第76話 恐るべき未来 1
こと人付き合いに関しては自分以上のめんどくさがりはそうはいないだろう。少なくとも文音自身はそう思っている。
以前はそうでもなかったのだ。以前と言ってもずいぶん昔のことになるが。
学生時代の文音のことを聞かれれば当時のクラスメイトの多くは「明るくてお調子者」と答えるだろう。一部の鋭い者からは「ちょっとズレたところがある」と言った話も、出るかもしれない。
人付き合いという物が面倒になったのはいつからだったか。ある時ふと、実は自分は人に合わせると言うことが得意ではないと気が付いた。
自分が必死にやっている「周りに合わせる」「人に不快感を与えない」は、実は他の人にとっては当たり前のことなのだ、と。
みんな同じように頑張っているのだと思っていた。
もしかしてこんなに苦労しなければ周りと合わせられない自分は、人間の振りをしているだけの、人間とは違う生き物なのかもしれない。
最初は冗談交じりの自嘲ではあったこの考えは文音の中で少しづつ大きくなって行き、六年前の手痛い失恋を経て確固たるものとなった。
自分は他人に合わせると言うことにとことん向いていない。
通じ合っていると思っていた恋人からはっきりと「お前が何を考えているのかわからない」「お前はおかしい」「きもちわるい」と言われた。
凄く頑張っていたのに。ちゃんとできていると思っていたのに。
自分には向いてないのだと気が付いてしまえば人との付き合いはとことん面倒臭い。恋愛など以ての外だ。
小説に漫画、アニメとあとはネットゲーム。適当に生活費を稼げる仕事と、他の人間から隠れて暮らすことのできる住処。それだけあればいい。他には何もいらない。
ネットゲームにした所で、他のプレイヤーとの交流は必要ない。リアルと同様、あるいはそれ以上に、<ネオオデッセイ>の世界では服部文音こと<ブンプク>に、自分一人でできないことなどなかった。
いくら<ネオデ>の世界が広く、長い歴史を持つとは言え、ブンプク以上の財を築く事ができる者などそうはいない。
<ネオデ>の世界ではブンプクは有数のレアアイテムコレクターである。世界に一つしかないようなレアアイテムもいくつも所持している。
これらのアイテムを手に入れるためにはかなりの強運と莫大な資金が必要となる。普通にモンスターを倒していて稼げる金額ではない。
ブンプクがしていたのはアイテムや素材の相場の変動を読み、必要とされている時、必要とされている場所に必要とされている物を届けるという、リアルでは当たり前の資金調達。
人とは違う自分はどうやらそれが得意らしい。
その気になればこの世界の経済を掌握することもできただろう。だがブンプクにその気はなかった。ブンプクが欲しかったのはゴールドではない。ゴールドはあくまで価値あるものを手に入れるための手段だ。
ギルドに入るつもりだって勿論なかった。それでも入ることになったのは、単に様々な原因が重なっただけのことだ。
ある日ブンプクの作った<博物館>で、他のプレイヤーにこの博物館がどれだけすごいかを仲間に向けて必死に説いている変わり者がいた。
レアアイテムの価値はゴールドで換算される。このアイテムには一千万ゴールドの価値があると言う具合に。
そして一千万ゴールドと言う価値が付いた瞬間に、人々の間では一千万ゴールドの値があるから凄いアイテムである、という認識で捉えられるようになる。
この認識はブンプクの感覚とはズレている。それは別にいいのだ。違う生き物と価値観を争っても仕方ない。
だが。
「あれ、また増えてる。え、マディア王の靴!? うわ、マジだ。こんなアイテム実在すんの? ショウスケさん、これね、凄い昔の俺がネオデ始めたころのイベントで」
「ナゴミヤ、もう少しわかりやすいアイテムを紹介してやれ。ショウスケが面食らってんだろ」
「いえいえ大丈夫です。それよりマスター、見ただけでわかるんですか?」
たまたまだった。
その頃のブンプクの<ネオデ>へのログイン時間はそう長いものではなかった。ネオデの外で情報を仕入れる方がはるかに効率がいいからだ。最短の時間で最大の利益を生む。アイテムコレクターには必要なスキルだ。
だから、彼らに出会ったのは本当に偶然だった。
偶々手に入れたばかりの自慢の一品を嬉しそうに解説するプレイヤーを、偶々見て、ついちょっと自慢したくなった。
コレクターとして一番嬉しいのは、同じ感覚を持つ者の賞賛だから。
リアルでも、チャットでも、他人と話すと言うのは実に久しぶりだ。自分のような物から話しかけられれば驚かれてしまうかもしれない。ひょっとしたら不快感を与えるかもしれない。
だからできるだけ精一杯、愛想よく話しかけようと思った。
「ふふ~~、凄いでしょう~~。手に入れるの苦労したんだから~~」
仲間に説明をしていたナゴミヤと言う生き物が、くるっとこっちを見た。
そのまま、無言で固まる。
しまった、やってしまったか、と思ったのだが。
「え、ブンプクさん? <骨董屋>の? 本物!? うわ、初めまして。いつも寄らせていただいてます。ブログも見てます!」
「ではこの方がマスターの言ってた<骨董屋>さん?」
「おほっ、ご本人登場かよ。俺もファンです!」
これが、骨董屋のブンプクと、ギルド<なごみ屋>のメンバー、ナゴミヤ、ヴァンク、それにショウスケとの出会いだった。
そのままアイテム談議に花が咲き、ずいぶんと楽しい時間を過ごした。人と話すことが楽しいということを思い出した。まるで自分も彼らと同じ人間になったような気分になって。
だからこの時もやりすぎてしまったのだ。
ナゴミヤの「俺もう寝ないとヤバい!」と言う言葉で気が付いてみれば、いつの間にかとんでもなく長い時間がたっていて、その上自分一人が一方的に話をしてしまっていた。
ブンプクは何度も「ごめんね~~」と謝ったけれど、それで許されるものではあるまい。
これがネットゲームの世界で良かった。ネットでは向こうが嫌ってくれれば合わなくていい。ちりりとした失敗の痛みを伴う一夜の楽しい思い出。それで済んでしまう。
もしリアルだったらこうはいかない。
リアルではたとえ会いたくないものとだって顔を合わせなくてはならない。
自分のような生き物と一緒に過ごさねばならないとなれば、大変なストレスを与えてしまうだろう。それは恐ろしいことだ。想像しただけで申し訳なさで消えてしまいたくなる。
ここがネットの中で良かった。楽しい時間をくれた人達に、これ以上嫌な思いをさせずに済んで、本当によかった。
そんな思いとともに、ブンプクはナゴミヤに続いて慌ててログアウトしていく彼らを見送った。
まさか翌日、昨日の続きを聞きに来た、とナゴミヤが他のメンバーまで連れて再び博物館を訪れるとは思いもよらずに。
彼らはおかしな人たちだった。リーダーであるナゴミヤを始め、皆「普通」ではなかった。
彼らはお互いに口癖のように言うのだ。
「お前はおかしい。自分はまともだ」
「変なのはお前だ。まともなのは自分だ」
だがその「おかしい」「変」には、「だからお前が悪い」という意味はない。
時折彼らが博物館を訪れるようになって、
「三億ゴールド即決ってww 流石<骨董屋>www やっぱ異常だわwwww」
「普通だよ~~。だってそこで手に入れられなかったら二度とお目にかかれないんだよ~~? 逃がすわけにいかないじゃん~~」
「問題はそこじゃないんだけどね」
互いに互いをおかしい、異常だと言いながら、いつしか「彼ら」は「私たち」になっていった。
こうしてブンプクはギルド<なごみ屋>に加入することとなる。
彼らと一緒に「私たち」として過ごすようになって、ログインの時間が少し増えた。
ショウスケと言うプレイヤーの初めの印象は「頑張ってる男の子」だった。彼は初めてあった頃はどこにでもいる中級冒険者だったが、少年漫画やライトノベルの王道ストーリーのように、彼は少しずつ強くなっていった。
ショウスケが一人で最古竜セルペンスを討伐した時にはギルドの皆でお祝いをしたものだ。
「ううん、新人と思っていたけど、なんだか完全に抜かれちゃったね~~」
「とんでもない! 皆さんには全然及ばないです」
感慨深く言ったブンプクにショウスケは慌てた様子で返してきた。
「そんなことないでしょ~~。今や<なごみ屋>最強はショウスケ君じゃない~~?」
別にお世辞のつもりもなくそう言ったのだが。
「全然です。僕と同じことは誰でもできることです」
実際にはそんなことはない。ショウスケの真似はしようとして出来るものではない。
「昔、マスターが言ってました。この世界にはいくつもの最強があるんだって。僕なんかよりブンプクさんの方がよっぽど最強だ。ブンプクさんの真似は誰にもできない。他のみんなも。僕も何かそういうのがあればいいんだけど」
誰も真似できないんじゃなくて誰も真似しないだけなのだが。
なんとも「変」な望みだ。
確かにこのギルドの中ではショウスケは「普通」なのかもしれない。でもショウスケは怖くなかった。ショウスケの「普通」は、このギルドにおいてはたくさんの「変」の中の一つだ。
人と違うことを恐れるブンプクにとって、違うことが罪にならないこの場所は少々居心地が良すぎたのだろう。
一人でいたい、全て一人でできると思っていたブンプクは少しだけ弱くなった。
リアルでの出来事を互いに話して、やっぱり変だとお互いに笑うのが楽しいと思うくらいに。
あの時だって、本当に自分で何とかできなかったわけではないのだ。
アレを部屋の中に発見した瞬間はたしかに動転してしまい、どうしていいかわからなかったし、実際にネットカフェへと逃げ込んだ。
話を聞いてもらえればそれでよかった。それは大変だ災難だ、と言ってもらって、翌朝には家に帰って自分で何とかしたはずだ。具体的にはどうしたのかわからないが、それでも何とかしたはずなのだ。
それなのに、話を聞いたショウスケは自分で良かったらこれから行って何とかする等と言い出して。
その上、もちろんブンプクさんが嫌でなければだけど、と付け足した。
嫌ではない。しかし怖かった。
リアルで会った時に感じ取ることのできる情報量はネットの画面越しとは桁違いだ。
自分を一目見たショウスケが「お前は変だ」と感じたらどうするのか。自分はこの場所にいられなくなってしまうかもしれないのだ。
しかし断わるのも怖かった。ここで断ってしまえば、自分がショウスケの提案を嫌だと感じたと思われるかもしれない。自分のようなものは、他の人間を怒らせないように、不快感を与えないように、慎重に行動しなければいけないのだ。
迷った末に来てもらうことになって―その日を境に、また少し日常が変わった。
偶にではあるが、ショウスケとリアルでも会うようになったのだ。
それは映画を見に行くことだったり、互いの好きな小説の交換だったり、文音の家でネオデの話をすることだったり。
多分自分以外の人間なら他にも色々なことをするのだろう。何をするのかは知らないが、どこかに行って、何かをするのだろう。
やましい気持ちなら、あった。
向こうはこちらを女と思ってはいまい。違う生き物に恋愛感情を抱く生物はいない。
当然こちらも同じではあるのだが。
せっかく来てくれているのにこんなことを考えるのはショウスケに申し訳ないな、悪いなと思いながらも、男の子がうちに来ると言う緊張感を密かに楽しんではいた。
まだ自分が他の人と同じだと思っていた頃のおままごと遊びのように。
ショウスケがそばにいるのは楽しかった。ショウスケは怖くない。いつも自分のペースに合わせてくれる。ショウスケの周りの空気は優しかった。
ごっこ遊びとはいえショウスケが来るとなれば、こんな自分だって多少のやる気は出る。他の人のまねごとをして髪を整えてみたり、化粧などもしてみたり。
部屋だって片付くというものだ。
勿論あいかわらず怖い。何かの拍子にショウスケが自分の正体に気が付いてしまうかもしれない。そうしたら嫌われてしまうかもしれない。
そんな不安を抱えながらも、逃げ出すことのできない楽しい日々だった。
だが今、その日々は終わろうとしている。
「私は占いができます」
ギルドにやってきた新人がそう言った。
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