第69話 ギルド<なごみ家>へ、ようこそ! 4

「じゃ、じゃあ次はリンゴさんね」



 ブンプクさんの自己紹介が終わり、気を取り直した師匠が指名したのは、ブンプクさんに覗き込まれて怯えていたリンゴさん。赤いフードと籐篭のバッグは赤ずきんちゃんを想像させる。



「リンゴです。中身は男です」



 そっか、アバターが女の人でも中の人が女の人とは限らないんだ。そういえば猫さんの中身は猫だって言ってたし。猫さんの中身が男の子猫なのか女の子猫なのかは結局謎のままだ。



「うちの中ではまともな方だと思う。あ、これ、よかったら食べて。ブンプクのご飯より見た目は地味だけど、おいしいから」



 リンゴさんはそう言って手に持っていた籐篭型バッグから自分と同じ名前の果物、「りんご」を差し出してくれた。


 アバターが女の子で中身が男の人でも猫の人でも、変わっているとは言えるかもしれないけど、変人って言う程じゃない。私だって魔法少女より変身ヒーローになりたかったし。考えなかったけど男の子キャラでやってみるのも面白かったかもしれないな。


 ありがたく受け取ろうとしたら、間にいたハクイさんがべしんとリンゴさんを叩いてトレード用のウインドウをキャンセルしてしまった。



「やると思った。いい? コヒナちゃん。 大事なこと。リンゴから貰った食べ物は絶対食べちゃ駄目だから。いい?」



 私に向って顔の前で人差し指をびしっと上げていう。



「ひどいことするな。こんなにおいしいのに……」



 リンゴさんは寂しそうにそう言うと、さっき私にくれようとしたりんごを自分でしゃくしゃくと食べ始めた。



「リンゴさんは<毒使い>だよ。ハクイさんの言うとおり、リンゴさんがくれる食べ物には毒が入っているからね。ドラゴンも殺せるような毒だから、絶対に食べてはいけないよ」



 二人のやり取りにきょとんとしていると師匠が教えてくれた。


 そうなの!? あれ、毒りんごだったの!? 名前リンゴさんなのに!?


 でも、おや?



「リンゴさんは普通に食べてますけど」



 リンゴさんは私にくれようとしたりんごを食べつくし、二個目を篭から取り出してしゃりしゃりと寂しそうに、でもおいしそうに食べている。HPが減っていく様子はない。



「毒耐性のスキルと装備品の相乗効果で、リンゴさんには毒が全く効かないんだ」


「おお、そんなこともできるんですね」


「うんできる。誰もしないけど。そんなわけでリンゴさんが食べているから安心、という判断を下すことはできない」


「……なるほど」



 毒見をやらせたら一番危ないタイプの人だな。注意しよう。



「みんなわかってないんだよ」



 リンゴさんはふう、とため息をつくと突然語り始めた。



「本当の美味は毒なんだ。古来、人は毒の味に憑りつかれ、それを口にするために工夫してきた。人の食の歴史はいかにして毒を食べるかの探求と言っても過言じゃない。玉ねぎだって、チョコレートだって人以外の生き物には毒なんだ。なのになぜ食べるのか。コヒナ、わかるかい?」



 いえ、わかんないです。



「そう、答えは簡単。おいしいからだ」



 いえ、答えてないです。


 まあ、チョコレートを食べる理由って聞かれたら「おいしいから」だと思うけど。ほかにも意味はあるかもだけど、無くても食べる。



「本物の美味というのは毒の中にこそある。味わうためならば命すら惜しくないというのは人の本分だよ。コルヴァシエニのソテーや、天然のフグの肝臓を味わってもう一度食べたいと思わない者だけがボクを責めるべきだ」



 うわあ、この人もヤバいな。毒の味の解説はじめちゃった。リアルでも毒食べてるのか。ゲーム内でヤバいという話ですらなくなってきたぞ。「毒の味」なんて言葉、それだけでおかしい。恐るべしギルド<なごみ屋>。


 でも、コルなんとかはわからないけれど、フグの肝臓はおいしいと聞いたことがある。二切れ食べたら死んじゃうから、一切れしか食べたら駄目なんだとか。ほんとかどうか知らないけれど、そんなリスクを冒してでも食べたくなるくらい美味しいっていうなら気になる。



「何だかそう聞くと食べたくなってきますねー」


「!! コヒナ、 君はなんて素晴らしい感性を持っているんだ!」



 リンゴさんがそう言って握手を求めて来たので応じる。がしっ。握手は問題なかったようでハクイさんも止めようとしなかった。「ええ、マジで……」とつぶやいてはいたけれど。


 違いますよ。毒が食べたいんじゃないですからね。おいしいって言うから気になるだけで。リンゴさんと一緒の扱いは心外です。



「リンゴさんの使う毒は凄くてね。特に傷口に入れるタイプならダメージが高くて解毒も困難。確実に解毒できるのはうちだとハクイさんくらいじゃないかな」



 師匠が教えてくれる。そうだった。<毒使い>は毒食べる人の事じゃないよ。それはただの<毒食べる人>だよ。


 <毒使い>のリンゴさんは自分で毒を作ってそれを武器にするということか。


 毒というバッドステータスはRPGゲームでは定番だけど、ほとんどの場合ダメージが少なくて放っておいても自然に治癒するものだ。でも師匠の言うようにダメージが高くて解毒できない毒があるなら。



「受けてしまったらアウト、ということですね。凄い」


「<ネオデ>で一番強い毒を持ってるモンスターは<九頭蛇ウェナム>なんだけど、リンゴさんにはウェナムの毒も効かない。逆にリンゴさんが使う毒はウェナムも殺すんだ」



 なにそれすごい。かっこいい。



「おおお、つまりこの世界で最も強い毒を持った生き物はリンゴさんってことですね!」



 こういう形の最強もあるのか。ネオデ、奥が深いなあ。



「今のセリフスクショした。壁紙にする。コヒナ。君は……わかってるな!」



 リンゴさん、スクショまで撮ったんだ。そこまで気にいって頂いたとは光栄。



「入ってしまったら解毒もできないなんて、毒、最強のスキルじゃないですか」


「興味があるかい? いいだろう。マスターの弟子をやめてボクの元に来るがいい。このボクが、キミに毒の全てを教えてあげよう!」



 リンゴさんはふははは、とマッドサイエンティストみたいな笑い声をあげる。赤ずきんちゃんのコスプレが台無しだ。



「まあ、ゴーレムとかアンデットみたいな毒全く効かない奴には手も足も出ないんだけどな」


「ウェナムを毒で倒そうっていう発想も、そもそもおかしいからね」


「ぐほあっ」



 全ての毒が効かないはずのリンゴさんは、ヴァンクさんとハクイさんの吐いた毒にあえなく倒れるのだった。

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