第52話 斧戦士コヒナ

 翌日


 予想通り朝はキツかった。

 二回目の携帯アラームで何とか起きてお仕事に行く。


 お仕事ではミスもするし怒られもする。いつも通りだ。


 でもお仕事の合間にふと思い出す。


 ゴブリンには勝てなかったけど、他のモンスターには勝てるのかな?


 ―「え、え!? なにごと!?」



 魔法ってどうやって使うんだろう?


 ―「神々を統べる王。名を持たぬ偉大なる御方にこいねがう!」



 ロッシー君、可愛かったな。他の果物も食べるのかな。一番好きなのはなんだろう?


 ―「コヒナさんからあげる?」



 初期の1000ゴールドは無くなっちゃったけどまた羊さんを探してもいいし。


 ―「それじゃあ羊毛を糸車に使ってみて」



 貰ったお洋服は可愛いけど、ちゃんと鎧も買わないとな


 ―「うおいxっる⁉」





 ふふふ。


 変な人だったなあ。


 早くお仕事、終わらないかな。早くお家に帰りたいな。早く帰ってネオデにログインしたいな。


 相変わらず仕事はできないし電車も人も怖い。いつも通りだ。

 嫌なこと、苦しいことがあればざりざりと何かが削られる。


 だけど一つだけいつもと違うこと。


 一人で暮らす何もない家に、何もなかった家に、「帰りたい」と思ったのはこの日が初めてだった。



 ***



 長い長いお仕事が終わってやっと帰宅。


 食事を昨日の残り物で適当に済ませると、早速<ネオデ>へとログインする。


 私のアバターのコヒナさんは、ナゴミヤさんからもらった冒険者風の服装で仕立て屋さんの前にいた。


 とりあえず教えてもらった冒険者ギルドへと向かう。


 ギルドの前は広場になっていて人がたくさんいた。仕入れてきたものを売る行商人さんもいる。羊毛を売っている人もいたけれど一口百個からの販売だった。行商人さんたちはみなロッシー君のような布袋をつけたお供を連れている。馬やトリケラトプスみたいなずんぐりした生き物。


 ロッシー君と同じジャイアントナントカコントカを連れている人はいないけれど、ときおり行きかう冒険者の中に、小さいロッシー君みたいな子に乗っている人がいる。


 ロッシー君はジャイアントナントカコントカなのできっとあの子がナントカコントカなんだろうな。



 行きかう商人や冒険者を眺めながら、まとめサイトを開いて初心者のところをチェックする。帰りの電車の中でも少し見たけど、今までやってきたゲームとは覚えることの量が段違いだ。


 まとめサイトによれば、<ネオデ>には「職業」という概念はなく、代わりに<片手剣術>、<槍術>、<短剣術>と言った<スキル>があるらしい。


 この<スキル>を成長させて<剣術>を上げれば剣が使えるようになるわけだが、それだけではダメで、<物理攻撃力>、<連続攻撃>、<クリティカル率>と関連するスキルを組み合わせる必要がある。


 この組み合わせで自分のプレイスタイルに合ったアバターを作っていくのだ。


 スキルの合計には上限がある。だから「剣も槍も斧も魔法も使えます!」 という万能アバターはできない。それをやろうとするとどっちつかずになってしまう。戦士系ならば何らかの武器スキルを一つ、あるいは二つ程度を相手に合わせて使い分け、武器にあった補助的スキルを組み合わせていくのがセオリーのようだ。


 しかし武器スキルだけでも色々ある。よくわからないのもあるな。<爪術>とか<格闘術>とか。素手ってこと? 強いのかな?


 これら熟練度を表す「スキル」と筋力、体力、魔力といった基礎能力値を示す「ステータス」でこの世界のアバターの能力は決まってくる。


 斧なら<斧術>と<物理ダメージ>のスキルが有効だけど、そもそも<筋力>のステータスがないと重量のある斧を装備することもできない、というわけだ。


 こういうの悩むよね。


 いくつかのいわゆる「テンプレ」の構成はあるらしいけど、自分のスタイルを追求してみたいとも思う。


 うーむ、でもやっぱり剣かな。かっこいいし。


 古今東西の物語の中にも「聖剣」、「魔剣」といったものが度々登場する。


 タロットの小アルカナの中にも<剣>ソードというスートがある。槍や弓といった他の武器はない。剣だけだ。剣というのはやっぱり特別だ。


 他の武器は元をたどれば道具だ。


 斧は木を切るための、槍や弓は獲物を捕らえるための。もちろん戦闘用に改良、特化はされているけれど。死神の大鎌ですら作物を刈り取るための「道具」が武器に形を変えたものだ。


 でも「剣」は違う。


 世界中に「刀剣」の類は数あれど、用途は一つ。


 剣は初めから、人が人を、あるいは人が怪物を倒す為に作られているのだ。



 そんなわけでやっぱり剣かな! かっこいいし!



 いや、ちょっと待てよ。


 別に戦士タイプに限定してしまう必要もないか。「魔法使い」にだってなれる。


 魔法は一つ一つ単体で覚えるらしい。覚えるにはその魔法のスクロールと、覚えたい魔法に見合った<魔法スキル>が必要になる。


 魔法に関わるスキルも<攻撃魔法強化>とか<火属性強化>とか色々あってこっちも難しそうだ。テンプレートとしては単体に強力な一撃を放つ「炎魔法使い」とか広範囲を薙ぎ払う「風魔法使い」、あるいはそのハイブリッドみたいな構成が流行りらしい。


 ナゴミヤさんの使ったゲートを出す魔法は多分<転位門>という、割と高位の魔法だ。別の<記録>という魔法で専用の本に場所を記録し、<転位門>の魔法でそこに向ってゲートを開くのだ。


 単体での移動の<転移>という魔法は別にあるみたいだし、アイテムで代用することもできるので必須というわけではなく、<記録>の魔法自体もダンジョンの中等使えない所もあるようだが、それにしても便利な魔法だ。


 ボナさんが私や他のプレイヤーさんをこの世界に連れて来たのもよく似たゲートだったわけで、なんだか特別な魔法にも思える。


 ゲートや攻撃と言ったわかりやすい魔法に交じって時折何に使うのかわからない魔法もある。


 <変身>とかね。ナントカマンとかに変身できるわけではなく、猫とか犬とかの動物に変身する魔法らしい。神話なんかにもよく出てくる魔法だけど、どうなんだろう。トラとかに変身したら強いのかな?


 他にも<千里眼>、<死者との会話>、<動物と話す>、<植物と話す>


 何かの意味はあるんだろうけどまとめサイトの説明を見ても「動物と話せる」「植物と話せる」としか書いてない。難しいね。凄いのかな?


 うーん悩ましい。


 どうしよう、まずは魔法型か戦士型かを決めるべきなんだろうな。お、いいこと思いついたぞ。魔法戦士とかどうだろう? 我ながら何でもできそうな振りをした何もできないアバターが生まれる予感がするぞ。


 スキルは最初未開放状態になっていて、町のどこかにいるそれぞれのスキルに対応するNPCの<スキルマスター>に話しかけることで、はじめて解放状態になるらしい。これでやっと駆け出し状態ということだ。


 つまり私はリンゴの皮を剥くくらいしかしたことない状態で、ナイフをわーわーと振り回してゴブリンさんと戦おうとしていたということだな。ゴブリンさんたちもきっと苦笑していたことだろう。



「お、もしかして初心者?」



 私が必死に考えている間、ぼーっと立ち尽くしていたコヒナさんに、声をかけてくれた人がいた。

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