第50話 魔術師と糸車 ②
「ここだよ」
連れてこられた仕立て屋さんには、鋏と糸と針とをモチーフにしたわかりやすい看板が掲げられていた。
「ロッシー、ちょっと待っててね」
ナゴミヤさんはリンゴを取り出し、ロッシー君に上げようとして私の視線に気が付き
「コヒナさんからあげる?」
と聞いてきた。
なんだかふれあい動物園に連れてこられた子供みたいな扱いをされた気がするが、あげたいなと思っていたので大人しくやらせて貰うことにする。
「はい!」
ナゴミヤさんがリンゴを渡してくれる。ロッシー君、はいどうぞ。
きゅいい、と声をあげてロッシー君がリンゴを食べる。おいしい? 可愛いなあ、ロッシー君。ジャイアントなんとかかんとか、私もそのうち飼えるのかな?
「じゃあ、羊毛持てるだけ持ってねー」
「はーい」
ナゴミヤさんに言われた通りロッシー君の布袋から羊毛を取り出す。
羊毛っていっても名前が羊毛なだけで羊色のびろーんとした塊なんだけど。羊さんが着ているうちはふかふかに見えたけれど、今はなんだかごわごわに見える。あまり顔をうずめたい気分にはならない。その上やたら重くて私では沢山は持てない。重量ぎりぎりまで羊毛を持ってナゴミヤさんと私はお店へと入った。
「わあ! 糸車!」
仕立て屋さんの中央には大きな糸車が設置されていた。
「え、糸車が好きなの?」
「はい! 写真とかで見たことはあるんですが、実物を見るのは初めてです!」
「実物……?」
実物ではないのはわかっている。画面の中だし、二次元だし、グラフィックだし。何だったら写真の方がリアルかもしれない。だけどこう、自分のアバターの前にあるとテンションが上がるじゃないですか。
運命の女神さまは糸車を持っているのだという。タロット占いに嵌るという学生時代を過ごしてきた私である。そういう話は大好物だ。
この女神さまをモチーフにしたとされるタロット
運命の輪が示すのは常に変わりゆく人の運命。
占いで運命の輪が出たならば運命が変わりゆくまさにその瞬間だということだ。慎重に解釈しなくてはならない。
誰かの運命を変えるなんて言う大げさな話ではないのだけれど「あなたの物語は今まさに分岐点です」なんて所に立ち会えたなら、占いする方としてはやっぱりテンションが上がる。
まあ不思議と実際の占いではあまり見かけないカードなのだけどね。
「よくわかんないけど、その糸車使えるよ。やってみる?」
「ほんとですか!」
「おおう、食い気味。それじゃあ、さっきの羊毛を糸車に使ってみて」
リンゴをロッシー君にあげるのと同じ要領で使ってみる。かたかた音がして糸車が回り、羊毛が無くなって代わりにバックに糸の玉が入った。おおお、これは楽しい。
「どんどんかけて行ってねー」
ナゴミヤさんが羊毛の塊を持ってきて糸車の脇に置いてくれる。
かたかた、かたかた、と羊毛はすぐに同じ数の糸球になった
「じゃあ、つぎこっちねー」
糸の玉になると大分軽くなったようで全部まとめて持ち運べる。
ナゴミヤさんが呼んでいるところまで行ってみると、今度は手織り機が置いてあった。おおお。と、いうことは。
「やってみていいですか?」
「おー、いいねいいね。やり方は一緒だよ」
バックの中の糸球を手織り機に掛けてみると、かしゃんかしゃんと音がして糸球が<布>になった。
「毛糸なのに布なんですね!」
「うん。そのあたりはシステムの限界だね。毛糸も木綿も絹もみんな糸と布になるね」
ふむふむ。木綿や絹もある世界なのか。いや、無い世界と言うべきか? とりあえず布の素材は色々あるということだ。
「おし。じゃあできた布を買い取るよ。布だと一枚8円だ。倍で16円。18枚だから288円のところ、少々おまけの300円でどうだい?」
おおお。54円が300円に。まさに錬金術! しかしさすがに。
「それはナゴミヤさん大損ではないですか?」
「いや? お店でかえば360円だからね。僕も得してるよ」
いや騙されない。話はそう単純ではない。いや複雑な話でもないけど。
加工すると全部高くなるというのはよくわかった。
だが加工した、あるいはやり方を教えてくれたのはナゴミヤさんだ。その上でかかった手間賃を上乗せして払うというのはどういう了見なんだ。
小麦粉を持って行ってホットケーキとお金と交換してもらうようなものじゃないか。
「そういう話ではないんですよー!」
「まあまあ、あまり深く考えないで」
ナゴミヤさんはそう言ってお金を渡してくれた。
<system: ナゴミヤ がトレードを申し込んでいます>
「布、ちょうだい。これがトレード用のトレイね。代金引き渡しの詐欺を防ぐために、渡すものを乗っけてお互い確認してからチェックだよ」
言われた通りシステムで表示されたトレイの上に布を乗せて代金を確認する。最後にチェックボックスにチェックを入れる。
<system: トレードが完了しました>
なるほど。悪い人もいるかもしれないもんね。ボナさんが身を賭して召喚した善なるものが悪い人だというのもなんともひどい話だな。
だが悪い人がいればいい人もいるものだ。
「ナゴミヤさんは何故こんなに親切にしてくれるんですか?」
何か下心でもあるのだろうか。なんつって。まあ無いだろうな。今の布が私のほぼ全財産だからね。
「ん~、親切と言うのとはちょっと違うんだよなあ。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、下心もあるというか」
え、下心あるの⁉
「あ、いや変な意味じゃないよ?」
「変な意味……?」
何だ変な意味って。あれか。この間のゴブリンみたいに身ぐるみはがして売り払うとか。
いや、無いな。
私の身ぐるみはいでるくらいなら、羊さんの身ぐるみ剥がしてた方がよっぽど稼ぎになる。
尚ゴブリンが身ぐるみ剥がしたという事実はございません。御本ゴブの名誉のためにその辺は誤解がないようにしておかないとね。
「下心というか。僕みたいに新人さんに何か教えたり、案内したりするのが好きな奴はまあ、稀によくいるんだよ」
ナゴミヤさんはそこまでいって何故かえへんと胸を張って見せた。稀なのかよくいるのかわからない。
「古いゲームで新人さんも少ないからね。だから気を付けなさいな。人の多いところに行ったら、多分囲まれてしまうよ」
そうなのか? なんだかそれはちょっと楽しそうだな。
「いや、冗談じゃなくてね。何かしてあげたい人は多いから、親切も受け取るべきかどうかはちゃんと自分で判断するんだよ。なんて散々引っ張りまわした僕が言うのもおかしな話だけど」
なにをおっしゃるナゴミヤさん、である。確かにナゴミヤさんは解説厨なのかもしれないけれどそれもひっくるめて。
「とんでもないです! すごく楽しかったです!」
助けてもらったのももちろんだけど、ロッシー君は可愛かったし、本物の糸車は見られたし、集めてきたものはお金になったし。
何よりとても楽しかった。
ゲームだというのはわかっているけれど、本当に異世界に転生して親切な人に助けてもらった気分だ。
ステータス、オープン! おおう、これではゴブリンにも勝てないぞ困ったなあ、からの冒険の始まり。
「そう? それは嬉しいなあ。じゃあ、これは本当のプレゼントね」
ナゴミヤさんから何やらちょきちょきと音が聞こえる。
「でけた」
「こ、これは!」
ほい、とナゴミヤさんから渡されたのは上下一組のお洋服だった。
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