第46話 <魔術師>との出会い 2

 NPCさんを助けた私は見世物台を降りようとして、周囲を沢山の小さな緑色の人影に囲まれていることに気が付いた。あちゃあ。なるほど、こういうことか。


 大きな頭に緑色の肌。邪悪に歪んだ醜い顔の小人。


 ―ゴブリンだ。


 ゴブリンたちは、それぞれに適当な武器を振り回しながら見世物台の周りで踊り出した。新しい獲物を歓迎しているのだろう。舞台上の私と、その周りで踊る小人たち。気分はスーパースターかな。やあやあ、ファンのみんな、ありがとう!


 つまりNPCさんは新しい獲物をおびき寄せるための餌だったわけだ。その餌に引っかかった獲物が私というわけか。くっ、こんな単純な罠に引っかかるとは。


 しかも相手はゴブリン。悔しいねこれは。


 罠というのはそういう物なのだろう。傍から見ていたら絶対に引っかからなさそうなのに、当事者になるとついやらかしてしまう。オレオレ詐欺と一緒だ。


 だが、私とてこの世界の邪悪を打ち払うために呼ばれた勇者コヒナである。ゴブリンなぞ、何体いても後れを取るものではない。


 だって最初の戦闘だしね!


 ここまで長かったけど、これが戦闘のチュートリアルみたいなものなのだろう。ここから異世界勇者コヒナさんの快進撃が始まるのだ。


 RPGってそういうものでしょう?


 バックからナイフを取り出すとそれを右手に装備する。最初の町で武器なり防具なりを揃えてこなかったのは失態だが、チュートリアルの戦闘で死んでしまうことは無いだろう。こいつらを片付けた後は戦闘を避けて街へ向かおう。いい教訓だったと後で笑い話にできるだろう。


 私はナイフを片手に見世物台から飛び降り、ゴブリン達の真中へと躍り出た!


 一番近くにいたゴブリンの首筋へとナイフを突き立てる。これで、一匹目!


 <miss!>


 あれ? 空振り?


 ああ、びっくりした。まあ、そう言うこともあるか。だがこれまでいくつものゲームをクリアしてきた私だ。一番やってはいけないのは、ここで呆けてしまうこと。直ぐに距離を取り、態勢を立て直し二撃目を繰り出す!


 <miss! >


 おや?


 <miss! >

 <miss! >

 <miss! >

 <ダメージ 2>


 やった当たった! わあい、ゴブリンのHPバーが一ミリくらい削れたぞ!


 べしっ。


 ゴブリンの反撃にあって私のHPバーががっつりと削れる。


 あっれえええええ????


 もしかしてゴブリンさん、一匹でも私より強い? しかも大分強い?


 それが、なんかいっぱいいる?


 すっごいまずいんじゃないかこれ。


 身ぐるみはがされた上、さっきのNPCさんのように杭に縛り付けられて助けて~と叫ぶ自分を想像してしまう。


 想像について念のため補足しておくと、身ぐるみは剝がされているが何もされてない。ゴブリンさんの男の子はゴブリンさんの女の子が好きだろうというのが私の見解だ。「オ、オデ、人間の女の子が好き」とか言ったらヘンタイ扱いされると思う。男の子同士とかはあるかもしれないけどね?


 慌てて逃げに転じる。私の後をたくさんのゴブリンが追いかけてくる。やばい。ええと、町。町まで行けばきっと安全。町へ向かおう。わあい、町ってどこにあるんだ!



 とりあえず障害物がない方向へと走る。しばらく逃げたら諦めてくれるかと思ったけれど、ゴブリン達は執念深い性格らしい。


 ざしゅっ、っと音がしてまたHPががっつり削れる。え、なに? 追いつかれてないよ!?


 わあ、弓持ってるやつがいる! ずるい!


 逃げ回っていると目の前に羊の群れが現れる。


 ってこの羊さんたちだいぶ前にすれ違った子たちじゃなかろうか。ぐるぐる回って戻ってきてしまったようだが今はどうでも良い。


 ごめんなさい羊さんちょっとそこをどいてーーーーーー!!



 ふと、羊の群れの中に人影を発見した。



 またNPCかなと思った。さっきの町で見たような、生活感丸出しの服装をしていたから。くすんだ茶色のシャツ、吐き古したジーンズのような褪せた青色のズボン。特徴があると言えば、頭を覆う紫色のバンダナくらいか。


 NPCでないとわかったのは、その人がしゃべったからだ。



「え、え!? なにごと!?」



 沢山のゴブリンを引き連れて突進してくる私を見て、その人はずいぶん驚いた様子だった。


 プレイヤーさんに違いない。あまり強そうな人には見えないけれど、今日初めての私よりは強いはず。何とか助けてもらえないだろうか。


 その人の横をゴブリンに追いかけられながら走り抜けた後、ぐるーっと回ってまたさっきの人の所へと戻る。助けて下さいと言えればいいのだけれど、そんな余裕はないのだ。



「おわあっ! また来たっ!?」



 明らかに迷惑がられているけれど、こっちとしても必死だ。必死って言葉はこういう時に使うんだね! そんな状況を把握していただいた上、助けていただけないものでしょうか。


 三回目に通った時には向こうから話しかけてきた。



「もしかして、凄く困ってる?」



 おっしゃる通り凄く困っているが、当然返事を返す余裕はない。仕方ないので行動で示す。


 四回目に通りがかった時、その人はさっきと服装を変えていた。というかまるで別人だ。バンダナと同じ紫色の、金の刺繡の施された豪華なローブ。水晶玉と精緻な銀の細工で装飾された長杖スタッフ



「もう一回戻っておいで!」


 その人が言う。すれ違いざまに回復魔法が掛けられた。HPは一気にMAXまで回復する。助かった、と思った。あの人は魔法使いだったんだ。なんであんな格好していたのかのかわからないけれど。


 五回目、戻ってくるとその人はバンダナを外して大きなつばの魔法使い帽子マギハットを被っていた。ローブと同じ紫色の布地に金糸で施された刺繍。豪奢な色彩で統一された服装に包まれた姿は、完成された芸術品の様。


 大きく杖を振りかざすその人から放たれる圧倒的大物感は、まさに物語に登場する大魔法使いだ。



「始原より前に在りし、神々を統べる王。名を持たぬ偉大なる御方にこいねがう」



 おお、詠唱! この世界の魔法には詠唱があるのか!



「混沌を分けしそのつるぎ、我に貸し与え給え」



 あれ、ちょっとまって、その詠唱なんか聞いたことがあるぞ?



「されば我はその力を以て御身の敵を討たん」



 やっぱりだ! これ、お兄ちゃんの漫画で読んだやつじゃん! 魔法騎士が大魔王倒した時の奴じゃん!


 え、もしかしてコレ、魔法の詠唱じゃなくてチャットでしゃべってるの⁉ なんで⁉


 どうしよう。この人、変な人だ!



「御身の敵は我が前にあり! 極大魔法 マギア<始原の雷>ケラヴノス・アルヒ!」



 変な人でも魔法は魔法でしっかり発動した。


 バリバリと音が鳴って派手なエフェクトが画面を埋め尽くす。


 私を追いかけてきていたゴブリン達、その一体一体目掛けて雷が降り注ぐ。


 魔法で生み出された幾条もの雷は、ずがんずがんと次々とゴブリン達を打ち据えていき、一体につき5もの大ダメージを与え、十匹近くいたゴブリン達は一瞬のうちに黒焦げ……



 え? ダメージ5?



 あれだけ派手なエフェクトだしておいて、ダメージが5? 詠唱までしてるのに⁉


 さっきの私のナイフのダメージと大して変わんなくない?


 当然のごとくゴブリン達は黒焦げに等なっていない。ぴんぴんしている。



「あっれぇ~?」



 紫色の魔法使いさんは不思議そうに首をかしげている。しかし「あっれ~?」はこっちのセリフだ。AIで動いているゴブリン達も同じ気持ちのようで、ぽかんとしていた。



 …………。


 ………………。


 …………………………。



 しばらく変な空気が流れていたけれど、やがて我を取り戻したゴブリン達は私のことなどすっかり忘れ、怒りもあらわに紫色の魔法使さんへと殺到した。



「おおわあぁああ~~~~!!!!?」



 魔法使いさんはわざわざチャットで悲鳴を上げながら、ゴブリンさんたちとどこかへ消えていった。


 私は何が起こったのかいまいちよくわからないまま、呆然と立ち尽くしていた。


 何だったんだ、今の人。

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