第47話 魔術師との再会 1

 紫の魔法使いさんがゴブリンに追いかけられていった後、私はしばらく呆然とその場にたたずんでいた。


 ゴブリンもその人もいなくなってしまったので残っているのは私と羊さんたちだけだ。


 何だったんだろうあの人。すごく変な人だった。


 わざわざ着替えてたし。違う世界の詠唱してたし。詠唱したくせに魔法弱かったし。そもそも羊の群れの中から出てきたように見えた。一体何をしていたんだろう。


 ただ、変な人だったけど、優しい人だったと思う。


 私がゴブリンを持て余しているのを察して何処かに連れて行ってくれたのだ。


 流石にそれくらいはわかる。次に会ったらお礼を言わなければならない。名前、なんて言ったっけ。


 チャットのログを確認してみる。魔法使いさんの最後の言葉は「おおわあぁああ~~~~!!!!?」だった。その前のセリフは魔法の詠唱。最初の言葉は「え、え!? なにごと!?」だ。つくづく変な人だな。しかしこれがどうやら私のツボに入ったらしい。くすくすと笑いがこみあげてくる。


 ログによると「おおわあぁああ~~~~!!!!?」と叫びながら逃げて行った魔法使いさんの名前は



 <ナゴミヤ>



 となっていた。


 ナゴミヤさんか。この世界、<ネオデ>がどれくらい広い世界なのかわからないけれど、同じ世界にいるのならまた会うこともあるかもしれない。その時には必ずお礼を言わなくては。向こうが覚えてくれているかはわからないけれど、それはそれ、だ。あの時助けて頂いたコヒナでございます、なんてね。


 私の周りにはナゴミヤさんが隠れていた羊さんの群れがいる。羊さんたちはみんなもこもこだ。おー。触ってみたいな。触らせてくれるかな? 怒ったりしないだろうか。


 おや。みんなもこもこだと思ったけれど、何匹かそうでない子もいる。つんつるてんのすってんてんだ。名前の表記はみんな<羊>なので違う種類というわけでもない。


 これはもしかすると。


 恐る恐るもこもこの子に触ってみると、



 <system : 羊毛を採取しますか?>



 おお、やっぱり。


 はいと選択すると羊毛を刈り取られた子はすってんてんになった。もこもこも可愛いけどすってんてんも可愛い。そして面白い。私のバックにはもこもこの羊毛が追加されていた。


 どれどれ、じゃあ君も。


 面白くなってしまったので手近にいた羊をつぎつぎとすってんてんにしていく。


 結果バックにはどんどん羊毛が溜まっていき……。


 私はまたも重量オーバーで動けなくなった。羊毛って軽そうに見えるけど結構重いんだね。


 どうしよう。何を置いて行こうか。


 羊さんたちからむしり取った毛を置いていくのは忍びない。人道的にもやってはいけないことのような気がする。となるとやはりこの重い藁の束だろうか。でもなー。高く売れるかもしれないしなー。なにか特別な使い道があるのかもしれないしなー。藁束が欲しくて仕方ないNPCがいて、もっていくと何かいいものと交換してもらえる的な。わらたば長者みたいな。


 ほかにはこの<丸太>かな。重いし。多分そんなに価値はないと思う。丸太だし。でもなー。まるた長者とかあるかもしれないしなー。


 あと重いものだと<岩>かな。流石に岩はいらないか。でもなー。「この岩の形は素晴らしい!ぜひウン百万ゴールドで譲ってはいただけないだろうか!」っていうお金持ちが


 動けないまま悩んでいるとざしざしと草を踏む足音が聞こえてきた。またゴブリンでも出たかと思って焦ったけれど、現れたのはさっきの紫魔法使いのナゴミヤさんだった。


 おっと、予想外にお早い再会ですね。



「こんにちは! 先ほどは助けて頂きありがとうございました!」



 感謝の気持ちを込めて丁寧にお礼を言う。



「あ、いや。助けたっていうか。なんか逆にすいません」



 謝られた。



「そんな。死んじゃうかと思ったので、本当に助かりました。ナゴミ屋さん」



 おおっと、ナゴミヤさんの文字変換おかしくなったの、そのまま発言してしまった。これは失礼極まりない。



「そうそう、ナゴミ屋。ナゴミいかがですか~、つってね。どっすか、ナゴミ。安くしときますよー。ってナゴミってなんだよ。何に使うんだよ」



 おお、ノリつっこみ。



「すいません! とんだ失礼を!」


「あ、いや。こちらこそ初対面の人にノリつっこみとかしてすいません」



 また謝られた。



「どっちかっていうと矢なんだけど、それはいいとして。ええとコヒナさん、ですね。コヒナさんはこんなところで何を? 」


「私は迷子です!」


「なるほど。それは重要案件だ。もしかして初心者さん?」


「そうです! 新人です! 今日から来ました! よろしくお願いします!」


「いや新入社員か! ビックリマーク多いわ! フレッシュか! 元気か!」



 この人びしびしつっこみくるなあ。元気アピールというわけではなくて、感謝していることをなんとかチャットで伝えようとしただけなんだけど。



「ありがとうございます! 前職でも元気だけはいいねって褒められました!」


「いやほんとに新入社員か! そして多分褒められてないわそれ!」


「そうなんじゃないかなって薄々感じてました!」


「気づいてたんかい!」



 わかってても元気そうにしてないと、お仕事教えてくれる人にも申し訳ないからね。



「ああ、すいません。打てば響くのでつい。ほんとに今日始めた人ですか?」



 また謝られた。打てば響くのはナゴミヤさんの方だと思うんだけど。



「ほんとに今日始めた人です! できたら町への行き方など教えていただけると!」


「行き方って言ってもすぐそこ……。良かったらご案内しましょうか。もし良かったらですが」


「ほんとですかっ! 是非!」


「おおう、食い気味……」



 もし~の後が出る前に答えたら引かれた。でも仕方がない。最初はゲートという現在地の目印があったからいいが、今は目指すべき方向すらわからないのだ。もし良かったら、も何も願ったり叶ったりだ。


 そういえば上京する時に、知らない人にはついて行ってはいけないよ、とお父様から言われたな。私は小学生か。


 ナゴミヤさんは知らない人で変な人だけど、悪い人ではないだろう。悪い人だったとしてもついて行って乱暴されるってこともないだろうし。



「じゃあ、早速」



 とナゴミヤさんは言ってくれたが申し訳ないことにそう簡単にはいかないのだ。



「あのすいません。実は今ちょっと動けなくて」


「あ、リアル事情ですか? それではそちら優先で」



 ナゴミヤさんは私の動けないという言葉を勘違いしたようだ。いい人だな。変な人なのに。



「いえ、リアル事情ではなくて、重量オーバーで動けなくて」


「ああなるほど。それじゃあ」



 ナゴミヤさんがしゃらんらんと長杖を振る。



 <system : 筋力が上昇しました>



 おお、魔法だ。ステータスに力こぶの形のアイコンが点灯している。



「これで大丈夫かと」


「ありがとうございます!」



 歩き出そうとしたけれどまだ動けない。



「すいません、まだ重いみたいです!」


「あれ、そんなはずは……。今重量の所どうなってます?」


「ええと……」



 重量、重量。あったあった。



「重量 1465/500 ユニットってなってます」


「1465⁉ なんで⁉」


「なんでと言われましても……。成り行きと言いますか」


「だって1465って、もうずっと前に動けなくなってるはずなんだけど……」



 なるほど。この分母の500が持てる重量なんだな。三倍か。ナゴミヤさんがびっくりするわけだ。



「多分、動かないまま近寄ってくる羊さんの毛を狩りつづけたせいではないかと」


「羊? おわあ! よく見たら羊の群れ一つが全部まるはだか!」


 おわあ、ほんとだ。いつのまにかすってんてんの子ばかりになっている!


 この人いちいちリアクション大きいなあ。ネットゲームってそういうものなのかな。初めてやるわけだしこれが普通ということもあり得るだろうけど、何故だろう違う気がするな。



「むむむ、それだと僕が半分持っても動けないな。ああ、どうしようまずいな。そろそろ来ちゃうんだよな。もっと遠くまで連れてっておけばよかったなあ」



 ナゴミヤさんは当事者の私よりも困った様子でうろうろしながらつぶやく。何が来ちゃうのかわからないけれど、うろうろするのに意味はあるのだろうか。


 いや、なくてもいいのか。リアルでもうろうろすることに意味なんてないもんね。


 何かおいて行かなくてはならないのはわかっている。重量を見る限り、羊さんの毛だけでも全部は持っていけないだろう。だからこの会話の間ずっと、いらない持ち物を捨てて重量を軽くしろと言われるのを覚悟していたし、言われたら素直に従う気でいた。


 でも、ナゴミヤさんはそれを口にすることは無かった。


「ええい。ちょっと反則だがいたしかたない。コヒナさん、今からゲート作るけど、絶対それに入ったらだめだよ!」


 ナゴミヤさんはそういうと、しゃらしゃらと長杖スタッフを振り始めた。

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