第91話 フェイトフルナイト 1

 都会のクリスマスと言うのは凄いものだ。


 漫画とかでクリスマスの独り身は辛いみたいなのは見ていたけど、そんな事もないだろうと思っていた。メディアの大げさな煽り文句でしょうって。



 そんなこと、あった。



 どこもかしこも電車の中までカップルだらけでしたよ! なんで? 何処から出てきたの?理論的におかしくない?


 けしからんですな。あっちこっちでいちゃいちゃしおってからに。 まったくクリスマスを何だと思ってるんだ。


 いや、じゃあ何なんだって聞かれたらよくわかんないんだけど。



 例に遅い時間の帰り。クリスマスイブだというのにこの日は一日中パッとしない天気で、家に着いた時には冷たい雨になっていた。残念ながら雪にはならないギリギリの冷たい雨である。


 リアルで過ごす恋人たちにはちょっと残念なクリスマスイブかもしれない。


 しかし私のクリスマスは安泰である。なにせ自宅でぬくぬくしながらクリスマスを満喫できるのだからね。勝ち組。間違いない。


 ネオデの世界、<ユノ=バルスム>での私たちの仕事はモンスター退治だ。


 この世界は過去に何度も終焉の危機に晒されていて、その爪痕は各地にあるダンジョンとして今なお残っている。


 ダンジョンやそこから漏れだしてきた世界に終焉をもたらす「悪」がモンスターであり、「悪」に対抗する勇者として私たちはこの世界に召喚された。だからモンスター退治こそ私たちが為すべき事なのだ。


 なのだけど、実は勇者たちはそればっかりをやっているわけでもない。



 クリスマスイブの今日この日。


 <ユノ=バルスム>をクリスマスにするのは世界を救う勇者であると同時にこの世界の住人でもある私たちだ。私たちがクリスマスを思い切り楽しむことでこの世界はクリスマスとなる。


 そんなわけで私はこの世界のクリスマスを満喫すべく、私よりも更に遅くにログインして来た師匠と一緒にマディアの町へと繰り出すのであった。



 私と師匠がホームタウンとして利用しているマディアの町もすっかりクリスマスである。


 見慣れたはずの冒険者ギルドの屋根の上にも雪が積もり、ギルド前の広場には色とりどりの飾り付けがされた大きなもみの木が設置されていた。運営さんありがとう。お疲れ様です。



「わー、凄い人出ですねー」


「おー、ネオデもまだまだ捨てたもんじゃないな。流石クリスマスだねえ」



 世の中にあれだけカップルが溢れているのだからネットゲームをしている人は少ないんじゃないかと思ったけどそんなことは無かった。寧ろいつもより賑わっているくらいだ。


 日用品や装備品を売る行商人さんもいつもより多いし、それに加えてクリスマスのごちそうを売っている人やオリジナルのラブソングを歌う吟遊詩人さんまでいる。


 そんなプレイヤーさんの店を見て回るのもプレイヤーさんたち。恋人らしき二人組、お友達同士、ギルドメンバーで連れだって。


 彼らもまた、この世界にクリスマスを作り出していく人たちだ。



「ネットゲームでできた繋がりも人間関係だからね。クリスマスを<ネオデ>の中で過ごしたいって人はいっぱいいるよ」



 そう。師匠の言う通り。もみの木も、クリスマスの飾りも、私たちのこの身体でさえもデータに過ぎない。それでもアバターを介しての人間関係だけは何処までもリアルだ。



 今日までに私は占い師としての準備を着々と進めてきた。


 見た目はこのとおり師匠の力で占い師っぽくなって、問題だったしゃべり方についてもブンプクさんの真似をすることで落ち着いた。語尾を伸ばした感じにするのだ。


 ゆっくりしゃべってるように見えて神秘的です~。


 最初はブンプクさんみたいに「~~」と付けてみたのだけど、ヴァンクさんから「ブンプクが二人いるみたいで怖いからヤメレ」といわれて一個だけにした。確かにブンプクさんが二人いたら怖いね~~。


 町に着くと早速師匠は仕立て屋さんの近くの通路脇でお店の準備を始めた。以前ハロウィンでお店を出したのと同じ場所だ。既にサンタさんの服を着てやる気十分である。


 師匠は服屋さんなので荷物がいっぱい。それらは全部物理法則を無視して師匠の後ろでいい子にしているダチョウによく似た大型の騎乗生物ロッシー君に括りつけられたバックの中に入っている。


 私は大して荷物もないのだけれど、師匠の真似をして私の愛……。愛ナントカコントカのナンテー君を連れて来ていた。


 師匠が出すお店の真似をして看板と椅子を設置して。



 でもそこまでやって急に怖くなってしまった。



「師匠、ほんとに私なんかが占い師やっていいのでしょうか。免許とか持ってないんですけど」


「えっ、占い師って免許あるの?」


「いえ、どうでしょう。わかんないです」



 どうしよう。これが分かんない時点で結構な問題じゃなかろうか。



「だいじょぶじゃない? 」


「でも外れたら怒られませんか?」



 占いをする人と占い師は違う。考えてみれば今までは知っている人しか見たことがなかった。今日見る人は知らない人、初めて会う人だ。しかも占いをしてお金を頂くのだ。



「んー、怒られないとは思うけど。まあいろんな人がいるからなあ」


「そうですよね……」



 占い師さんなのだから占いをしてお金を貰おうと思っている。そういうロールプレイがしたい。もちろん占い師として占い自体はしっかりやる。でも外れる事、私が読み違えることはきっとある。


 占い自体が思ったものと違うという人だっているだろう。ゲームの中の仮想のお金とは言え皆この世界で頑張って時間を使って稼いだお金だ。納得いかないと言われたらどうしよう。


 いや、そもそも占いなんてちゃんとやっていても文句を言われることだってあるかもしれない。


 金額は負担のかからないように安めの価格に設定したし、師匠達のアドバイスに従って後払い制を導入することにした。でも。



 うー、どうしよう。想像しだしたら嫌なことばかり浮かんでくる。やめちゃおっかな……。



「師匠、今日はやっぱり師匠のお洋服屋さんのお手伝いじゃダメでしょうか」


「んん? 構わないけど、どうしたの?」


「いえ、あのその……」



 ううん。占い屋さんも怖いけど、あれだけ師匠と皆さんに手伝ってもらって準備して、やっぱりやめますも同じくらい怖い。



「あー。まあ、最初はね。無理しなくても」



 師匠が言いかけたその時。



「ほう、占い師さんか。面白そうじゃないか。見て貰えるかな?」



 そう声を掛けられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る