第87話 前夜祭 4

「んじゃ、俺は飛ばして。まだ引いてないのはー、んじゃ、ハクイさんどうぞ」


「はーい」



 元気に返事をしたハクイさんだったかクジを引くとぴたりと無言のまま固まった。



「ハクイさん、クジに書いてある名前読み上げてねー」



 師匠が声を掛けるも動かないままだ。ははあん。わかったぞ。



「ハクイさーん?」


「……。ヴァンク」



 観念してハクイさんがクジに書いてあった名前を口にした。



「ちっ、お前かよ」



 裸パンツなのに優しいヴァンクさんが凄く嫌そうに言う。



「ちっ、って何よ!」


「ちっ、ほらよ!」



 更に舌打ちを重ねつつもヴァンクさんはプレゼントを渡した。



「ちっ。つまんないもんだったら突っ返すからね」



 ハクイさんも舌打ちを返しながら嫌そうにプレゼントを受け取る。何かの大きな黒い塊だ。何だろあれ。



「うわ、センス無いプレゼントね。何よ……って、これニゲライト鉱石!?」



 黒い塊の正体を確認したハクイさんが驚きの声を上げる。


 ヴァンクさんの用意したプレゼントは<ニゲライト鉱石>という主に鎧の強化に使う真っ黒な金属の鉱石だったようだ。


 何種類かある<ネオデ>のオリジナル金属はどれも貴重品だけど、ニゲライトは最も価値が高い。なんと任意に数値を割り振って装備品を強化でき、さらに他の鉱石で強化した後からニゲライトによる強化を施せると言うネオデ世界の最強金属だ。ただし強化の成功率は低く、失敗すればニゲライトは失われてしまう。価値が高くなる理由はお判りいただけると思う。なにせいくらあっても足りないのだ。そんなわけでこのプレゼントには文句のつけようもないはず……なんだけど。



「なんで鉱石なのよ。精製して持ってきなさいよ。 嵩張るでしょう」



 ハクイさんにはヴァンクさんに対してとりあえず文句をつけなくてはいけないと言う使命感があるんだろう。他の人には優しいのにね。なにせ巷では白衣の天使で通っているくらいだ。



「うるせえ! 文句言うなら返せ!」


「そもそも鎧着ないあんたがなんでニゲライトなんか持ってるのよ」


「使わねえから持ってきたんだろうが! いらねえなら返せ!」


「貰ったもの返すわけないでしょ!」



 なんとなくわかってきたんだけど、この二人は仲が悪い、と言うわけではない。要は仲が悪いごっこをしているのだ。


 リンゴさんもさっきやってたけど、「ち」という舌打ちにしたってリアルで苛立ったときに出るお行儀の悪い「ち」チャットにわざわざうちこむ「ち」とは全然違う。こういうのもロールプレイって言うのかな?



「はーい、次行くよ~?」



 喧嘩を始めた二人にぱぱーん、と師匠の雷魔法が落ちる。誰かが止めておかないとずっと仲良く喧嘩し続けるからね。全く困ったものだよ。


 二人は互いに「ちっ」っと言ってそっぽを向いた。実にいいコンビだ。



「んじゃ、次はブンプクさんどうぞ」


「は~~い。えっとね、ハクイちゃんだ!」


「あ~、ブンプクに行っちゃったか。いっぱい持ってるよね、ゴメン」



 ハクイさんのプレゼントは可愛いプレゼントボックスに入った<フェアリークッキー>の詰め合わせ。



「ううん、全然そんなことないよ~~。嬉しい~~! ハクイちゃんありがとね~~!」



 このお菓子は妖精のダンジョンで手に入るアイテムで、食べると一定時間バフがかかる。そんなにレアなアイテムではないけど食べたら無くなってしまうので需要も多いし見た目も可愛い。


 でも実はこのプレゼントの本命は箱の方で、同じく妖精のダンジョンで手に入る<プレゼントボックス>は絵柄がランダムなんじゃないかと言うくらい沢山ある。アイテムコレクターであるブンプクさんにも嬉しいプレゼントだろう。


 そもそも<骨董屋>のブンプクさんが持ってない物ってあんまりないだろうしね。



「んじゃ、猫さんどうぞー」


「どれどれ。んにゃ、ショウショウだにゃ」



 ショウショウはショウスケさんのことだ。猫さんは独自のあだ名で人を呼ぶ。ちなみに他のメンバーはバンバン、はっきー、ぶんぶー、ごりん。さて誰が誰だかわかるだろうか。


 付け加えると猫さんは気分で呼び方を変えてくるのであだ名これだけに留まらない。私のことは基本「こっひー」だけど日によっては「なっちー」だったりする。なっちーが自分だと判断するのは難しい。師匠と三人しかいなかったからかろうじて分かったけど。ちなみに猫さんが師匠を呼ぶ呼び方は何通りもあってもはや原型を保ってない物もある。聞いたことのない名前が出てきたら大体師匠のことだ。



「はい。ナナシさん、こちらになります。お納めください」



 ショウスケさんの言うナナシさんと言うのは猫さんのこと。いや、猫さんの本名はナナシさんなんだけどね。猫さんはナナシの野良の猫さんだからね。名前はヒトツモナイノニャ。



「ほっほう! これは見事だにゃあ!」



 猫さんはショウスケさんから手渡されたプレゼントをみんなに見えるように空に掲げた。それは穂先から柄の末端までが青く透き通って見えるハルバードだった。


 凄い。こんなのもあるんだ。


 モンスターのドロップする装備品には稀に色違いが出現する。色自体にステータス的な意味はないのだけど、ゲームの世界では色違いというのはそれだけで高級品の扱いとなる。


 ショウスケさんの持ってきたハルバードにはかかっている魔法効果はないけれど、まるで宝石を加工して作った美術品のようだ。装飾品としての価値はかなり高いだろう。ツンデレ猫さんも納得の逸品である。



「青一色か。これは珍しいな」


「綺麗ね~」



 ヴァンクさんとハクイさんからも賞賛の声が上がる。



「ふふ~~。凄いでしょ~~?」



 ショウスケさんのプレゼントの評判がいいことに、ショウスケさんの彼女のブンプクさんも得意げである。なお、ブンプクさんにはそれが惚気であると言う自覚はない。



「んじゃ、最後はショウスケさん」



 正確には最後は師匠なんだけど、クジを作った師匠は全員が引いた後だ。



「はい。あのマスター、あと残ってるのはナナシさんとブンプクですよね?」


「えーと? うん。そうだね」


「ですと、あの申し訳ないんですが」


「ん? あ、あ~。ええと、ショウスケさんが猫さんのを受け取るでいいかな?」


「はい、それでお願いします」



 おお、なるほど。つまりブンプクさんのプレゼントをショウスケさんが受け取ると



「そうだね~~。ショウスケ君中身知ってるからつまらないもんね~~」



 うん。そう言うことですね。一緒に選んだのかしら。でもブンプクさん、ショウスケさんは口に出すのが恥ずかしくて遠回しに伝えようと頑張ってたんですよ。



「ショウスケ君には別にあげるしね~~」



 お~、そうなんですね~~。


 なおブンプクさんにはこれが惚気だと言う自覚は無い。無いのだ。



「んじゃこれだにゃ。ブンプクのプレゼントにはいろんな意味で及ばねーだろーが受け取れにゃ」


「すいません」


「なんで謝ったんだにゃ!? ショウスケおめー、なんかブンプクに似てきてねーかにゃ?」


「そ、そうでしょうか」


「にゃあ! 喜んでんじゃねーにゃ!」



 そういう猫さんのプレゼントも、しかしどうして豪華なものだった。


 ガダニエオオナマズいう大ナマズの大きいの。


 何言ってるかわからないかもしれない。しかし。


 ガダニエの町の近郊で釣れるガダニエオオナマズは大きいものでは三メートルという巨大なナマズである。でも猫さんが持ってきたのは何故か五メートルくらいあるのでこの言い方は正しい。


 五メートルを超える巨大魚がバックに入ってしまうのは数十個あるネオデの七不思議のひとつだ。剣や槍、プレートメイル一式だって入ってしまうんだからよく考えれば不思議でも何でもないところがこの七不思議の不思議なところ。


 ガダニエオオナマズは雷抵抗の素材が採れる貴重なお魚だ。これも鉱石と同じく捌いて加工した素材状態ならかさばらないのだけど、その辺は猫さんの漢の浪漫というやつだ。見栄えも魚のままの方がいい。身は食べれるし。



「んじゃ、最後ブンプクさんのプレゼントを俺が頂きますよ」



 クジを作った師匠が残ったプレゼントを受け取る。



「はいは~~い。じゃあナゴミヤ君、メリークリスマス~~!」



 ブンプクさんのプレゼントは流石<骨董屋>のブンプクさんと言うべきか。



 <陶器の水差し> だった。



 ただの陶器製の水差しなのだけど、これは本来某NPC貴族の屋敷に置かれている美術品であり手に入れることはできない。


 ただ昔のイベントでキーアイテムとして使用されたことがあり、イベントが終わった今でもごく少数がこの世界に残されているのである。


 こういう「今は手に入らないアイテム」はネオデの世界にいくつもあって、<レアアイテム>と呼ばれる。レアリティーや見た目によって価値は変わってくるが、いずれもマニアにとっては喉から手が出るほど欲しいものばかり。そしてこのマニアたちの頂点に立つのがブンプクさんその人なのだ。


 私などではレアアイテムのうちどれの価値が高いのかもわからないが、<水差し>が見た目もかっこよく相当な貴重品であると言うことぐらいは知っている。貴族様のお屋敷に行ってみて持って帰れないかと試してみたことも、まあ、ある。取れるわけないよね。人のものを盗ったら泥棒だ。



「こ、これは流石に貰えないんじゃない?」



 師匠は水差しを前によだれを垂らしながらもなんとか欲望に抗おうとしている。でも「流石に貰えない」と断るんじゃなくて「貰えないんじゃない?」と言ってる当たりに理性の劣勢が伺えますね。



「あと三つあるからだいじょぶだよ~~。ナゴミヤ君なら水差しも喜ぶよ~~」


「いや三つて」



 師匠がぼそりとつぶやくけど、でも他のみんな同じ気持ちだったと思う。だって水差しだよ?レアアイテムだよ? 三つて。



「ありがとうブンプクさん。大事にするよ。どこに飾ろっかな~」



 師匠はふんふんと鼻歌をうたう。大変ご機嫌の様子だ。



「師匠師匠、私の部屋とかどうですかね?」



 冗談で言ってみただけなのにぱーんと雷魔法が飛んできた。その上師匠は両手を上げてシャアアアアアー!!と威嚇してくる。



「冗談です。取りません、取りませんから」



 それでも師匠はしゃああと威嚇を続けてきた。よっぽど大事らしい。


 しかしこうしてみるとやっぱり私の持ってきたプレゼントは地味になってしまうな。来年は私もこれは凄いっていうの用意したいなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る