超番外 占い師と屍を従える王 8


 <eえrあtおmあ>は最高の気分だった。


 こうも立て続けに獲物がやってくるとは。


 今週だけで四人目の獲物、先週の一人を合わせれば五人。それも全員リザードマンだ。


 獲物は他の種族でも構わないのだが、リザードマン族の場合が一番自分の愚かさを、この世界を舐めた報いを、思い知らせてやることができる。



 <eえrあtおmあ>

 <dRあkびn>

 <fo‐rmiおd>

 <ぶbaのrugo>

 <うぎsiiaj>



 この五人こそは<エタリリ>の現状を真に憂う者達である。



 ***


 <エラトマ>が<エタリリ>を始めたのはサービス開始直後のことだった。あの頃はどのプレイヤーも生き生きとしていた。皆が自分の冒険を本気で楽しんでいた。自ら工夫し、強敵を打倒してきた。


 そしてまた、皆がそれぞれ<エタリリ>の中で多くの者と出会い、友情を育んできた。<エラトマ>自身もそうだ。中でもジャニス、カーネル、ソラト。彼ら三人との間に自分が育ててきた友情は、リアルをも超えた素晴らしいものだった。


 四人で力を合わせればどんな敵とだって戦えた。仮に負けたとしても再度挑戦すればいい。全滅の際に受けるペナルティーは痛かったが、工夫をし、再挑戦で強敵を討伐できた時の達成感はそれを補って余りあるものだった。


 その討伐相手からレアアイテムがドロップしたりすれば、これはもう彼らの作り上げた伝説の一ページと言っても過言ではない。


 自分の世界はここにあったのだ、と<エラトマ>は知った。


 やがて<エラトマ>たち四人は攻略動画の配信をはじめた。同じ志を持つ者達に、届けばいいと思ったのだ。


 再生回数は伸びなかったが、それでも充実した日々だった。


 こんな世界がずっと続くのだと信じた。



 だが、四年という長い時間の中で<エタリリ>は変わってしまった。



 全滅のペナルティーが廃止され、初心者の救済の名のもとに自分たちが通ってきたレベル上げは容易となり、クエストは簡略化された。


 ごく一部の激レアアイテムを除き、レアドロップ率は大幅に引き上げられた。


 かつて彼らが冒険で手に入れた宝物は汎用品へとなり下がった。


 すこしずつ、さまざまなことが平坦化されていった。


 運営は自分たち古参ではなく、新入り達を歓迎した。


 ここまで<エタリリ>を支えてきたのは自分達だというのに。


 最も許せなかったのは一部のボスの「難易度選択」が可能になったことだ。


 発端は運営に寄せられた「モンスターを討伐できなくてつまらない。またそのせいでうちの子が仲間外れになっている」という苦情だったらしい。



 ここはゲームの世界だ。


 ここは、ゲームの世界だ。



 つまらなければやめればいい。倒せなければ倒せる方法を考えればいい。


 だが運営はこの苦情を受け入れた。


「誰もが平等に遊べるように」と難易度の選択を導入した。


 自分達のようにこの世界で創意工夫して戦うものではなく、リアルの苦情を武器にこの世界を脅かすものの声を聴いた。


 <エラトマ>達はこの事実に打ちのめされた。


 運営の選択は<エタリリ>の真の担い手たる自分達への侮辱だった。


 だが彼らにはこの状況を打開する術はない。


 やがて彼らの歪んだ怒りは、初心者プレイヤーへと向けられることになる。




 新しく作ったアバターに、<エラトマ>は<eえrあtおmあ>と、名前を付けた。


 もちろんメインとは違うアカウントを使っている。最悪新しい方のアカウントは停止に至ったとしても問題はない。


 メインのアバターの財力、能力をもってすればこの遊びをするのに十分なレベル40程度まで持っていくことはたやすいし、装備品も簡単に揃えられる。


 仲間たちも同様にこの崇高な目的のためにアバターを作った。一目では覚えにくい名前は姑息にも天誅たる自分たちの行為を運営に報告するような輩への自衛策だ。


 強く団結して事に当たる為の手段として種族をエルフで統一し、装備も同じものを揃えた。


 我らこそ、このエタリリの真の担い手。


 一見野蛮な手段もこの世界が再び過去のように輝きだすための……なんといったか、そう、苦渋の切断だ。



 ぬるいリアルに浸かり、平和ボケした初心者どもが。この世界を舐めるなよ。



 彼らは「初心者狩り」を自分たちの使命とした。


 彼らの口車に乗った低レベルの冒険者たちを、ダンジョンの奥深くへと連れて行き、そこに放置する。


 この世界が、恐ろしい場所であると思い知らせるために。


 そしてその無様な様子を動画に撮影し、配信するのだ。



 歪んだ目的に、歪んだ手段。いや、もはや手段と呼べるものかも怪しいやつあたり。


 だが<eえrあtおmあ>こと<エラトマ>は正義が自分の手にあることを本気で信じていた。



 ***



 今日の獲物はリザードマン族の男だった。


 このところ連続でリザードマン族の獲物を見つけられたのは幸運といえるだろう。


 他の種族でもダンジョンの奥まで連れて行って放置することはできるが、一度死ねば帰還石にホームとして設置されている町へと転送されてしまう。


 しかし此処<予言者の隠遁所>で発生しているバグを使えば、帰還石に記憶された場所のうち<予言者の隠遁所>以外の全てを消してしまうことができる。


 この誘導は難しいかと思ったが、やってみれば皆驚くほど簡単に騙された。


 帰還石の書き換えが完成してしまえば、愚かな新米冒険者にはなす術がない。通報などということを思いつく前に散々に嘲り、罵倒して置き去りにするだけだ。


 騙された愚かな冒険者は、死んだとしてもダンジョン内の蘇生ポイントに戻ることになり、永久にダンジョンから脱出することができない。最終的にはアバターを作り直すしかなくなる。


 彼らはこれを<処刑>と称し、<処刑>が可能なリザードマン族の初心者を、最高の獲物としていた。


 エタリリは人気のゲームであり、新規の参入もまだまだあるが、完全な初心者として始める際にリザードマン族を選ぶものは少ない。不人気の理由は主に見た目だ。


 今日の獲物はショチュウの町でうろうろしていたところに声をかけた。レベル上げを手伝ってやると声をかけると簡単についてきた。



「これはご親切にどうも。こういうのは初めてでして」



 何の警戒心もなくこちらの提案に乗ってきたそのリザードマンの名は、


 ―<ヨミ> と言った。


 体を覆う真っ黒な鱗、リザードマン族としてはやや小柄な体格。細い顔と体躯はまるで蛇のようだ。リザードマンの特性を全く理解していないことがわかる。


 つい先日も似たような細身のリザードマンを処刑した。リザードマンでありながら魔術師を選択した素人だった。


 だが今日の獲物はさらにひどい。できたばかりのレベル1アバターのくせに、見せかけだけの大鎌を持っている。


 大鎌の柄は、アバターと同じく真っ黒。金属の細工が施してあり、大きな刃の部分にも何語かもわからない文字が書き込まれている。


 この大鎌は名前を<デスサイズ>と言う。

 <リーパー種>と呼ばれる特殊な魔物が持っている鎌と同じデザインだ。


 一見高級なマジックアイテムにも見えるが実は課金で手に入れることのできるレプリカである。


 本物の<デスサイズ>は上位のリーパー種からのレアドロップ品であり、その価値は計り知れない。また本物は高レベルのレアドロップ品らしく禍々しいオーラを放っていて、レプリカと見間違えるようなこともない。


 アバター登録の際に気に入って買ったのだろうか。もっと他にすることがあるだろうに。


 <ヨミ>は他の部分は完全に初期装備のままであり、レプリカの大鎌ですら浮いてしまっている。


 こういう輩は<エラトマ>の最も嫌いなタイプだった。



「あの、私のレベルが全く上がらないのですが、大丈夫でしょうか」


「もうすぐだから待っててよ。それとも何? 俺たちのことが信じられないの?」



 <ヨミ>の言葉に仲間の一人、<fo‐rmiおd>が苛立たし気に答える。大事な獲物に逃げられたら元も子もない。普段なら<fo‐rmiおd>も決してこんな言い方はしない。



『おいおい、耐えろって。ここで逃がしたらもったいねーだろ』


『わーかってるって。でもコイツなんかスゲエむかつくんだよな』


『ワカルwwww』




「ああ、いえ、そういうわけでは。その‥‥‥‥申し訳ない」


「んじゃ、黙ってついてきてよ、オッサン。こっちも忙しいからさ」




『オイwwwwやりすぎwww』


『だーいじょぶだって。コイツぜってー逆らってきたりしねえから』


『ワカルwwwぜってーいじめられてるwwヤツwwww』


『底辺臭スゲエもんなwwwwww』



 <ヨミ>には聞こえない仲間内だけで設定されたグループチャットでの会話。そこにヨミの「申し訳ありません」という謝罪の言葉が重なる。


 グループチャット内は<ヨミ>への嘲笑と罵倒で溢れた。リアルでも立場の弱い<ヨミ>はここで見つけた「親切」に必死に縋っているのだろう。なんて醜いのだろう。輝く自分達とは雲泥の差だ。


 ああ、早く自分たちの正体を明かしてやりたい。そして突き付けてやるのだ。


 ここはリアル同様、お前に優しい場所ではないのだと。



 <予言者の隠遁所>の奥にある、帰還石登録ポイントに到着。


 あとは、いつも通り上手く言いくるめて、他の登録ポイントを消去させるだけ。いよいよ待ちに待ったメインディッシュだ。



「おっさん、んじゃ、いうとおりにしろよ」


 <fo‐rmiおd>が獲物を罠にはめるための最後の誘導を始める。



「ああ、その前にちょっといいかな」



 謝罪を口にして以降無言だった<ヨミ>が、急に口を開いた。



「ああ?」



 <fo‐rmiおd>が苛立たし気に返す。あと少しなのだから辛抱すればよいとは思う。だが気持ちとしては<eえrあtおmあ>も一緒だ。悪いのはこの<ヨミ>だ。底辺は底辺らしく、さっさと俺たちの崇高な目的の供物になればいいものを。



「ああ、そんなに時間は取らせないさ。ちょっと教えて欲しいんだが。君たちは、<エラトマ>という人物を知っているかな? あるいは、<ジャニス>」



 場の空気が、変わった。



「てめえ」



 <fo‐rmiおd>が何か言おうとする。が、言葉にならない。それ以上は「余計なこと」になりかねない。



「おいおい。そんなに驚くような質問だったかい。君たちのおそろいの装備品を作っている人物の名前じゃないか。装備のことについて聞きたかっただけだよ。何か別の意味にでも聞こえたかな」



 急に饒舌にしゃべりだした<ヨミ>に、どう対応していいかわからない。



「おや? <fo‐rmiおd>君。よく見れば君だけは違う人物の作ったものを着ているんだね。しかしデザインは一緒だ。何か意味があるのかい? 例えば―万が一の時に自分だけは助かるように、とかかな?」



「何!?」



「お前ら、落ち着け。そんな奴の言葉に動揺してんじゃねえ!」



 <fo‐rmiおd>はそう言うが、<ヨミ>の言葉に釣られ、<fo‐rmiおd>の装備品を確認してしまう。<ヨミ>の言うとおり<fo‐rmiおd>の装備品は自分達と同じではあるものの、<エラトマ>が作ったものではなかった。



「そうだぞ。むしろ<fo‐rmiおd>君が正しいと私は思うね。そんなけったいな名前を付けておきながら装備品は同じ人物が作ったものをお揃いで、なんて意図が全く分からない。悪党は悪党らしく、慎重に振舞うべきだよ」



 最早疑いようもない。コイツは自分たちがやってきたことを、知っている。


 どうしたらいい。これ以上関わらず、すぐに離脱するべきか?


 だがどこまで知っている。いや何よりもまず、こいつの目的は何だ。それがわからないままに次の行動を決めることができない。


「特に君だ、<eえrあtおmあ>君。いや、ひどい名前だな。君がエラトマだな。まったく。隠す気があるのか? それともアレかな? 君は私と同じ、目立ちたがりのタイプかな? それならよく覚えておきたまえ。目立ちたがりという性は、知らないうちに人に迷惑を掛けるものだ。リーダー気取りでうっとおしがられていたりするんじゃないかね。仲間は大切にするんだよ」



 べらべらとしゃべり続ける<ヨミ>。それに対して誰も何も言わない。その沈黙の中に、<eえrあtおmあ>は自分への何かが含まれている気がして激高しそうになる。


 だが、続く<ヨミ>の言葉は、再び<eえrあtおmあ>の口をふさぐのには十分だった。



「まあ、エラトマ君がエラトマ君なのかどうかはどっちでもいい。所詮私の妄想だ。じゃあ、こっちの名前に聞き覚えはあるかね? ヒヨコ、ネズミせんせい、かにぞう、medaka14」



 <ヨミ>が上げた四人の名前は、つい先日彼らが「処刑した」獲物たちの名前だった。自分達および被害者の名前は全て隠して配信している。いやそれどころか、medaka14以外の三人はまだ動画をアップすることさえしていない。


 その名前を何故、こいつは知っている。



「私から見ても、皆なかなかの出来だと思うんだが、客観的な意見も聞いておきたくてね。なあ、教えてくれよ。誰が一番上手だった? 一番うまくできた子は、次の公演の主役を任せようと思っているんだ」



 一番上手?


 なんだ。



 こいつは、一体、何を、言っている?



 リザードマン。真っ黒な蛇のようなアバター。手には見た目だけは豪華な大鎌。


 さっきまではド素人が作ったとしか思えなかった<ヨミ>というアバターが、不意に不吉なものに見えてくる。



 まさか。



「なあ、是非教えてくれ。誰を『騙している』と思っていた時が一番楽しかった?」



 まさか。


 この最高だと思っていた二週間の間に、狩られ、追い詰められていたのは……。


 蔑み、嘲笑していたのは……。



「そろそろ理解したかね、小悪党ども」



 <ヨミ>がいう。



「ああ、いまさらジタバタしても無駄だよ。被害者四人分の会話ログは全て既に運営へと送った。<エタリリ>の運営は他のプレイヤーへの嫌がらせ行為を決して看過しない。四件の正確な被害報告が上がれば、アイテムの受け渡し記録やアカウントの登録内容まで確認し、関連が疑わる全てのアカウントに処罰が下るだろう。お前たちは、終わりだよ」


「てめえ! 騙したのか!」



 <eえrあtおmあ>が叫ぶ。



「さてね。運営にそう言い訳してみたらどうだい? 騙されてやったんです、ってね」



 真っ黒な蛇が、ちろり、と舌を出した。


 獲物の位置を確認するように。



「君たちのような小物相手に、ここまでやるのは少々大人げないとも思ったのだけどね。相棒がうるさいのと、あとはまあ、個人的にね。大事な思い出を汚されたようでね。私も……ああ、私も相当頭に来ているのさ」



「お、お前は一体……」



「 ああ、私の名前かい? ふむ。元はそうでもなかったんだが、最近では気に入っていてね。君たちのような小悪党に教えるのもなあ。しかしまあ、逃げたと思われるのも大いに癪だな。よろしい」



 真っ黒な蛇は、すたすたと部屋の中央まで歩いていくと、大げさな動作でくるり、とこちらに向き直った。



 持っていたレプリカの大鎌を、水平に構える。


 ゆっくりと、円を描くように大鎌が振るわれる。それに合わせて、<ヨミ>の姿が宙へとかき消える。


 何ら不思議なことではない。<ヨミ>が帰還石を使っただけだ。


 だがそれに被せるよう、ちょうど<ヨミ>がいた場所に、何物かが現れる。


 ヨミが振るったのと、同じタイミングで、ゆっくりと鎌で、円を描くように。


 二体のアバターが入れ替わっただけ。


 だが完全に一致した帰還石の使用と大鎌をふるう動きはまるで、一体のアバターが鎌の一振りで別のアバターにと「変わった」かの様な錯覚を引き起こす。


 現れたのは、マーフォーク族の男性型アバター。道化の服と修道服をごちゃまぜにして真っ黒に染めたような冒涜的な服装。顔を半分だけを覆うドクロの仮面。


 手には、<ヨミ>と同じ見た目の大鎌。ただしその全体から真っ黒なオーラが沸き立っている。見まごう事なき本物の<死神の大鎌デスサイズ>だ。



 <それ>は、一歩踏み出してきた。


 誰も身動きができない。


 帰還石の効果が完全に終了し、<それ>の名前が画面に表示される。


 現れた<それ>の名は、<エターナルリリック>の世界で、最も良く知られるものの一つ。


 かつては<最強>の吟遊詩人として。


 今はまた別の意味の吟遊詩人として。



「私の名はギンエイ。君たちの物語茶番を終わらせるものだ」



 芝居気もたっぷりに、<ギンエイ>は禍々しいオーラを放つ大鎌を<eえrあtおmあ>達五人へと突きつけた。



「小悪党ども。この世界を、舐めるなよ」

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