第89話 前夜祭 6

「占い屋さん!」



 クリスマスの日、師匠の隣で占い屋さんをするというブンプクさんの提案に、私のテンションはぐんと上がった。


 占いは大好きだ。昔は友人たちに見させろ見させろと迫って嫌がられたくらいだ。最近は控えているけど。控えていたけどギルド内で時々ネタにしてくれるのでちょっと再燃気味だけど。



「占い屋さんやるとなると鎧だとまずいかな」



 師匠がまたいつもの腕組みのポーズをとる。



「まずいですか?」


「いや、まずいこともないんだけど。占い師っぽくない気がする」



 ふむ。


 鎧を着た占い師さんというのはあまり見たことがないかもしれない。様々なマジックアイテムを手に入れて都度強化されてきたバルキリーコヒナの装備は大変かっこいいが、占い屋さんにいたらきっと護衛の人とかと間違われる。



「じゃあ、サンタの服着てやります!」


「お、クリスマスっぽくていいかも。んじゃ試作品持ってくるよ」



 師匠は家に入るとサンタ服を取ってきて手渡してくれた。このままここで着替えれば楽なのだけど、それをやるとむっつりすけべの師匠がうるさい。面倒だけどお部屋まで行って着替えることにする。


 師匠は売り物のサンタ服を何種類か作っていたようだけど、私にくれたのは赤と白のエプロンドレスにおなじみのサンタ帽というもの。サンタの国のアリスという感じ。


 ふむ。流石師匠。可愛いぞ。


 でもちょっとロリっぽくないかな。師匠の趣味かな? リアルでは着られないけどコヒナさんならアリ。コヒナさんなんでも似合うからね。羨ましい。


 でもアバターが可愛い服を着ているとテンションが上がるのって何故なんだろうね。直接自分が着ているわけでもないのに。



「着てきましたー! どうでしょうかー!」


「!」



 一番先に反応したのは毒ずきんちゃんのリンゴさんだった。



「コヒナ、ちょっと僕と一緒に並んでくれ。写真が撮りたい」


「いいですね! とりましょうリンゴさん !」


「よし。これを持ってくれ!」



 リンゴさんが渡してきたのはリンゴさんがいつも持っているのと同じ籠バスケットとリンゴ(食べれないやつ)。左手にリンゴ、右手にバスケット。リンゴさんと対称になるように持って並んで記念撮影。


 ぱしゃっ!


 リンゴさんのテンションも理解できる。赤ずきんちゃんのリンゴさんとサンタコヒナのツーショット。これはなかなか良い絵ですよ。



「おう、似合ってるな」


「コヒナちゃんかわいい~~。ナゴミヤ君こういうの得意だよね~~」



 他のメンバーも口々にサンタコヒナを褒めてくれる。なかなか気分がいい。



「まーな!」



 と師匠はふんぞり返っていた。偉そうだがこの服を作れる師匠は偉いので別に問題ない。



「流石です師匠!」


「まーな! まーな!!」



 大変ご機嫌だ。偉いのでご機嫌なのはいいことだ。



「にゃあー。こっひー、おめーこれで占いするのかにゃ?」



 そんな中何故か猫さんだけが渋い反応をしていた。



「え、駄目ですか?」


「いや、駄目というか。可愛いとは思うんだけどにゃあ。占い師にしてはなんつーか、いかがわしくないかにゃ?」


「そうでしょうか? 」



 そうかなあ。可愛いと思うけどなあ。



「言われてみると……客層が偏りそうではあるわね」


「あー、ちょっと心配かもな。僕もそれで困ったことがある。隣にマスターがいれば問題ないとは思うけど」



 なるほど。ハクイさんの言うことは一理あるかもしれない。そしてリンゴさんが困った件についてはいつか詳しく聞きたい。



「アンタは困るくらいならそんな恰好してんじゃないわよ」


「却下だ。可愛いは正義だからな」



 リンゴさんは右手を斜め上、左手を斜め下にして膝を付く、この世界の祈りのポーズで答えた。師匠がやると変な人の変なポーズだが赤ずきんちゃんのリンゴさんがやると可愛い。まさに可愛いは正義の体現だ。


 うん。可愛いは正義なんだからこのサンタ服でもいい気がするんだけどなあ。



「俺的にはアリだな。クリスマスのプレイヤーイベントっぽくっていい」


「僕も問題ないとは思います。でも猫さんのおっしゃる通り、占い師っぽくは見えないかもですね」



 ヴァンクさんとショウスケさんの男性陣からも意見があがる。



「ううん、今年作った中では一番占い師っぽいのだったんだけどなあ。さてどうしたものか」



 師匠はまた腕組みポーズをとった。おおっ、この流れはもしかすると。



「んじゃ、いっそ占い師用の服作ろうか」


「いいんですかっ、師匠!」


「おおう、食い気味……」


「ありがとうございます!」



 だってねえ。師匠が占い師用の服作ってくれたらそれが一番いいに決まってる。作って欲しいなあとは思っていたけど、忙しく走り回ってる師匠に頼むのも申し訳ないと我慢していたのだ。



「材料あれば服作るくらい時間かかるものでもないからね。作るの好きだし。占い師か~。どんな感じにするかなあ」


「あ、師匠! それなら一つお願いが。ちょっと待ってて下さい!」



 返事を待たずにお部屋に戻り、大切に壁に掛けてあったマギハットを持ってきて師匠に手渡す。



「これを使って頂きたいです!」


「お、この帽子か。懐かしい」


「おー、あの時の帽子かにゃ。もう半年も前なんだにゃあ」



 師匠と猫さんもこのマギハットのことは覚えてくれていた。これは私が初めて手に入れた「お宝」だ。


 師匠と猫さんと一緒に倒した強敵がドロップした、紛れもない私の宝物である。


 強力な魔法効果を宿しているのだが戦士の私には使えない。でも占い師には良く似合うだろう。占い師に魔法の効果は必要ないけどね。



「そうだな、折角いっぱいあるからクリーピーダイの染料使ってみようか。この緑とかどう?」



 ダイの染料には聞いただけでは想像がつかない柔軟剤の香りみたいな複雑な名前が付いている。でも私にはどうにも覚えられないので「真っ赤」とか「うっすーい青」みたいな覚え方をしている。


 師匠が出してきた染料はやや青みを帯びた鮮やかな緑色だった。細かい銀色の砂のようなものが混じっていて微かに輝いている。


 染料の名前はエメラルドサンド。南の島の海みたいな色。


 ふむ、キラキラ緑だな、これは。



「綺麗だと思います!でもキラキラ緑はクリスマスで使うのでは?」



「キラキラ緑? いや、クリス明日の緑はもみの木の濃い緑だから道具屋さんの緑の方が合う。んじゃこれで帽子を染めて、と。よし、被ってみて」



 師匠から手渡されたマギハットは翠玉エメラルドを細かく細かく挽いて作った砂に同じく細かなダイヤモンドの砂を少し足した様な不思議な艶のある緑色に染められていた。リアルにあるものだと絹の光沢が近いか。ゲームの中の世界では、染料一つで素材の質感まで変わるのだ。


 これは綺麗だ。恐るおそる被ってみる。



「可愛い! 綺麗です!」



 更に魅力を増した自分の「宝物」を被っているのがうれしくて、思わずくるくると回ってしまう。



「んじゃ、それと合わせてっと」



 師匠のハサミの音がちょきちょきと響く。



「ラインは色を変えるか……?」


「いや待った。丈が……」




 ぶつぶつぶつ、ちょきちょきちょき。


 考えてることがチャットに出てますよ師匠。ってか独り言をチャットで呟くのはどういう状態なんだろう。聞いて欲しいのかな?


 師匠はぶつぶつ言いながら試行錯誤を繰り返す。私はいいんだけど、皆さんの時間が心配になってくる。あの、皆さまお先寝ちゃっていただいても大丈夫ですからね?



「よし、これでどうかな?」



 渡されたのはキラキラ緑で染められたドレスと金細工の施されたサンダル。うわ、占い師って言うかちょっとお姫様みたいだぞこれ。いいのかな私がこんなの着ちゃって。

 


「ありがとうございます!着替えてきます!」



 早く着てみたいし、皆さんの寝る時間も迫ってるし。


 大急ぎで再び自分のお部屋に駆け込んだ。

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