第90話 前夜祭 7

 大急ぎで再び自分のお部屋に駆け込んだ。


 ヴァルキリーコヒナの鎧を外し、帽子とドレス、サンダルを身に着ける。


 自分のアバターが綺麗な服を着るのは嬉しいことだ。とても素敵なことだ。


 まるでリアルでドレスに袖を通すときのような期待感がある。これも師匠の言うアバターとリアルの自分の繋がりなのだろうか。


 着替えたアバターを確認するのに鏡は必要ない。くるりと回ってリアルの眼でドレス姿になったコヒナさんを見る。


 ドレスを纏ったコヒナさんは綺麗だった。ドレスだけを見た時には「お姫様みたい」と思ったけどそんなことは無い。


 肌の露出は少なく、長い袖が腕全体を覆っていてスカートはロング。着る人の魅力や個性を引き出すよりも逆に覆い隠すような。ドレスの美しさには目を惹かれるけど、着ている人自身の印象は薄くなるような。


 所謂、神秘的と言うやつだ。


 これは占い師だ。凄いぞ師匠。あの短時間でこの服を作るのって、天才なんじゃないだろうか。


 となればあとは。


 今まではタンスの肥やしでしかなかった、見た目は可愛いが性能は微妙なアクセサリーたちをごそごそと引っ張り出してくる。


 占い師はアクセサリーを沢山つけているものだ。


 初めて買ったタロットカードの解説書の表紙に沢山アクセサリーを付けた占い師さんが描かれていたので間違いない。大変美人で大きなアクセサリーが似合っていた。


 派手なアクセサリーには見た目の神秘性の演出というのもあるけれど、場や自分を聖別する意味もある。タロット占いには直接関係のない水晶玉やパワーストーン、魔よけの品等を側に置いていたりするのも同じ理由だ。雰囲気づくりの為だけではない。


 雰囲気作りと場の聖別はもしかしたら一緒なのかもしれないけどね。


 リアルの私ではとてもじゃないが大きな宝石なんか付けられない。完全に宝石に負けてしまう。でもコヒナさんなら問題ない。なにしろ世界を救うために召喚された勇者だ。どんなに大きな宝石にだって負けたりはしないだろう。


 ネックレスは一番大きくて派手な緑色の宝石のついた物。師匠みたいにそれぞれの指に意匠の異なる指輪。腕輪は細かい金細工の施された物をやはり左右で別々に。ピアスはリング状になった大きなものを選んだ。


 じゃらじゃらじゃら。


 リアルだったら派手さや金額もさることながら、重量的にも大変になるだろうアクセサリー達。


 でも翠玉の砂エメラルドサンドで染められた帽子とドレスを纏ったコヒナさんには良く似合っていて。


 我ながら神秘的だ。これはいける。


 着替えを終えた私は再び、皆様の待つ庭へと飛び出した。



「じゃじゃーん!」



 おー!



 皆様から拍手が起きる。



「コヒナちゃんかわいい~~」


「これは綺麗だ。似合ってますね。流石マスター」




 手放しで褒めてくれたのはブンプクさんショウスケさんペア。


 でしょう、でしょう? 流石二人とも、わかってる。



「師匠師匠、どうですか? 神秘的ですか? 」



 服を作ってくれた師匠の前まで行ってくるくると回って見せた。



「おーすごいすごい。神秘的神秘的」



 ぱちぱちと手を叩く師匠。むう。なんかおざなりだな。不服。


 他の方にも聞いてみよう。



「どうですか? どうですか? 占い師っぽいですか?」



 みんなの前をくるくると回りながら占い師っぽさをアピールしてみる。



「あー、なんだにゃ。その。服は良く似合ってると思うにゃあ」


「うん神秘的。見た目は」


「そうだな。占い師っぽいな。服装は」


「当たりそうな気がするわね。しゃべらなければ」



 みんな褒めてくれたがどうにも歯切れが悪い。ハクイさんに至ってはなかなかひどい。しゃべらないでどうやって当てると言うのか。



「よしわかった。コヒナさん、もうちょっと占い師っぽくしゃべってみよう」



 師匠の言葉にはっと気が付く。そうだ。私は占い師になるのだ。見た目だけではだめだ。しゃべり方や立ち居振る舞いも占い師にならなくてはいけないのだ。



「師匠、占い師っぽいってどんな感じですか?」


「えっ、俺っ? ど、どんな感じだろう」



 自分で言いだしたくせに師匠にはビジョンがないらしい。全くもう、仕方ないな師匠は。




「言われてみれば占い師ってどんな感じでしゃべるんだ?」


「さあ……? 汝、幸運が訪れるであろう、みたいな感じ?」



 なるほど。早速リンゴさんから出た意見を採用してみることにする。




「汝に幸運が訪れるであろうっ!」



 びしっ、と指を突きつけるポーズで決めてみる。突きつける先は師匠だ。お世話になってるからね。



「なんか違えんだよにゃあ」


「かわいい」


「需要はあると思う」


「一周回って当たりそう」



 皆さまからの評判は上々。でもなんか求めるものと違うな。できれば一周回らないで当てたいものだ。



「実際当たるんだからしゃべり方は変に作らなくても普通でいいと思いますが」



 ショウスケさんがいいことを言った。



「ほらほら! 師匠、ショウスケさんが普通でいいって言ってますよ!」


「うん、普通なら俺もいいと思うんだけどね」



 どういう意味だ。私が普通じゃないみたいじゃないか。



「う~ん、もう少しなんとか説得力を付けられないものかな」



 失敬だな師匠。私に説得力がないみたいじゃないか。


 ほら、そんなこと言うからみんなしてう~んとか言いながら腕組みポーズを始めてしまった。師匠のせいだぞ。



「ねえ、私思うんだけどね~~?」



 コヒナ占い師化計画会議の停滞を破ったのはブンプクさんだった。



「多分コヒナさん頭の回転早すぎるんだよ~~」



 えっ。何、何の話? 私の頭の回転が速いって言われた?


 そんなこと初めて言われたんですが。落ち着け、とはよく言われるけど。


 そうなんですか。私、頭の回転早いんですか。そうなんだ。へー。へーーー! 知らなかったなあ!



「チャットもさ、相手の話す内容予測しちゃうから食い気味になるんだと思うの。それにチャット自体早いから早口に聞こえるんじゃないかな~~。もう少しゆっくりしゃべってみたら~~?」



 なるほど。流石は私の頭の回転の速さを見抜いたブンプクさん。いいことを言う。


 言われてみれば私のチャットのスピードは早いのかもしれない。ギルドメンバーの方に師匠よりも早くつっこみを入れて師匠を思い切り悔しがらせたこともある。悔しがりつつも師匠はなんと30点くれた。普段だと多くても20点。大量得点である。よっぽど悔しかったんだろうな。


 その後しばらく、師匠は私に負けまいと素早いつっこみを心掛けていたが、そのせいでチャットが雑になり噛むことが多くなった。ひどい時には何言ってるかわからなかったっけ。うぷぷぷぷ。



 それはさておき。



 チャットでゆっくりしゃべると言うのも難しいものだ。まさか一文字ずつ打っていくわけにも行くまい。多分うっとうしがられてしまう。



「師匠師匠、ちょっとゆっくりしゃべってみて下さい!」


「えっ、俺!?」



 振られた師匠はしばらく悩んでいたようだったが



「チャットでゆっくりしゃべるってどうやるの?」



 それを聞いてるのに、まったく師匠は仕方がないなあ。



「ナゴミヤもコヒナと同系統のしゃべり方だからな」


「えっ、マジで!?」



 師匠、何だその反応は。マジで? はこっちのセリフですよ。



「まあ、師弟だからにゃあ。芸風は似てくるもんだろうにゃ」



 猫さんがとんでもないことを言い出した。この誤解は解いておかねばならない。



「芸風じゃないです!」


「芸風じゃないよ!?」



 くっ、被った。



「芸風じゃねえか」


「タイミングまでバッチリだったわね」


「練習に練習を重ねたとしか思えねーにゃ」



 違うんです皆さん。今のは師匠が悪くてですね。


 しかしそうか。私のしゃべり方は師匠に似てるのか。確かに師匠早口の印象あるなあ。つっこみ早いしなあ。負けじと私も頑張ってたからなあ。そりゃあ似てくるか。


 となると、師匠以外の人を参考にすればいいのかな。


 つっこみに命かけてる師匠以外はみんな早口ではないけれど、その中でも、特にゆっくりしゃべっているように聞こえるとなると―


 ぐるっとそこにいるメンバーを見渡してみる。



「ん~~? なあに~~?」



 骨董屋のブンプクさんと目が合った。

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