第78話 最古竜セルペンス 1

 ダンジョン <トイフェル>への入り口はユノ=バルサム最大の火山であるエクリクシ山の中腹に存在する。


 <トイフェル>は火山の中にできた天然のダンジョンだ。


 構成する階層の数は三つと少ないけれど、一つ一つの階層はとても広く、かつ複雑な作りになっている。


 第一階層は細い通路と所々にぽっかりと開けた空洞からできていて、空洞をつなぐ狭く入り組んだ道には、煮えたぎった体液を浴びせてくる芋虫のようなモンスターの<ラルア>や、全身オレンジ色に発光するトカゲ<サラマンダー>がうじゃうじゃと生息している。


 火ネズミのケープと師匠の魔法の加護がなかったら私なんか瞬殺だろう。


 ラルアはともかくサラマンダーは昨日戦ったヘルハウンドと同じくらいに強いらしい。でもそんな彼らもこのダンジョンでは下っ端の下っ端で、こんな細い道に群がって遠慮しながら生活している。


 いやわかんない。実は隅っこが好きなだけかもしれない。


 でも広いところには彼らよりもはるかに恐ろしいモンスターがいる。



 ドラゴンパピーやヤングドラゴンたちだ。



 えええ、このダンジョン第一階層からドラゴンがいるの!?


 割と簡単に会えちゃったよドラゴン。


 ヤングドラゴンはドラゴンの中だと中学生とか高校生くらいみたいだけど、それでもかなり大きい。師匠たちが協議した結果、私ではヤングでも危ないだろうと言うことでパピーと試しに戦ってみることになっている。


 パピーと言ってもかなり大きいんだけどね。師匠の乗るロッシー君よりもずっと大きい。


 ドラゴンの雛ドラゴンパピーは一回ごとの爪とかブレスは凄いダメージを受けてしまうけれど、AIの設定が弱いので単調な攻撃しかしてこない。


 ドラゴンパピーと戦いながら聞かされた師匠の長い話によると、この世界のドラゴンは子供の頃は鱗が目を覆っていてあまり見えないのだそうだ。鱗が取れたら一人前。



「目から鱗が落ちる、と言う言葉はここから来ているよ」


「だうと!」


「戦闘中でもツッコミを入れるその心意気や良し。20ポイントあげよう」



 良しじゃないですと返したかったけど残念ながら戦闘で手いっぱい。戦いながらだったので変換が間に合わなかったけど、流石に騙されませんよ師匠。



 雛竜の眼を覆う鱗を「眼鱗」と呼び、ドラゴンパピーを討伐すると極稀にドロップアイテムとして手に入れることができるそうだ。鎧やアクセサリー類の素材アイテムとしてそれなりに価値があるものだというから、パピーとはいえ流石ドラゴンだ。


 戦ってみた感想は昨日のバーゲストの方が手ごわいかなという感じ。どちらも本当は私一人で敵う相手じゃないのだけどね。周りの方々の手厚いサポートあってこそかろうじての戦いだ。


 何体か倒したけれど噂の眼鱗はドロップしなかった。残念。



「うん、お見事。特に最初のブレスは食らわないように注意ね。ブレスの時の初動は他のドラゴンでも一緒だから。じゃ、そろそろ行ってみようか」



 数匹のドラゴンパピーとの戦闘の後に師匠が言う。


 そう、今回の目標はドラゴンパピーではなく、かの最強モンスター<最古竜セルペンス>なのだ。


 私が「ドラゴンを見てみたい」と言ったところ、ギルド<なごみ屋>の先輩たちがどうせ見るだけならいっそのことセルペンスを見に行こうと言ってくれた。


 師匠はまだ早いと渋っていたが結局は私のわがままに乗ってくれた形だ。


 勿論セルペンスを狩ることはできない。師匠たちだけならいけるのだろうけれど、私がいては足手まといだ。


 このダンジョンには<ディアボ>みたいな次の階層への門番はいない。一切の戦闘をしない前提なら私でも最下層までたどり着けてしまう。


 だけどダンジョン自体の複雑な作りとそこに住むドラゴンたちがそれを許してくれるはずもない。出会い頭にドラゴンに会えば私など一瞬で黒焦げだ。


 ヴァンクさんを先頭に、ハクイさん、リンゴさん、続いて私、殿しんがりが師匠。


 元々は私が最後だったのだけど、うろちょろして迷子になりかけたのでこの並びになった。


 尚その際、「絶対にはぐれない、よそ見しない、一人で走り出さない」と約束させられた。何故か信用がない。そんなに念を押さなくても大丈夫ですよ?


 天然の迷路を抜けてたどり着いた第一階層の一番奥、溶岩が流れるところはきっとドラゴン達にとっては一等地なのだろう。底を縄張りとしているのは一匹のドラゴン。


 パピーでもヤングでもない成熟した<レッドドラゴン>だ。



 うわ、でかっ、ドラゴンでっかっ!?



 金属を思わせる光沢を放つ真っ赤な鱗。人間など一呑みにできそうな口の端に、時折見える赤。


 炎の息ファイアブレス


 人が浴びれば致命的な炎は、彼らにとってはただの呼吸に過ぎない。



 あれはダメだ。見つかったら死ぬ。間違いない。



 先を行くヴァンクさんとハクイさんが二人でドラゴンの気を引き、離れた所に誘導してくれる。その隙にリンゴさん、私、師匠はさらに奥へと進んでいった。さっきまでドラゴンがいたその向こうには第二階層へと続く大きな穴が開いていた。



 第二階層では成熟したドラゴンが当たり前に闊歩している。


 ドラゴンは二種類。茶褐色に深緑が混じった鱗の<ドラゴン>と第一階層でも見た真っ赤な<レッドドラゴン>。どちらも炎のブレスを吐く。


 他のダンジョンや北の凍った島にはまた違ったドラゴンが生息しているのだそうだ。ドラゴンの種類が多いのはなんだか嬉しい。他のも見てみたいね。色だけじゃなくてグラフィックも違うとさらに嬉しい。


 ドラゴンもレッドドラゴンも私からみれば見つかったら死んでしまう怪獣枠なのだけど、一応違いとしては爪や牙の物理的なダメージは<ドラゴン>の方が強くてブレスは<レッドドラゴン>が上。


 どっちが強いと言うこともないのだけど、戦うには炎対策をがっちりしていけば何とかなるレッドドラゴンの方がくみしやすい相手らしい。


 この二種のドラゴンは仲が悪くて離れて暮らしているけれど、会うと喧嘩を始めるのだとか。


 見てみたいけどブレスをがんがんに吐いて戦うので非常に危ないとのことで我慢。怪獣大戦争だね。火への抵抗の高いドラゴン同士だとブレスあまり効かないような気がするんだけど、そんなことないのかな。


 ドラゴン達からできるだけ離れた位置を、師匠が掛けてくれた姿隠しの魔法に守られて抜き足差し足で進んでいく。姿隠しの魔法がかかるとプレイヤーからも見えなくなるけれど、パーティーを組んだ状態だとお互いがうすぼんやりとシーツを被ったお化けみたいな姿になる。


 姿隠しの魔法は便利だけどうっかり走ると魔法が解けてしまうのが厄介だ。コントローラーを握る手が汗ばんでしまう。


 お化けのそのそ大行進の果て、第二階層の奥にいたのはエルダードラゴン。


 おいおい。さっきでっか!って言っちゃったよ。もうこれ以上なんて言えばいいんだ。そう思っていたらさらに奥にはエンシェントドラゴンというもっと大きいのがいた。


 おいおい、おいおいおいおい(語彙力)。


 色は赤かったり茶色だったりその中間だったりと多少の個性はあるものの、名前は全部エルダードラゴンとかエンシェントドラゴンだった。


 ドラゴンと言うのは年とともに大きくなるだけじゃなくて、あちこちに生えた棘が伸びてくるものらしい。エルダーもエンシェントも翼も足もとげとげで、エンシェントに至っては最早動きずらそうにも見える。



 そしていよいよ、第三階層。



 画面が全部オレンジ色に染まっている。第三階層のあちこちに流れる溶岩の川のせいだ。ただ黙っているだけで熱によるヤバいダメージを受けるのだけど、ハクイさんが何かの魔法を掛けてくれたので平気になった。


 魔法の加護がなければ人間なんか呼吸をするのもままならない灼熱の世界。


 大空洞の中、何体ものエルダードラゴンとエンシェントドラゴンが第二階層でみたドラゴン達同様にうろうろしている。


 エルダーとかエンシェントってこんなにごろごろいるものなんだ。もっとレアなものかと思ってたよ。


 みんな火山が好きでここに住み着いているんだろうけど、この子たちがいっぺんに責めて来たら人間の町なんか一瞬で灰になってしまうだろうな。お互いに喧嘩すると言うお話だし、協力とかしなそうで良かった。


 大人数部屋的な大空洞以外にもいくつか大きな部屋みたいになった空洞があって、それぞれエンシェントドラゴン一家が暮らしていたり、ラルア(成体)と言う巨大芋虫がうぞうぞしていたり。


 私あのラルアって言うの駄目。嫌い。大きいのも、その周りにいる小さいラルアもどっちも駄目。主に見た目で。部屋に出たら漫画喫茶に逃げるね。


 巨大ラルアは虫といったって大きさはドラゴンと同じくらいある。長さ考えたらエルダードラゴンより大きいんじゃないだろうか。


 長いと言えば<地竜ヴェルミス>というワーム系のにょろにょろしたドラゴンもいた。とぐろを巻いて眠っていたけれど、こっちはもうエンシェントドラゴンよりも大きい。っていうか長い。ヴェルミスというのは個竜名っぽいし、これも相当恐ろしいモンスターなのだろう。


 火山洞窟の最奥直前に岩に囲まれた場所があった。ここなら体の大きなドラゴンは入ってこれないだろう。人間にとっては比較的安全な空間で、ネットゲームでなければセーブポイントになっていそうな所だ。



 私たちの目標はこの先にいる。

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