第45話 <魔術師>との出会い

 その人に初めて出会ったのは、ネットゲームを始めた初日のことだった。


 それはとても衝撃的な出会いで。


「おおわあぁああ~~~~!!!!?」


 自分はNPCだと言ってきかないその人は、わざわざチャットで悲鳴を上げながら、たくさんのゴブリン達から逃げ回っていた。



 ****



 <ネオオデッセイ オンライン>、通称「ネオデ」の世界は、剣と魔法とドラゴンがひしめく由緒正しい中世ヨーロッパ風のファンタジーだ。


 下のお兄ちゃんの言う通りその優れたシステムから古いながらも根強いファンがいるゲームなのだが、一つ困った特徴があった。


 初心者に大変優しくないのである。


 私―コヒナさんが生まれた場所は教会のような所で、十字架の代わりにオープニングムービーに出て来た門を意匠化した紋章が掲げられている。


 コヒナさんはボナなる存在によってここに連れてこられたそうだが、それ以上何の説明もなく、べん、とここに放置された状態だ


 仕方なく外に出てみると、そこにはいかにもファンタジーゲームの町と言った風景が広がっていた。


 酒場、宿屋、道具屋、井戸。あと野良ネコ。


 人もいたがどう見てもNPCだ。動き方もそうだし、来ている服もいかにも生活感があふれていて、冒険者と言った雰囲気がない。まあ初期装備の私も人のことは言えないんだけど。


 ネオデについてはネットで少しは調べたが、私の得た知識はもう少し後になってから使う物のようで今とりあえずどうしていいかわからない。


 基本に返って酒場で情報集めだろうか。


 木製のビールジョッキの看板が出ている店に入って店主に話しかけてみたが、お酒のメニューが提示されただけだった。


 折角だから買ってみよう。ワイン、エール、はちみつ酒、ラム酒などなど。お酒だけでずいぶんと色々ある。効果は書かれていないが、飲んだ時のバフに違いがあるのだろうか。これは覚えるのが大変そうだ。とりあえずファンタジーの定番っぽいワインを選んでみた。


 一本だけ買ってみたつもりだったが、なんか操作が上手くいかなくて持ち物バッグの中にワインがいっぱい散らばった。


 仕方がないので飲んでみる。


 何も起きない。量が少ないのだろうか? そう思って何本か飲んでいると、突然コヒナさんがげーげーと吐きはじめた。


 げーげーしていると他の行動は取れなくなるようで、コヒナさんはお店のカウンターの前で身動きもできずにげーげーし続けている。


 ……なんだこれ。


 やめて欲しい。大学のサークルでの失態を思い出してしまう。



 げーげーはしばらくすると収まった。何だったんだ今の。何の為にあるんだ、あのお酒。


 気を取り直して歩き出そうとしたが動けない。今度は重量オーバーだそうだ。何とコヒナさんは初期の所持金全てをワインにつぎ込んでしまったらしい。どんなのんべえだよ。


 慌てて再び店主に話しかけてワインを引き取ってもらう。結果初期資金の1000ゴールドは138ゴールドになった。


 ええっ⁉ ワインの買取価格、低すぎ⁉


 ボケている場合ではない。破産寸前。いきなり大ピンチだ。


 その後お店にいたお客さんのNPC達にも話しかけてみたがみんな酔っぱらっていてヒックとか言うだけで話にならない。こいつら昼間っから何をしているんだ。こののんべえどもめ。


 訳が分からなかった。


 ただ、なんだか楽しい。やはり私はゲームという物が好きなようだ。


 こういう最初の良くわかっていないときの試行錯誤も嫌いではない。だがお兄ちゃんの言っていた他のプレイヤーとの交流という物はどこにあるのだろうか。


 所持金が減ってしまったのはイタいがそれはそれ。何やら武器らしいナイフも持っているので町の外でスライム的なモノでもしばいておけばお金も貯まるだろう。地味な作業も嫌いではない。


 道なりに歩いていくと、音楽が変わって町の外に出た。


 さらに進んでいくと、青く光る門を見つけた。ゲートという名前だが四角い金属の枠だけがあって中は青く光っていて何も見えない。色が違うのを除けばコヒナさんが召喚されたゲートと同じものだ。


 ここまでモンスターらしいモンスターには出会っていない。


 ということはなるほど、ここがスタート地点のようだ。ここまではチュートリアル的なものだったんだろう。


 ゲートに手を触れてみる。


 <system: ゲートを使用しました。初心者特典が剥奪されます。ここからが本当の冒険です! グッドラック!>


 画面が光って、次の瞬間、さっきとは全然違う場所にいた。



 ……あ、なんかやらかしたなこれ。



 同じようなゲートがあるので、さっきの場所からこのゲートとやらを通ってここに来たのだろう。となればもう一度入れば戻れるのだろうか。やってみよう。


 <system: どこに行きますか? 現在:マディアゲート>


 システムさんが何か聞いてきていくつか候補が表示されたのだけど、ふむ。さっきいた所の名前がわからないな?


 ここまでやらかしてしまったらアバターを削除デリートして最初から始めた方がいいのかもしれないが、もう一度ボナさんが細かくなるというのも申し訳ない。


 ボナさんは時間も超えて扉を開いたので、初めからやってもあの時分かれたボナさんの一体と会うことになるのかもしれないけれど。


 そうなるとこのコヒナさんを勇者と見込んだボナさんの読みが外れたってことで、それはそれでなんだか申し訳ない。


 ああ、頭ごちゃごちゃしてきた。時間遡行の問題は難しいね。


 まあ、取り返しのつかないことにはならないだろう。


 ただ、初心者特典とやらが剥奪される前に警告くらいはしてくれてもいい気がするけど。


 ここがさっきまでいた所と違うのは確かなのだけれど、さっきまでいた所も今いる所も何処だかわからないのは一緒だ。この先何処を目指すべきかもわからないのでさしたる問題はない。


 いやそうでもないか。大問題だ。


 たしかネオデのソフトに世界地図らしきものが付いていた気がする。もう一度箱を開けて地図を取り出した。


 今いる場所がマディアゲートだって言ってたから、ふむ。どうやら私は世界地図の真ん中あたりにいるらしい。北にしばらく行ったところにマディアという町があるようだ。


 まずはそこを目指すとしよう。


 初めて歩くネオデの世界は、グラフィックそのものは一昔前のRPGのような単調さはあるものの、カラスとかフィンチといった鳥が飛んでいたり、羊の群れが草を食べていたりとバラエティに富んでいて面白い。私からだけではなくてこの世界にいるすべての人からこの羊がここにいると見えるのだと思うと、なんだか不思議な感覚だ。


 まあ、まだ誰にも会ってないんだけど。


 方向音痴ではあるものの、画面にこっちが北と書いてあれば北に進むことはできる。問題は何も見ずに適当に歩くことなのだ。


 ただでさえ新しい世界。


 面白そうなものを見つける度についあっちにふらふら、こっちにつんつんと方向を変えてしまう。


 生き物もそうだけど、道に<鉱石(不明)>とか<ウェネヌの花びら>なんてものが落ちていたらとりあえず行ってみて拾うでしょう? なんだかはわかんないけどさ。


 我に返った時にはまた自分が何処にいるかわからなくなってしまった。いつの間にか森の中に入ってしまったようだ。ずいぶんと大きな木に囲まれている。


 そう言えば昔お父さまに、山に一人で入ると道のすぐ近くでも迷子になるって言われたな。


 道路までほんの数メートルの所でも、何かに気を取られた瞬間に方向を見失って奥に進んじゃったりするそうな。やらかす自信があるな。実感できたのがゲームの中だというのは幸いなことだ。


 幸いではあるけれど、どうしたものかな。


 道で何か見つける度に拾っていたら大分荷物も増えてきた。そろそろまた重量オーバーだ。この滅茶苦茶重量のある<藁の束>は置いて行ってもいいだろうか。でももしかしたらすごく価値のあるものかもしれないし。こんだけ重いんだし。


「この世界で藁を発見するとは! 是非一千万ゴールドでお譲り下さい!」みたいな。


 一千万はないか。あちこちに落ちてたもんな。


 考えてみればそもそも藁って何なのかもよくわからない。干し草? なんの?


 とりあえずまっすぐ進むことにする。リアルの森でやったら絶対アウトなのだろうけど、ゲームだしそのうち何かに突き当たるはずだ。


 ふと、画面にメッセージが出る。


 <助けて! 誰か助けて!>


 おお? 初めてsystemさん以外の人の声をきいたぞ。どこだろう?


 画面に<クエスト>の文字とカーソルが表示されている。とりあえず向かってみることにした


 そこにいたのは縛られた男の人だった。


 NPCだ。


 ご丁寧に見世物用の舞台みたいなのが作られていて、その上の大きな杭にNPCの男の人が縛り付けられている。


 その人は必死に「誰か、助けてくれ!」と大声を発している。


 クエスト、って書いてあるからには何かのクエストなのだろう。


 助けてと言われていることだし、流石に見て見ぬふりというのは気まずい。なにせ私はボナさんが自分の身を賭してまで呼んでくれた善なる者ですのでね。


 幸い周囲にはNPCさんを縛り付けた何者かは見当たらない。


 しかしなんでこの人縛られてるのかな。誰が縛ったのか知らないけれど。あとで食べるとか? ふむ、今の想像はちょっと怖いな。


 見世物台の上に登ってNPCさんにタッチしてみると、それだけで拘束していたロープが切れた。さすが異世界の勇者コヒナさん。凄いね。


 NPCさんは「ありがとう!」と言うと何処かへと消えていった。雑な演出が逆に味わい深い。クエストという割には何の報酬も貰えなかったが、まあいいことをしたのだから良しとしようか。


 そう思いながら見世物台を降りようとして、沢山の小さな緑色の人影に囲まれていることに気が付いた。あちゃあ。なるほど、こういうことか。


 大きな頭に緑色の肌。邪悪に歪んだ醜い顔の小人。


 ―ゴブリンだ。

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