第75話 いつか終わる世界の片隅で 2

「一番長いブンプクさんだと期間どのくらいなのでしょう?」


「ブンプクは休止期間なしでずーっとやってたみたい。だから10年近いんじゃない?」



 ハクイさんが教えてくれた。



「10年!」



 長っ。10年って。もうユノ=バルスムに帰化してるじゃん。ユノバル人じゃん。



「他のタイトルも色々出てそっちに移動する人も増えたわね。<エタリリ>とか賑わってるみたい。ここはだいぶ過疎化が進んでるし、人が多いと言うのは純粋に羨ましいわ。怪我人も多いだろうし、名前変えたりも出来るって言うし」



 私はネトゲはこのゲームしか知らないけど、<ネオデ>みたいな世界がいっぱい他にもあるのだと思うとなんだか凄い話だ。それはそうと怪我人が多いのが羨ましいってなかなかの問題発言ですよハクイさん。



「ハクイさんは名前を変えたいんですか?」



 わかりやすくていい名前なのにね。プレイスタイルとも会ってるし。



「いや、名前を変えたいってわけじゃないんだけど……」



 ハクイさんは何やら口ごもる。



「?」


「ハクイさん、二つ名が<辻ヒーラー>以外にもあってね。それが恥ずかしいんだよ」


「もう一つの名前はそのまんま、<白衣の天使>ね」


「うるさいわねリンゴ。口に出さなくてもいいわよ」


 師匠は一応ぼかしていったのだけど、リンゴさんがバラしてしまった。なるほど。ううん、どうなんだろう。恥ずかしいと言えば恥ずかしいのかもだけど。


<辻ヒーラー>も助けてもらった人が感謝を込めて付けた名前なんでしょう? 名前変えても同じことするんだろうし、そんな服着てたらやっぱり。



「ハクイさんは名前変えても<白衣の天使>って呼ばれそうな気はしますが」


「そうかもしれないし、それはいいんだけど、<ハクイ>って名前で白衣の天使って呼ばれるのってやっぱり恥ずかしいでしょ」



 そういうものかな? そして<白衣の天使>って呼ばれること自体はいいんだ。嗜好のさじ加減が難しい。



「実際他のゲームに行っちまったやつも多いしな。俺も一時期別ゲー行ってたし」


「ヴァンクさんも他行かれてたんですね。お戻りと言うことはあまり面白くなかったんです?」



 師匠のお陰でネオデには大満足で家に帰ってくるのが楽しみになっている私ではあるが、最新のゲームもそれはそれで楽しそうだ。ちょっと気にはなる。



「いや、面白かったのは面白かったんだけどなあ。グラフィックとかは凄かったし。でも俺にはこっちの方が合ってるっつうか」


「なるほどー」


「それに向こうは、下はおろか上も脱げなかった」


「な、なるほどー」



 徹底してるな。そんなに脱ぎたいのか。



「仕方がねーからパンツとシャツでやったんだけど死んだらパーティー組んだ人にガチギレされてよ」


「な、なるほど」


「ネオデは基本ソロだから装備なしでも誰も文句は言わないけど、パーティー前提のゲームだと嫌がる人はいるだろうね。ふざけてると思われるんじゃないかな」


「いや、ネオデでも文句は言うわよ」



 ハクイさんは即座にツッコミを入れていたけれど、リンゴさんの言う通りなんだろう。ネオデの自由度の高さは基本ソロプレイだと言うことにあるのかもしれない。



「俺はいたって真面目なんだが」


「うんうん、わかってるわかってる。理解されないのは大変だねえ」




 不服そうなヴァンクさんを師匠がおざなりに慰める。



「絶対わかってねえやつだろそれwww」



 ヴァンクさんは笑いながら返したんだけど。



「いやあ、そうでもないよ」


「……そうか」



 師匠の言葉にちょっとだけ間をあけてヴァンクさんが返した。



「ま、ヴァンクのパンツはともかく、ネオデは長いことやってると自分のスタイルみたいなのができていくからね。他のことやるのに抵抗ある人もいるんだよね」


「おい、やっぱわかってねえだろ。俺のパンツ、軽く見てんじゃねえぞ」



 師匠もヴァンクさんもすぐに元の調子に戻った。でも。


 ううん、難しいな。冗談、じゃないんだな。理由はよくわからないけれど、ヴァンクさんにとってはパンツ一丁は大事なことで、それが師匠にはわかるんだろう。



「師匠も他のゲームに行ってたんですか?」


「いや、俺は一時期休止してただけ。寂しくなって戻ってきちゃった ////」



 またでたぞ、////が。



「なんなんですか、さっきからその //// は」


「いや、ただのマイブーム ////」


「可愛くないですよ」


「ええっ、そんなことないって。やってみ」


「やりませんよ!」



 とんでもない振りが来た。



「じゃあカメラ目線で。さっきのセリフの後につけて。行くよ~。三秒前!」



 えっ? ちょ、まっ



「スリー! ツー! ワン! はい!」


「かっ、可愛くないですよ ////」



 くっ。


 やっちゃった。やってしまった。カメラ目線でポーズまで決めてしまった。仁王立ちで腰に手を置いて。だってこのセリフのシチュエーションがよくわかんないんだもん。


 ほら変な空気になったじゃないか。師匠のせいだからね。私は悪くない。



「コヒナちゃん、嫌なことはしなくていいんだからね」



 ハクイさんが優しくフォローしてくれた。その、嫌、ってわけでもないんですが。



「うん。これはなかなかに破壊力が高いね。今度真似しよう」


「おう、可愛かったぞ。金払う。なんぼだ」



 それは嫌です。やめてくださいリンゴさんヴァンクさん。



「う~ん、まあまあかな。5ポイントあげよう」



 おい。ちょっと待て師匠。



「やらせておいてその評価は何ですか! そしてその5ポイントは何ですか!」


「ん? ポイント? これねえ、此処だけの話、十万ポイントたまると……凄いんだよ」



 内緒話風に周囲を警戒しながら、まったく無意味な情報を耳打ちしてくる師匠。うざい。



「そんなに貯まるかっ!」


「お、今のつっこみはいいね。うんうん、早さは大事だよ。20ポイントあげよう」


「えっ、このペースなら意外と貯まるかも……? ってなるかあっ!」


「おお……。コヒナさんノリつっこみも行けるんだ。何だ早く言ってよ。20ポイント」



 くっ、ポイント貰うとなんか嬉しくなるのが悔しい。



「なるほどな、ナゴミヤに弟子入りって言うから変なこと言うなあと思ったがそう言うことかあ」


「そういうことってどういうことですか、ヴァンクさん。違いますからね。さっきの占い師のイメージのままでお願いします!」



 くっ、せっかく良いキャラが立った思ったのに! 全部師匠のせいだ!



「え、コヒナちゃん占いとかできるの?」


「それはすごいね、初耳だよ」



 ハクイさんとリンゴさんも乗っかってきた。



「皆さん酷い!」



 よよ、と泣きまねをするとみんな笑ってくれた。ハクイさんはよしよしごめんね、と頭をなでてくれる。くすん。聞いてくださいよハクイさん。みんなひどいんですよ。


 ひとしきりみんなで笑って静かになると、私をなでながらハクイさんが言う。



「ま、ネオデもずいぶん昔からあるゲームだし過疎化もひどいのは本当よね。この世界もいつまであるか……」


「ええっ!? そうなんですか!?」




 それは困る。そんなの聞いてない。私の冒険はこれからだと言うのに。



「いやいや、言ってもそんなすぐの話じゃないさ。俺達みたいなファンも多いからねえ」



 師匠が言ってくれたので少し安心する。



「もしこの世界が無くなってしまったら、師匠はどうするんですか?」


「ん~~、ど~~すっかなあ。ネットゲームやめるのは無理だと思うからなあ。その時はあきらめて別のゲームする、のかな?」



 はぐらかしたのか、本当に自分でもわかんないだけなのか。師匠のスタイルがヴァンクさん以上に他では許されないだろうというのは、他を知らない私でもなんとなくわかる。



「ま、あんまり考えたくないかな。寂しいからね」


「そうね」


「そうだな」


「うん。そうだね」


 そうですね。考えなくてもいい寂しいことは考えないことにしよう。ざりざりしちゃうからね。


「さて。あの二人はそろそろリアルで出会ってる頃かね。俺たちはどうしようか。せっかく人数も多いし、何処か狩りにでも行く?」


「はい! 行きたいです!」


 師匠の提案に即賛成。


 こうやってお話してるのも楽しいいけれど、やっぱり冒険にも出かけたい。



「元気でよろしい。なんか趣旨が大分ずれたけど元はコヒナさんの歓迎会だもんね。希望とかあるかい? って言われても困るか。そうだなあ」



 師匠がまた何か考えてくれようとしているけれど、せっかく聞いてくれたし、人数も多いし、わがままを言ってみたくなる。


 変な話をしたせいで少し欲張りになっているようだ。


 この世界はいつか本当に無くなってしまうかもしれない。


 いや。


「いつか」って言う話なら、その時は必ず来るんだろう。


 リアルの世界が終わるなんてことはそうそうないけれど、この世界の終わりはやってくる。師匠が言ってくれた通り、すぐではないんだろうけど。


 だったらその前に思いっきり楽しまないとね。


 歓迎会ということだしちょっと無茶を言ってみよう。


 師匠のことだ。ほんとに無理なら無理って言ってくれるよ。




「じゃあ、ドラゴンが見てみたいです!」

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