ、家主なんだからな。


 勇者たちの中に一人混じるNPCがギルドマスターだと言うのはおかしな話だが、そもそもおかしなメンバーぞろいのギルドだ。別にいいかと思った。


 そこから、おかしなギルドにおかしな人が増えて行った。


 ある時対人エリア内で真っ赤なケープで顔を覆った殺人鬼に襲われたことがあった。からくも逃げ切ったのだが再び会った時には向こうから話しかけてきた。彼女が一部の間で要注意人物とされていることと彼女が自分の友人であったことはその時に知った。いつの間にか彼<リンゴ>もギルドの一員となっていた。


 際限なく強力なモンスターが沸き続けるダンジョンの中で、ひたすら死んでしまった冒険者たちを蘇生し続ける妙なアバター、<辻ヒーラー>の<ハクイ>にあった。その時は顔の見えないチャットでやり取りの行き違いのせいでヴァンクとハクイが本気で喧嘩しそうになったのだが、誤解が解けた結果何故かハクイもギルドナゴミヤの一員となった。


 マディアの町で初めてまだ一か月だというプレイヤーに会った時には驚いた。ネオオデッセイにもまだ新人プレイヤーという物が存在したのだと。ショウスケと言う名前のそのアバターは自分を含めた先輩たちのアドバイスを受けてものすごい早さで成長して行き、やがてはナゴミヤが到達し得なかった<竜殺し>を成し遂げることになる。


 このショウスケを連れて博物館に行った時、<骨董屋>の<ブンプク>本人にあった。意外にも女性アバターで中の人物も女性だという。当たり前のことだが骨董屋にも中の人物がいるのだと偉く感心したものだ。ギルドには加入してないとのことだったのでダメ元でと声を掛けたら意外にもあっさりOKされた。


 同じくマディアを拠点としているために一緒に遊ぶことが多かった名無しの猫にも声を掛けたがこちらは断られた。これはまあ、案の定ではあった。



 この間に他にも加わった者もいたし、やめてしまった者もいた。やめた理由は様々だ。リアルの生活が変わったり、他のギルドに移籍したり。寂しいと思う気持ちもあるがいずれも気持ちよく送り出した。リアルにしてもこの世界のことにしてもそれぞれ大事にしているものがあるのだ。ただ何もなく一日を超えることを繰り返す自分とは違う。



 ギルド結成から一年が経ったころの同じ時期、<ヴァンク>と<ハクイ>とがそれぞれ結婚した。


 ヴァンクの結婚相手は大学時代から交際していた人で和矢も会ったことがある。ヴァンクはその人と共にヴァンクの、孝明の実家に戻るのだそうだ。卒業してから今まで続けて来た仕事のノウハウを生かして実家の仕事を継ぐのだという。しっかりとした人生設計だ。ヴァンクは自分と同じような生き方をしていると思っていた。随分差があったのだと痛感した。


 その後しばらくして、リアルで会ったことをきっかけにショウスケがブンプクのことを気にしだして、ブンプクがショウスケのことを気にしだした。



 自分と同じだと感じていた者達も、みな、自分の物語を進めていく。


 成長しないのは自分だけだ。


 微かな焦り。でもそれ以上の無力感。


 自分には何も起こらない。起きてもきっと今までと同じように「そんなことにはならない」。



 後に<占い師>となる人物に会ったのはその頃であった。


 初めての出会いはとても印象的だった。


 初期装備のアバターが沢山のゴブリンに追いかけられて逃げ回っていた。出会った時のショウスケ以上のほやほやの新人だ。


 始めてこの世界に来た時のことを思い出した。あの人はきっと今から暫くが一番楽しいに違いない。今ゴブリンに殺されて死ぬことだって、後できっと素晴らしい思い出になる。


 邪魔をしてはいけないと思ったが向こうも自分に気が付いたらしくゴブリンを引き連れて何度も自分のまわりを往復しだした。



 助けてくれ、ということだろうか。


 恐らく和矢を自分と同じ勇者だと思っているのだろう。


 助けること自体は容易い。だがそんなことをしていいのだろうか。迷ったが折角求めてくれたのだ。それなら始まったばかりの彼女の冒険に、一つ面白いエピソードを添えてみることにしよう。



「始原より前に在りし、神々を統べる王。名を持たぬ偉大なる御方にこいねがう!」



 有名な漫画に登場する魔法使いのセリフだ。ネットで引用されることも多いので向こうも知っている可能性が高い。


 ちょっと前ならいざ知らず、今の自分には魔法でゴブリンを退治することは出来ない。だが別に倒す必要はない。ゴブリン達に雷の魔法を当ててヘイトを高め、攻撃のターゲットを自分へと移させた。


 魔物蔓延るこの世界でNPCとして生きることを信条とする自分だ。逃げ足には少々自信がある。ゴブリンの十や二十、物の数にはならない。


 何が起きたのかわからずぽかんと立ち尽くす初心者を残し、全てのゴブリンをその場から連れ去った。



 十分な距離を引き離した。あとは転移魔法で町に帰ればゴブリン達は勝手に散らばっていくだろう。討伐は自分の仕事ではない。


 だが念のため。一応先ほどの場所に戻ってみると初心者はまだそこにいた。話を聞くと重量オーバーで動けないらしい。恐らくバックの中は二束三文のアイテムでいっぱいなのだろう。


 その気持ちはわかる。この世界のすべてが宝物のようにキラキラと輝いて見えた時期が自分にもあったから。


 それを捨てる選択も大事な思い出、経験。サポートしたいと思うのはエゴだろうか。



 迷った末に騎乗生物を連れてもどり、その人を町へと運び、別れた。



 ギルドのメンバーやこのところ退屈気味の名無しの猫にこの話しをしたらどんな反応をするだろう。きっと皆羨ましがるに違いない。もうあの人に会うこともないだろうけど。


 始めたばかりの新人に会ったせいだろう。ログアウトした後も自分にもあの頃に戻ったような興奮が残っていた。この日はなかなかに衝撃的な一日だった。



 でもそれも翌日の衝撃に比べれば大したことではなかった。



「ナゴミヤさん、私の師匠になって下さい!」



 昨日別れたマディアの町。和矢を発見した<コヒナ>という新人プレイヤーが駆け寄って来てそう言ったのだ。


 自分だって、和矢だって驚いた。でも自分のアバターの<ナゴミヤ>はもっと驚いただろう。



 NPCである<ナゴミヤ>にとってそれはきっと「空から女の子が降ってきた」くらいの衝撃だったに違いない。


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