第86話 前夜祭 3

「第40567回! ナゴミ家ギルドイベント、クリスマス恒例プレゼント大会~~~~!」


「いえーい!」


「おい、間違えるんじゃねえにゃ」


「おっと、失礼。第59323回ナゴミ家と動物園合同ギルドイベント、クリスマス恒例プレゼント大会~~~~!」


「いえーい!」



 十二月二十二日。



 お仕事で遅れてやってきた師匠のお決まりの掛け声でギルド合同のクリスマス会が始まった。


 ギルド<なごみ家>では時々こういったギルド内のイベントが開催される。内容はその時によってまちまち。鬼ごっことか、宝探しとか。私がギルドの皆さんを見る占いイベントだった時もあった。結構当たってたみたいです。えへん。


 参加できる人数もまちまちだけど、クリスマスに関しては大きなイベントと言うことで全員参加可能な日を選んでの開催だ。


 はじめと後で数字が違うのを見てもわかるとおり、第40567回はデタラメである。最初聞いた時はそんなにやってるの!?と思ったけど、師匠が毎回適当な数字を並べているだけだと言うのは割とすぐに分かった。この間のタンジムの町でやったかくれんぼ大会が5247回だった。いつの間に十倍になったんだと言う話だ。


 参加者は私、師匠、裸パンツのヴァンクさん、白衣の天使のハクイさん、ドラゴンスレイヤーのショウスケさん、骨董屋のブンプクさん、毒ずきんちゃんのリンゴさん、それに名無しの猫さん。


 二つのギルドのフルメンバー総勢八人。わいわいと大変賑やかだ。このメンバーでクリスマスのプレゼントの交換をするというのが今回のイベントの趣旨である。


 前もって師匠がメンバーの名前の書いた札を用意しており、それをクジにして順番に引いて行き、誰のプレゼントが当たるかが決まるという流れだ。自分のひいちゃったら引き直しね。



「んじゃ、早速行ってみましょう。順番は適当。とりあえず隣にいたヴァンクから!」


「俺からか。どれどれ」



 師匠の並べたクジから一枚を選んでヴァンクさんが手にとる。そしてニヤッと笑った。



「コイツは大当たりだな」



 おや? まだ誰のプレゼントかわかっただけで中身が何なのかはわかってないはずなんだけど。



「コヒナだ」



 おおう、私か。いや、私のはたぶんハズレですよ。


 一生懸命準備したとはいえ私の力では限界があるのだ。ヴァンクさんには申し訳ないが最初で良かったかもしれない。ブンプクさんあたりからはきっととんでもないものが出てくるに違いない。



「ではヴァンクさん、こちらをどうぞ!」


「どれどれ。お、磨き粉か。サンキュー」



 私が悩んだ末に用意したのは武器や防具の手入れ用の<磨き粉>。


 地味ではあるけれど需要はあるし、誰でも手に入れられるけど手に入れるためのクエストはめんどくさいという類のもの。リアルで言ったら何になるかな。ポケットティッシュとかボールペン?ううん、いい例えが浮かばない。もう少し上だと思うんだけど。お米5キロとかかな?


 プレゼントなんだからと自分で用意できるものを頑張ったけど、私が自分で用意できて喜んでもらえるものと言うのは難しい。



「すいません! でも数はたくさん用意しましたので!」


「いや俺すげえ使うからな。ありがてえよ」



 ヴァンクさんはそう言ってくれた。良かった。見た目はアレだけどヴァンクさんは優しいのだ。



「じゃあ、次はコヒナさん引いてねー」



 お、次は私か。



「はい!」



 師匠に言われて引いてみたクジにはリンゴさんの名前が書かれていた。



「リンゴさんです!」


「お、コヒナに当たったか。フフフ。君に使いこなせるかな?」



 むむ、なんだろ。リンゴさんが籠バスケットからナイフの様なものを取り出して渡してくれた。それを見て思わず声を上げる。



「わわ、これ頂いていいんですかっ!?」



 それはリンゴさん特性の、レベル5毒の塗られた投げナイフ三本セットだった。


 レベル5の毒という物は自然界には存在しない、リンゴさんのような毒を極めた人だけが作り出し扱うことのできる猛毒だ。一定時間強力な持続ダメージを与える上、解除は困難。それが塗布された投げナイフは超がつく高級品でかつ使い捨てのアイテムとなる。


 毒を作るのも武器に付与するのも大変な技術と労力を要するのだ。投擲スキルも毒スキルも無い私では命中率がとても低くなってしまうが、もしも当たれば自分では絶対倒せない相手にも逆転できるかもしれないという代物である。


 毒の武器を手にするのは初めてでちょっと怖かったけどとても嬉しい。危ないものには魅力がある。お父さんに自分専用のナイフが欲しいとねだってやっと買ってもらえた時同じような感じだ。



「うっかり自分の手に刺さないようにね?」



 リンゴさんの警告通りこれは危険な毒だ。普段は持ち歩かない方がいいな。大事にしまっておこう。あ、でもお部屋の壁に飾って毎日にやにや眺めるのもいいな!



「はい、気を付けます!」


「うん。うっかり自分の手に刺さないようにね?」



 う。何で二回言ったんだ。フリか?これはフリなのか?


 毒自体は別にいいんだけど。ハクイさんがいるし絶対に助けて貰える。仮に死んじゃってもここなら問題ないし。でも貴重なナイフをネタで使ってしまうのはあまりに勿体ない。



「コヒナちゃん、大丈夫だから。流していいから」



 迷っていると間にハクイさんが入ってしっ、しっとリンゴさんを追い払ってくれた。リンゴさんは「ち」とつぶやくとすごすごと撤退していく。



「リンゴさーん、ありがとうございますー! 大事にしますー!」



 追い払われて遠くまで行ってしまったリンゴさんに改めてお礼を叫ぶ。



「使い捨てだから大事にすると言うのはどうなんだろうとも思うけど。気に入ってもらえたようで良かった」


「はーい! すごく嬉しいですー!」


「うん。そうか。うん。なんだかボクも嬉しくなってきたよ」



 遠くからリンゴさんの返事が返ってきた。彼方のリンゴさんに師匠が呼びかける。



「リンゴさ~ん、戻って来てクジ引いてね~」


「お、僕か」



 とてとて、と可愛い走り方で戻ってきた毒ずきんちゃんのリンゴさんがくじを引く。



「ふむ。マスターだね。宜しく」


「お、俺か。んじゃこれね。いっぱいあるから使わなかった分は売って資金にしてね」



 師匠のプレゼントは金銀パール他というレア染料の詰め合わせだった。ダイ狩りで赤い染料を集める時に出た余りだ。結構な数があるので全部使うのはちょっと大変。でも売ったとしてもかなりの金額になりそうだ。




「お、染料か。丁度衣装を新調しようと……おや? マスター、これはミスかな? 赤が入ってないんだが?」


「いやだって、ホラ。赤使うし……」



 師匠が赤の染料を集めるために湿地に籠っていたことも、プレゼントがその余りなののリンゴさんは百も承知のはず、なんだけど。



「なるほど。しかし、レア色ダイのセットに赤が入ってないと言うのはどうなんだろうね? もちろん貰ったプレゼントに文句なんかないが。ああしかし。新装備、赤く染めたかったなあ!」


「わかったよう!」



 師匠は頑張って手に入れた赤色のダイをしぶしぶ追加で渡した。



「ありがとうマスター。なんだか催促したみたいで済まないね」


「したよ! 催促したよ!」


「金銀もこれだけあれば派手なのが作れるな。良いプレゼントをありがとう。マスター」


「催促したぞ――――!」



 リンゴさんは赤ずきんちゃんスタイルなので赤は必要なんだろう。師匠もちょっとかわいそうだけど、クリスマスまではまだ日もあることだしね。



「師匠師匠、私がお手伝いしますから気を落とさないでください。頑張って集めましょう!」


「や、その。コヒナさんや。ありがたいんだけど、そんなに俺に付き合わなくても大丈夫だからね。ちゃんと自分の好きなことをするんだよ?」



 むう。お手伝いができると思ったのに。師匠はいつもこんなことを言う。師匠とお話しながらののんびりした狩りは結構好きなんだけどな。師匠はそうでもないのかなあ。

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