第109話 魔術師 運命の輪 月 ①

 二次会は披露宴会場の近くのレストランを貸し切って行われた。敷地内は白い柵に囲まれていて庭にもベンチやテーブル席がある。日中はそちらでも食事ができるらしい。今日も庭に出てもいいらしいけど明かりはない。使うならご自由にと言ったところだろう。



「ブンプクさん、こっちのドレスも綺麗ですねー! あ、お色直しの時のドレスもとても綺麗でした!」



 これだけは絶対伝えておかなくてはならない。お色直しの後はお話しできる時間が全然取れなかったのだ。二次会だって私たちでお二人を長時間独占するわけにもいかない。ここから参加する人たちもいるのだ。


 二次会ではブンプクさんは青のイブニングドレス。


 お色直しの時の水色も綺麗だったけど、こちらの藍に近い濃い青色も素敵だ。ブンプクさんはネオデの中でも青い服を着ているのでそちらに合わせたのだろう。あれはドレスじゃなくて和風の着物だけど。ショウスケさんは披露宴の時と同じ白のタキシード姿だ。



「ありがとうー。ショウスケが選んでくれたんだよー」


「そうなの? 凄く似合ってた。流石旦那さんね」


「あはは。ブンプクがお色直しはいらないと言い出したものですから」


「おお、ショウショウやりおる」


「ハクイちゃん、猫さんもありがとう。うん、着て良かったー」



 私とハクイさんと猫さんとでどれが一番だったかの議論が交わされる。でもやっぱり最初の白かな、という結論になってしまった。判定に特別ボーナスが付くからね。


 男性陣はとりあえずうんうんと頷いているけど、ちゃんと言葉に出して褒めたらどうなんだろうね。みんなショウスケさんを見習えばいい。



「お話し中申し訳ございません。新郎新婦をお借りしてもよろしいでしょうか」



 遠慮がちに声をかけて来たのは二次会の司会の男の人だった。残念ながらまたここまでだな。司会の人もお疲れ様です。



 仕方なく席に戻ろうとすると今度は知らない女の人が私たちに話しかけてきた。



「あの、披露宴で最後スピーチされてた方ですよね?」



 正確には話しかけられたのは私たちではなく師匠。なので師匠を残して席に戻る。知らない人はスピーチ感動しましたとか佑川君と友達なんですかとかそんなことを師匠に聞いているようだ。


 スケガワ君? ああ、ショウスケさんのことね。そりゃあ友達ですよ。お友達代表ですからね。あたりまえじゃん。


 話しかけられた師匠はなんか鼻の下伸ばしてそれに答えている。まったくだらしない。



「こっひー、大丈夫か?」



 師匠のだらしなさに呆れていると何故か猫さんが苦笑いしながら私の体調を聞いてきた。



「大丈夫です。何がですか?」


「いや、どんな答えだよ」



 ヴァンクさんも何故か苦笑いしている。



「コヒナちゃん、凄い顔してるよ」



 やだなハクイさん。そんなことないですよ。 師匠がもうちょっと何とかならないものかなって思っただけなんです。


 暫くして「ああびっくりした」とか言いながらへらへらと師匠が戻ってきた。



「師匠、あの人と何話してたんですか?」


「ん~? ああ、ショウスケさんのこと。大学時代のお友達らしいよ。ショウスケさんの大学時代のお話してくれたんだけど、そちらはどんなお友達なんですかって聞かれて上手く答えられなくてさあ。じゃあ今度ゆっくり聞かせて欲しいから連絡先教えてって言われたんだけど」


「……」


「そう言われても困るよねえ。あんまりよく知らないんですごめんなさいって逃げてきちゃった。悪いことしちゃったね」


「いやどんな言い訳だよ」



 ヴァンクさんがツッコミを入れた。ほんと、友人代表が新郎の事よく知らないんですってどんな言い訳だ。



「ナゴミヤ君、一応言っておくけど。それ狙われてるのよ」


「ん? いや、そういうんじゃないよ。ショウスケさんのお友達だし、悪い人じゃないよ」



 ハクイさんの心配にも師匠はとんちんかんな答えを返す。自分を狙うのは悪い人だけだと思っているんだろう。



「駄目だコイツ」


「うん。ブンプク以上の逸材かもしれないね」



 猫さんとリンゴさんもさじを投げた。



「え、なになに?」


「師匠は分かんなくていいです」


「えっ、コヒナさんなんで怒ってるの?」


「怒ってないです!」



 別に怒ってはいない。心配してるだけだ。だって連絡先聞かれてるんだよ? 普通警戒しない? ネットでもリアルでもよく知らない人を簡単に信じてはいけないとか私に説教してたくせに。



「あっ、朝のアレ? さっきも言いかけたんだけどそういう意味じゃないんだよ」



 朝のアレ? 何の話?


 ああ、アレかあ。すっかり忘れてた。でもいいや。それの事にしておこう。そもそも別に怒ってるわけじゃないけど。



「じゃあ、メッセージアプリの連絡先教えてくれたら許してあげます」


「ええっ。なんで連絡先?」


「駄目ですか?」


「いや別に駄目ってことないけど。え、ほんとに?」



 師匠は困惑しつつも携帯端末を取り出して連絡先を交換してくれた。


 ギルドの他の方々が何やらにやにやしている。猫さんなんかははっきりとやれやれと口にした。


 だって、全然知らない初対面の人だって師匠の連絡先聞こうとしたのだから、弟子の私が連絡先知っててもいいと思うんだよ。


 でもなんか恥ずかしいって言うか。あんまり師匠の方見たくなくてつい端末を無意味に弄ってしまう。登録した「麻倉和矢」という名前の横に意味もなく(師匠)と注釈を付けてみたり。そうだ、せっかくだからメッセージ届いた時の音楽も変えておくか。どれにしようかな。


 登録されている着信音を人差し指で送っていくと、「ファンファーレ」と言うのが出てきた。試しに流してみると



 ぱぱぱぱーん!



 ラッパの音が鳴った。周りがにぎやかだからそんなに響かなかったけど結構大きな音だ。うはは。いいな、これにしよう。



「師匠から連絡が来たら今の音がなる設定にしておきました。メッセージ下さいね」


「ええっ!? それ、びくってならない?」


「なりませんよ。師匠じゃあるまいし」



 師匠リアルでもえええってやるんだよな。ネットの中でもそうだけど驚きすぎ。今日一日ずっと驚いてるんじゃないだろうか。いつもパソコンの前でも「ええっ」って驚いてるんだろうな。

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