第58話 キャット・ザ・チャリオット 3

 悪魔族が巣食うというダンジョン、<ディアボ>は異様な雰囲気だった。


 ダンジョン内の壁や床、あちこちに魔法陣が描かれている。


 魔法陣は大きく分けて二種類。入口の所にあった幾何学模様のタイプと、なんだかおどろおどろしい文字が書かれたタイプ。


 きっと昔の勇者さんたちと悪魔たちとの陣取り合戦の跡なんだろう。


 幾何学模様の方の魔法陣がしっかりと残っている所には悪魔達は入ってこれないようだった。ダンジョン内の安全地帯だ。おどろおどろ魔法陣の方は削り取られたり上書きされたりで完全なものは殆どない。


 第一階層の主要な通路には一面に幾何学模様が連なっていて、そこを歩く限りは安全なようだ。


 でも一歩道を外れると、うぞうぞした虫とか草とかがひしめき合っていて、たまには外にいた小さな悪魔型モンスター<インプ>の姿も見える。



「この辺は『こっち側』の勢力が強いみたいだね。奥に行くごとに段々と『向こう側』が強くなっていくよ」



 師匠はいつものNPCスタイルじゃなくって紫の魔法使いの服装だ。うん、やっぱりそっちがかっこいいよ、師匠。


 幾何学模様の通路の一番奥は大部屋になっていて、ひときわ大きな魔法陣が敷かれていた。上に乗ってみたけど特に何も起こらない。壁には大きく何か書かれている。意匠化されてて見にくいけれどアルファベットのようだ。



「あれ、読める?」



 師匠が壁に書かれたアルファベットを指して言う。



「H A N S、でしょうか」



 そう返した瞬間、にょにょにょにょ、と音がして画面がかすみ、いきなり風景が変わった。


 同じような魔法陣の敷かれた大部屋。


 しかし壁に使われている石材の色が違う。そして何より、さっきまで隣にいた師匠がいない。



「わあ!? 師匠~、師匠~~~!」



 どこかに飛ばされたんだ、と思った。何かの罠だろうか。早く師匠と合流しなくては。どこにいるのかわからないが、とにかく行動しなくてはなるまい。正面の扉を開け外に出る。



「ストップ、コヒナさん、スト―ップ!」



 背後で再びにょにょにょ、と音がして師匠が現れた。



「驚かさないで下さいよ~。どこ行っちゃったかと思ったじゃないですか」


「こっちのセリフだよ。どこ行こうとしてたの」


「師匠を探しに行こうとしたに決まってるじゃないですか」


「うん、そうか。コヒナさん、もし山で遭難して一人になった時は絶対にその場を動いてはいけないぞ」


「? 何でですか?」



 早く合流しないとどんどん離れちゃうじゃないか。



「うん。何でかがわからない人は動いちゃいけない、とだけ覚えておこう」


「はあ」



 何でだろう。



「では気を取り直して。ここは<ディアボ>の第二階層だよ。さっきの部屋で唱えた言葉が合言葉になっているんだ」


「さっきの言葉、ですか?」


「うん、壁に書かれていた……、わあ、ストップ!」


「ああ! H A N S ですね!」



 にょにょにょにょにょ。


 師匠の制止も間に合わず、再びかすむ画面。やっちまったい。


 元の部屋に戻った私はもう一度合言葉を唱えたのだけど、丁度その時同じく合言葉を唱えたらしい師匠がテレポートしてきた。



 にょにょにょにょ。入れ違いだ。



 ふむ。ここは待ってた方がいいのかな。さっきもそんなこと言われたしな。また入れ違いになっても困る。いや、さっきのお話はリアルのお話か。ごっちゃにしてはいけない。現に師匠はテレポートしてこないわけだし。



「H A N S !」



 にょにょにょにょにょ。



 合言葉を唱えてテレポートした瞬間、入れ違いで師匠がテレポートしてくるのが見えた。


 まったく。しょうがないな師匠は。さて、何回もテレポートしてたらここが一階何だか二階何だかわからなくなってきたぞ。ここは一度部屋の外に出てみた方がいいかな。見たことあれば一階だし。


 がちゃ。


 ううん、見たことあるようなないような。


 一階と二階で壁に使われている石材の色が違うのは覚えてるんだけど、どっちがどっちだったかな。もう少し進んでみたらわかるかな?



『よし。お互いいったん止まろう』



 パーティーチャットで師匠からメッセージが入った。パーティーチャットはパーティーを組んでいる者同士が離れた場所でも会話できるシステムで、師匠に何処かに連れて行ってもらうときに便利なものだ。


 同じようにフレンド登録した者同士がお話しできる個人チャットや、同じ<ギルド>という集団に所属している人といっぺんに会話できるギルドチャットという物もある。



『ああ、師匠。良かった。今からそっちに行きますね~』


『わかった。ここで待ってる』



 いっぺんに動くからいけないわけで片方が止まればいいわけだ。便利だね、パーティーチャット。



『はあい。少々お待ちを。今扉出たとこです』


『ちょっと待てえええええい!! なんでそうなった!!!』



 ?


 その後、「わかった、とりあえず動かないで」という師匠の言葉を守り、私たちは見事合流を果たした。



 再度気を取り直して、第二階層へ。にょにょにょにょにょ。


 青っぽい石材。こっちが二階か。



「<ディアボ>は階層ごとにテレポーターで繋がっているんだ。ダンジョンそのものが封印で、テレポーターも僕たちは通れるけど悪魔は通れないということになってる。奥に行くほど封印は強力なんだけどその分封印の隙間が大きくなって、そこから通り抜けて来た悪魔が階層ごとに住み着いてるんだよ」


「なるほどー」



 だから階層を追う毎に住み着いている悪魔たちは強くなっていくんだ。ダンジョンの奥に行くほど強い敵がいるのはRPGゲームの定番だけど、そこに理由が付いているとなんだか嬉しくなる。



「さてこの階層は少々敵の数が多い。姿隠しの魔法も効かないから、奥のボス部屋まで突っ切るよ」


「はい!」



 姿隠しの魔法はモンスターに見つからなくなる便利な魔法だけれど、「視力」に頼らないモンスターにはあまり効果がない。また墓場にいる<リッチ>みたいな中級の魔法を使える相手だと簡単に暴かれてしまう。


 師匠の言葉通り、第二階層には大きな黒い犬のようなモンスター、<ヘルハウンド>がうじゃうじゃいた。姿隠しの魔法が聞きにくい相手であることは想像できる。ヘルハウンドは第一階層でも時々見かけたけど、数が段違いだ。この数を相手にしてはいられない。


 師匠はダンジョン内を走っていく。その背中を追いかける。


 二人で必死に走るけれど、人間の足では出せるスピードは限られている。


 師匠のジャイアントナントカコントカのロッシー君や私のナントカコントカのナンテー君がいれば余裕で逃げ切れるけど、残念ながらダンジョン内で騎乗するのは無理だ。


 ロッシー君なんか頭ぶつけちゃうよ。


 走る私たちの後ろにたくさんの<ヘルハウンド>迫ってくる。ギャンギャンと言う鳴き声も迫ってくる。


 うわあ、火、吐いた! お尻に火が付くとはこのことだな。


 ヘルハウンドの吐いた炎は<火球>の魔法に似たグラフィックとなって私に直撃する。しかし流石は新しい鎧とケープ。流石はバルキリーコヒナ。削られたHPはわずかなものだ。


 とはいえ追いかけてくる<ヘルハウンド>も凄い数になってきた。ぎゃんぎゃんという鳴き声もまた凄い。この数にいっぺんに炎を吐かれたらバルキリーコヒナとて危うい。



「頃合いか! コヒナさん、道なりにまっすぐ走って!」



 師匠が急に立ち止まる。私は言われた通り走り続ける。



「時の精霊よ! 我が敵を束縛せよ!」



 師匠のいつものように特に意味のない詠唱。やや短め。師匠も余裕ないのかもしれない。でも何をしたのかはわかりやすい。


 師匠の前に現れた魔法陣の中に突っ込んできたヘルハウンドたちの動きがぐぐんと遅くなる。



「よおし、ズラかれ!」


「はい!」



 すごいけど、そのセリフだと悪魔退治に来た勇者と言うより、お金持ちの家に忍び込んでドーベルマンとかに追われている泥棒みたいですよ。



「次の右手にある扉に入って!」



 ドーベルマン、じゃなかったヘルハウンド達を足止めして私の跡を追ってくる師匠が叫ぶ。



「はい!」



 返事したはいいけど右ってどっちだ。 急に言われるとわかんないよね。


 とりあえず目についた大きな扉に入ると、床に崩れていない幾何学模様の方の大きな魔法陣が敷かれた部屋だった。安全地帯だ。正解の扉を選んだということだ。やったね。



「さて、次の部屋がいよいよこの階層のボスだ。頑張って」



 師匠はそういうとHPを回復してくれた。そのほかのバフ魔法もかけ直ししてくれる。


 この流れは私一人でボスと戦えと言うことだな。望むところだ。



「はい! 頑張ります!」



 私は気合十分に答えると、次の部屋へと続く扉を開けた。



 このダンジョン<ディアボ>には多くの魔法陣がある。


 大きく分けると二種類。


 一つは幾何学模様の魔法陣。恐らくは昔の勇者たちが残したもの。完全な形を保っていればそこは私たちにとっての安全地帯。


 そしてもう一つは、私たちには読むことの出来ないおどろおどろしい文字が書かれた魔法陣。


 完全な形で残っている物はあまりなかったけれど、ここのおどろおどろ魔法陣は例外なようだ。


 それは敵の、悪魔達の敷いた陣地。


 私たちにとっての、危険地帯。



 第二階層の最奥、大きなおどろおどろ魔法陣の敷かれた部屋の中央に、奇妙なモンスターがいた。


 ピエロのような、色も形もおかしな服装。びろびろと長い腕はびっくり箱から登場したお化けを想像させる。びろびろ腕の先には私の顔よりも大きな金属の光沢を持つ爪。



 グレーで示される通常のモンスター名とは異なる、固有名詞であることを意味する赤茶色で示されたモンスターの名前は



 <スカルミリョーネ>



 第二階層のボスだ。

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