第74話 いつか終わる世界の片隅で 1

 ギルド<ナゴミヤ>の初期メンバーは、師匠とヴァンクさん、そこに今は引退していなくなった方が三人の計五人だったそうだ。


 ある日リンゴさんが来て、ハクイさんが来て、ショウスケさんが来て、しばらくしてブンプクさんも来た。


 その後も増えたり減ったりしたことはあったようだけど、とりあえず今のメンバーで落ち着いている。


 ショウスケさんとブンプクさんが初めて会ったのはこの世界、このギルドだと言うのだから、何とも素敵なお話だ。


 二人はリアルでも時々会っていたらしく、そのことはギルドの中でも師匠だけが知っていた。


 リアルでも会うきっかけとなったのは些細なこと言うかなんというか。


 ブンプクさんのリアルの方のおうちに名前を呼んではいけないあの虫が出たのだそうだ。黒くて大きいやつ。不吉な名前なので口に出してはいけない。仮にGとしておこう。ううん、まだ不吉だな。それ、とかにしておこうか。


 ブンプクさんはそれが恐ろしくて、でも自分ではどうすることもできなくてとりあえずネットカフェに逃げ込んだのだそうだ。


 何の解決にもなっていないけれど気持ちはわかる。凄くわかる。


 誰かに聞いて欲しかったブンプクさんはネットカフェからネオデにログインしてすぐ見つけた師匠に恐怖体験について語った。


 どうしよう、どうしたらいいナゴミヤ君、と言われたけれどもちろん師匠にはどうすることもできない。師匠だしね。二人でおろおろしていたら、丁度そこにショウスケさんもやってきた。


 ショウスケさんとブンプクさんはお互い近くに住んでいるらしいことをそれまでの会話で知っていて、もしかしたら会ったことあるかもね、なんてことを冗談で言っていたそうだ。


 そんなわけでショウスケさんがこの緊急ミッションを受諾。ドラゴンスレイヤーショウスケさんの力でゴ、それは退治され、ブンプクさんは家に帰ることができたのだ。



 めでたしめでたし。



 そのころのショウスケさんは今の私ほどではないにせよ、ネオデの世界としては新しく始めた部類に入る人で、有名人である「骨董屋」のブンプクさんには憧れみたいなのを感じていたようだ。


 年も離れていると思っていたみたいだけど、会ってみたら意外にも大して変わらなくて。


 それから時々合うようになって、気が付けばショウスケさんはブンプクさんのことが好きだった。


 そして現在。


 ショウスケさんは改めてリアルでも想いを伝えに行くと宣言してついさっきログアウトした。


 ブンプクさんはしばらく画面の中でどうしよう、ハクイちゃんどうしたらいいとか、ああ、服、ああ、部屋とか言いながらおろおろしていたけれど、此処でおろおろするより落ちておろおろする方がいいんじゃない、と言うハクイさんの言葉にしたがってこちらもログアウト。


 今は部屋でおろおろしていることだろう。二人とも頑張って欲しい。


 二人のおうちは近いと言っても電車と歩き合わせて一時間くらいはかかるみたいだけどね。


 うひゃあ。凄いとこ見ちゃったよ。


 ブンプクさん風に表現するとうっへ~いだ。うっへ~~い!



「ショウスケ、あんな一面もあったのね。ちょっとびっくりしたわ」


「そうだな。俺もビビった。っつーかなんかトキメいた」


「わかる。僕もちょっとトキメいた」


「おう。結婚してなかったらヤバかったぜ」



 ハクイさんの言葉に筋肉パンツのヴァンクさんと毒ずきんちゃんのリンゴさん等男性陣も賛成する。うんうん、凄かったですよねえ。トキメくトキメく!



「お前も知ってるなら教えろよな、ナゴミヤ」


「いやあ、それはダメでしょ」



 ヴァンクさんが言うけど師匠はサラリと否定する。



「ま、お前はそうだな」



 言ってみただけ、という感じでヴァンクさんはすぐに納得した。口堅いんだね師匠。ちょっと見直したよ。



「どうなるんだろね、この後」


「どうなるってそりゃ……。付き合うんじゃねえの?」


「まあ、そうだよね。ブンプクのあの反応見ればね」



 リンゴさんとハクイさんの言う通り、告白を受けた後のブンプクさんの様子は一気に女の子になっちゃってもう何だかこっちが恥ずかしくなるくらいだった。



「んでさ、あの二人が結婚とかってなったら、ちょっと面白いよね」


「結婚!」


 リンゴさんの言葉に思わず叫んでしまった。うひゃあ。出会いはネットゲームで結婚って、凄くない!? うっへ~~い!



「ブンプクとショウスケ君かあ。意外なような、お似合いなような。確かに面白いわね」


「間違いなく一個は共通する趣味もあるわけだしなあ」


「子供が楽しみだわ」


「サラブレッドだな」



 ヴァンクさんとハクイさんの既婚者組から見ても二人の相性はばっちり。



「コヒナちゃんの占いでも強気に行け、みたいな感じだったよね?」


「はい! 上手くいくと思います!」



 この占い、当たるといいなあ。そして二人がもっと幸せになってくれたら嬉しいね。占いが占いである以上、占いなんかしなくっても同じことは起きるのだろうけど、ちょっとだけそこに関われたような満足感がある。



「すげー。当たるんもんだなあ」



 ヴァンクさんも褒めてくれた。



「えへへー。外れることもあるんですけどね!」



 当たると言われると嬉しいが、私の感覚ではタロット占いのカードの配置自体は当たるものだと思う。なので私が凄いわけじゃなくてタロットが凄いのだ。


 そこから暗示された内容をどう解釈するかが占い手の腕の見せ所。


 今回は見せ所の解釈が微妙にずれていた気もするけれど、それは内緒にしておこう。バレてないしね。


 ショウスケさんも落ちる前に「ありがとう」と言ってくれたことだし、私が当てましたみたいな顔して威張っていた方がいいだろう。えへん。



「凄いんだけど、なんだかまたメンバーが濃くなったなあ」



 せっかくのいい雰囲気の中師匠がぼやく。



「む。きっとギルドのマスターが濃いせいですよ。そもそも師匠は濃いの嫌いなんですか?」


「いや、好き ////」



 うむ、素直でよろしい。



 でもさすがに私が入って濃くなったってことは無いですよ。少しは薄まったはず。このメンバーの中では普通の方だと思う。


 あれ、さっきこんなセリフ誰かが言ってた気がするな。



「そう言えばコヒナは何で<ネオデ>に来たんだ? 何もこんな古いゲームにしなくても、最近はネトゲも新しいの色々出てるだろ?」



 ヴァンクさんが聞いてきた。



「お兄ちゃんが以前やってて教えてくれたんです」


「そのお兄さんはもうやってないのか?」


「そうみたいです」



 どうなんだろ。多分やってないと思うけど、実はやっててこの世界のどこかにいたりしたら面白いなあ。


 ここでお兄ちゃんと遊ぶのは楽しそうだ。小さい頃は釣りとか、石垣登ったりとかついていけないことが多かったけど、ここでならお兄ちゃんと同じことができるはずだ。



「そうかー、やめちゃったかあ。コヒナさんのお兄さんなら一緒に遊ぶの楽しそうなのになあ。ずっと続けてってのはなかなか難しいよね。環境も変わるしねえ」



 師匠の言う通りなんだろう。私もここ数か月は色々だった。学校卒業したり、住むところ変わったり。お兄ちゃんがネオデやめた理由は何だったのかな?



「皆さんは<ネオデ>長いんですか?」


「うちで一番長いのはブンプクさんだね。俺とかヴァンクも長いけど途中で一回やめて戻って来てる。ショウスケさんが最近と言えば最近かな。でも三年くらいはやってるはずだし復帰の後の期間みたらそんなに変わんないね」


「え、師匠って一回やめてるんですか?」


「うん。あれ、意外?」


「はい。なんか長くここにいすぎて変な悟り開いておかしなこと言いだしたのかなと思ってました」



 ぶははは、とヴァンクさんが笑った。



「やめてやれよww 当たってんぞそれ。流石は占い師www」



 占い師! 占い師だって! 私は占いをする人であって占い師さんではないのだけれど。そうですか、流石ですか。照れるなコレ。うへへへ。



「コヒナさんは俺を何だと思ってるんだ。あと笑ってるけどヴァンクも同類だからな」


「笑ってんの俺だけじゃねえだろw」



 ヴァンクさんの言う通り、ハクイさんもリンゴさんも吹き出している。私の予測はよっぽど当たっているらしい。流石占い師。すごいね。



「じゃあみんな同類な!」


「まあ、間違ってないね」



 ふう、とリンゴさんが溜息を吐きながら言う。多分自分含めてってことなんだろうな。私の第一印象ではリンゴさんが一番変だ。でもさっき、一番はブンプクさんだって誰かが言ってたな。一番ヤバい人が一番長いのか。大丈夫かなこのゲーム。やればやるほど師匠たちみたいに変になってくんだろうか。


 それは……楽しそうだ。


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