第63話 キャット・ザ・チャリオット8
「TERESIA!」
私たち三人は各々封印の合言葉唱え、第四階層へと転移した。
Teresia。
テレジア、あるいはテレサ。
その名前はこの世界、<ユノ=バルスム>のあちこちで見かけられる。
第四階層の奥に住む悪魔 <テレジア> は美しい女性の姿をしたモンスターだった。
蝙蝠の羽、ねじ曲がった角、ピンク色の髪と真っ赤な瞳。
周囲にいる女性型の悪魔、<サキュバス>達の女王といった風格だ。
布面積の少ない煽情的な服に包まれた艶やかな肢体には、光る幾何学模様が鎖のように絡みついている。
その姿は。
端的に言って、えっちだ。
『アレが第四階層のぶっこわれモンスターにして、<ネオデ>好きなモンスターランキングでは常にナンバー1の、悪魔<テレジア>さんだよ』
ふうん、そうですか。師匠はああいうのがいいんですね。
姿隠しの魔法に守られて、私たち三人は扉の窓からテレジアさんのいる部屋を覗き込んでいた。
近づいてくる<レッサーデーモン>は姿隠しの魔法を感知できるところに来る前に猫さんが瞬殺する。
もっと強力な<グレーターデーモン>はクライで引きつけながら倒してくれる。
絶対手を出してはいけない、と事前にきつく言われていた。グレーターデーモンはクライの影響下でも急にターゲットを変えて襲ってくるのだそうだ。
デーモンでも私がかろうじて戦えたレッサーデーモンとは全然別物。
恐ろしい姿だと思っていたレッサーデーモンが可愛く見えてくる。長い時間を経ていると感じさせるねじ曲がった角。丸太みたいな太い腕。鋼を思わせる灰色の身体は毛なんだか棘なんだかわからない物で覆われていて剣の刃が立つとは全く思えない。
そんなグレーターデーモンをねこさんは余裕で倒してしまう。
でも、そのねこさん猫さんでさえ<テレジア>を一人で倒すことは難しいらしい。
扉の向こうに見える女性型の悪魔<テレジア>は第四階層のボスではないのだそうだ。そもそも第四階層にいるのがおかしいような強さで、一番奥の第六階層にいるデーモンロード達と同格かさらに上らしい。
此処にたどり着くのがやっとの私はその姿を見るのも申し訳ないような存在だ。
「あの悪魔<テレジア>には、彼女が元は人間だった、と言う説があるんだ」
また師匠は長い話が始まった。
<ディアボ>成り立ちの伝承に曰く。
男に捨てられた「ある女」が世界を恨んだ。
「こんな世界、滅んでしまえばいい」
怪しい商人から、全財産をはたいて買った胡散臭い悪魔召喚の書物と、それに記された出鱈目な儀式。
何処の世界にもある、滑稽な風景。
だけど、その本の中には一ページだけ、「本物」が混ざっていた。
結果、世界の壁に大きな穴が開き、異世界より大量の悪魔たちが流れ込んだ。
ダンジョン<ディアボ>の真の姿は、当時の勇者たちによって作られた多重封印結界である。
ここまでがさっき師匠がしてくれたディアボの成り立ちのお話だ。師匠や私が拠点としている<マディア>の町の大図書館にある本に記されているのだと言う。
このお話に、事件の引き金となった女の人の名前は出てこない。
でもマディアの南にある穀倉地帯の町<アウグリウム>に、よく似た話が伝わっていて、そこには「テレジア」の名前が記されている。
「テレジア」女の人が振られて悪魔を呼びだそうとしたところまでは一緒。
でもアウグリウムのお話では呼び出そうとした理由がちょっと違っていて、世界を滅ぼそうとしたわけではなくて、その人に振りむいて欲しいがために悪魔と契約して美しい姿を手に入れようとしたのだ、となっている。
振られた腹いせに世界を滅ぼそうとした、等と言うよりは綺麗になって振り向いて欲しかったと言う方がよっぽどしっくりくる。
なるほど、これは同じお話をを違う解釈で見たのだなと納得してしまいそうになる。ディアボを作ったのはテレジアなんだ、と。
さらにこの話を裏付けるように、ディアボ4階には「テレジア」と同名の美しい女性の姿をした悪魔が住み着いているのだ。
ところが、場所によって、テレジアについて全く別のお話が伝わっている所もあるのだと言う。
マディアから見て南東の方角。プストニ砂漠と言う広大な砂漠を超えたさらにずっと先にある町、「ガダニエ」。
「水の町ガダニエ」は砂漠を超えてやって来た「勇者ロバート」という人が作ったとされる町で、ここには、テレジアとよく似た名前の「テレサ」と言う人が出てくる伝説が伝わっている。
ユノ=バルスムの神様と言えばボナさんで、ボナさん教の第一人者と言えばユノ=バルスム王その人だ。
ファンタジーの世界であるからしてボナさんはいわゆる「生ける神」だから、政教一致は当然だろう。
でも、昔々、その昔。
ボナさんが物心つく前の、「とある国」でのお話だ。
現在のユノ=バルサムには国と言う概念がないけど、昔はあったということなんだろう。
その当時も「神様」と言う概念はあって、神様を祭る大きな宗教団体があったそうだ。
彼らが祭っていた神様の名前ももうわからないけれど、伝説ではその宗教団体のことを単に「教会」と称している。教会には魔法を使える人がいて、モンスター退治をしたり病気やけがの治療をしたりしていたけど、伝説の中では高額の謝礼金をふんだくる悪い組織として書かれている。
その「ある国」には王様がいた。王様と教会はたいそう仲が悪かったらしい。
テレサさんはそんな国で生まれた庶民というか一般ご家庭の人だったようなのだけど、魔法が使えて貧しい人にも無償で治療を行っていた。そのうち人気が出て来て「聖女テレサ」なんて呼ばれたりしたものだから、教会からはずいぶん疎まれていたようだ。
テレサさんにはマーティンさんという恋人がいた。なんとこの国の王子様。王子マーティンはモンスター退治で有名だったんだけど、一度大怪我をしてしまってその時テレサさんに助けられたというのが二人のなれそめである。
素敵な話だが教会から見たら実に面白くない二人だったろう。
教会はモンスター退治をしていた。
その頃には「悪魔」というモンスターが突然町の中に現れて暴れ出すということが度々あった。人がいきなり悪魔になった、なんて噂もあったそうだ。教会が退治していたのは主にこの「悪魔」と言うモンスターだ。
教会は彼らの神のむにゃむにゃで悪魔の出現をある程度予測できたらしい。できないこともあった、ということだ。できないのなら仕方がないのだけど、教会が予測できないのは教会にとって都合の悪い人が襲われる時だったというのは不思議だと言うべきか、ああなるほどと言うべきか。
要は教会が悪魔という物を呼び出しては都合よく使っていた、ということだ。
しかもそれをやりすぎたんだか失敗したんだかでとんでもない悪魔を呼びだしてしまった。
何と六体の魔王である。この魔王と言うのはボナさんに匹敵する存在だと言うのだからまさに世界の危機だ。
教会はやらかしちゃったことを隠していたし、王家も気が付いていたんだけどそれを追及している場合ではなくて。とりあえず手を組んで魔王をどうにかしなくてはいけなかった。
この六体の魔王と戦ったのが六人の勇者で、王子マーティンと聖女テレサ、それにマーティンに仕える騎士ハンス、騎士ロバート、騎士アルバート。教会からは司祭ハルトマ。
伝説によればこの六人が魔王とその軍勢を打ち負かし、自分たちの名前を封印としてどんどん元の世界に追いやっていったというのだから、なんとも凄い人達だ。
で、最後の最後。
騎士アルバートの死と言う大きな犠牲を払いつつも六体目の魔王を倒してマーティンの名の封印を施したところで。
案の定、司祭ハルトマが裏切った。
疲弊し、油断していたマーティンとハンスを殺害し、テレサに呪いを掛けて逃走したのだ。
この呪いと言うのが教会の秘法で、大きな願いを持った人にそれを叶える力を与える代わりに悪魔にしてしまうという物だった。
本来ならば聖女テレサに呪いなんか効かないんだろうけど、目の前で恋人を殺されたテレサは、呪いを受け入れてしまう。
もちろん呪いなんかで死者の蘇生は叶わない。
ならばせめて、私から彼を奪った者達にその報いを。
場所はこの世界と悪魔達の住む世界の境目。テレサの願いに答えて現れたのは、七体目の魔王だった。
魔王と融合したテレサはマーティンとアルバートの封印を受けつつも第四階層でハルトマに追いつき、復讐を果たす。
さらに地上に出て教会を滅ぼそうとするのだけど、この時点で完全な悪魔になってしまっていた。
悪魔になってしまったテレサには封印を超えることはできない。
こうしてテレサはテレサから見て三つ目の封印—自分の名を持つ封印によって封じられることになったのだ。
ガダニエの町の伝説にはこの物語の「ある国」の名前は記されていないし、ダンジョン<ディアボ>の名前も出てこない。
そもそも気も遠くなるような昔の話で、本当かどうかもわからない。ただのおとぎ話なのかもしれない。
でもガダニエは「勇者ロバート」が作ったとされる街。
奇しくもテレサの物語の中で唯一生き残ったロバートと同名であって、奇しくもディアボ第二階層の封印の言葉「ROBERT」とよく似ている。
そもそもマディアに伝わるお話ではダンジョンができた理由を説明しているだけで勇者の名前が出てこない。これもおかしな話だ。そこがメインになってもよさそうなのに。
姿隠しの魔法に隠されながら覗き込む部屋の中。
数多のサキュバスを従えて悠然と中央に立つ悪魔<テレジア>は光る幾何学的な紋様で束縛された美しい女性の姿をしていた。
ガダニエの伝説そのままに。
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