超番外 占い師と屍を従える王 9
奇妙な名前の小悪党たちは、口々に汚い言葉を吐きながら帰還石で散って行った。
ギンエイはそれを別段の感慨もなく見やる。
彼ら自身にも告げたとおり、既に運営への報告は済んでおり、今更彼どうあがいたところで彼らの本アカウントを含めた全てのアカウントの永久停止は止められない。
だが小悪党のうち一人だけがまだその場に残っているのに気が付いた。
「おや。君は、帰らないのかい?」
「あんた、やっぱかっこいいなあ」
一体だけ残っていたアバター、<dRあkびn>はギンエイの問いには直接に答えずに、そんな言葉を返してきた。
「ああ、私を知っているのかい」
「俺たちの中に、あんたを知らない奴はいないよ。そもそもはあんたに憧れて動画配信なんか始めたんだからな」
「……そうかい」
「あの頃は楽しかった。本当に。エラトマだって、悪いやつじゃないんだぜ。まあ、ちょっと思い込みの激しいところはあるんだけど。いつからこんな風になっちゃったんだろな」
「……さてね。悪党の誕生秘話になぞ、興味はないさ」
「気が付いてはいたんだ。でも、間違ってる、なんて口にしたら全部終わっちまうような気がしてた。いや、そうじゃないな。終わらせたくはあったんだ。こんなの。でも、自分で終わらせることはできなかった」
「…………そうかい」
「ああ、だから、ありがとうな。ギンエイ」
「ふん……。私は悪党を懲らしめに来ただけさ。悪党に礼を言われる筋合いは無いね」
「そうだな。その通りだ。じゃあ、俺もそろそろ行くよ」
「そうかい」
「ああ。次は……次こそは、間違えないようにする」
「ふん。君たちに次などないさ。関連する全てのアカウントは処罰を受けるぞ。停止で済まされるなどと思っているわけじゃないだろうな」
「ああ。もちろんだ」
「そうかい」
同じ個人情報では再登録することもできないだろう。それでもアカウントを作り直すことはできる。
今までやってきた事のすべてを捨てて、ゼロからのスタートになるけれど。
だから、興味もないのについ、聞いてしまった。
「そこまでして<エタリリ>を続ける理由はあるのかい」
「こんなこと言っても信じてもらえないかもしれないけどな。俺、エタリリが好きなんだよ」
「ああ、まったく信じられないね。悪党が何を言っているんだ」
聞くんじゃなかった。ほんとうに下らないことを言う。悪党のくせに。
これはなかなか治らない自分の悪い癖だ。
そんなことを言われたら―応援したくなってしまう。
「じゃあ、行くよ」
「そうかい。二度と来るな。悪党。だがもし」
「うん?」
「もし新しくアカウントを作り直してゲームを始めて、それで道に迷うようなことがあったら、その時はダージールにいる占い師を訪ねてみるといい」
「占い師?」
「うるさい、早く消えろ、悪党」
「ははは、ありがとう。覚えておくよ、ギンエイ」
「どういたしまして、だ。けったいな名前の悪党」
「そうそう。それな。大正解だ。俺が、ジャニスだよ」
<dRあkびn>はそう言うと、何処かへと飛んで行った
そうか。彼がジャニスか。
調査の過程で発見した、彼らの攻略動画を思い出す。一年以上も前に上げられた動画。決して上手くはない。だがその後の彼らが初心者狩りに手を染めるなどと言うことは微塵も思わないような、満ち足りた冒険の一ページ。
メンバーの名前は伏せられていたが、一部伏字が甘くなっており、二人分の名前が読み取れた。その一つがジャニス。リーダーであるエラトマを立てて動く、ドワーフ族の吟遊詩人だった。
ギンエイはふと、自分の格好を見直す。
これはせいぜい悪党どもを脅かしてやろうと作ってきた衣装だ。
黒の道化服にドクロの仮面。そこに大鎌。言うまでもなく「死」をモチーフとした物。
あの占い師が言うところの「いろんなことの終わり」
彼らの悪事を「終わらせる」、そういう意味での「死神」の装い。
だが、彼女はこうも言っていた。
―≪
なるほど、死と再生。
歪んでしまった彼が。ひょっとしたら彼らが、再び同じような瞬間を迎えられるようなことがもしあるのなら、これは。
「死神の仕事としては、最高クラスの物でしょうな」
<エターナルリリック>最高のエンターテーナーは、仮面を外すと、誰もいない客席に向かって深々と頭を下げた。
*****
Medaka14さんと「初心者狩り」に纏わるお話はこれでおしまいとなる。
折角なのでここで少しだけ、「タロット占い」の限界についてお話しておこうと思う。
タロットカードにはいくつかの限界がある。
あまり遠い先のことは見られなかったり、見る内容によってはもやっとした結果になってしまったり。
そんな限界の一つが「占い師の想像力」。
タロットカードの解釈は、占い師によってさまざまだ。
だから占い師が二人いて同じ配置を見た時、二人が同じ占いの結果を導き出すとは限らない。
タロットが真実の物語を示したとしても、残念ながら私たち占い師はそのごくごく一部、自分の想像力の及ぶ範囲でしか物語を解くことができないのだ。
「占い師自身の想像力」
それは、紛れもなくタロット占いの限界の一つだ。
だからもし、ごくごく普通の生活を送る私、誰もが主人公である<エターナルリリック>の世界ですらNPCとして生きる私なんかには想像できないような、波乱に満ちた人生を送る人がいたなら、私はその人の物語を正確に見る事なんて絶対にできないだろう。
今回のお客様であるmedaka14さん。
彼の今後を示す暗示は、
一枚目、≪
二枚目、≪
三枚目、
私はそれを、
『手元にないもの、失ってしまったものを嘆いているだけの状態から、生まれ変わるような体験をし、優しさと強さ、あるいはさらなる何かを手にする』
そういう物語であると解いたけれど、この同じ配置を、全然別の形で解く人だっているだろう。
例えば、こんな解釈はどうだろうか。
一枚目、≪
二枚目、≪
三枚目、
この三枚のカードが意味するのは、medaka14さんの、medaka14とは別の、彼を示す三つの「名前」である。
三枚目、<法王>が暗示する名は <カダベル・ソリテール>
幼き世界に生きる者たちに、そこで生きる術を与える、優しき父。
二枚目、<死神>が暗示する名は <屍従王>
神秘の最奥に至り、人においての絶対の軛すらも打ち破った偉大なる魔法士にして、屍を従える王。
残る最後のカード
一枚目、<聖杯の5>が暗示する名は <森脇 道貞>
今はまだ、その手にないものを嘆いているだけの人。
自身がもつ多くの物に気が付くことすらできずにいる、まだ何物でもない人。
しかしやがて <カダベル・ソリテール>、あるいは<屍従王>と言う名を手にする者であり、
そして。
―
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