第60話 ギャット・ザ・チャリオット5


「む、お前誰だにゃ」


 ゲートから出て来た<ナナシ>という子猫はひとしきり師匠に文句を言った後、私に気が付いたようで足元をふんふん、と嗅いで回る。


 私的にはあなたは誰なんですかなんだけれどそれを口にしていいのかどうかわからない。獣の王だって師匠が言ってたし。



「あ、猫さん。この人が俺の弟子のコヒナさんだよ」


「猫さん?」



 師匠は子猫のことを猫さんと呼んで私を紹介してくれた。ええと、猫さんはプレイヤーさん、なのかな?



「そうそう、この人は猫さんだよ」


「人じゃねーにゃ。猫だにゃ」



 なんだ、どういうことだ。



「猫さんはね、猫なんだけどゲートくぐってこっちに来たらしゃべれるようになったっていう設定の猫さんだよ」


「せってーじゃねえにゃ! 事実にゃ!」



 わあ、師匠の友達っぽい。


 なるほど、<変身>ポリモーフの魔法か。何の為にあるのかと思ったけど、こんな使い方をするのか。


 ……使い方?



「お前かにゃ。なごみーの弟子と言うヤツは。物好きにも程があるぞにゃ」


「む、そんなことはないですよ。師匠はいい師匠です」


「にゃにゃ、まあ怒んなにゃ。物好きだってだけだにゃ」



 思わず言い返してしまったけど、悪気があってと言うわけではないようだ。師匠とは親しい付き合いなんだろう。


 師匠もへらへら笑っているし。



「猫さんなんですか? ナナシさんではなく?」



 表示されてる名前はナナシさんなんだけど、師匠が猫さん猫さんと呼ぶのでちょっと気になって聞いてみた。



「名前かにゃ。オレは野良だからにゃ。名前は一つもなくてにゃ」



 ほほう。そういうことですか。



「ヒトツモナクテニャさん? 変な名前ですねー」


「!! こっひー、お前いいヤツだにゃ!」



 気に入られたらしい。足をぺしぺしと叩かれた。こっひーは多分私のことなんだろう。



「おし、これやるにゃ」



 そう言って猫さんが渡してくれたのは大きな大きな魚だった。<ロイヤルパーチ>と言う名前で、重さが316と表示されている。とんでもない大きさだ。私のステータスでは持って歩くのも厳しい。



「これは、どうすれば」


「ん、食えにゃ。遠慮はいらねーにゃ」



 食え、と言われてもなあ。



「ええと、生でですか?」


「焼いた方がうめーにゃ。なごみー、焼けにゃ」



 猫さんはお刺身より焼き魚派のようだ。



「はいよ。コヒナさん貸して」



 師匠にロイヤルパーチを渡すと師匠もその大きさに驚いていた。



「おわ、でっかいな。これ食べていいの?」


「お前には食わせねーにゃ。焼く係にゃ。330越えを出してきたから心配するなにゃ」


「マジでか。今月も大賞は猫さんだねえ」


「まーにゃ」



 良くわからないやり取りを聞き流していると師匠が解説してくれる。



「えとね、月一回釣りのコンテストがあってね。魚ごとに一番大きいの提出した人に賞金がでるんだよ」



 そういうのもあるのか。



「賞金はどのくらい貰えるんですか?」


「10万ゴールドだっけ?」


「そだにゃ」


「おおー」



 10万ゴールドとなればかなりの大金だ。これは釣り道を究めるのもありかもしれない。



「ただし、一位になるために費やす時間で、猫さんなら100万ゴールドは稼げる」


「……おお」


「うっせーにゃ。釣りは漢のロマンだにゃ!」



 私には釣りは少々ハードルが高そうだな。リアルだとそれなりにできるんだけど。


 師匠がロイヤルパーチを焼いてくれて、10万ゴールド弱の焼き魚を二人と一匹でお召し上がりになった。なんとも贅沢な話でございますわ。



「んで、何でこんなとこで飯くってるんだにゃ。ここ<ディアボ>の二階じゃねーかにゃ」


「飯食ってる理由は猫さんが魚出したからだけど、ここにいる理由はコヒナさん結構強くなったから、三階に進んでみよっかなって。手伝って」


「なんでオレがそんなめんどくせー事しないとなんねーのにゃ」


「あう、すいません」



 語尾の「にゃ」に隠れて見落としそうだけど、猫さんの話し方はちょっと怖い。


 でもそうですよね。いきなり自宅にゲート出されて手伝ってって言われたら「なんで!?」ってなりますよね。すいません。全部師匠が悪いんですよ。



「あ、コヒナさん心配しなくていいよ。猫さんのこれ全部ツンデレだから」


「おい、変なこと吹き込むんじゃねーにゃ」


「俺がいるから取り合えずごねてるだけで、実は手伝いたくてうずうずしてるから」


「うおい、変な事 言うんじゃねーにゃ!?」


「え、ええと?」



 ど、どっちだ?



「ち。まあいいにゃ。 手伝ってやるにゃ。仕方なくだからそこ忘れるなにゃ」


「こんなこと言ってるけど、個人チャットで『あとでフォローしといてね』って言って来てるからね」


「やめろにゃ! 信じたらどーすんのにゃ!」



 猫さんはもう一回、仕方なくだからにゃ!と念を押してきた。


 とりあえず口調程怖い人ではないようだ。



「はい。今日はよろしくお願いします、猫さん」



 私も師匠に習って猫さんと呼ぶことにした。ヒトツモナクテナさんじゃ長いからね。



「んじゃ、これだと戦いづらいからにゃ。オレも変身するかにゃ」



「変・身」という掛け声とともに猫さんがにょにょにょ、と大きくなって猫耳と猫ひげを付けた人間の女の子の姿になった。


 おお、変身した! 女の子になった! 猫さん女の人だったの!?


 さっき漢の浪漫の話してなかった? リアルは男の人だということ?


 一体どういう順番で驚けばいいんだ!



「変身、ですか?」


「む、もっと驚けにゃ」


「いえ、驚きすぎて何に驚いていいかわかんないんです」


「こっひー、お前、いいやつだにゃ!」



 人間になった猫さんがばしばしと肩をたたいてきた。ええと、ありがとうございます?



「猫さんは<変身>の魔法で猫に変身してるんだけど、今それ解いたんだよ」


「ちげーにゃ。人間に変身する魔法を使ったんだにゃ」


「そうだったそうだった。そういう設定なんだよ」


「せってーじゃねえにゃ。事実だにゃ」


「そうそう、事実っていう設定なんだよ」



 <変身>ポリモーフの魔法は変身したら解かない限り変身したままになるということか。



「それと、猫さん女の人だったんですね」


「ちgっげー---にゃ! 」



 何気なく言ったら怒られた。まずかったろうか。リアルの詮索をしたわけではないのだと言い訳をしようとしたけれど



「女の人じゃねーにゃ。メスの猫にゃ」



 くっ、そっちか。



「いや、それはさすがに……。ええと、犬とか猫とかも男の子女の子っていってしまうので……」


「そーか。なら許してやるにゃ。しかし人間呼ばわりは許さねーにゃ。次やったらこするにゃ。めっちゃこするにゃ」



 こするってなんだろう。引っ搔くんじゃないのか。



「わかりました。気を付けます」



 こすられると困るので素直に謝っておく。



「あんまり気にしなくていいよ。全部ツンデレだから」


「ちっげええええええーーーーーー-にゃ!」


「今も、気にするなって言えって個人チャットで」


「やめろにゃああ!!!」



 ……なんだか師匠の言ってることの方が本当の気がしてきた。

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