第40話 あの日見た雷《いかづち》 2

 「こんにちは。うらないやさんですか」


 そこにはイケメルロン君とよく似たエルフの男の子がいた。身長はイケメルロン君よりも小さい。金髪でイケメルロン君より少し明るい青色の目。ふわふわの白いローブ。海外の絵本に出てくるエルフの様だ。


 おそらくチャットに慣れていないのだろう。エルフの少年マーク君が平仮名ばかりのちょっと奇妙な文章で話しかけてきた。



「おっと、お客さまでしたな。これはしつれいを。ささ、こちらへおかけください」



 ずい、とギンエイさんが進み出て私の前のお客様席の椅子を引いてくれる。



「ありがとう、ございます」



 マーク君がちょこん、と椅子に腰かけた。



 こういうことは私がするべきなのだろうけど、ギンエイさんは凄く気の回る人で色々助けてもらってしまっている。しかも何かお礼を、と言うたびにいやいやこちらの方がお世話になってますのでと言われてしまうのだ。


 お世話なんかした覚えもないのだけれど、そもそも私にできるお礼なんてそんなにないっていう噂もある。。


 イケメルロン君は普段はお客さんが来るとすぐ席を外すけれど、今日は珍しくちょっと離れたところでNPC裁縫屋さんの壁に寄りかかって立っていることにしたようだ。兄弟のようによく似たマーク君に興味を持ったのかもしれない。



「いらっしゃいませ~。何を見ましょうか~?」



「うんと、しょうらいのこと?」



 ふむ。しょうらい。将来かあ。あまり得意じゃないんだよなあ。



「タロットだと、将来のこと、と言うような先のお話だとこう、もや~っとするんですが、それでもいいですか~?」



 タロット占いは遠い未来を見るのが得意ではない。そもそもタロットカードという物が「出会う何か」を寓意化したものであるので、「将来」みたいな遠いところを見ようとすればそこまでにいろいろなものと出会うわけで。見てみられないことは無いのだけど、もや~っとするのだ。



「うん。だいじょうぶです」



「はあい。では占って見ますね~。カードを広げますので、少々お待ち下さいね~」



 マーク君、きっと幼いお客さんなのだと思う。印象では過去最年少。小さい子から見たら占いなんてみんな一緒で「将来」を見るものなんだろう。さて、いいカードが出るといいな。


 そう思いながら開いた一枚目のカード。


 ≪タワー≫:正位置


「バベルの塔」だとも言われる高い塔に稲妻が落とされ、塔が破壊される様子が描かれている。


 タロットカードの中でも最も不吉とされる一枚。衝撃、破滅、事故等を暗示し、いい意味に解釈するのは難しい。そのせいか占いをしていて≪タワー≫が出てくることはあまりない。78枚のカードの中からランダムで引くので確率は変わらないはずなのだけど、何故か実際に目にすることは少ない。それでも勿論出る時には出る。


 ううん、塔かあ。


 不吉な占いなんかできるだけ伝えたくない。


 一枚目の位置に出ているのがまだマシと言えるか。しかしこの後のカードによってはそうとも言い切れない。


 二枚目、≪ワンド従者ペイジ≫:正位置。


 好奇心、冒険心、情熱を持った子供。


 三枚目、≪スター≫:正位置


 高い目標、あこがれ、希望。芸術の才能などを意味することもある。悪い意味に捉えることは少ないカードだ。



 さて、この三枚のカードの示すストーリーは。




 やっぱりモヤっとするんだよな。




「お待たせしました~」


「お、うらないが終わったようですな。マークどの、ありがとうございました。またぜひお話を聞かせてくださいませ」


「うん」



 待っている間ギンエイさんが何やらマーク君とお話してくれていたらしい。ありがたいことだ。



 カードの暗示を伝えていくわけだけど、一枚目のカードが塔。あまりショックにならないように伝えなくてはならない。



「一枚目に出ているのは≪塔≫というカードです~」


「それなに?」



 えっ、それ? それってどれ?


 マーク君の言葉にうろたえていると、ギンエイさんが助け舟を出してくれた。



「マークどの、「塔」は「とう」と読みます。昔からある高いたてもののことで、ここダージールの町ですと、あちら。お城のとなりにあるあれですな。あの高いのが塔です」


「へえ~」



 ギンエイさんがダージールにあるお城の塔を指さすのを、マーク君が感心して見ている。


 おお、おおおう。


 そうだよ、読めないよ。フリガナなんて無いんだし。塔なんて何年生で習うんだろう。<エタリリ>の対象年齢はネットゲームとしてはかなり低く設定されていたはずだ。マーク君が小学校の中学年くらいだとすると、読める漢字はかなり制限されるのではないだろうか。


 読み方だけじゃない。城とか塔とか砦とか、区別つくようになったのいつの話だろう。小さい頃はなんか一緒くたにして大きな建物だと思ってた。



 ギンエイさん凄いな。座長さんだし歌うし気が付くし、凄い人だとは思っていたけど、改めて感心する。



 占いをしている間のログを見ても、マーク君とのやり取りが全く途切れる事なく続いている。一言目で躓いてしまった私とは雲泥の差だ。これは見習わないといけない。


「この「とう」のカードにはとうに稲妻が、ええと、イナヅマがおちて「とう」がこわされる絵がえがかれています」



「イナヅマ?」


「イナヅマとはかみなりのことですな」


「かみなり! かみなりでとうがこわれてるんですか」


「そうですね~。このカードはマークさんのかこにあったできごとをしめしています~」



 ギンエイさんの真似をしてみたけれど、平仮名でしゃべるのが精いっぱい。占い師は小難しい言葉を小難しく並べるのが仕事なので、わかりやすくというのは難しい。



「むかしかみなりにあったっていうこと?」


「そうですね~。マークさんが昔、かみなりににた何かにあったということですね~」



 さて、塔の暗示をどう伝えようか、と思ったのだけれど



「あなた、すごい」



 マーク君はそう言った。


 アバターはなんの動きも見せないけれど、何やらきらきらとした尊敬の眼差しを感じるような気がする。マーク君は雷に何か特別な思い入れがあるのかもしれない。それも、きっと悪い印象じゃない。ならば「塔」はマーク君の思う「カミナリ」の暗示である可能性が高い。


 それならこの三枚のストーリーは凄く解きやすくなる。



「二まいめのカードは≪ワンドのペイジ≫というカードです。ワンドと言うのはぼう、ええと、ふりまわしたりする「ぼうきれ」ですね。ペイジは「子ども」をしめすカードです。このカードはマークさんががんばり屋さんであることをしめしています」


「えー、そんなことないよー」



 マーク君は椅子から降りたりまた座ったりともぞもぞと動き出した。


 ふむ、これはマーク君、褒められて照れているのかな?



「三まいめのカードは≪星≫です。空の、おほしさまのほしですね~。このカードはマークさんがすごく大きなゆめをもっていることをしめしています~」



「おー。かないますか?」



 ≪スター≫を「望みのものが手に入る」と解くのは難しい。≪スター≫は目標、希望、目指す場所。


 手に入ることではなく、手に入れたいと思うことを意味する。


 遠くにあって手に入れるのは難しい。それでも諦めることができない。そんな憧れを指すカードだ。



 でも今回見ているのは「将来」。



 この「星」はマーク君の夢そのものだ。



「マークさんはかみなりがすきなんですか?」


「うん。だいすき」


「ですと、かみなりはマークさんが大きなゆめをもったきっかけではないでしょうか~」



 ≪タワー≫が持つ意味の一つに「衝撃」という物がある。普通は良い意味では解釈しないけれど、例えば「電撃が走ったような一目ぼれ」などもタワーの持つ側面の一つ。他にも≪星≫と同様に「目標」と捉える場合もある。悪い意味だけのカードと言うのは無いのだ。



「すごい。なんでわかるの?」



 不思議そうにマーク君が言う。どうやら当たっていたようだ。



「ふふふ~。占い師ですからね~。わかりますよ~」



 最初は塔に不吉なものを感じていたなどと伝える必要もない。タロットの図柄が意味するものは多岐にわたる。タロット自体が完全に未来を示していたとしても、それを解くのはただの人間である占い師。中には完全に暗示を読み解けるような本物もいるのかもしれないけれど、それはもう予言者とか超能力者の一種だろう。


 私のようなただの占い師が本人より深く暗示を解けるなどというのは思い上がりだと思う。



「とても大きなゆめなので、かなえるのはかんたんではない、と思います。ほしのカードはとても高いもくひょう。凄く大きなゆめ。でもマークさんが今と同じように歩きつづければ、きっとたどりつけるでしょう~」


 二枚目の≪ワンド従者ペイジ≫がそれを示している。



「おー。やったー。ありがとうございました」



 マーク君はお礼を言うと後ろも見ずにてこてこと走っていった。


 その背中を三人で見送る。



「ギンエイさん、色々とありがとうございました。それにしても凄いですね~。もしかして先生とかなんですか?」



 イケメルロン君にも先生って呼ばれてたしな。



「いやいやいや。とんでもない。ワタクシに学校の先生など勤まりはしませんよ。古い友人にも一人おりますがな。奇特な奴だと思っております。たまたま、劇団の方でお子様向けの出し物を企画している所だったもので。本日マーク殿とお話できたのは大変な幸運。いやあ、実に勉強になりましたなあ」



 なるほど、流石は座長さんだ。キティーさんへの告げ口は控えることにしよう。



「しかし将来。将来ですか。いやスバラシイ。ほほほ。あの少年の大きな夢というのは、一体どんなものなのでしょうなあ」



 ギンエイさんは吟遊詩人だ。それも、この世界で実際に会った出来事を物語として歌う吟遊詩人。劇団まで作って、そのくせ劇団を飛び出してきて路上で物語を歌い、副座長さんに怒られているような人。困ったものだね。


 そんなギンエイさんだから、マーク君の物語にも思いを馳せているのだろう。



「どうですかな、メルロン君。あの子が夢を叶えるかどうか、賭けをしませんかな」


「それどうやって成否判断するんですか。だいたい賭けになんかならないでしょう」



 壁にもたれたままイケメルロン君が返す。



「ほほ、まあ、そうですかな」



 うん。まあ。そうでしょうな、この面子では。オッズも予想も関係ない。賭けという物は、逆に張る相手がいないと成立しないのだ。



 ギンエイさんではないけれど、マーク君の夢は、どんな夢なんだろうな。



 大きな夢には困難がつきもの。それでも夢を叶える人はいる。


 きっとマーク君みたいな人なのだろう。



 最後に出たのは星のカード。


 願いが叶うと言うよりは、高い目標を示すカード。

 でも当然ながら、願いが叶わないことを示すカードではない。



 確かに今は届かない。届くわけがない。


 彼はまだ子供なのだ。


 二枚目のカード、<ワンド従者ペイジ>。


 ワンドは「情熱」を示すスート。従者ペイジはまだ幼い少年。


 つまり<ワンド従者ペイジ>は情熱ある少年を指す。



 タワーのカードを夢への出発点にしてしまうような、情熱に溢れる少年。




 やがて時と出会いが彼を育てたのなら。




 その手は星にだって、届くのかもしれない。


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