超番外 占い師と屍を従える王 7

 こうしてメダカさんは、次の冒険へと向かっていった。


 そろそろ私たちも出発だ。



「さて、行きますか!」


「はい~! どうぞよろしくお願いします~」



 あ、でもその前に。



「すいません、カード片づけてしまいますね~。少々お待ちを~」


「あ、そうですね。どうぞ」



 大事な商売道具である。見た後はしっかりしまっておかなくてはいけない。


 場に出ているカードをまとめようとすると、またぱら、ぱらとデッキから二枚のカードが続けざまに落ち、元々出ていた三枚のカードの両脇にまるで寄り添うように並んだ。


 一枚目、まるで飛び出すかのように落ちたカードは≪女教皇ハイプリーステス≫。場に出ている三枚のカードの、私から見て右側に。


 ≪女教皇ハイプリーステス≫は≪法王ハイエロファント≫の女性版。法王と同じ、神様の一番弟子。


 二枚目のカードは一枚目よりは幾分控えめに、私から見て左側に。


 ≪ムーン≫のカード。曖昧と、夜を意味する妖しのカード。


 手元から離れて場に出たカードには特別な意味がある。ならばこの二枚にも何か意味があるのだろうか。


 だって本当にカードの方から出て言ったような気がした。いえ、いいわけではなくてですね。


 五枚になったカードをしげしげと眺めていたら、つるりと手が滑ってデッキそのものを取り落としてしまった。


 いや、私がおっちょこちょい占い師だから、と言うわけではなくてですね。こう、ばらばら~っと。


 あ、はいすいません。気を付けます。



 先の三枚と二枚の周りに、ばらばらとたくさんのカードが広がっている。


 戦車、吊られた男、貨幣の2,聖杯の9,貨幣の6、聖杯の6、剣の従者、貨幣の女王。向きもバラバラ。正位置、逆位置、表、裏。こうなってしまっては流石に解釈のしようがない。


 それに伝えるべきメダカさんももう落ちてしまっている。また会えたら、心当たりがあるか聞いてみるのもいいな。続けてくれるって言っていた。そんな未来だってあるだろう。


 今度こそしっかりとカードをまとめて箱へとしまう。


 さて、こんどこそ行きますか。


 おっと、忘れるところだった。出発の前にもう一つだけ。



「メルロンさん、こちらをどうぞ~」



 私はイケメルロン君に、上手に焼けたコヒナ印のバーベキュー肉の、二本のうちの一本を差し出した。



「これは……もしかしてコヒナさんが……。あ、いえ大丈夫です。ごゆっくり食べて下さい」



 イケメルロン君は何か言いかけたけど、私が残りのもう一本を食べているのに気が付いてやめたみたいだ。


 すいません。なんか食い意地が張ってるみたいで申し訳ないんですが、そういうわけじゃないんです。ただおいしそうに見えただけなんです。



「あはは。おいしそうに食べますね。何だかもったいない気もしますが、僕もいただいてしまおうかな」



 そうでしょう? おいしそうでしょう? どうぞどうぞ、召し上がれ。


 口の中がお肉でいっぱいの私は首だけをこくこくと振る。もったいないようなものでもない。始めたばかりのお料理スキルでできるメニューなど、バフがかかると言っても微々たるものだ。


 間もなく始まる冒険、私にとっては超高難易度の、イケメルロン君にとっては超低難易度のダンジョン攻略に向けて、私たちはしばし、無言でお肉を頬張った。



 ***



 <隠遁所>の最奥で予言者さんに会えた私たちは無事に腕輪を手に入れ、ダージールの町へと戻った。



 いつも私がお店を出しているNPCの裁縫屋さんの前にギンエイさんとカラムさんがいた。


「お、コヒナさんおかえり~。メルロン君こんにちは」



 カラムさんはごつごつ筋肉、スキンヘットの大男さん。


 こう見えて半巨人族ではなく人間族。マーソー団というギルドを率いる団長さん。筋肉が好き。前に何故半巨人族を選ばなかったのか聞いてみたことがあるのだけれど「人間族の方が筋肉的に美しい」というお返事だったのできっとそういう物なのだろう。


 見た目によらず優しいしゃべり方をする人なのだけれど、ギンエイさんに言わせるとそれは私と一緒にいる時だけらしい。私から見るとギンエイさんと一緒にいる時だけ男っぽいしゃべり方になるのだけどな。


 カラムさんとギンエイさんはとても仲がいい。お二人とも大変強くて昔はつるんでぶいぶいいわせていたそうだけど、今はいろいろあって別々の道を歩いている。



「おお、お二人とも、お帰りなさいませ。首尾はいかがでしたかな?」



「ただいまです~。見て下さい~」



 じゃじゃ~ん。


 ギンエイさんに言われ、私は右手を挙げて戦利品の<占星術師の腕輪>を見せつける。



「おお~、いいね~」


「これはこれは。大変よくお似合いでございますな」


「えへへ~」



 そうでしょうそうでしょう。


 三連の腕輪は身体が小さいこのアバターでは腕も短いのであまり映えないのではないかと心配だったけど、全然そんなことは無かった。大変可愛い。腕を動かすとちゃらちゃらなるのも良い。


 手に入れた時イケメルロン君も付けてみたけど、弓を引くときに邪魔になりそうだ、と言う理由で外してしまった。凄く似合っていたんだけどね。



「道中は何事もなく?」


「はい~。メルロンさんのお陰で私たちは~。ただ、途中でお会いした方が、大変な目にあったとのお話でした~」


「大変な目、ですか? と申しますと」



 イケメルロン君がウィスクの町であったリザードマン族の魔術師、メダカさんのことを伝える。



「ああ、そのバグは存じてはおりましたが、よもやそのような……。メダカ殿、でしたか。大変お気の毒でしたな」


「気の毒でしたな、だと? おいギンエイ」



 ギンエイさんの返事を聞いたカラムさんの気配が胡乱なものになる。凄く優しい人なんだけど、カラムさんの見た目だと、怒っているとやっぱりちょっと怖い。



「ああ、まあそう焦るな」



 ギンエイさんがそんなカラムさんを宥める。でもカラムさんは怒ったままだ。



「焦るなだと? お前、わかってるのか。一歩間違えば同じ目にあったのはコヒナさんだぞ」



 え、怒りポイントそこ?


 ええと、大変ありがたいのですが……。



「ああ、わかっているとも。だから焦るなといっているんだ。そもそも、お前は一体何をどうするつもりなんだ」


「だから、俺たちでパトロールするとかだな」


「パトロールで捨てアカなんか捕まえたって仕方ないだろう」


「だから、その辺をお前が何とかするんだろうが!」


「無茶苦茶なこと言ってるぞ。大体お前は……。いや、いい。どうせ必要になる。とりあえず似たような手口を上げている動画を探して送ってくれ。多いほどいい。あとは、SNSで被害の訴えがあればその情報も」


「よし。精査はいらないんだな。ならギルドのメンバーにも手伝って貰う」


「ああ、片っ端からで構わない。大事なのは量だ。精査はこっちでやる。あとはどうやって、だが……よし。うちのイキのいいのを使うか。やるなら徹底的に、だ」



 わ、わあ。


 二人の間で何やらウルトラスーパー大作戦がくみ上げられていく。


 うちのイキのいいのって。ええと、ギンエイさん、うちって劇団だよね? 他の何かじゃないよね?


 どこの誰かは知らないし、気の毒に、とも思えないけれど、きっととんでもない人たちを敵に回したぞ。


 事の成り行きに顔を見合わせる私とイケメルロン君を見て、ギンエイさんが笑った。



「ほほほ、メルロン君もコヒナ殿も、ご心配には及びませぬ。リアルではどうだか知りませんがな。この世界では悪意よりも善意の方が強いので御座いますよ」



 その言い回しに、私は一緒に冒険をした無敵の女エルフさんを思い出す。


 そう言えばあの人もギンエイさんと同じ吟遊詩人さんだったっけ。


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