第93話 フェイトフルナイト 3

「……傘を持っていくことができない? 何故だい?」


「1枚目に正義ジャスティスのカードが出ています~」


「…………」


「2枚目のカードは貨幣ペンタクルの5。ぼろぼろの服を着た人物が雪の中を歩く様子が描かれています。このカードは望むものが得られない辛さを意味します~。1枚目の正義ジャスティスと合わせると、温かい服が手に入るとしてもズルはしない。ズルをするくらいなら寒さをこらえる方がマシだと考える。アプリコットさんはそんな方なのではないかと~」



 失礼な意味に伝わらないように言葉を選ぶ。ギルドの人や友達を見る時とは違う。誤解されてしまえばごめんなさいでは済まない。



「当たってるとしたら、僕はずいぶん損な性格なようだね」



 アプリコットさんはふうとため息を吐いた。つまりそう言うことなのだろう。



「でも、アプリコットさんのおかげで濡れずに済んだ方がいます~ 」


「まあ、それはそうかもしれないけどね」


「その方はアプリコットさんと同じように正義を愛する人かもしれません。残った傘を撮ろうとして躊躇い、濡れて帰る人かもしれません。持って行ったとしても自分の中の小さな正義一つを壊してしまうかもしれません。その人はその選択を迫られずに済みました。これはアプリコットさんのお陰だと思います~。傘の事だけではなく、アプリコットさんはそういう優しさを積み上げてきた人なのではないでしょうか~」



 正義ジャスティスのカードに描かれた天使の持つ剣は巨大な悪を滅ぼす為だけにあるのではない。


 正義ジャスティスと言う言葉は敵を悪と断じて滅ぼすための御旗ではない。


 誰かがうっかり撒いてしまったやがて悪意へと変わるもの。損をとってもその連鎖を断ち切る意思。


 渇しても盗泉の水を飲まず、と言う言葉がある。それも正義ジャスティスの在り方の一つだろう。



「参ったな。傘一つでここまで褒めて貰えるとは思わなかったよ。やれやれ。持って帰って来なくて良かった。この大勢の前で傘泥棒がバレてしまってはまずいものな」



 いつの間にか静かになっていたギャラリーから笑いが漏れる。



「大当たり、と言うことにしておこうか。もちろんお代はしっかりお支払いしよう。500ゴールドだったね?」



 照れているのか、アプリコットさんはそんなことを言って、ギャラリーからは私になのかアプリコットさんになのか、ぱらぱらと拍手まで起きてるんだけどそれはちょっと待って欲しい。



「ああ~、すいませんまだです~」


「ん? 何がだい?」


「まだ、三枚目の解説が終わっていません~」


「おお、そうだったか。これは失礼した。是非続きもお願いしよう」



 わははは、とギャラリーからも笑い声が起きる。



「はい~。三枚目のは聖杯カップの2と言うカードです~。このカードには聖杯カップを持って向かい合う男女が描かれています~。新しい関係が現れることやパートナーとの出会いを示すカードです~」



「パートナー? 周りが色気づいてるからと言って私まで巻き込もうとしなくていいんだぞ」


「恋愛に限ったことではないです~」


「ふむ?」


「分かり合える相手との出会いを意味するカードです。趣味やお仕事での気の合う人との出会いや良い方向への関係の変化を示すのですが、1枚目、2枚目を見るにアプリコットさんの『正義』を理解してくれる人ではないかと思います~」


「んん? 傘を盗まない人と言うことかい?」


「それもあるかもしれませんが、先ほどご自身でおっしゃっていた『損な性格』を受け入れてくれる人ではないかと思います~。温かい服が手に入るとしてもズルはしない。ズルをするくらいなら寒さをこらえる方がマシだと考える。そんな人を快く思う方との出会いだと思います。もし今辛く感じていることがあっても、どうぞ安心してお進みください~」



 三枚のカードはお互いに重なり合って一つの物語を描いている。だから三枚目の聖杯カップの2は単に気の合う人との出会いを意味するのではない。



 汝、正義を愛する者よ。汝これより汝の正義を愛する者と出会うであろう。


 これがアプリコットさんがこれから歩む物語。



「ちょっと待ってくれ。うん、これはなかなかに恥ずかしいな。やれやれ、このキャラで来てよかった」



 ギャラリーからは「サブキャラかよー」「正義じゃないのかー。正々堂々とメインキャラで来いよー」などとつっこみの声が入り、それにアプリコットさんが言い返す。



「うるさいぞ外野。こっちにも色々事情があるんだ。ところで、占い師さん。後ろのサンタ服の人とはどういう関係なんだい?」


「ああ、この人は私の師匠です~」



 占いを待っててくれている間師匠が宣伝を交えてお話をしてくれていたからだろう。その師匠は自分のお店ほったらかしで後ろについてくれていた。申し訳ないけどとても心強い。




「そうかい。私の見た所コイツはいいヤツだが逃げ癖があるぞ。しっかり捕まえておくことだ」


「えっ、なんで俺に話来るの⁉」




 急に話を振られた師匠が叫び、ギャラリーから笑いが漏れる。



「なに、ただの照れ隠しだ。それと占いのお礼だな。まあ気にしないでくれ」



 おお、この人凄いな。師匠はモンスターからはにげてばかりだもんな。最近「無理に師匠って呼ばなくていいんだからね」とか言ってくるし。アプリコットさんやっぱり占いに詳しい人なのかな?でもタロットも使わないでどうやって見破ったんだろう。



「はい、気を付けます!」


「うん。そうするといい。さて待っているお客さんも多いことだ。あまり長居しても申し訳ないな。ありがとう。楽しかったよ」



 そう言ってアプリコットさんは町の中へと消えて行った。


 気が付くと手が汗でびっしょりになっていた。なんか肩もがちがちだ。凄く緊張していたんだなと思う。上手くお話出来ていただろうか。最初のお客様がアプリコットさんで良かったな。


 しかし気を抜いてばかりもいられない。そのアプリコットさんのお陰で興味を持ってくれた人たちがたくさんいるのだ。



「お待ちの方いらっしゃいましたらお伺いします~」



 私たちを取り巻いているギャラリーの中からわらわらと数人が進み出てくる。わわ、どうしよう。ええと、どうすればいんだ?



「はーい。お次は最初に動いたカンガルウさん、こちらへどうぞ。後の方順番に並んでねー。お一人あたり結構時間かかりますのでご了承くださいね。その分一人一人しっかり見るからねー」



 師匠がてきぱきとお客さんたちを誘導してくれる。流石師匠。頼りになる。



「オープンチャットでの占いに抵抗あるって方は言って下さいねー。パーティー組んでやるのでねー。でも俺の相談でギャラリーを魅了してやるぜ!っていう勇気あるアニキ達は是非オープンチャットでよろしくー」


「まかせろ! 10人以上に泣かされてきた俺の恋愛相談は並じゃねえぜ!」



 並んでいる戦士さんが返す声にギャラリーからまた笑いが起きる。


 うう、師匠ありがとうございます。師匠の厚意に甘えて座ってくれたカンガルウさんと言う方とのお話に集中させてもらうことにする。



「いらっしゃいませ~。何を見ましょうか~?」



 師匠はその後も占いに入ると周りを見ることが出来なくなる私の代わりにお客様の誘導やご案内をしてくれた。



『師匠ありがとうございます。すいませんご迷惑を掛けてしまって』


『ん? ああ、だいじょぶだいじょぶ。俺今めっちゃ楽しいから!』



 接客の合間に個人チャットで送ったお礼に、師匠はそんな返信をくれた。師匠だって自分のお店あるのに。凄く時間かけて準備して来たのに。


 そう思いつつも私もお客様とのお話に手いっぱいで、当たってる、ありがとうと言われるのが嬉しくて。


 やっとお客様が落ち着いた頃には結構な時間になっていた。



「師匠、本当にありがとうございます~。服屋さんもあるのに~」


「いやいや。おかげさんで服屋さんの方も好調だったよ。俺は何かやってれば楽しいので心配しないで。しかし占い屋さん大盛況だったねー」



 占いの合間に師匠のお店にもお客さんが入っていたらしい。そう言えばギャラリーの中にサンタとかトナカイの服を着た人を見かけた気もする。




「はい! 師匠のお陰です! 師匠と、それにアプリコットさんのお陰ですね~」


「アプリコットさん、うん。アプリコットさんね。うん、確かに」



 ???



 なんか変な反応だな。



「お、大分落ち着いたみたいだな」


「さっき凄かったもんね。コヒナちゃん、ナゴミヤ君、お疲れ様~~」



 声を掛けてくれたのは丁度そこにやってきたヴァンクさんとブンプクさん。ハクイさん、ショウスケさん、リンゴさんも一緒だ。ギルド<なごみ家>のメンバーが勢ぞろい。



「皆さん来てくれたんですね~。お疲れ様です~」


「おう。子供寝たからな。ちょっと様子見に来た」



 ヴァンクさんにはまだ幼いお子さんがいる。なのでログインするのはお子さんが寝た後の短い時間だけ。それはハクイさんも一緒だ。



「コヒナさん、話し方がすっかり占い師モードになってますね」


「あ、ほんとですね!」



 ショウスケさんに言われて気が付いた。占い師モードになっているというか混じっている。占いしている間ずっと気を付けていたせいだな。これはしばらく混じるかもしれない。



「おし、せっかくみんな揃ったし写真撮ろうぜ。コヒナさん占い師デビュー記念だ」



 師匠の言葉にわらわらとみんな私を囲んで集まった。わ~い真ん中。


 はいチーズ。ぱしゃっ。



「あ、そうだ。コヒナさん、この写真日誌にのっけてもいい?」



 師匠が聞いてくる。


 ん? 日誌?



「日誌ってなんですか?」


「ああ、俺のSNSにギルドの活動日誌上げてるんだ」


「えええ、そんなのあるんですか? 聞いてないですよ! 」



 ひどいな師匠。そんなのがあるなら教えておいて欲しい。私だってギルドメンバーですよ。



「いやその。たいしたこと書いてないし、あんま更新もしてないから正直忘れてたって言うか……」



 ひどいな師匠。ギルド日誌の存在忘れてたんだ。らしいと言えばらしいけど。



「そう言えばあったわねそんなの」


「うん。僕もすっかり忘れていたよ。ギルドメンバーくらいしか見に来ないしな」



 ハクイさんとリンゴさんもひどいな。ギルドメンバーくらいしか、ってギルドメンバーも見に行ってないじゃないか。



「写真あげるのは勿論いいですよ~。でも条件があります~。師匠はサンタ服じゃなくていつもの格好で撮ってください~」


「お、了解了解。いつもの格好ね」



 師匠は着替えようと姿隠しの魔法を唱え始めるけれど、ストップです。



「いつものかっこって、NPCの方じゃないですからね~? 紫のローブの方ですよ~?」


「ええっ、いやそれはなんか恥ずかしい」



 なんでだ。サンタ服なんか着ておいて。



「駄目です~。私のデビュー写真なんですから、師匠らしくして下さい~」


「ええ、だって占いに師匠関係なくない?」



 出たな、師匠の逃げ癖。逃がしません。アプリコットさんにも言われたからね。ちゃんと師匠らしくして貰わないと。



「駄目です~。師匠は師匠ですので~!」



 師匠はなおも渋る様子を見せる。まったく、何がそんなに嫌なんだろうねこの人は。



「マスター観念するんだな。師匠としての務めを果たせ」


「おらナゴミヤ、さっさと着替えろ。もう落ちないといけねえんだ」



 リンゴさんとヴァンクさんにも言われて師匠もついに折れた。



「わかったよう!」



 着替えた師匠に隣に来てもらって、もう1枚ぱしゃり。



「コヒナ、占いは上手くいったかい?」



 写真を撮り終わると毒ずきんちゃんことリンゴさんがそう聞いてくれた。



「なんとかできました! 始める前はどうなるかと思ったんですが最初のお客様のお陰で大盛況でした~!」


「ほう。そんなにいいお客さんに恵まれたのか。その人に感謝しないといけないね。どんな人だったんだい?」


「とても優しい方でした。でも緊張しすぎてたみたいで格好なんかは……」



 確かオレンジ色のドレスを着ていたような。



「そうなんだ。きっと可愛い人だったんだろうね」


「うーん、よく覚えてないですが、可愛いというよりは綺麗な方だったような~」


「いや、そんなことは無い。きっと凄く可愛い人だったに決まっているさ。可愛いは正義だからな」



 ?????



 そうかな? そうだったかな?


 そうだったのかもしれないな?



 こうして私の占い師としての初仕事は大成功で終わった。


 撮影のあとは解散の流れ。最後に師匠が聞いてきた。



「どう? コヒナさん。今日は楽しかったかい?」



「はい! すごく楽しかったです!」



「おおう、食い気味。でもそれは何より」


「はい! ありがとうございましたー!」



「コヒナさん、占い師としてデビュー!」と題されたその日の日誌はいつもよりちょっとだけ閲覧数が多かったとかなんとか。私も覗きに行って「師匠ありがとうございました」とお礼のコメントを付けておいた。



 そして。



 私はこの後最初のお客様であるアプリコットさんの正体を知ることになるのだが、それはまた別のお話。


 ずっと後になってアプリコットさん本人にリアルでお会いしてからのお話だ。



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