第108話 皇帝と女帝と太陽と、ちょっとだけ魔術師と
私たちが席に戻ると、新郎の会社のなんとかさんとか、新婦の親戚のなんとかさんとかが順番に挨拶していった。大きなお式なのでお話する人も多い。
不謹慎ながらこの時間はちょっと暇だ。
人生の三つの袋の話が二回出て来たのはもうどうなんだろうね。オチの三つ目の袋が違ったものから合計四つの袋があることになっちゃう。被ったから別の話にしようってわけにいかないのはわかるけど。
この間はおしゃべりもできないので師匠も隣で無言でお酒を飲んでる。あ、無言じゃなかった。小声でなんか言ってる。
「あー、緊張して来た」
……なんで人の結婚式で緊張してるんだろうこの人。酔っぱらってるのかな?
「ありがとうございました。では、最後に新郎新婦のご友人の麻倉和矢様よりお祝いの言葉を頂きます。和矢様、どうぞこちらにお越しくださいませ」
親戚のナントカ様のスピーチが終わって、次は友人代表のナントカ様のお話が……
あれ? カズヤ様? 今、麻倉和矢様って言った?
「あー、来ちゃった」
そういうと師匠は立ち上がった。
「えっ、ナゴミヤ君スピーチするの? 友人代表で?」
ハクイさんが言ってくれた。実は友人代表がネットの友達でいいのかな、と私も思ったのだ。
「……そういえば共通の友人って言ったら僕たちだな。その代表と言えばマスターか」
ハクイさんの疑問もリンゴさんの納得もよくわかる。私たちは式の間ずっと、リアルの知り合いの人たちに引け目を感じてた所もあるのだ。でもお式から参加させてもらって、披露宴もいいお席を用意していただいて。
リアルで会うのが初めてでも私たちはショウスケさんとブンプクさんの友人なんだって嬉しくなる。
だけどスピーチが師匠でいいのかな?
はーいと返事をしながら師匠は高砂の隣に設置されたスピーチ台へと向かっていく。あ、ちょっとよろけてる。そう言えば結構お酒飲んでたような。
「師匠で大丈夫でしょうか?」
見送りながら思わず本音が漏れてしまった。大丈夫かな。人生の袋の合計、五つになったりしないだろうか。
「ん? ああ大丈夫だろ、カズヤなら」
答えてくれたのは師匠とリアルでもお友達のヴァンクさんだった。なんだか凄く当たり前のことみたいな言い方だった。
スピーチ台に上がると師匠は一応まっすぐ立ったけど、ネクタイがプラプラしてる。なんかこう、ピンとかで止められないものだろうか。しっかりしてくださいよ友人代表。
「えー、本日は誠におめでとうございます」
そう言いながらポケットに手を突っ込んでごそごそとかき回している。
うわあ。もしかしてあんちょこ探してるんじゃないかあれ。
見つかんないらしく小声であれぇ、とか言っているけど今のマイクに入っちゃってますよ師匠。諦めたらしくポケットから手を出すと、今度はその拍子にいろんなものがぼろぼろと落ちた。
クスクス、と会場から小さな笑いが起きる。
ああもう。なんでポッケからスティック糊とかカッターとかネクタイとか出てくるの。あっ、さてはネクタイ、来る途中に慌てて白いの買ったな。ほんとに仕方のない人だ。
私の心配をよそに、落ちたものをひろってポケットに詰めると、気を取り直して師匠はスピーチを始めた。
「すいません、メモが見当たりませんので、そらでお話させていただきますね」
それ言わなくてもいいですよ。みんなわかってるし。会場からは笑いが漏れてはいるけれど、苦笑も混じってるんじゃないだろうか。
「まずは私とお二人の関係ですが。お二人の出会いはとあるサークルのコミュニティーであり、私はそのリーダーをしています。つまり私がいなければ今日と言う素晴らしい日は訪れなかったわけであります」
ねえこの人結婚式で何言いだしてるの。新郎新婦はその様子を楽しそうに見ているので私がハラハラしても仕方ないんだろう。しかたないんだろうけど。親戚筋の視線とか気になる。
「お二人はそのサークルでの遊び仲間だったわけですが、その中で段々と仲は深まっていきまして。最初に私がお話を聞きましたのは、新郎側からですね。内容はこのコミュニティーに恋愛禁止のルールはあるか?という物になります」
え、そうなんですかショウスケさん?
思ってみてみるとショウスケさんは照れくさそうな顔で頭を掻いていた。そうなんだ。へえ~。そうなんだ!
「新郎のご友人の方々はよくご存じかと思いますが、新郎は良く言えば固い、じゃなかった。えー、非常に真面目な男でして。アイドルグループじゃないんだから、と。好きになさいよ、と。私は答えたわけです」
くすくす、と今度は苦笑ではない笑いが会場を満たしていく。その声が大きいのは、きっとショウスケさんのことをよく知っているお友達のいるテーブルなんだろう。
うちでもショウスケ君らしい、とハクイさんが呟いてみんなそれに頷いている。
「新郎に、章彦さんにそういう人がいるんだと思えば相手が誰かは見てればわかるわけで。こちらとしても応援したくなります。ところがですね。新婦のご親族、ご友人達はよくご存じだとは思いますが、新婦は、文音さんは、あー。穏やかな方でして。穏やかというかその。まあ大変穏やかな方でして。なかなか伝わらないと章彦さんは焦っていたんですね。」
今笑いが起きているのはきっと新婦をよく知る人たちの席だろう。むう。やるじゃん師匠。
「ただこの時期にですね。実は私、文音さんからですね。男の子と二人でいる時は何をしたらいいかと言う相談を受けてまして」
ヴァンクさんが「なにっ」と小さく声を上げた。ほかの席でもあちこちからおおと声があがる。ハクイさんも「そうだったんだ……」と小声でつぶやいた。二人とも知らなかったんだ。
「文音さんをご存じの方ならわかると思うんですが、これは相当なことでして。内容としては新郎の相談と一緒だと思っていただいて宜しいのではないか、と思います」
ブンプクさんもきっと照れてるだろうなあ、と思ってみてみたけど当のブンプクさんはきょとんとしていた。あれはきっと、自分が何言われてるかよくわかってないな。
「まあ、そんなわけでお互い意識したままで、サークル内でも二人一緒に行動することも多かったのですけどね。両者から恋愛相談を受けている私としては色々と思うところもあるわけでございます。ぶっちゃけ、応援するにも逆にしにくい」
あちこちの卓で小声で会話が交わされる。
「いや、気づかないわよそんなの」
「でもそういえばそうだったかも」
「うわ、あった。今思い出した。ショウスケに今日は用事がって言われたことあった!」
「オレも。ナゴミー、教えとけよな。野暮しちゃったじゃないか」
というかうちの卓が一番騒がしいな。しかし残念ながらこれは私がサークルに来る前のお話だ。むう、寂しい。
「丁度その頃にですね。サークルに新しい子が入ってきまして。その子が占いが得意と言うんでみんなで色々見て貰ったんですね」
あっ、私の話だ! みんなを見たのはショウスケさんの後なんだけど、そのへんはお話をうまくまとめる為なんだろう。
他の卓からは、占い? 占い?とぼそぼそ呟く声が聞こえる。そうなんです。占いなんです。ちなみに占ったの私なんですけどね。えへん。
「そこで章彦さんが恋愛運を見てくれ、と言い出したんですね。そこには文音さんもいるわけですから、私としては新郎の意外な一面を見たというか、攻めるなーと。かなりドキドキしながら見ていたわけです」
そうだった。あの時師匠は何もしゃべらなかった。私は寝落ちしてるんじゃないかと思っちゃったもん。
「その占いでですね。『もっと強気で行くべき』みたいな結果が出たんですが。新婦がいる目の前で恋愛運見て貰ってるわけじゃないですか。私としてはこれより強気ってどうするんだよって思うわけですよ。ところが、新郎はそうじゃなかった」
ちょっと言葉を区切って、凄く大事なことを話すみたいに師匠は続けた。
「その場で新婦に告白したんです」
おおおお、と会場から歓声が上がった。
「コヒナ、二次会では占いの依頼が来るかもしれないぞ」
小声でリンゴさんが言った。えへへ、そうですかね。来ちゃいますかね。何しろ新郎新婦を見た占い師ですからね。うへへへへ。
「でもタロットカードなんて持って来てないでしょう?」
「いえ、その」
「あんのかよ」
違うんですよハクイさん、ヴァンクさん。一応なんかのときのためにですね。
「流石カズヤの弟子だな」
ヴァンクさんが飽きれてるんだか感心してるんだかわかんない声で褒めてくれた。
「こんなわけでですね、その時の告白が、今日と言う良き日に繋がったのでございます」
なんかすごい
「私は、偶然お二人が出会った時に居合わせました。
私は偶然、お二人がお付き合いを始めるきっかけに立ち会いました。
そして誠に光栄なことに、お二人が結ばれる瞬間に招かれて、今ここにいます。
お二人が出会ってから結ばれるまでを側で見てきた私は、お二人が結ばれる運命であった事を知っています。
この先もどうぞお二人で素敵な家庭を作っていって下さい。
心からの、祝福と応援を送らせていただきまして、お二人の友人代表としての挨拶とさせていただきます」
師匠が深々と頭を下げて、大きな拍手がそれを包んだ。
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