第77話 恐るべき未来 2

 突然やってきたギルドの新メンバー。ナゴミヤの弟子だと言う彼女はこの変人ばかりのギルドに瞬く間になじんでいった。


 彼女は言う。



「私は占いができます」



 それ自体はいい。この子もちょっと変わった子だと安心したくらいだ。


 しかし。



「折角だから恋愛運で」



 ショウスケの恋占いが始まった。



「ショウスケさんは、好きな人がいますか?」


「ええと、まあ、います」



 ちりり。



 やっぱり、そういう人はいたのだ。


 ちょっとだけ寂しかった。本当にちょっとだけ。ああ、おしまいか、と思う程度。


 子供の頃、まだ自分が他の人と同じだと思っていた頃に住んでいた町で夕刻になると鳴る鐘の音。それを聞いた時と同じ程度のちりりとした寂しさだ。家に帰る時間。遊びはおしまい


 ごっこあそびは、おしまい。


 同じに見えても、同じところがあっても、やっぱり人間は恋をする生き物なのだろう。自分とは違うのだ。


 改めて理解しただけ。それ以上では決してなかった。


 ショウスケがおかしなのに騙されていないか等と考えはしたが、口には出さない。微かにでも執着を臭わせるようなことは避けなくてはいけない。


 あたりまえだ。はじめから最後まで、ほんの一欠片すらショウスケは自分のものでなどない。



「うひゃあ。ショウスケ君、恋愛とか興味ないと思ってた~~!」


「なんだ~~、お姉さんにも相談してよ~~」



 ちりり。



 大丈夫だったか。今の自分の発言に、おかしなところはなかったか。



「相手の反応が乏しくて、想いを伝えるかどうか迷ってますか?」


「……すごいな。そうです」



 ちりり。



「ワンドのエースは逆位置では情熱がない事を意味します。つまり、お相手の方は恋愛に全然興味を示さないか、あるいはすごく鈍い方です」


「……。当たりです」



 ちりり。



「三枚目、「皇帝」のカードです。タロットカードの中で最も強く「男性」を意味するカードです。性別ではなく、男の人の性質という意味の「男性」ですね。積極性や決断力を意味するカードです」


「……つまり、相手にされてないぞ、しっかりしろ、みたいな意味でしょうか」



 ちりちりちり。



「いや~、いいね~~。若いもんはいいね~~。ショウスケ君に彼女か~~。これからは気軽に遊びに行けなくなるね~~」



 違う。違う。責めているんじゃない。アピールでもない。これは感謝だ。今まで私の側にいてくれてありがとう。私のような物に幸せな時間をくれて、ありがとう。



「でもさ、相手の子ってそんな難しい感じなの? ショウスケ君みたいな男の子に告白とかされちゃったら、断られる子いなくない~~?」


「男の子……」



 違う、違う。そうじゃない。私はショウスケにも、その相手の子にも、何の感情も持っていない。



「ショウスケさん、ショウスケさん、大丈夫です。最後の皇帝は男らしさを象徴するカードです。皇帝ですからね。もうナンバーワンです。一番いい男ですよ!」


「おお、ショウスケはいい男だぞ。どら紹介しろ。俺がその子に一言言ってやる」


「そうね。ちょっと会ってみたいし」




 …………ワタシハ、ソンナヒトニ、アイタクナイ。



 それは、自分が考えた言葉だったのか、それとも考えまいとした言葉だったのか。



「うんうん、ショウスケ君なら行ける。絶対行ける。お姉さんも保証する。行っちゃえ行っちゃえ~~」



 いっちゃえ、いっちゃえ、私の見えない所まで。




「保証するって……。ブンプク。自分が何言ってるのかわかってるのかな」



 わかってる。わかってるから。



「わかってるわかってる。コヒナちゃんの言う通りだよ~~。ショウスケ君少し大人しく見えるとこあるから、ちょっと強引に来られたらその子もギャップでクラっとくるって~~」



 これ以上私が何かを考えてしまう前に終わらせて。



「…………そうかい? それなら安心だよ、ブンプク」



 そうだね。私も安心だよ。今までありがとう。




「ブンプク。貴方のことが好きです。どうか僕と付き合って下さい」




 時が、止まった。



 何を見間違ったのか。まさか、私はこんな大それた妄想をしてしまったのか?




「…………へっ?」



 だがログには、何度読んでも自分の妄想と同じことが書かれている。



「ええと……? ドッキリ?」


「うわ、コイツマジか」「いいからちょっと黙ってて」



 小さい画面の中だと言うのに、すごく遠くに、仲間たちの声が見え聞こえる。



「勢いに任せて言ってしまったね。ううん、言えたって言うべきかな。コヒナさんのお陰だ。どっきりでも冗談でもないよ」


「え、いや、いやいやいや。え、いや、いやいやいや」



 どっきりでも冗談でもない。見間違えでもない。ならば、夢?


 理解が追い付かないでいる中、いつもの安心する雰囲気とは違う空気を纏ったショウスケがさらに追い打ちをかけてくる。



「それは嫌と言う意味?」


「え、いや、その嫌じゃなくて」


「じゃあ、OKって事でいいのかな」



 何が? 何がOK? 何を聞かれている? これを聞かれているのは自分で間違いないのか?


 私の後ろの別の人に話しかけているのではないのか。


 しかし、画面の中でも、リアルでも、ショウスケが見ているのは自分だけだ。



「え? ちょっと待って、え、何? だれ? 貴方ほんとにショウスケ君?」


「ああ、なるほど。わかった。今からそっちに行くよ」



 何が、なるほど?



「えっ、いや、ちょっと待って」


「コヒナさん、ありがとう。歓迎会なのに中座してごめんね。マスター、みんなお先に落ちます」



 お疲れさま。そう言うと、ショウスケは本当にログアウトしてしまった。



 怖い。怖い。怖い。


 変わる、変わってしまう。今とは違う世界が来る。


 ショウスケが来る。



「どうしよう。ねえ、どうしよう。はくいちゃんわたしどうしたらいい?」


「どうって、アンタどうしたいのよ」



 同性であるハクイに助けを求めるが、逆に聞き返された。



「どうしたいってしらない。そんなのわかんない」


「子供か! OKして付き合うなり、ごめんなさいって断るなり好きにすればいいでしょ」



 付き合うなんてできない。自分はそういう生き物ではない。


 でも断るなんてできるわけがない。怖い、どちらも怖い。



「に、逃げたら駄目かな」


「逃げるって何よ。どこに逃げるのよ」


「わかんないよ! とりあえず漫画喫茶とか行って」



 ハクイがはああ、と肩をすくめるジェスチャーをした。



「好きにしなさいな。で、そのあとどうするのよ」


「二、三日ほとぼりを冷ますとか。ほら、ショウスケ君の勘違いかも知れないし」



 そうだ、これはきっと何かの間違いだ。一度逃げて、ショウスケが落ち着けば、夢みたいに全部今まで通りに……。




「逃げられない、と思いますよ?」




 皆がハクイと同じようにあきれる中で、占い師が、ぽつり、と言った。



「コヒナちゃん、逃げられないって……何?」



 さっきまで可愛い後輩だと思っていたのに。ちょっと変わっているけれど、自分ほどではないと思っていたのに。



「ええと、最後に出ているカードは皇帝のカードです。皇帝ですからね。欲しいものは手に入れちゃいますよ」



 何を言っているんだ。


 皇帝とは何だ。皇帝の欲しいものとは、何だ。


 そうだ、この子だ。この子がショウスケを、何か得体のしれない恐ろしいものに変えてしまった。この子は一体何者だ?



「コヒナちゃん、あんまり追い込まないであげて」


「あっ、すいません、そんなつもりは!」



 ハクイの声で恐ろしい占い師はぽふんと元の後輩に戻った。


 今のは何? 気のせい?



「ブンプクも少し落ち着きなさい。はい、深呼吸して」


「いや、そんなこと、だって、もう来ちゃうんだよ、ああ、そうだ。部屋、部屋、ごちゃごちゃ。髪も、どうしよう。ああ、ねえ、化粧した方がいい?ああ、来ちゃう、来ちゃう」



 ショウスケが来てしまう。


 考えがまとまらない。思いもまとまらない。自分は何をすればいい。自分は何がしたい。



「駄目だなコレ」


「ねえ、これ誰? ほんとに中の人ブンプク?」


「いや、いつもこんな感じじゃない?」


「アンタ等も煽ってんじゃ無いわよ。ブンプク、とりあえず落ち着きなさい。部屋とか化粧とか考えなくていいから」


「でも、でも部屋ごちゃごちゃなの。髪も、何の準備もしてないの。嫌われたらどうしよう、ねえ、どうしよう」



 どうしよう。


 間違いだった、やっぱりなしって言われたら、どうしよう。



「あんたねえ。あーもーわかった。それ、そのままショウスケに伝えればいいから。あとはショウスケがどうにかしてくれるから。あんたはログアウトして玄関の前に正座してなさい」


「ログアウト? やだよ、怖いよ。ねえ、ハクイちゃん、みんな、一緒にいてよ」


「なんでよ! 絶対にお断りよ! いいから落ちなさい。チャットしてる暇あったら部屋かたづけるなり化粧するなりすればいいでしょ」



 全員が、ログアウトしろと言った。いつもはリアルのことには微かにでも口を挟まないナゴミヤですら、一人でショウスケを待てと。



 しかたなくパソコンを離れ、玄関の前にぺたりと座り込む。



 やっぱりこのまま逃げてしまおうか。しかし足に力が入らない。



 こわい、こわい。


 ショウスケが来る。ショウスケが怖い。ショウスケに会った後の自分が怖い。


 絶対に絶対に二度と恋などしないと誓ったのだ。あんな辛い思いは二度としたくないと。


 人でない自分には望んではいけない物だったのだと、十分に思い知ったはずだろう。


 それなのに。


 怖くて怖くて仕方ないのに。


 こんなに、こんなに怖いのに。




 玄関に座り込んだまま足が動かないのは恐怖のせいか、それともまた私は懲りずに望むと言うのか。




 ああ、本当だ。あの子の言った通りだ。



 私は、ショウスケから逃げられない。

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