第92話 フェイトフルナイト 2
「ほう、占い師さんか。面白そうじゃないか。見て貰えるかな?」
そう声を掛けられた私は思わず慌ててしまう。
「hhy、はい!」
うわあ、めちゃくちゃ噛んだ。これじゃ師匠みたいだ。どうしよう凄い恥ずかしい。
『落ち着いて。お客さんからはしっかり占い師に見えてるってことだよ』
師匠から入ったメッセージにはっとする。そうだ。この人は私を占い師だと思って声を掛けてくれたのだ。きっと設置した看板を見てくれたのだろう。
「だいじょぶかい? 見て貰えるのかな?」
声を掛けてくれたのはアプリコットさんと言うオレンジ色のドレスを着た女の人だった。
「見ます!大丈夫です!」
「そう? なんだか緊張しているように見えるけど大丈夫かい?」
「大丈夫です!」
「そうかい? じゃあ私はどうすればいいかな?」
ああ、いけない。さんざん練習して来たしゃべり方が吹っ飛んでしまっている。
ええと、ええと、
『落ち着いて。だいじょぶだよ。ほらちゃんと待っててくれてるから』
師匠からのメッセージで気が付く。私が一人で焦っているだけだ。アプリコットさんは私を急かすことなく、次の言葉を待ってくれている。
すー、はー。
リアルの身体で深呼吸。おちついて、おちついて。ちゃんと練習も準備もしてきたのだ。
「大変失礼いたしました~。では、こちらにおかけ下さい~」
「はいよ。ところで見料はいかほどかな?」
見料なんて言葉知っているということはアプリコットさんは占いに詳しいのだろうか。ちょっと怖い気もするけれど、占いを楽しいと思ってくれる人である可能性も高い。
「500ゴールドになります。占いの後内容にご納得いただけたらのお支払いです~」
「ずいぶん安いな。それに納得出来たらとは良心的だね。よし。よろしくお願いします」
アプリコットさんはゆっくりと順番にまるで私を促すように話を続けてくれる。きっと師匠と同じようにお店なんかのロールプレイに慣れた人なのだろう。こちらが初心者なのにも気が付いているのかもしれない。そう思うとちょっと落ち着いてきた。
「ありがとうございます~。ではまずご説明します~。タロットでの占いです。何か気になることがあれば具体的なアドバイスもできます~。特になければ全体運と言う形で見ることもできます~。如何しましょうか~?」
「ふむ、タロットか。面白そうだね。じゃあ……そうだな。このところ何だか周りが急に色気づいてしまってね。自分だけ何もなくて肩身が狭いんだ」
「なるほど~。周りの方のことはおめでたいと申しますか~」
「ううん、そうだね。まあめでたいかな。そう言うの興味ないような奴らばかりだったんだけどなあ。なにせ周りは変人だらけでね。まさか一番まともなボクが取り残されるとは思っても見なかったんだ」
何だか聞いたことがあるような話だ。どこでもあるんだなこういうの。
「では、恋愛運を見てみましょうか~?」
「いや、恋愛運自体はあまり興味が……。そうだな。じゃあ、この先何かいいことがないか見てくれないかな」
「はあい、かしこまりました~。ではタロットを広げますのでしばらくお待ちください~」
アプリコットさんにそう断りを入れて画面から離れる。
パソコンラックから椅子のキャリーを使って、すぐ左隣にあるタロットカードとクロスのおかれた机に移動する。
すーはー。また昇ってきた緊張感を深呼吸でいなす。
でも、リラックスしてるだけじゃだめだ。集中、集中。なにしろこれは占い師としての初仕事。
カードをぐるぐると両手で混ぜていく。
アプリコットさんのこの先に起きる「いいこと」を見せて下さい。
満足するまで混ぜたら、ゆっくりと揃え一枚ずつ開いていく。
出たカードは
1枚目
2枚目
3枚目
1枚目
右手に剣、左手に秤を持った女神さまの描かれたカード。
2枚目
雪の中を急ぎ歩く二人の人物が描かれている。どちらもボロボロの服を着ていて寒そうに見える。その上一人は怪我までしている。
貧困や不安定な生活、ストレスが多い等、苦しい日々を暗示するカードになる。
3枚目
それぞれのカードを考察した後、改めて三枚のカードを眺める。三枚のカードはお互いに意味を補強して絡み合い、物語を作っているのだ。
さて、この三枚のカードはどんなストーリーを示しているのだろう?
頭の中で三枚のカードがぐるぐると回る。物語のイメージはできるのだけど、言葉にするのは意外と難しい。
悩みつつもパソコンラックに戻ると私の周りに人だかりができていた。
わあ、なんだこれ。
「ふむ、結構時間がかかるものなのだな」
「まあまあ、もう少々お待ちを。リアルでタロットで占っているからね。アプリみたいにぽんとはいかないさ。でもその分しっかり自分向けのお話をしてくれるのでね」
「なんと、リアルでカードを広げているのか。それなら時間がかかるのも仕方ない。期待しつつ大人しく待つとしようか」
お客さんであるアプリコットさんとうちの師匠が何やら会話しておりその内容を聞いた人たちが何だなんだと集まっているようだった。あちこちで「占いだってー」みたいな会話が聞こえてくる。
わあ師匠、宣伝してくれてるのかもですがやり過ぎです。また緊張してきてしまうじゃないですか。この大勢のギャラリーの中で「全然当たってないんだけど」なんて言われたらきついぞ。
タロットカード自体は外れないと思っているけれど、読むのは私であって私が間違えることは、まああるのだ。
お友達を占って見た時も、後になってからカードの示した物語の意味に気づくということはあった。そこで改めて説明するのも何だか言い訳がましい。
まあ伝えても怪訝な顔されるだけだけどね。あんまり覚えてない人が多いよ。折角当たったのになあ。いや当たってないのか。後付けの占いなんてね。
でもそんなときは大体私が相手に対して先入観を持っているのだ。カードを広げる前からチカちゃんだったらこんな占い結果だろう、みたいな。その先入観に合わせてカードを解釈するのは失敗の元だ。
先入観は持たない。でも主観、インスピレーションは大事にする。自分で物語を描きながらお話を聞きちょっとずつカードの意味を理解していく。
お話が具体的ならカードの意味は鮮明になっていく。逆に詳しくお話したくないお客様にはカードのイメージを伝え、一緒にカードの意味を考えていく。
そうすればそうそう見当違いの解釈にはならないはずだ。
「お待たせいたしました~。結果をお伝えしますね~」
「お、よろしくお願いします」
机を挟んで向かいに座ったアプリコットさんが頭を下げた。周りの見物のお客さんたちもざわざわしだす。「おーい、占い始まったぞー」なんて知り合いを呼ぶ声も聞こえる。
ざわざわざわ。
駄目だめ。集中!
何しろ占い師として初めてのお客様だ。大切にしなくては。占いはタロットを開いて終わりではない。占い師がお客様に伝えて初めて意味を持つのだ。
「一枚目のカード、ここは過去や問題の原因を表すカードが来ます~。出ましたのは
ギルドの人たちを画面越しに占わせて貰って、向こうからはカードが見えないことに気づかされた。カードに何が書かれているのかを伝えるのは大事なことだ。そこから反応を引き出せることもある。それはタロットを正しく解釈するのに役に立つ。
「お、何だか良さそうなカードが出たじゃないか」
アプリコットさんは嬉しそうだ。つまりはアプリコットさんの
人によっては
まあそんな人の時には1枚目に
「このカードはそのまま
「うん。まあ当たっているかな。でも大抵の人はそうなんじゃないかな?」
「そうですね~。そうかもしれません~」
そうかもしれない。でも、1枚目に
「2枚目は現在の状態を示します~。出ているのは
「あー、それが現在なのかい? だったら大当たりだ。雪じゃなくて雨だったけどね。帰ってくるときにちょうど降り出してね。おまけにコンビニで傘を盗られちゃったものだからびしょ濡れになってしまったんだ。ひどい目に遭ったよ」
大当たりだ、のあたりで見ている人達からおお、と歓声が上がる。ううん、確かに当たっているけど、きっとそう言う意味じゃないんだよなあ。
「なんと~。それは災難でしたね~。ひどいことをする人がいるものです~」
私が帰って来るときにも今にも降り出しそうだった。アプリコットさんが何処に住んでいるのかわからないけれど、今日は雨の所が多いのだろう。この寒さで雨に濡れてしまったら風邪をひいてしまいそうだ。
「まあ、間違って持って行ったのかもしれないけどね。ぼ……。私の傘は無くなっていたのだけど、傘立てに似たような傘が残っていた。あんなに寒いなら私も間違えた振りをして持って帰ってきてしまえば良かったよ」
アプリコットさんはそんなことを言う。占いを見ているお客さんたちからもそうだそうだと声が上がった。寒かっただろうなあ、可愛そうにとアプリコットさんを心配する声も上がる。
酷いことをするやつがいるものだ。ビニールがさなんてたいして違わないんだから持ってきちゃえばよかったのに。
でも。
「でも、それはアプリコットさんにはできないのではないですか~?」
「……できない? 何故だい?」
私の問いにちょっと間を開けてアプリコットさんが聞いてきた。聞かれたなら根拠を伝えなくてなくてはいけない。多分ご自身が一番わかっていると思うのだけどね。
「1枚目に正義ジャスティスのカードが出ています~」
「…………」
根拠を伝える私にアプリコットさんは沈黙で答えた。
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