第88話 前夜祭 5

「んではこの後……といってももう大分遅いか」



 みんなで何処かに狩りにでも、と言うつもりだったんだろう。でも師匠の言う通りかなり遅い時間になってきた。ここから先遊んでいられるのは明日の朝が遅い師匠と私くらいのもんである。



「そうね。すこし荷物整理したら落ちるわ。楽しかった。ありがと」


「ごめんよ、もう少し早く帰ってこられればいいんだけど。どうにも忙しくてね」



 師匠は申し訳なさそうにハクイさんに言うけれど、リアル優先はこのギルド唯一の暗黙の了解によるルールだ。師匠に否はない。



「気にすんじゃねえ。どのみちお前がいなかったらこうやって集まることもねえんだ」


「いや、気にすれにゃ。 もっと早く帰ってこねーとなんもできねーだろーがにゃ」



 ヴァンクさんと猫さんもそれぞれの言葉で師匠を励まして、師匠はそれに「うん、ありがと」と答えた。なんだかんだ愛されている師匠である。


 師匠と二人残ることになる私は改めてお手伝いをアピールしてみることにした。



「師匠、じゃあ一緒に染料集めですね! 頑張りましょう!」


「コヒナさん、俺に付き合わなくてもいいんだよ? したいことあるならそっち優先してよ」



 むう。


 またさっきと同じことを言われた。私のしたいことと言うならお手伝いがしたいのだ。誰がしたくないのに自分で使うわけでもない染料集めをするものか。したくないことをするのはリアルだけで十分だ。



「いつもお世話になってるんですから、手伝わせてくださいよー」


「いや、そのね。お世話になってると言うのは考えなくていいから。そろそろ気づいてると思うけど、俺何もできないからさ」



 むう。師匠今日はめんどくさモードだな。時々あるのだ。お仕事で嫌なことでもあったかな?


 イベント企画して、準備して、私の面倒を見て。何もできないなんてこと絶対にないのに。



「おめーな、こっひーが嫌々手伝ってると思ってるのかにゃ?」



 お、いいぞいいぞ。猫さんもっと言ってやってくださいにゃ。


 猫さんの言葉にヴァンクさんやハクイさんも同調してくれるけど、師匠の態度は依然頑なだった。



「いや、そういうわけじゃないんだけど。でもクリスマスに服屋やるのは俺が好きでやってることだからさー。なんか申し訳ないっていうか」



 クリスマスもハロウィンの時と同じく店員さんをやるつもりでいた私はちょっとショックを受ける。



「えー、師匠、私クリスマスもお手伝いしますよー!」


「えええっ? クリスマスだよ、コヒナさんログインするの? 」


「しますよ! 他にすることもないですよ!」



 何を言わせるのだ。自分だってログインするくせに。



「いやでも、クリスマスってハロウィンの時ほど売れないよ? 服の種類も少ないし」



 あんまり楽しくないかもしれないよ、というニュアンスを込めて、師匠はお得意の予防線を張ってくる。


 ううん。私は売れなくても楽しいんだけどなあ。ハロウィンの時は売り物の服を着てマネキン役をした。それを見た人が可愛いと言って買ってくれるのはなかなかやりがいのあるお仕事で、師匠も喜んでくれてたと思ったんだけどなあ。



「ほんとにおめーは! こっひーがやりたいって言ってんだから一緒にやったらいいだろうにゃあ。わかってるのか? おめーのそのクセ、いらん勘違いされるぞ」



 猫さん、そう言ってくれるのは嬉しいけど言い過ぎも良くないですにゃ。いつものツンデレとは違う感じ。まるで本気で怒っているような。


 ちょっと怖い。



「いや、でも今回はつまらないかもしれないし」



 師匠がぼそっと返した言葉に猫さんがさらに何か言おうとした時。



「ねえねえ、私、凄くいいこと考えちゃった~~」



 悪くなりかけた場の空気を完全に無視してブンプクさんが声を上げた。全員の視線がブンプクさんに集まる。



「コヒナちゃんもナゴミヤ君の横で自分のお店出せばいいんだよ。それならナゴミヤ君も納得でしょ~~?」


「えっ、私がお店ですか?」



 それは考えてなかった。師匠の横で私がお店を出す。それは確かにいいアイデアなのかもしれないけど。



「でも私では商品を用意することが出来ません~~」



 おっと。ブンプクさんにつられて変な語尾になってしまった。



「商品はいらないよ~~。コヒナちゃんにはアレがあるじゃん~~」



 ん? アレ?



「なるほどアレか。いいんじゃねえか?」


「ナゴミーの店より客入りそうだにゃあ」


「そうですね。最初の一人は苦労しそうですが、実際やってるのを見れば人は集まりそうです」



 ヴァンクさん、猫さん、ショウスケさんも頷いている。


 ん? ん? 何のお話?


 私何か持ってたっけ?


 微妙なマジックアイテムとか捨てられないがらくたならいっぱいあるけど。あれはきっと値段が付かないしなあ。手持ちのアイテムで売れるものと考えをめぐらす私をほったらかしに、皆さんの話は進んでいく。




「ふむ。当日はログインしないつもりだったけど、覗いてみてもいいか」


「知らないプレイヤー相手だとちょっと不安だけど、隣にナゴミヤ君いれば安心ね」



 リンゴさんとハクイさんにも何だか分かったらしい。しかも賛成の様子だ。



「うん。面白いかもしれないな。それならサポートは任せて。まあ、コヒナさんがほんとにやるならだけどね」



 さっきまでさんざん渋っていた師匠までが何だか乗り気だ。私の話らしいのに何のことだかわからない。なんだか怖くなってくる。



「あの、その。何のお店でしょう?」



 勇気を出して言葉に出してみた問いに、ブンプクさんが答えてくれた。



「決まってるじゃん~~。占い屋さんだよ~~!」

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