第111話 魔術師 運命の輪 月 ③

 余興の新郎新婦クイズが終わって、もどってきた師匠はめでたいめでたいと言いながらお酒を飲んでいる。大役を終えて気が緩んだのかもしれない。


 そんな師匠を時々横目に見ながら私は目の前のお客様と広げたカードに集中する。


 クイズの後知らない人が私の所に「占いするんですか?」とやって来て、つい「見ましょうか?」と答えてしまった。


 一人お客さんが来ると気になる人が後に続いて来てくれるのはネオデの中と一緒だ。


 でもこうして久しぶりに直接顔を合わせてやってみるとネット越しとは大分情報量が違うんだなと気が付く。


 リアルでは何と言ってもカードの絵柄を紹介しなくていいのが楽ちん。


 ネオデでやる時は向こうからはカードが見えない。何が描かれているかはこちらで説明するのだけど絵柄全部を説明するなんてできない。どうしても絵柄の中の伝えたい部分のモチーフだけの説明になってしまう。でも描かれた絵の中で注目する場所やカードから感じることも人によって違うのだ。


 リアルでは相手の表情の変化からそれを感じ取ることが出来る。気になったらこちらから聞いてみることもできる。


 また普通は口でしゃべるよりもチャットの方が時間がかかるものだ。チャットでは聞きたいのに聞けない、タイミングが分からない、上手く伝えられないと言うのが多いかもしれない。気を付けよう。



 でも私はチャットの方がやりやすいかもしれない。



 まずログが残っている。お話してくれた内容を文字で確認できるというのは大きい。


 またチャットでの発言はエンターキーを推す前なら取り消すことが出来る。リアルではカードの示すストーリーを考えている間につい漏らしてしまうあー、とか、うーんとかのつい出てしまう意味のない言葉もカットできる。


 それに見た目と雰囲気問題。


 ネット上だと向こうからは私は見えないので、なんかすごい人なんじゃないかみたいな誤解をしてくれることがある。まさか私の正体が妖怪見させろ魔人だとは気が付くまい。


 マギハットに師匠の作ってくれたドレスの組み合わせの効果も高い。


 今日はドレスだし新郎新婦のお墨付きでもあるので、霊験あらたかだと思うけど。パーティーグッズの魔女の帽子とか買ってきたらよかったかな?



 六人見た所で次の余興が始まるとのことでとりあえずそこまで。


 ビンゴゲームらしい。まだ見て欲しそうにしている人はいたのだけど、向こうも気を使って離れてくれた。占いをするのは好きだし、見て欲しいと思ってくれる人がいるなんて嬉しいことだけど、やっぱり疲れはする。多分MPとかからっぽだと思う。ここが<イブリズ>のダンジョンなら大変なことになってますよ。


 お酒が進んでいた師匠は真っ赤な顔で背もたれに寄りかかっていた。師匠もMP切れかな。がんばったもんね。お疲れさま。師匠のビンゴ券は私が預かって確認している。私のカードは既に三つほど穴が開いたけど師匠の方は一つも開かない。すごいな、師匠過ぎる。



「飲みすぎたみたいだな。ちょっと休ませてくる」



 自分のビンゴカードを隣のリンゴさんに預けると、とうとう机に突っ伏してしまった師匠に肩を貸して立たせながらヴァンクさんが言った。外にあるベンチに寝かせるつもりなのだろう。



「あ、私も行きます!」



 私も自分と師匠のカードをリンゴさんに押し付けてヴァンクさんに続いた。



「おう、頼む」


「おい。二人ともちょっと待て。どれが誰のだ」



 合計四枚のカードを持つことになったリンゴさんにヴァンクさんは「適当でいいよ」と言ったけど、リンゴさんは万年筆を取り出して生真面目にビンゴカードに名前を書き込んでいた。リンゴさんが書き込んでいたのも、もちろんアバターの名前だ。



 □■□



 レストランの庭は思ったよりも暗くなかった。


 ヴァンクさんは師匠をベンチに寝かせた。レストランからも庭の入り口からも少し陰になっていて見えにくい場所だ。結婚式の二次会で使われるレストランなので、そう言った用途にも配慮しているのかもしれない。


 私は師匠が寝ているベンチの横にかがんで顔を覗き込んでみた。既にすうすうと寝息を立てている。うん。お酒臭い。ほんと仕方のない人だな。



「こいつ、倒れるような飲み方するような奴じゃなかったんだがなあ」


「そうなんですか?」


「おう。俺の方がよくぶっ倒れてた。そういやあんときは世話になったか」



 ヴァンクさんより師匠の方がちょっと背が高いけど、師匠はひょろんでヴァンクさんは服の上から見ても相当なマッソーだ。アバターの方のヴァンクさん程ではないにしても。ヴァンクさんが潰れたのを介抱したんだとしたらかなり大変だったろう。



「変わってないようでも色々あるもんだな。まあお互い様か」


「師匠とはどういうお友達だったんですか?」


「あー、大学のサークル棟で部室が隣でな。先輩同士が仲良かったから合同で飲み会とかよくあったんだ。そこでネオデの話が出たのが始まりだ。そこからはつるんでずいぶん馬鹿なことしたもんだ」



 大学生の時は私も馬鹿なことしたし、今思えばよく無事だったなと思うようなこともあった。反省もしたし、あの頃よりはそれなりに成長したんじゃないかとは思う。


 でもヴァンクさんの言う「馬鹿なこと」にはもっと違う意味も含まれているような気がして。


 もし師匠とヴァンクさんと師匠が過ごした時間に私も一緒にいたら、どんなふうになるんだろう。


 いや、どんな風にもならないかな。


 そこは私が入り込めない、入っちゃいけない場所なのかもしれない。ちょっと寂しいね。そういえば中学生くらいの時にはよくこんなこと考えたっけ。まあでも私は女の子でよかったんだろうな。



 ふふふ。


 やっぱりネオデ、男の子キャラで始めればよかったかな?


 そしたら今日、私を見た師匠はなんて言ったかな? もっともっとびっくりしたかな?




 がちゃん、と音がした。レストランの入り口から誰かがこちらに向かって歩いてくる。



「ここにいたか。ヴァンク、君のカードがリーチだ」



 出てきたのはリンゴさんだった。



「お、サンキュー。コヒナこいつ少しの間任せていいか?」


「はい。大丈夫です」



 ヴァンクさんとリンゴさんがレストランの中に入って、私と師匠が残された。


 師匠の寝ている頭側に少しスペースがあったのでそこに腰かけることにする。かがんでるのも疲れるからね。ちなみに膝枕とかはしてやらない。そんな義理もないしドレスを汚されたりしたら大変だ。


 もぞもぞ、と師匠が何かを言った。



「何ですか? 師匠」


「コヒナさんだ」



 薄く目を開けて師匠がこっちを見ていた。起きてたのか師匠。はいそうですよ。師匠の弟子のコヒナですよ。



「コヒナさんは凄いねえ」



 多分そう言ってるんだと思うけど、ろれつが大分妖しい。



「でもね俺も凄いんだよ。俺があの二人を会わせたんだ」


「それは凄いですね」


「凄いなあ。めでたい、めでたいなあ」



 うんうん、師匠は凄いよ。えらいえらい。



「コヒナさんは凄い、コヒナさんは凄い。凄かった。ありがとう。ありがとう」



 泣いてるみたいな声で言うと満足したようで、師匠はまたすうすう寝息を立て始めた。



 レストランの中はとても賑やかだったけど外は静かなものだ。寝息が聞こえるくらい。


 ベンチの背もたれに体を預けて空を見上げると、建物の間から月が見えた。まん丸だ。


 そういえばなんとかムーンだって言ってたっけ。だから外灯なくても明るいんだな。




「ほら、月が綺麗ですよ、師匠」




 いつから始まるんだろう。

 何時から始まっていたんだろう。



 今朝、初めてリアルで顔を合わせた時?

 一緒に冒険をしている間のどこか?

 会えなかったお盆休みから?

 それとも今この瞬間からだろうか。


 いやもしかしたら初めてネオデであって、ロッシー君の背中に乗せてもらった時から。


 でも、でももしかしたら、もっともっとずっとずっと前。


 一人暮らしを始めたのも、ネオデを始めたのも、そのずっと前からの私の全部がこの人と今日会う為だったんじゃないかって。




 きっと月のせいなんだろう。困ったものだね。




 さて私もそろそろこの気持ちに名前を付けようと思う。


 師匠が男の人で良かったという気持ち。

 師匠がもっとかっこ良く振舞えばいいのにという気持ち。

 師匠が褒められるとと嬉しくなって、知らない人が師匠に近づくともやもやする気持ち。

 師匠のことをもっと知りたいと思う気持ち。


 自分が女の子で良かったなと思う気持ち。


 この気持ちをそう呼ぶための理由を探す、その気持ち。


 惹かれたり惹いたり。それを何と呼ぶのかはわからない。そこになんと名前を付けるかはその人次第。それぞれ好きな名前で呼べばいい。


 私の師匠はそんな風に言っていた。


 だから。


 その気持ちを他の人が何と呼ぶのか私は知らない。でも私はこの気持ちに「恋」と名前を付けることにした。


 しかしそうなると一つ問題がある。私の横で酔っぱらってひっくり返っている人が私の好きな人なんだということになってしまう。



 うわあ、そうなんだ。



 知らなかった。私、男の人の趣味悪かったんだなあ。


 イケメンお兄ちゃんズに囲まれて育ってきたというのに、なんだかお兄ちゃん達に申し訳ない。むしろその反動なのかな?


 よっぱらって、ネクタイをだらしなくゆるめて、よだれまで垂らしてひっくり返っている姿なんて見たら百年の恋も冷めそうだけど、困ったことに始まったばかりの私の恋は冷めるということを知らない。


 さらに困ったことにはどう見ても酷い格好のはずの師匠は凄く嬉しそうな顔で寝ていて、その上月明りに青く黄色く照らされているものだから、この人のことが好きな私にはとても綺麗に見えてしまうのだ。


 私が困っていると師匠がまた何かもじょもじょと言った。何を言っているのかさっぱりわからない。


 聞き取ろうと顔を近づけてみるとやっぱりお酒臭かった。


 しかしこんなに顔近づけても寝てるなんて、ちょっと無防備すぎるんじゃないだろうか。駄目じゃないですか師匠。初対面の人を簡単に信用しちゃいけないんですよ? 師匠を狙ってる人かもしれないんですからね。


 知らない人を簡単に信じちゃいけないとか騙されそうとか人の事散々言っておいて、この体たらく。



 これはお仕置きが必要だな。



 …………。



 でもまあ、おでこで勘弁してやるか。お酒臭いし。




 タロットの月は妖しのカード。さやかなれども暴かぬ光。


 嘘か誠か、その光はほんの少し、狂気を後押しするんだとか。


 月の光に後押しされて、月の光に守られて。


 この日私は罪を犯した。


 ふむ。おでこって意外とうぶ毛あるんだな。くすぐったくて、そしてちょっとつめたくてあったかい。



 顔が離れる時にまた師匠が何かもじょもじょ言っていたけど、やっぱり全く聞き取れなかった。



 師匠は二次会が終わる直前、ギルドのみんなが心配して迎えに来てくれた時にやっと目を覚ました。


 まったく。主役まで捜索隊に駆り出すとは本当に仕方のない人だ。


 それから私とみんなと自分の状況を見比べて何があったのか呑み込めなかったらしく「ごめん、俺なにかした?」と見当違いのことを謝っていた。


 仕方のない人は謝りながらぽりぽりとおでこを掻いていた。多分気づいてはいないはずだけど、一応ごまかしておくか。念の為だ。



「私は何もされてませんよ。師匠、夢でも見たんじゃないですか?」


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