第80話 NPC 1

「ぐはあぁああああああああ!!!」


 私の隣でヴァンクさんが断末魔の悲鳴を上げる。


 私とヴァンクさんは黄金の竜<セルペンス>の吐く炎によって消し炭になった。


 すぐさまハクイさんの魔法とスキルによって私とヴァンクさんは蘇生される。


 ハクイさんの二人同時蘇生って意味あるんだな。


 師匠とリンゴさんのサポートで荷物を回収した後、第二階層のゲート発動可能区域まで撤退。我々は無事ダンジョン<トイフェル>からの脱出を果たしたのであった。


 ぶはああああ~~~、疲れたああ。何もしてないけど! 私何もしてないけど!



「ヴァンクさんすいませんでした」


「ん? 何がだ?」


「あの、ブレスに巻き込んでしまって」



 ヴァンクさんの防御力は低い。だってパンツしか穿いてないし。だからセルペンスのブレスを受ければまあ死んでしまうと思う。


 でも、それはブレスを受けてしまえばの話で。


 私が迂闊に近づいたりしなければヴァンクさんがブレスを受けることは無かったはずだ。


 ヴァンクさんは本来のスタイルでセルペンスを倒したことは無いと言うお話だったけれど、「初手のブレスを受けない」はドラゴン退治のセオリー。鎧を纏えばあの黄金竜を一人で退治できると言うヴァンクさんが、むざむざ初手のブレスを受けるわけはない。




「ああ、なんだそんなことか。ネオデは死んでなんぼよ。気にすんな」


「ありがとうございます」



 ヴァンクさんは私が死ぬのを予見して一緒に死んでくれたんだろう。セルペンスにあう直前に宣言していた通りに、わざわざ断末魔まで上げて。


 私が一人で死なないように、今日が楽しい思い出になるように。


 もちろん<辻ヒーラー>ハクイさんや師匠、リンゴさんがサポートしてくれる前提ではあるだろうけど。


 蘇生してくれたハクイさんも、声上げてる暇があったら逃げなさいよ、とヴァンクさんにぶつぶつ言っていたけれど、私たちが死んだ直後に詠唱・発動に時間のかかる蘇生魔法と蘇生スキルを同時に発動させたあたり、全部予測通りなんだろう。


 死んでしまってごめんなさいとか、巻き込んでしまってごめんなさいなんていうべきではないんだろうな。



「皆さん、ありがとうございました。とても楽しかったです!」


「おう、面白かったなあ」


「また一緒に行こう。次はもう少し軽めで毒が効くやつがいいな」


「セルペンスにもいずれリベンジしないとね」



 そうだ。最強は目にすることができたけど、倒すなんてのはずっと先の話だ。その前に倒さなくてはいけないモンスターはたくさんいる。とりあえずヤングドラゴンくらいは何とか出来るようにしないと。



「はい! 頑張って強くなります!」



 大分遅い時間だったのでハクイさん、ヴァンクさん、リンゴさんはここでログアウトとなった。


 私はこのところ遅い時間帯の勤務に当てられることが多いのでもう少し大丈夫。


 帰り時間が遅くなるのはちょっと疲れるけれど、朝の満員電車に乗らなくてもいいのはありがたい。上京から二か月たった今でも満員電車は苦手だ。乗れなかった!っていうのは流石になくなったけど。


 それにネットゲームをするには遅い時間の方が都合がいい。一人で稼ぎに出かけるのもいいし、実は師匠も結構遅くまでいることが多い。


 この後も何処か行きたいと言えばたぶん連れて行ってくれるだろうけど、今日は聞いてみたいことが沢山あるのだ。竜を退治するにはどうすればいいか、次に私が戦うべきはどんな相手なのか。


 スキルや装備のことも聞きたいけれどまず最初に。



「師匠、師匠。ヴァンクさんが裸パンツな理由って何なんですか?」


「えっ、裸パンツって何!?」


「ヴァンクさん裸パンツじゃないですか」


「いや、裸パンツって裸なのかパンツなのか……。まあいいかどっちでも」



 そのとおり。裸パンツなのか筋肉パンツなのかその辺はどうでもいい。問題はなんでかということだ。理由なんかないんだろうなと思っていたけど、師匠は何か知っている様子だった。



「ううん、裸パンツの理由……? いや、理由なんかないんじゃない?」



 ちょっと待てい。



「さっきヴァンクさんに、『お前が服を着ない本当の理由、俺はわかってるから』みたいなこと言ってたじゃないですか!」


「言ってないよ!? 何、そのセリフどこから出てきたの!?」



 これは師匠得意のとぼけ癖だろうか。



「言ってたじゃないですか。ヴァンクさんが他のゲームで裸になって怒られた、って話してくれた時に」



 それを聞くと師匠は頭に手を当てて悩むポーズで考え込んでから、ぽんと手を打った。何か思い出したらしい。しかし師匠、芸が細かいな。



「あー、なるほど。言ってないけど、コヒナさんが何のことを言ってるのかは分かった。それは意味が違うよ」


「と、いいますと?」


「俺が言ったのはね、ヴァンクが服を着ない理由を知ってるんじゃなくて、服を着たくない気持ちがわかるっていうことだね」


「えっ、師匠も服着たくないんですか!?」



 リアルでは裸パンツでいるのが好きだとか?



「違うよ!?」



 違うのか。


 でも服を着たくない気持ちがわかるって言ったらそう思われても仕方ないと思いますよ。それに大学の時も飲み会で服脱いじゃう先輩とかいたので理解はあるつもりです。


 師匠はまた悩みポーズになると、うーんとうなってからゆっくり話し出した。



「ネットゲームのアバターって凄く自分なんだよ。なんて言うんだろうな。この世界に長いこといるとさ、できていくんだ、自分っていうものが。自分のプレイスタイルが自分でも抗いがたいものになってくんだよね。アイデンティティーっていうのかな」



 ふむ?


 急にまじめな話を始めるものだから頭がついて行かない。



「つまりずっと裸でいると裸でいたくなってくると言うことですか?」


「うん。まあ、裸もそうだけど。<辻ヒーラー>、<骨董屋>、<ドラゴンスレイヤー>みたいな誰かがつけた名前もそうだし、<狂戦士><毒使い>みたいな自分のプレイスタイルに自分で付けた名前もだけど、意外と自分を縛るんだよね。此処にいる間はそうありたいって思うようになるんだ」



 わかるようなわかんないような。



「わかりやすい例だと、魔法使いだった人は他のゲームに行っても魔法使いでありたくなる。そこが魔法使いという物が存在しない世界だったとしても、それに似たものとして自分を定義したくなる。特にヴァンクみたいな変わったプレイをしてると、他の自分の姿をイメージしづらいんじゃないかな」



 わかりやすいようなわかりにくいような。



「あー、伝わんないよなあ。続けてたらわかってくるよ。てかかなり暑苦しいこと語ったな。ごめん流して」



 ヴァルキリーコヒナが楽しいけれど魔法使いや魔物使いにもなってみたい私にはまだ理解できないお話なのかもしれない。


 しかし師匠がこの世界のお話とかシステムの事じゃなくて師匠自身が思ってることをこんなに長く話してくれたのは初めてじゃないだろうか。



「師匠もそうなんですか?」


「うん?」


「師匠も、NPCでいたいからNPCなんですか?」



 自己紹介の時も言ってたし、前にも聞いたことがある。冒険に出かけないときはNPCみたいな恰好してるし。



「あー、きっとそうなんだろうな。いたいって言うか、いやうん。きっとそうなんだと思う」


「それは何故ですか?」



 師匠にはヴァンクさんが裸パンツでいたい気持ちはわかってもその理由はわからない。でもこの質問には答えられるはずだ。


 きっと私はこの日、少しおかしかったんだと思う。普段聞かないようなことを聞いたし、普段言わないようなことを言った。セルペンスに会って興奮していたのもそうだけど、ショウスケさんとブンプクさんの二人のことがあってちょっと浮かれてたのかもしれない。


 そして、それにしっかり答えてくれた師匠も、もしかしたらそうだったのかもしれない。



「ううん、これもうまく言えないんだけどさ。俺はリアルって神様がやってるネットゲームだと思ってるんだよね」


「リアルがネットゲーム、ですか? このネオデみたいな?」


「うん。そうそう」



 神様がやってるゲーム。神様が私たちを動かしてるってことかな。



「私がお仕事から帰って来て、ログインしてコヒナさんになるみたいな感じで、神様がログインして私になってるってことでしょうか?」



 私たちは神様がこの世界で過ごす為のアバターで、もしリアルで死んじゃったりしたら、神様の世界で目を覚まして「お疲れ様」って言われるみたいな。


 何かの漫画で見た気がする。その感覚はわかる。この世界は私たちの為に誰かが作ったものかも、と言う想像は私もしたことがある。



「いや、そうじゃなくって。神様が動かしてるプレイヤーってのは俺達とは別にちゃんといてさ」



 師匠はちょっと間をおいてから言った。




「俺達はNPCなんだよ」

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