第41話 あの日見た雷3/魔法騎士マークの冒険

 数多の犠牲を払い、七つの「新戒の塔」は完成した。


 あと一歩。


 六つの塔の中央に位置する七つ目の塔で儀式を行えば、人類の常識は書き換えられる。その時人は愚かな争いをやめて平和に向けて歩き出す。やっと人は互いを思いやることができるようになるのだ。



 ロイズは同胞たちと共に、世界から争いを無くすという理想を掲げてここまで進んできた。


 それは圧政と変わらぬと叫ぶ者達と、互いの正義をかけて戦った。すべての争いを終わらせるために多くの戦いを強いられるという矛盾。


 間違っているのは自分かもしれない。そう何度も思った。だが今更立ち止まれはしない。それでは自分に理想を託して死んでいった同胞たちに顔向けができない。


 永遠にたどり着くことができないのではと思うような長い道のり。だが幸運にも「天使」の協力が得られたことでこの人類にとっての永遠の課題に解決の糸口を見出すことができた。


 人類のための大きな一歩。そこに人ではないモノの手を借りることに抵抗はあった。それにこの方法はある意味卑怯だともいえる。だが大義の為、人類の為、手段は選ばないと決めた。


「新戒の塔」によって星から吸い上げられた膨大な魔力を用いて、やっと発動が可能となる大魔法、「再創造リライト」。


 これを用いて、人の心に一つの共通認識を植え込む。



「汝、互いを理解しようと努めよ」。



 あとは、中央塔にて「天使」が儀式を行い、この大魔法を発動させるだけ。





 人は次の世代に進化する、はずだった。




「これほど早く完成するとは。いやあ、よく頑張ってくれたね、ロイズ」



 計画が成就するまさに寸前、ロイズの相棒の「天使」は言った。



「これで人々の争いはさらに深まることだろう」


「何を、何を言っている? こ、この塔は世界から争いを無くすために」


「うん、そうそう、そういう話だったよね。君はそのために頑張ってきた。間違いない、その通りだ。だがまあ私は違ったと、そういうことだね」



 ずっと、うっすらと感じていたこの人外の存在が見せる人への軽視。



 だが、それでも問題ないはずだった。何度も何度も疑い、「天使」であること、人の味方であることを確認してきたのだ。



「そんな、そんな馬鹿な。お前は、お前は天使ではなかったのか!」



 古い文献に残された記述、「神聖魔法」による看破、自身の魔法による鑑定、その全てが目の前にある存在が偽りなく天使であることを示していた。何よりも大聖堂に響き渡った膝を付き頭を垂れずにはいられない荘厳な声。あれこそ、神託だったはずだ。



 それでも疑った。天使の振りをした悪魔ではないかと。



 叶ええぬ夢を代わりに叶えてくれる存在が都合よくあらわれる等と言う埒外な奇跡を、軽々しく信じてなどいないと、思っていた。


 疑ったと、思っていた。



「ははは、私は天使だとも。神がご退屈なさらぬよう、道化を焚きつけるという崇高な命を受けて降臨した本物の天使さ」



「そんな、そんなはずはない。それでは!」



 それでは神は人を愛していないことになる。


 かつては神の教えを守り、教えを広め、人が皆同じ価値観を持つことが平和への手段と信じた。そしてその考えの愚かさに絶望した。絶望の中で神託を受け、今度こそ自分の使命を自覚したと、やはり人は、自分は神に愛されているのだと、そう信じたというのに。



「不敬なことを言うものではないぞ、人間。勿論愛しているとも。妬ましい位だ。君たち程神の寵愛を受けたものなどいないさ。完全なるお方の中では物語など生まれないからねえ。君たちこそ神のつくりたもうた傑作。間違いなく最高の道化さ」


「我々は、人は、断じて道化などではない!」


「あはははははははははは!!!!」



 ロイズの叫びに天使が嘲笑で答える。あるいは、嘲笑ではなく、本当に面白くて笑っているのかもしれない。


 自分達とは違う物と話しているのだと、思い知る。



「そうそう、君が集めてくれたこの魔力だがね。私は人の「願い」をかなえるのに使おうと思う。まさに君たちが求める天使だろう? これだけの魔力だ。何人の願いをかなえられるかなあ。どんな願いがいいだろう。不老不死なんかどうだろうね。あるいは死人が生き返る、とか。勿論お一人様限定さ。いや、家族だけと言うのもいいなあ。その方が美しい物語が生まれそうだ。どうだい、みんな欲しがると思わないかい」



 やめろ、やめろ。それは災いの種だ。


 そんなものを作るために、自分は、仲間たちは。



「純粋な力もいいな。シンプルだが効果的だ。炎、疫病、星落とし。望みの力を与えよう。みんな欲しがるに違いないぞ。自分より強い力を誰かが持っているなんて、恐ろしいものねえ」



 おねがいだ、やめてくれ。



「私の想像力ではね、そんなにたくさんは浮かばないのさ。だが君たちは優秀だ。きっと私には想像もつかないようなおぞましい使い方を見つけてくれるはずさ。ゆっくり時間をかけて、できるだけ崇高な「願い」を持ったものを探すさ。例えば、君のような、ね」



 絶望にうずくまることしかできないロイズに天使が優しく話しかける。



「なあ、苦しいかい、ロイズ。頑張ったものなあ。争いを無くすためにと一生懸命人を殺してきたものなあ。ああ、実に頑張った。よく知っているよ。私は傍らでそれを見ていたのだから」



 ロイズに苦痛を与えること、それこそが目的であるように、天使が信仰を称える。



「光栄に思うがいい。その滑稽、神は大変にお喜びになられるだろう」



 あはははは、と嗤い天使は塔の頂上へ向けて飛び立った。


 何物もその行く手を阻むことはできない。


 六つの塔の力により一体の魔力は枯渇している。


 それにあの「天使」が如何に強大な力を持っているか、ロイズが一番よく知っている。


 塔に集められた魔力が、仲間たちの願いが、殺してきた人の命が、新たな争いの火種に作り替えられようとしている。



 だがロイズには何もできない。



 かつては強力な魔法使いだった自身の力は、あの「天使」に捧げてしまったのだ。


 自らの「願い」をかなえるために、一つずつ、全部。



 誰か、誰か助けてくれ。誰でもいい。



 ああ、かみさま。



 あははははははははは



 天使の哄笑が耳に蘇る。最も縋ってはいけないものに、縋ろうとしてしまう。



 奇跡を願ってはならない。奇跡が起こるはずがない。これは奇跡を起こす存在であるはずの神の行いなのだから。




 しかし、それでも奇跡は起きる。

 奇跡を起こす者がいる。




「馬鹿なっ⁉ 何者だっ、この私の、天使の儀式に干渉するだとっ!? 」



 ただ嘲りを持って人を見ていた天使の声に、狼狽が混じる。



 突如として周囲に魔力が満ちる。ありえないことだ。全ての魔力は新約の塔によって吸い上げられてしまうはずだ。


 空中に出現する魔法陣。その数、六つ。そして六人の騎士。


 六人の騎士によって作られた魔法陣が、各々周囲の塔と中央塔との魔力の接続を切断。その後形を変え、中央塔に蓄えられた魔力を逆に吸収。塔よりもさらに高い空へと放出していく。


 六つの魔法陣から放たれた魔力は、天空の、さらなる高みにある一人の騎士の元で再度集う。


 距離が離れすぎていて、視認することはできない。それでもロイズには天空にいる騎士が誰なのかわかる。


 金髪碧眼、白いローブに魔道皇の杖。


 その姿は騎士としては異様だ。なにしろ鎧も剣も身に着けていない。だがそのことは彼の「騎士」の称号を否定する材料にはならない。


 鎧を纏えず、剣を持てないのは身に刻まれた制約故。彼が手にした人としては大きすぎる力の代償。


 世界で唯一「魔法騎士」の称号を与えられた、各国の王すら無下には扱えぬ生ける伝説。


 魔王を倒し、世界に平和をもたらした者。


 そして、ロイズにとっては袂を分かったかつての弟子。



「ああ、マーク! 魔法騎士マーク! きて、来てくれたのか!」



 これまで何度も戦ってきた宿敵。ロイズの理想を理解しなかった者達。そしてロイズ自身の計略に嵌り今この場にいないはずの、魔法騎士マークと六人の仲間たちだった。


 マーク達が如何にして天使の企みを見抜き、この場に駆け付けたのかロイズにはわからない。だがマークが来てくれたのなら、如何に天使が恐るべき力を持っていようともその邪悪な目的は果たされない。


 仲間たちから受け取った膨大な魔力を「魔法騎士」が編み上げていく。それは彼がいくつもの困難を乗り越えて手にした、魔王さえも打ち砕いた力。



「始原より前に在りし、神々を統べる王。名を持たぬ偉大なる御方にこいねがう。混沌を分けしその剣、我に貸し与え給え」



 魔法騎士マークの詠唱する呪文と周囲に新たに展開された三つの魔法陣により、無形だった魔力に形が与えられる。





 ぱり、ぱり。




 予兆ははるか離れた地上にも表れる。


 先のとがった岩に、木々の枝の先に、生じる炎ではない明かり。


 金属の味のする空気が、はじける。




 ぱり、ぱり、ぱりり。



「されば我はその力を以て御身の敵を討たん」



「貴様、その魔法は! 不敬、不敬、不敬であるぞ! 神の使いである我に対し、偽りの神の力を向けるなど、ご、ご、言語道断! ゆ、許されぬ不敬であるぞ!」



 マークの詠唱を聞き、喚き散らす天使。その顔にあるのは怒りに見せかけた恐怖。



 世界を改変することも可能な魔力、その全てを使って、魔法騎士マークが作り出した力の形。それは創造主とうそぶく人類の敵対者とは別の、人の心が生んだ物語神話における「神」の武器。




 即ち、「いかづち




「や、やめろ、やめろ、やめろおおおお!」



 天使を見据え、魔法騎士マークがその力を行使する。



「御身の敵は我が前にあり! 極大魔法 <始原の雷>マギア ケラヴノス・アルヒ



「貴様ぁああああっ! 人間風情があああっ!」



 塔よりも巨大ないかづちが、中央塔と天使を諸共に貫いた。



***



 城山 将斗しろやま まさとは小学校の三年生。


 彼の一番の悩みは少ないお小遣いでどうやって漫画を買うか、と言うことである。


 クラスの友達と漫画を貸し借りするのがおこづかい事情としては一番良いのだが、どうにも自分は周りより漫画を読むのが極端に遅いようなのだ。


 回し読みとなれば次の人に回さなければならないので当然急かされることになる。


 しかし、「漫画」を「早く読む」というのは難しい。


 かっこいいシーンがあればどうしてもじっくり見たくなる。いつまでだって眺めていられる。


 次に回すのはどうしたって遅くなるし、できれば手元に置いて何度だって眺めたい。



 実際にそんなことをすればすぐにおこづかいはなくなってしまうし、おこづかいを全て漫画に使うとなると別の問題も出てくる。おやつが買えなくなるのも問題だが、それとは別に。



 お母さんはあまり漫画が好きではないのだ。



 漫画を買ったのがバレるとお母さんの機嫌はとたんに悪くなる。それはやっぱり嬉しくない。お父さんがいる時にはけんかになってしまうし、お父さんがいないときにはお母さんは最後には泣き出してしまう。漫画も大事だけれど、お母さんは笑っているほうがいい。


 だから、こっそり漫画を買っていることと、ノートにこっそり漫画を描いていることはお母さんには内緒だ。


 漫画が好きだと気が付いたきっかけは、一年生の時お父さんに連れて行ってもらった漫画「魔法騎士マーク」の展覧会だった。


 将斗はその漫画ことは知らなかった。有名な漫画なんだぞとお父さんが言っていたので、そうなのかと思った程度だ。空いてるみたいだし、寄っていくか?


「魔法騎士マーク」なんてかっこいい。見てみたい、と言った。母が機嫌がいい時に自分を呼ぶ「まー君」と似ているのも、将斗が魔法騎士マークが気になった理由の一つだったかもしれない。



 展示の中央に、その絵はあった。



 将斗よりも大きなパネルに描かれていたのは、「魔法騎士マーク」の内で最も有名なシーン。


 そびえたつ巨大な塔に、さらに巨大な雷が落ち、塔が破壊されている様子が描かれている。



 その絵を前にして、将斗は動けなくなった。



 もちろんそれまでも漫画という物を読んだことはあった。将斗も同世代の子供たちと同じように漫画が好きだった。


 でも、その絵は違った。将斗の知っている漫画とは別の「何か」だった。


 小学校一年生の将斗に、技術云々はわからない。



 だから将斗の知る言葉でその絵を表現するなら「これはかみなりだ」となる。



 大きな雷が空に走るのを見たこともあるし、ゲームの中で唱える魔法にも雷の魔法はあるので、雷の形がどんなものかは知っている。


 でも、これは雷の形を描いたものではない。



 この絵がかみなりだ。



 もし、現実の雷にこの絵と違う部分があるとしたら、それは現実の方が間違っている。そんな迫力に満ちた絵だった。



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