第64話 キャット・ザ・チャリオット9

『じゃあ、テレサさんは世界を救った英雄なのに、教会がお話を捻じ曲げて悪者にしたってことですか!?』



 師匠の長いお話のあと、私は湧き上がってきた怒りをどうしていいかわからずにとりあえず師匠にぶつけてみた。



『いやいや、どっちかわかんないってことね』


『むう』



 その辺りはっきりして欲しい。



『こっひー、いい反応するにゃあ』


『でしょー?』


『でしょー、じゃないです!』


『あんまいい反応してると、話の長い変人に延々この世界のこと語られるからにゃ。きーつけるんだにゃ』


『えー、そんな奴がいるのか―。それはうざいなあー』


『おめーの事だにゃ。自覚すれにゃ』



 姿隠しの魔法は言葉を発したり一定以上の速度で動いたりすると効果が切れてしまう。そのためパーティーチャットでの会話だ。


 モンスターから隠れて内緒話をしてるみたいで面白いんだけど、テレサさんのお話の内容は全然面白くない。許すまじ司祭ハルトマ。



『そんなことよりテレサさんのことですよー!』


『あんま興奮するなにゃ。わかんねーってのが実際のとこにゃ。まだ別の話もあるのにゃ』


『別のお話ですか? ハッピーエンドになるような?』



 それは興味深い。



『あっ、それは俺が話そうと』


『うっせーにゃ。おめーは話がなげーんだにゃ。俺が教えるにゃ』


『はい、猫さんお願いします!』


『ええっ!?』



 師匠の話は面白いけど長いのも本当だ。私は聞いててもいいんだけど、落ちないといけない時間が迫ってるのは師匠なんですよ。



『ハッピーエンドかどうかわかんねーんだがにゃ。ガダニエより遠くの、海渡ったとこにウルザゲライって町があるのにゃ。で、この町はにゃ、マーチンとテレサという二人の旅人が作られた、って伝説があるのにゃ』


『!』



 マーチンさんとテレサさん。これはもうマーティンさんとテレジアさんに違いない。



『じゃあ、二人は脱出してウルザゲライまで逃げて幸せに暮らした、って言うことですか?』


『オレもそう思うのにゃ。でもにゃあ。それだとアイツの説明がつかなくなるのにゃ』



 そう言って猫さんは悪魔<テレジア>を指さした。



『むう』



 テレサさんが逃げのびたのなら、じゃあ、あのテレジアという悪魔は誰なのかってことになる。



『誰かがテレサさんの為に偽物を置いたとか……』


『おおこっひー!ソレにゃ。 俺もそう思うのにゃ。 オレの考えでは教会の人物だっていうハルトマがあやしーにゃ。このダンジョンは全部で六階層、封印は五個にゃ。ハルトマの封印はねーのにゃ。教会の奴が自分の名前残さねーとは考えらんねーにゃ?』


『たしかに! その通りだと思います!』


『だろにゃ? オレが思うに、ハルトマは魔王退治の旅の中でテレサに感化されたのにゃ。んで偽物の悪魔を置いて二人を、なんだったら全員を逃がしたのにゃ。実はハルトマって名前も怪しくてにゃ、他の五人の』


『えー、でもそれだと<テレジア>がめちゃくちゃ強いのなんかおかしくない?』



 師匠が熱の入ってきた猫さんの「ハルトマさん実はいい人説」を遮る。



『うっせーにゃ! 今いいとこだったにゃ! んじゃおめーはあのテレジアをどう説明するんだにゃ!』


『うーん、あれはやっぱりテレサさんで、生き残ったロベルトさんがマーティンさんとテレジアさんをしのんで作った物語フィクションがウルザゲライに残ってるだけ、とか』



 なんだとう!



『反対です! 解釈違いです!』


『おめーは人の心がねーのかにゃ!』


『くっ、猫にっ! でも俺、悪魔の方の<テレジア>が偽物扱いなのはちょっと納得いかないっていうか。凄い苦労して倒した覚えがあるからなあ』



 偽物でもいいじゃん。悪魔の肩を持つなんてどういう了見なんだ。



『そんなにばいんばいんがいいんですか!』


『いや、何言ってんの!?』



 ふんだ。師匠のむっつりすけべ。


 断固、テレジアさんはなんかかんかあってテレサさんとして幸せになったのだ。マーチンさんと一緒に。経緯はよくわかんないけど異論は認めない。



『人として問題があるなごみーの意見は置いといてにゃ。テレジアについてはそれぞれ自分で納得いくように答え持ってるやつが多いのにゃ。こっひーも好きに解釈したらいいにゃ』


『本当に公式の見解がないんですね』



 あるいはあるとしても伝えていないのか。素敵なお話があって幸せになってくれるのも大歓迎だけど、こんな風に過去の物語の解釈に幅を持たせてくれると言うのも面白いのかもしれない。



『じゃああれはテレジアさんではなくて、テレジアさんの心意気に打たれた七番目の魔王、と言うのはどうでしょう』



 呪いによって呼び出されてテレジアさんに取り付いたけど、かくかくしかじかで離れてテレジアさんとマーティンさんを助けることになった、みたいな。



『ほう、悪くねーにゃ』


『あー、それはいいかも』



 これならテレサさんは幸せになってるし、七番目の魔王である悪魔テレジアが強いことの説明もつく。テレサさんには優しかったけどそれとこれはまた別の話、として未だにこの世界への侵攻を諦めてない人類の敵としても申し分ない。


 ばいんぼいんに魅了されてしまった師匠も納得だろう。



『よし。テレジアさんも見れたしこのへんでずらかろう。俺、時間ヤバい』


『おめーの話がなげーからだろーがにゃ』



 師匠の開いたゲートにかけ込みディアボを脱出。最初が私、次に猫さん。殿しんがりはゲートの魔法を使える師匠。


 ゲートの先は師匠の家。最後に出てきた師匠は「やっべえ、まじでやべえ、寝る!」とだけ言ってすぐにログアウトしていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る